この記事では、大学生でも取得できる「社会調査士」の資格について、その基本情報から分かりやすく解説していきます。
社会調査士とは?【基本情報】
本節ではまず、「社会調査士」という名前を初めて聞いた人にも分かるよう、基礎的な情報から解説していきます。
「社会調査士」を知るためには、まずは「社会調査(social research, social survey, field work)」について理解するのが大切でしょう。
『新社会学辞典』の説明では、社会調査とは「実際の社会的場面における人間行動に関するデータを収集し、それを解析することによって、対象とする人間行動について記述と説明をすること」とあります。
このことを踏まえると、社会調査士がどのような専門資格なのかわかりやすいでしょう。社会調査協会の学生向けのページでは、次のように社会調査士について説明されています。
“インタビュー調査やアンケート調査の方法を学び、統計や世論調査の結果を批判的に検討するなど、社会調査の現場で必要な能力をもった「社会調査の専門家」のことです。”
参考URL:一般社団法人社会調査協会「社会調査士とは」
社会学部・福祉学部・経営学部などの、さまざまな分野の学生が取得しています。大学卒業時に申請しますが、取得予定であることを示す「社会調査士(キャンディデイト)」というステータスが用意されています。これは、後ほど説明するように、就職活動にも活用されます。
社会調査士の取得までのスケジュール
一般社団法人社会調査協会によれば、取得予定者にとって重要なスケジュールは2つあります。
まず、社会調査士と専門社会調査士の資格申請受付時期は、毎年3月下旬〜4月上旬です。多くの大学・大学院の卒業・修了の時期だと考えればよいでしょう。
次に、6月中旬から7月上旬に社会調査士および専門社会調査士の資格申請の受付が行われます。大学卒業時に社会調査協会に申請していれば取得できます。
また、在学中の学生が卒業前に「キャンディデイト」という制度を使って、社会調査士資格を取得中であることを証明することもできます。「キャンディデイト」であることを証明するためには、学部1、2年生の時に社会調査士資格に必要な科目を3科目以上取得し、さらに2科目を履修中、もしくは取得済みの状態で申請することが必要です。
キャンディデイト制度を利用する場合、(1) 認定申請書、(2) 前年度までの成績証明書および当該年度の履修科目証明書ないしそれに代わるもの、の2点の書類が必要となります。さらに、同じタイミングで認定手数料を納めることが必要です。
ここまで読むと「取得までの手続きがめんどうなのかも…」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、申請書類以外の手続きに関しては、大学のカリキュラムに沿って授業・演習を履修するだけです。
具体的には、大学で資格認定に必要な6科目の単位をとり、大学卒業時に社会調査協会に申請することで資格を取得することができます。資格認定に必要な6科目については、A科目からG科目の7科目のカリキュラムがあり、そのうち、E科目とF科目はどちらか1科目を選択します。
社会調査士になるために必要な科目とは
ここでは、「社会調査士科目」で具体的に何を学ぶのかについて、筆者自身の経験談も交えながら、できるだけ分かりやすく説明します。資格取得のためには、【A】~【G】の科目があります。このうち、【A】〜【D】と【G】に関しては必須科目となりますのでご注意ください。
【 A 】 社会調査の基本的事項に関する科目
社会調査の歴史や目的、意義について主に講義形式で学びます。
【 B 】 調査設計と実施方法に関する科目
社会調査の実施前に行う準備について主に講義形式で学びます。具体的にはサンプリングや誤差、倫理規程(モラル)などについて学びます。
【 C 】 基本的な資料とデータの分析に関する科目
筆者のケースでは、政府統計のe-Statにあるデータを素材に、Excel上で統計データを集計し、表やグラフにして分析・考察を行いました。「基本統計量」「相関分析」に精通できます。高齢者人口と大規模な病院数の相関について考察しました。
【 D 】 社会調査に必要な統計学に関する科目
いわゆる「統計学」の講義です。得られたデータの検定、有意水準、偏差値などについて学びます。筆者の場合、電卓を使う試験を受験しました。
【 E 】 多変量解析の方法に関する科目
散布図や相関・回帰、線形/非線形のグラフ作成ができるようになります。プログラミング言語の R や SPSS を使う演習があり、複雑なデータを多角的に分析できます。
【 F 】 質的な調査と分析の方法に関する科目
インタビューなどの質的な調査について学びます。文献を読んで、質的な社会調査の実施方法について学んだのち、学生同士でペアを組んでインタビューを行い、レポートを書きました。
【 G 】 社会調査を実際に経験し学習する科目
演習型の授業ですが、開講科目の担当教員によってさまざまでしょう。筆者の場合は、所属大学の数百名の学生に対して質問紙調査を実施してデータを集め、幼少期の習い事や生活環境が現在の学部選択にどのように関係しているかについて考察しました。
社会調査士に必要な科目の勉強範囲はかなり幅広く、コンピューターや書籍、人間など、さまざまなものと向き合うことが求められます。注意すべき点としては、【A】~【G】科目について、重複がないように履修することが重要です。
履修科目を決める際には、あらかじめ、社会調査士協会が認めている科目のどれに該当するか、確認するようにしましょう。
社会調査士を取得するまでの時間的コストと難易度
本節では、社会調査士資格を取得するまでにかかる時間と、その難しさについて説明します。
何年で取得できる?費用は?
