海外でポスドクをしよう―滞在編(5)

博士の日常
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人間関係や文化

 どこでポスドクをするにしても、周囲とのやり取りは避けては通れません。人間関係や社会生活は文化差を感じやすいところですから、初めて海外で生活する方は戸惑うことも多いかもしれません。国・組織・相手の性格などによって、さまざまな関係性があり得ますが、本編では筆者のオーストラリアにおける経験をもとに少し考察しました。参考になりましたら幸いです。

呼び方とフラットな関係性

 日本の大学でも研究室によって関係性のあり方はさまざまですが、オーストラリアの大学で見た限りでは、概してフラットな関係が持たれているように見えます。教員と職員の間、教員と学生の間、教員同士(例えば教授とポスドク)、いずれの関係性においてもおおむね平等に人と人の付き合いがなされているようです。

 よく知られていることですが、欧米の方では人々は大体ファーストネームで呼び合います。積極的にその行動を取り入れることをおすすめします。

 なぜなら、ファーストネームで呼び合うこと自体が互いの距離を縮めてくれるだけではなく、地位関係への注意配分を減らし、より平等なやり取りをしやすくする効果も持っているのではないかと、筆者は考えます。

 日本では互いの関係性や地位によって呼び方を変えるのが普通です。例えば目下の男性はXX君と呼ぶのに、目上の男性をXXさんと呼びますし、仕事の付き合いでは大体は相手の役職をつけて呼びます(例えばXX教授、XX先生)。そのため、会話を行う最中には常に互いの地位関係に意識を向けることになるでしょう。

 その点において、学生でも大御所でも「Adam」・「Kaoru」のように呼び合えば、あまり地位について考えなくなります。欧米人相手の場合はもちろんですし、たとえ日本人との会話でも、英語を話し、ファーストネームで呼び合う時は、地位関係への注意が減るように感じます。

対等性と尊重

 オーストラリアの教員と学生の関係性の中で気になっていたのは、研究の手伝いをする学生の扱いが対等であることでした。学部生であれ院生であれ、リサーチ・アシスタント(RA)で参加する人には事前に労働条件(タスクの内容・時間・給料の額など)をしっかり伝えた上で雇用が行われ、実際の進行の中でも約束した時間を超えて無償に働かせることは決してありませんでした。RAは研究の運営だけではなく、研究内容の改善などの核心的内容に意見することも歓迎されていました。

 職員や教員同士の間でも、相手が自分の生活や体調を優先したり、予告なしに年休をとって遊びに出かけたりすることを特に問題視されません。休んだ本人も悪びることはなく、当然のように休暇を楽しみます。その根底にあるのは、一人の人間として相手を尊敬し、権利を認めることでしょう。仕事の完成はもちろん重要ですが、だからといって人の権利を損なわせることはありません。

自己主張・礼儀・遠慮

 よく「西洋文化は自己主張が強い〜」といった一般論を耳にしますが、実際に経験してみないとどういう状況なのか、なかなか想像ができません。アメリカ映画で時々みかけるような激しい言い争いやワガママの言い合いは、実はあまり見るチャンスがありません。(ただ、オーストラリア人は「アメリカ人はギスギスしやすい」と言っていましたので、西洋の中も文化差がありそうです。)

 オーストラリアでは多くの場合、自分の意見や都合を述べることはなにも悪く思われません。だが同時に、他者の話に耳を傾けることや他者に配慮することは高く評価され、マナーとして考えられています。互いに意見を述べたあと、礼節を持って相手とコミュニケーションをとり、win-winな着地点を探すことが望ましいと考えられています。

 一方、日本の場合は、自分の意見を述べることを遠慮したり、率先して意見を述べないようにしたりすることが、相手への配慮とされます。自己主張をすることはワガママだと思われかねません。

 文化とは「こういうときはこうするよね」という暗黙のルールの共有と実践ですので、ルールへの理解に食い違いがない限りうまくいきます。しかし、日本で一般的とされている「戦略」をそのまま別の文化に持ち込むと、行き違いやストレスを生み出す可能性があります。

