化学メーカーの就職偏差値を調べても、企業を共通の尺度で並べた公的な数値は見つかりません。学校基本調査で分かるのは、広い産業区分へ実際に就職した人の学位・専攻別人数であり、応募者数や企業別の採用倍率ではないためです。
また、賃金統計の「化学工業」は、就職者数の区分より対象が狭くなっています。
この記事では、数値をどこまで志望先に当てはめられるかを区別し、企業別に確認すべき情報を整理します。
1.化学メーカーへ就職しているのは学部と修士でほぼ同数
化学メーカーへ就職している人数は、学部を出てすぐ入る人と、修士課程を修了してから入る人とでほぼ同じです。ただし同じ人数でも、それぞれの学位の就職者全体から見れば、進路としての身近さは大きく違います。
人数はほぼ同じでも就職者に占める割合は6倍近く違う
令和7年3月に卒業・修了して化学メーカーへ進んだのは、学部5,790人、修士課程4,625人、博士課程534人です。人数だけなら学部と修士課程は近い水準ですが、それぞれの就職者全体を分母に置くと見え方が変わります。
学校基本調査の集計では、学部の就職者449,638人のうち5,790人、修士課程の就職者60,674人のうち4,625人、博士課程の就職者11,388人のうち534人がこの区分へ進んでいます。割合にすると学部1.3%、修士課程7.6%、博士課程4.7%です。修士課程では就職者のおよそ13人に1人がこの産業へ進んでいて、学部と比べると割合には6倍近い差があります。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 修士課程の産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 博士課程の産業別就職者数」
就職者数には石油・石炭製品や医薬品の会社も含まれている
この人数を集計している区分の名前は「化学工業,石油・石炭製品製造業」で、化学工業に、石油製品や石炭製品、プラスチック製品、ゴム製品を作る会社を合わせた範囲を指します。
日本標準産業分類では、製造業という大分類の下に化学工業という中分類が置かれ、そのさらに下に医薬品製造業が入ります。5,790人や4,625人という数値に医薬品を主力にしている会社へ進んだ人が含まれるのは、この産業分類の立て方によるものです。志望先として思い浮かべる会社よりも広い範囲を数えた数値だと考えて読んでください。
出典:文部科学省「学校基本調査の手引(大学,短期大学,高等専門学校)」
出典:総務省「日本標準産業分類(令和5年7月改定) 製造業 化学工業 医薬品製造業」
2.化学メーカーの就職偏差値を調べるときは志望企業の産業区分も確かめる
化学メーカーへの就職者数は、医薬品や石油・石炭製品、プラスチック製品、ゴム製品の会社まで含めて数えた数値なので、志望企業の実績としてそのまま読み取れるとは限りません。志望企業がどの産業区分に入るかによって、就職者数や給与の数値をどこまで当てはめてよいかが変わります。
産業区分は社名の印象ではなく主に作っている製品で見分ける
会社がどの産業区分に入るかを見分ける手がかりは、社名や業界での呼ばれ方ではなく、その会社が主に作っている製品です。上場企業は、金融庁のEDINETで誰でも確認できる有価証券報告書を毎年提出しており、「事業の内容」やセグメント情報に主な事業を書いています。
たとえばコークスの製造は石炭を扱う事業で、化学工業ではなく石油製品・石炭製品製造業に入ります。主な事業が化学工業か、石油製品・石炭製品、プラスチック製品、ゴム製品の製造業に当たれば就職者数と出身分野の数値を使えますが、化学工業で働く人の給与の数値を使えるのは化学工業に当たる場合だけです。
出典:総務省「日本標準産業分類(令和5年7月改定) 製造業 石油製品・石炭製品製造業 コークス製造業」
化学工業と石油製品・石炭製品製造業に入る会社の例
有価証券報告書の事業の内容やセグメント情報に書かれた主な事業が、化学工業、化学工業のうち医薬品製造業、石油製品・石炭製品製造業のそれぞれに当たる会社を2社ずつ挙げると、次のとおりです。
| 区分 | 会社名 | 主な事業 |
|---|---|---|
| 化学工業 | 花王 | グローバルコンシューマーケア事業製品、ケミカル事業製品の製造、販売 |
| 化学工業 | 三井化学 | ライフ&ヘルスケア・ソリューション、モビリティソリューション、ICTソリューション及びベーシック&グリーン・マテリアルズの製造・販売 |