まず、ご自身の通う大学・学部が「社会調査士資格参加大学」であるかどうかを確認しましょう。下記の社会調査協会のページから、社会調査士科目が開講されている大学と学部/大学院が確認できます。
一般社団法人社会調査協会「社会調査士資格参加大学・科目 インデックス」
社会調査士を取得するまでにかかる期間については個人差がありますが、2年から3年かけて学部・大学院で単位を揃えるのが一般的なようです。1年以内で簡単に取得できるものではないため、かかる時間のコストとしては比較的大きい部類に入るといえます。
「社会調査士(キャンディデイト)」の認定を受けて卒業時に「社会調査士」の資格を取得する場合の認定手数料は、2021年8月現在で合計22,000円(消費税込み)です。「社会調査士(キャンディデイト)」を取得せず、卒業時に「社会調査士」の認定申請をおこなう場合は、16,500円(消費税込み)が必要となります。
参考 :社会調査協会学生サイト
また、社会調査士科目の履修時にはインプットのために教科書などの書籍を買うことや、有料の統計処理ソフトウェアなどを利用する場合があります。
まとめると、社会調査士資格は大学生が取得できる他の多くの資格と比べて、取得までに長い時間がかかるものであると言えます。また、認定を受けるのに一定の費用がかかるということを見込む必要があります。
社会調査士の難易度は難しい?レアな資格?
社会調査士資格を目指す方が気になる資格取得の難易度やレア度についての説明です。
大学のカリキュラムによって難易度は異なりますが、カリキュラムを踏まえて計画的に履修すれば、無理なく単位を取得していくことができます。
筆者は、前期・後期の2タームでそれぞれ2科目ずつ受講するペースで履修しました。難易度については、カリキュラムごとの得意/不得意や、担当する大学教員の授業内容により、大きく変わってくるといえます。
また、社会調査士の開講科目と所属するゼミや研究室の授業とが重なってしまうこともあります。そのため、他に優先順位が高い専門の授業があると、社会調査士資格を満たすのが難しくなることがあります。
個人差はありますが、「【 A 】 社会調査の基本的事項に関する科目」 を筆頭に、アルファベット順で早いものほど、基礎的・簡易的な社会調査の手法が学べるので単位取得率は高いです。
その一方で、「【 E 】 多変量解析の方法に関する科目」や「【 G 】 社会調査を実際に経験し学習する科目」など、アルファベット順で遅いものほど、難易度が高い印象です。
社会調査士のレア度については、初めての取得者は2004年度であるなど、資格自体の歴史が浅く、また社会学部・経営学部・福祉学部などの限られた学部でしか取得できない資格という点で、非常にレアな資格だと言えます。
ちなみに、2020年度の社会調査士資格取得者数は2,258名、専門社会調査士(正規)資格取得者数は50名です。2021年現在、合計で35,181名の社会調査士資格取得者、775名の専門社会調査士(正規)資格取得者がいます。1年ごとの取得者数では、2018年度からわずかに増加傾向ですが、今後もしばらくはレアな資格だと思われます。しかし、長いスパンで見れば今後はメジャーな資格になるかもしれません。
まとめると、社会調査士資格を取ること自体は一般的にあまり難しくはなく、カリキュラムにあるアルファベットから難易度の傾向を探ることができます。そして、資格のレア度は現在非常に高いもので、今後もしばらくはレアな資格であり続けることが推測されます。
社会調査士取得のメリット
どのような資格でも、その資格取得によるメリットが気になりますよね。
ここからは、社会調査士資格をとることと、社会調査の知識・スキルを身につけることのメリットについて説明します。
社会調査士取得に必要な単位は学部・大学院の卒業・修了要件となる単位と重なる
多くの社会学系統の学部・大学院では、社会調査士資格に必要な科目が、大学院の専門科目として開講されています。つまり、社会調査士資格のために受講するつもりで、卒業・修了のために単位を集めていくこともできるので、一石二鳥だといえます。大学に通いながら取得できる資格であるため、コストパフォーマンスも抜群だといえます。