 例えば、日本の研究者同士でミーティングの日程調整をする時には、まずは「みなさんのご都合を教えてください」と伺いを立てたり、または「日程調整サイトに入力してください」と全員の予定の確認を行ったりします。その上で、共通した日付を見つけ、調整していきます。先に自分の都合を押し通そうとする人はあまりおらず、いたとしたら「なんだか我が強い人だな」と思われがちです。

 しかしオーストラリアの研究者のミーティングでは、大体は誰かがまず「この日のこの時間でやるのはどう?」と、自分のスケジュールから一番いい時間を提案してきます。それに対して他の人は「その日はちょっと都合が良くないんだ。この日のこの時間ならいいよ」という具合に、自分の都合を述べた上で代替案を出します。一連の駆け引きを経た後、ようやく日程が決まるわけです。

 後者は一見効率悪いように見えますが、うまくいけば最初の提案がそのまま通り、提案者にとっては最も都合の良い時間に決まります。そして、結果的にうまくまとまったわけなので、周囲から自己中心と思われることはありません。

 結局のところ、日本では「みんなが少しずつ我慢することによって物事が滑らかに運ぶ」戦略であるのに対して、オーストラリアでは「みんなが少しずつ自分を主張し、駆け引きによって着地点を見つける」戦略が主流のようです。

距離の詰め方、悩みと自己調整

 筆者がオーストラリア生活の間にもっとも悩んだ人間関係の問題は、他者との距離の詰め方がいまいちわからないことでした。しかしその後、筆者はそもそも自分が求めている人間関係のあり方がそもそも「オーストラリア的」ではなかったことに気がつきました。

 いきなり外国で仕事を始めたので、知っている人はほとんど仕事関係の人でしたが、普段はどの人も親切で礼儀正しく、仕事に関してのコミュニケーションはうまくでき、他愛のない雑談もスムーズにできました。しかし、そこから先は急にハードルが上がってしまいます。なにせよプライベートで会話すること自体があまりなかったです

 同僚と仕事以外の場面で互いと接触することは、ごく稀にあるホームパーティや仕事終わりのパブの集いくらいしかありません。また、その仕事終わりの飲みの機会も日本の社会人に比べたらとても少ないのです。ボードゲーム好きの院生・ポスドクが集って遊ぶ会もありましたが、ボードゲームについての知識が皆無だったせいで、話についていけず、やはりあまり参加しませんでした。

 天気に関する雑談から、どうやって深みのある会話に入れるだろうか。オーストラリアの人々は趣味や家庭といった私生活をとても重視し、私生活に触れることや近況をシェアすることに対する抵抗感はあまりありません。しかしそこにはなぜかはっきりとした距離感が存在していて、まるでスクリーン越しに他人が書いたストーリーを読んでいるような感覚しかありませんでした。

 筆者は一般的な符号としての「同僚」で認識される状態から脱出し、特定の個人として相手と関係性を蓄積することを望んでいました。いわゆる日本式のディープな付き合い(もしくは「つるむ相手」)です。そのため、それが叶わずにモヤモヤしていると、周囲が冷たく感じてしまうこともありました。そして、少しだけそういう関係性に近づけた相手は、同じルーツを持つ留学生でした。

 しかし冷静になって考えてみたら、筆者が求めていた人間関係は、筆者と周りの人の間に存在しないだけではなく、周囲の人同士もあまり持っていないように見えました。もしかしたら、彼ら彼女らにとっての「仲良し」「ディープな付き合い」は、筆者が思っていた基準よりもずっと低いものだったかもしれません。つまり、自分はその文化にとって普通ではないものを、普通なものとして求めてしまったのかもしれません

 筆者は文化心理学の研究にも携わったことがあり、文化差のことについてよく知っているつもりでしたが、いざ自分が経験する番になると、何もわかっていないことを思い知らされました。こうして人間関係のあり方の文化差、そして人間関係のあるべき姿に対する観念の文化差を実際に体験し、改めて客観的に認識することは、筆者にとって大きな気づきでした。特に後者の視点の持ち方は異なる文化の中で生活する上で大きな助けになるのではないかと思います。

[文責・LY / 博士(文学)]

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