今や大学は研究者の養成機関であるとともに、社会の様々な分野で活躍できる高度な知力を持った人材を輩出する場所となった。理系分野においては大学院への進学率が高い傾向にあることから、産業界に現れる理系人材は大学院生が目立つようになってきている。その中でも特に「物理系人材」の採用について採用企業側の視点で特徴を見ていく。
産業界との繋がりのイメージ
機械工学は製造業、生物学や薬学は製薬会社、経済学や数学は金融業界、情報学はIT業界、というように産業界との繋がりがイメージしやすい学問分野がある。それに対して物理学は一見すると産業界との繋がりが分かりにくい場合が多々ある。これは物理学を修める過程で理論から実験まで幅が広く、多様な知識や経験が得られることの裏返しとなっている。即ち物理系人材は持っている選択肢が多すぎるため、対象となる企業に合わせて見せ方を変える必要があるのだ。
こうした背景があることから物理系人材が就職活動を通じて初めて自分自身が持っている能力や経験を認識できるようになるというケースが多々見られる。採用企業からすると自己分析が十分ではないのではないかという意見も出るが、分析が十分にできている人材は他社と奪い合うことになり、採用のハードルが高くなることが言える。そのため特に新卒採用などで人事担当が最初の面接を行う場合は基本的な人間性の確認程度に留めるか、もし可能であれば現場社員が同席して具体的な業務との相性を確認することが望ましい。他の理系分野を専門とする候補者も同様であるが、物理系人材に対しては特に有効だと考えられる。
厚く広い知見
対応できる幅の広さがあることで、多様なバックグラウンドを持つ人材との共通言語となる知識基盤を有する。これによって基礎研究と応用研究の架け橋となり、また、具体的な製品やサービスの開発研究でも主体的に動ける人材として活躍する。大学院生やポスドクにとって専門分野が広いというと「薄く広い」ことを意味するが、社会全体で見れば実態としては「厚く広い」のである。
自分と同等以上の能力や知識を持つ研究者に囲まれた環境に長くいるため、自分を客観的に評価しようとしても基準となるのが世界的な研究者となってしまい、過小評価する傾向が見られる。こういった背景を把握した上で面接を行うと、お互いの理解が深まり、他社が真価を見出す前に成果に繋げることができる。
新しいことをすぐに理解して使いこなせる修士や博士の根底にあるのは、研究を通じて得た力である。ここ数年でもビッグデータ、機械学習、仮想通貨、自動運転というように新しい概念がどんどんと増えてきている。物理系人材は特にこれらのような概念との相性が良く、製品やサービスの裏側のシステムやアルゴリズムで力を発揮する。理論系の研究を専門とする場合はこの傾向が顕著にあり、実験系の研究の場合だと試験用装置の構築や現場でのテクニックを持つため製造業におけるオートメーションのような場面での活躍も期待できる。
物理系の専門を修めることで、自然現象を扱うだけでなく、革新的な技術や株価の動向のように実社会で起こる現象にも対応できる基礎を得ることができる。その基礎に加えて、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、論理的思考力という非常に強い武器を物理系人材は持っている。
理工系はWhyとHowを追求する
理学は「Why?」を追求し、工学は「How?」を追求する学問分野だと言える。大学院で理工学を修めるということは基礎から応用まで幅広く対応できるようになるということを意味する。普段から活躍できることは確かだが、想定外の事態が起きた時に動ける人材であるという点で物理系人材を筆頭に理工系の専門性を持つ人材は価値がある。
物理系の研究で鍛えた力をさらに強力な武器として活躍してもらうために、物理系人材には視野を広げて、多角的に物事を捉え、人間関係のネットワークを大切にし、集めた情報を見極める、といった観点から学ぶ機会を設けると良いだろう。世の中には情報があふれているが、物理系人材は玉石混淆の中から吟味して価値のある情報を取捨選択できる。例えノーベル賞を受賞した学者の言うことでも鵜呑みにしない姿勢を持っている。