| 化学工業のうち医薬品製造業 | アステラス製薬 | 医薬品の研究開発、製造及び販売 |
| 化学工業のうち医薬品製造業 | 塩野義製薬 | 医療用医薬品の研究開発、仕入、製造、販売 |
| 石油製品・石炭製品製造業 | 出光興産 | 燃料油(石油精製製品の生産・販売・輸出入及びトレーディング事業等)、基礎化学品(オレフィン・アロマ製品の生産・販売等) |
| 石油製品・石炭製品製造業 | 日本コークス工業 | コークスの製造・販売 |
化学工業には、花王のように消費者向けの製品と化学品を作る会社も、三井化学のようにモビリティやICTなどの分野へ向けた製品と素材を作る会社もあります。
出光興産のように、燃料油と基礎化学品の両方を事業に持つ会社もあります。アステラス製薬や塩野義製薬が化学工業の中の医薬品製造業に当たるように、区分は社名から受ける印象ではなく主な事業で見分けるものです。
出典:花王株式会社「有価証券報告書 第120期(自 2025年1月1日 至 2025年12月31日)」
出典:三井化学株式会社「有価証券報告書 第29期(自 2025年4月1日 至 2026年3月31日)」
出典:アステラス製薬株式会社「有価証券報告書 第21期(自 2025年4月1日 至 2026年3月31日)」
出典:塩野義製薬株式会社「有価証券報告書 第161期(自 2025年4月1日 至 2026年3月31日)」
出典:出光興産株式会社「有価証券報告書 第111期(自 2025年4月1日 至 2026年3月31日)」
出典:日本コークス工業株式会社「有価証券報告書 第23期(自 2025年4月1日 至 2026年3月31日)」
石油元売りの精製事業は就職者数の区分に入り給与の区分には入らない
石油元売りのうち、原油を精製してガソリンや灯油、軽油などを作る事業は石油精製業に当たり、化学メーカーへの就職者数を数えている区分に入ります。一方、精製を行わずに石油製品を仕入れて卸売する事業所は卸売業の石油卸売業に、ガソリンスタンドは小売業に分類され、どちらも就職者数の区分には入りません。
化学工業で働く人の給与の数値は、石油・石炭製品製造業を含まない区分で集計されているため、石油精製の事業には当てはまりません。石油元売りを志望する場合に当てはめてよいのは、就職者数と出身分野の数値までです。
出典:総務省「日本標準産業分類(令和5年7月改定) 製造業 石油製品・石炭製品製造業 石油精製業 石油精製業」
出典:総務省「日本標準産業分類(令和5年7月改定) 卸売業、小売業 建築材料、鉱物・金属材料等卸売業 石油・鉱物卸売業 石油卸売業」
出典:文部科学省「学校基本調査の手引(大学,短期大学,高等専門学校)」
3.製造業就職者に占める化学系区分の割合は学位で異なる
製造業へ就職した人のうち、化学工業・石油・石炭製品製造業へ進んだ割合は、学部と修士課程で次のように異なります。この割合は就職先の構成を示すもので、採用されやすさを表すものではありません。
| 産業区分 | 学部 | 修士課程 |
|---|---|---|
| 化学工業,石油・石炭製品製造業 | 12.1% | 18.6% |
| はん用・生産用・業務用機械器具製造業 | 16.8% | 15.6% |
| 電気・情報通信機械器具製造業 | 12.3% | 16.4% |
| 輸送用機械器具製造業 | 11.8% | 15.4% |
学部で化学系区分の12.1%を上回るのは3つの区分です。表に挙げたはん用・生産用・業務用機械器具製造業と電気・情報通信機械器具製造業のほかに、食料品・飲料・たばこ・飼料製造業が15.2%を占めています。
修士課程では化学系区分が18.6%で最も高く、博士課程では製造業へ就職した人の32.8%が同区分へ進んでいます。学位が上がるほど割合が高いという結果ですが、各段階の専攻構成や就職者総数が異なるため、大学院進学の効果や選考難易度を示す数値ではありません。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 修士課程の産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 博士課程の産業別就職者数」
4.学部と修士では就職者の専攻構成が異なる
化学系区分へ就職した人の出身を、人文科学・社会科学と、理学・工学・農学・保健の2つのまとまりで数えると、学部と修士課程では構成が大きく異なります。これは就職者の内訳であり、同じ職種に応募した人の内訳ではありません。