社会調査士取得に必要な科目の履修を通して情報処理・分析の能力が身につく
残念ながら、社会調査士資格が就職活動を決定的に有利にするような事例は、あまりありません。しかし、社会調査士科目で学習する内容は、近年ますます重要性が高まっている統計リテラシーやメディアリテラシーを高める上で、力がつくトレーニングになっています。
たとえば、「【 C 】 基本的な資料とデータの分析に関する科目」の授業では、単純集計だけでなく、度数分布、クロス集計などの統計データの読み方や、グラフの読み方、それらの計算や作成の仕方を学ぶことができます。これらのスキルはSPIなどの就職活動の試験でも役立てることができ、また、就職後の業務内での分析やプレゼンテーションにも、十分に活かせるスキルが身につきます。
社会調査士資格を手にすることももちろん大切ですが、資格のためでなくても、社会調査士になるための科目で能力を磨くことができるのは大きな魅力です。
専門分野の研究能力が身につく
社会学や経営学、福祉を研究している人にとっては、卒業論文や修士論文のクオリティに直結する能力を獲得できます。自分のオリジナルな研究テーマを設定してアウトプットするために、社会調査士資格のための勉強は大きなメリットになるでしょう。社会調査の準備、実践、分析ができる専門の分野で充実した研究をやり遂げた人は、修士課程・博士課程進学や、進学後の論文の執筆やキャリア形成にとって、大きなプラスとなります。
特に社会学の領域では、社会調査士資格(特に専門社会調査士資格)を持っていることが、若手研究者が充実した研究をする上で1つの条件になっているとも言えます。専門社会調査士であることで、大学や専門学校で社会調査を教えられるようになるため、高めた研究能力を活かして教える機会にも恵まれるようになります。
社会調査士資格を生かした進路
本節では、社会調査士資格が役立つ進路・就職活動について紹介します。
博士課程・大学の非常勤教員としてのキャリア
残念ながら、社会調査士資格が民間企業での内定取得に直結するという事例はあまり多くないことが現実です。一方で、大学教員としての就職のようなアカデミアの世界では役立つ可能性があります。
アカデミアのポストは領域によって厳しさが異なります。専門社会調査士資格を持っていれば、社会調査士科目を大学や専門学校で教えることができるようになります。そのため、大学での講義を教える教員として働くうえでは、大きなメリットであるといえます。
調査関連の民間企業就職へ有利となるケースもある
調査関連の民間企業、シンクタンクなどでは、社会調査士の資格保有者を優先したり、すでに働いている職員に専門社会調査士の取得を勧めたりする傾向があります。
そのため、修士課程や博士課程の経験を生かし、研究員としてのポストを求める就活生にとっては、社会調査士資格を持っていることが内定への近道だと言えるでしょう。
また、社会調査士資格取得のために学ぶ統計の勉強や社会調査法実習の経験が、就職活動においてアピールポイントになる例もあります。インターンや選考でのグループワークにおける報告書の作成や、仮説を立てて情報を集め、分析することに役立ちます。コンサルタントなどの職種でもこのような作業は必須であり、就職活動の競争を勝ち抜く中で、社会調査を学ぶ経験が活きることもあります。
社会調査士はメディア業界への就職活動でもアピールできる
新聞社や放送局などのメディア業界では、社会調査の経験をアピールすることができます。メディア業界の仕事は日々調査を行い、調査内容をわかりやすく表現して人々に届けるものであるため、社会調査士資格を取得していることが、その訓練を既に大学で受けていることの証明となります。
履歴書に「社会調査士(キャンディデイト)」と記載してアピールすることも可能であるため、エントリーシートを書くことが一般的なメディア業界に就職する人にとってはこの資格を活かした内定取得、現場での活躍は、大いに期待できるといえます。
おわりに
この記事では「社会調査士」の資格について解説しました。研究者としてのキャリア形成や、民間企業の就職活動にとって、また、社会学・経営学・福祉学を学ぶ上で、社会調査士は役に立つ資格であるということが伝われば幸いです。