物理系人材の特徴
学ぶという観点から見ると、物理系人材は物事を理論的に、そして体系的に考える習慣が身についているため、新たなフィールドに移る際の学習スピードも速い。また、集団で意見を交わしながら実験を行うことが多いため、業務遂行に必要なコミュニケーションの取り方も研究の中で学んでいる。
宇宙物理学や素粒子の研究がそのまま産業界で役立つ例はほとんど無いが、問題を発見する一種の勘のような能力や、分析して評価する能力、解決するための遂行力が物理系人材の強みとして発揮されるため、幅広い業種や職種で活躍の余地が残されている。
物理系人材は「データを数値化して把握する」ことに長けている。現実の問題を何とか工夫して扱うところも強い。実験する場合も装置の構成からデータ解析のプログラムまで対応できる人も多い。物理系人材にとっては当たり前すぎることでも、他分野から見ると驚かれる能力がある。
実験の計画をして、理論的なモデルを立てて実行して、上手くいかない原因を考え、改良して、また次の計画を練る、この一連の作業はビジネスの世界でPDCAと呼ばれるもの。実験や理論計算するときに時間や予算を見積もることができるのも、あらゆる仕事をする際に大切なこと。机上の空論で終わらず現実の課題と突き合わせて理想に近づけるという諦めない態度がある。
異なる視点から物理系人材を見ると、「データを数値化して把握できる」という特色が見られる。物理学では様々な対象を数値にして扱うが、長さや質量のようには測れないものを定量的に捉えて曖昧さの少ない議論ができる。物事の本質を掴むという意味で「モデルの構築能力」にも期待ができる。より技術的な職務であれば、物理系人材が慣れ親しんでいる「次元解析」がテクニックとして非常に使えるものの筆頭として挙げられます。
ビジネスにおける物理系人材の活躍場所
物理系人材は研究の中で所謂PDCAサイクルを実施してきており、ビジネスにおける活動の流れにも順応しやすい。研究の流れを簡単に説明すると次のようになる。まず問題を発見して、取り組むテーマを調査し、どのように実験や実証するかの計画を立てる(Plan)。そして理論的なモデルを構築して観測を行う(Do)。実験と観測が上手くいかなかった場合も上手く行った場合も、その原因について考察する(Check)。改善点を見つけて精度の高い実験モデルを作る(Act)。そうしてまた計画を練っていくことで、より精密な結果が得られる。これはまさにビジネスで理想として語られるPDCAサイクルの姿だと言える。
仕事一般に言えることだが時間やリソースの制約を把握して見積もるという能力が必要とされる。これも物理系人材は実験や理論計算などを通じて実際に行っており、博士人材は何人かを束ねてリーダーとして主導するといった経験を積んでいる方が多い。自ら対応できる範囲を正確に把握するということが大切なのだと理解していると言えます。
物理学の世界ではモデル化という方法で理想的な状態における現象を解明するが、あくまでも自然現象を扱うため理想的ではない実際の環境において実験することで齟齬が発生する。何度も修正を繰り返して理想と現実で食い違う部分を精査していくことが求められる。こうした環境で研究活動に取り組んでいる物理系人材は、コツコツと粘り強く取り組む姿勢を持ち、不測の事態でも簡単には諦めない胆力を持っている。
まとめ
このように物理系人材はビジネスで活躍できるだけの能力を持っている。例え最初の接点を持った時に「専門馬鹿」と揶揄されるような人物だったとしても、それは企業が求める人物像にまだ調整できていないだけである。むしろ、採用する企業側がそこを理解していれば、より良い人材を他社に先駆けて獲得できるチャンスが生まれる。
大学院生やポスドクは職務内容のやりがいや、自分のことが適切に評価される環境を求める傾向にあり、企業規模の大小よりも中身を重視するので、意欲的で強い技術志向を持つ中小企業との相性が実は良く、特性を理解していない大企業は採用後も彼らを使いこなすことができず早期の離脱にも繋がってくる。