学部の就職者では人文科学・社会科学が47.1%を占める
学校基本調査の内訳では、化学系区分へ進んだ学部の5,790人のうち、人文科学が774人、社会科学が1,951人です。合わせて2,725人が人文科学・社会科学の出身で、全体の47.1%を占めます。
理学・工学・農学・保健の合計は2,329人(40.2%)です。学部の就職者に文系分野の出身者が多いことは確認できますが、事務系と技術系の職種別内訳はこの統計から分かりません。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 産業別就職者数」
修士の就職者では理学・工学・農学・保健が76.3%を占める
修士課程から化学系区分へ進んだ4,625人のうち、人文科学は9人、社会科学は95人です。合計104人で全体の2.2%にとどまり、理学・工学・農学・保健の合計は3,527人、76.3%でした。
学部と修士では就職者の専攻構成が異なりますが、募集職種の数や応募条件は分かりません。院進を検討するときは、この構成比だけで判断せず、希望職種が修士の研究経験を求めているかを企業ごとに確認する必要があります。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 修士課程の産業別就職者数」
5.出身分野は化学系に限らず博士では保健系が最も多い
学科の名前に化学が入っていなくても、化学メーカーへの就職者は理学・工学・農学・保健のどの分野からも出ています。分野ごとの人数は、学部・修士課程・博士課程別に以下のとおりです。
| 学科系統 | 学部 | 修士課程 | 博士課程 |
|---|---|---|---|
| 理学 | 337人 | 590人 | 77人 |
| 工学 | 962人 | 1,996人 | 164人 |
| 農学 | 361人 | 407人 | 38人 |
| 保健 | 669人 | 534人 | 169人 |
修士課程で最も多いのは工学ですが、理学・農学・保健の3分野にもまとまった人数の実績があります。博士課程で最も多いのは保健です。化学メーカーへ進んだ博士課程の534人のうち169人がこの区分で、割合にすると31.6%にあたります。工学の164人とはほとんど差がありません。学科の名前ではなく、自分が扱ってきた材料や手法がどの区分の会社の仕事に近いかで探しましょう。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 修士課程の産業別就職者数」
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 博士課程の産業別就職者数」
技術系の仕事は研究開発から技術営業まで工程に沿って分かれる
化学メーカーの技術系の仕事は、新しい物質や製品を生む段階から、工場の規模で安定して作り、品質を保証し、顧客へ提案する段階まで、工程に沿って分かれています。主な職種は工程の順に以下のとおりです。
- 研究開発:新しい素材や材料、新しい機能を持つ製品の研究、素材や化合物の分析、新商品の開発、基盤技術の構築
- プロセス開発:研究段階で成功した新製品を工場で作れるよう、実験室やパイロットプラントで反応のスケールアップを行い、安全で品質が安定し、収率が高くコストを抑えられる製造条件を決める
- 生産技術:製造設備の設計・建設・管理、生産管理、工程の改善やコスト削減
- 品質保証:製品の仕様や規格を定め、原料の品質の確認や原料メーカーへの問い合わせ・監査から製造、出荷までを管理し、製品が規格に合うことを顧客へ保証する
- 技術営業:法人の顧客の課題を聞き取って自社製品を提案し、改善の要望を次の開発や既存製品の改良へ社内で伝える
職種の呼び方と範囲は会社によって違い、プロセス開発を生産技術の一部として扱う会社もあります。合成や分析、反応や装置の条件の設計、評価など、研究で扱ってきた手法がどの段階の仕事に近いかを考えると、学科名に関わらず応募する職種の候補を選べます。
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6.この統計では30〜34歳の学歴差が25〜29歳より大きい
入社後の条件を学歴別に比較するときは、年齢階級をそろえないと差の大きさを読み違えます。化学工業で働く一般労働者の月額給与を、学歴と年齢階級でそろえると以下のようになります。
| 学歴と年齢階級 | きまって支給する現金給与額 | 所定内給与額 | 超過実労働時間数 |
|---|---|---|---|
| 大学 25〜29歳 | 約31.1万円 | 約27.8万円 | 14時間 |
| 大学院 25〜29歳 | 約34.7万円 | 約29.7万円 | 20時間 |
| 大学 30〜34歳 | 約36.1万円 | 約32.3万円 | 13時間 |
| 大学院 30〜34歳 | 約43.8万円 | 約38.3万円 | 18時間 |
きまって支給する現金給与額で見ると、25〜29歳の学歴差は約3.5万円、30〜34歳では約7.6万円です。30〜34歳の年間賞与その他特別給与額も大学の約120.6万円に対して大学院は約157.6万円でした。
ただし、これは同じ時点の異なる集団を比べた結果で、学位が年齢とともに差を広げたことを示す追跡調査ではありません。新卒の初任給や将来の昇給としても読み取れず、対象も石油・石炭製品やプラスチック・ゴム製品を含まない化学工業に限られます。
出典:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 一般労働者 産業中分類 第1表 年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(E 製造業)」
残業代を含む月額と所定内給与額では差の大きさが変わる
きまって支給する現金給与額とは、残業代にあたる超過労働給与額まで含んだ月額のことです。所定内給与額はこれを含まず、所定労働時間分だけの月額を指します。
所定内給与額で比べると、学歴差は25〜29歳で約1.9万円、30〜34歳で約6.0万円となり、残業代を含む月額より小さくなります。
超過実労働時間数は大学院修了者のほうが長いので、月額を比べるときは、残業代を含む数値かどうかと年齢階級の両方をそろえてください。
7.大学院修了者は複数の企業規模に在籍している
化学工業で働く大学院修了者は、1,000人以上だけでなく100〜999人、10〜99人の企業にも在籍しています。賃金構造基本統計調査の労働者数は在籍している一般労働者の推計であり、その年の採用人数や応募先の分布ではありません。
| 企業規模 | 大学院修了者の労働者数(25〜29歳) | きまって支給する現金給与額(25〜29歳) | きまって支給する現金給与額(30〜34歳) |
|---|---|---|---|
| 1,000人以上 | 4,670人 | 約37.8万円 | 約48.9万円 |
| 100〜999人 | 3,830人 | 約31.4万円 | 約39.7万円 |
| 10〜99人 | 320人 | 約28.6万円 | 約34.8万円 |
出典:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査 一般労働者 産業中分類 第1表 年齢階級別きまって支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(E 製造業)」
1,000人未満の企業にも約4,150人が在籍する
25〜29歳の大学院修了者は、1,000人以上の企業に4,670人、100〜999人に3,830人、10〜99人に320人が在籍しています。1,000人未満の合計は4,150人で、複数の規模に在職者がいることが分かります。
ただし、この分布から新卒募集の有無や選考難易度は判断できないため、応募先を広げる際は企業ごとの採用情報を確認してください。
企業規模別の平均給与には差がある
一方で、規模による条件の違いは実際にあります。25〜29歳の大学院修了者のきまって支給する現金給与額は、1,000人以上で約37.8万円、100〜999人で約31.4万円、10〜99人で約28.6万円です。30〜34歳でも約48.9万円、約39.7万円、約34.8万円と、同じ傾向が続きます。
規模は月額の水準に表れる条件の違いなので、候補から外す基準にするのではなく、仕事の内容や研究テーマとの近さと合わせて比べてください。
8.まとめ
化学メーカーの公的な就職偏差値はなく、就職者数から企業別の難易度も分かりません。さらに、就職実績の区分には医薬品や石油・石炭製品などが含まれる一方、掲載した賃金は化学工業だけの平均です。志望企業の主な製品を産業区分に当てはめたうえで、希望職種の学位・専攻要件を募集要項で確認しましょう。公的データは進路実績と待遇の目安、企業の採用情報は応募可否と選考条件というように、役割を分けて使う必要があります。










