大学院生になると、「Ph.D.」という単語を耳にする機会が増えてきます。
しかし、Ph.D.の意味を正確に知っているかとあらためて問われると、意外と知らない方も多いのではないでしょうか。
本記事では、Ph.D.の意味や読み方、正しい表記の仕方に加え、意味や読みの似ているDr.やポスドクとの違い、Ph.D.の語源や歴史的背景に至るまでを、大学院生&理系学生に特化した就活サイト「アカリク」のアカリクリポーターズが詳しく解説しています。
Ph.D.とは
Ph.D.とは、Doctor of Philosophyの略称で、日本でいう博士号に相当します。
ラテン語のPhilosophiae Doctorが元になっています。
「Ph.D.」を取得した、のように文中で用いる場合もあれば、「Ichiro YAMADA, Ph.D.」のように名前に添えることで博士号取得者である旨を示すといった使い方もあります。
Ph.D.は会話の中というよりも文字情報として見る機会が多いため、読み方を知らない方も意外と多いかもしれません。読み方は、そのまま「ピー・エイチ・ディー」です。
参考:Weblio英和辞書「Ph.D.の意味・使い方・読み方」
Ph.D.の語源と歴史的背景

Ph.D.、つまり Doctor of Philosophy のphilosophyは、日本語で哲学を意味する単語です。
しかし、現在のPh.D.は、哲学に限らず幅広い学問の博士号のことを指すようになりました。
それは、現在の諸学問は、元々1つの哲学という学問から派生したものであることが大きな理由です。
哲学とは元々原理や真理を追求する学問一般のことを指し、対象は万物に及びました。
例えば、古代ギリシアにおいて、哲学者の祖とされるタレスは、「万物の根源archeは水である」と主張しました。水がなければ、地球上のどの生命体も生まれておらず、また生きていけないからです。
他にも、現在でも哲学のひとつとされている倫理学の祖であるソクラテスは、「より善い市民や人生」を問い続けたことで知られています。
このように、タレスのように自然や世界について考えた哲学者もいれば、ソクラテスのように人間や人生について考えた哲学者もいたことから、当時の哲学の対象が広かったと理解できるでしょう
その後、キリスト教やローマ帝国の影響を受けた中世には、宗教哲学が発展し、19世紀に入ると、自然科学が急速に進歩し始めます。
例えば、ガリレオとその弟子は、ピザの斜塔の落下実験を行うなど、考えることを唯一の手段としていた従来の哲学とは異なる、実験的手法を用いました。また、ダ―ヴィンは著書「種の起源」の中で、自然は目的をもって創造されたものではなく、進化や淘汰を経て自然選択的に形成されているものであるという進化論を発表しました。
このようにして自然科学は哲学から独立するようになり、現在の様々な科学的学問として発展するようになったのです。
そして哲学は、事実を追及する科学とは異なり、意味を追及する学問として確立して現在に至ります。
このように、Ph.D.のphilosophy(哲学)は、現在の哲学という言葉よりも広義の意味を持ちます。
しかし、原理や真理を追及するという意味では、古代ギリシアの頃の哲学も現在の科学も同じです。
philosophyという単語が、学問分野関係なく博士号を意味する単語に用いられている歴史的背景を知ることで、自分の向き合っている学問や研究について、改めて捉え直せるでしょう。
ちなみに、現在の哲学を専攻する学生がPh.D.を取得し分野名を併記する場合は、他の分野と同じく、Ph.D. in Philosophy などのように分野名を表記しています。
参考:井田太郎・藤巻和宏 (2014年)「近代学問の起源と編成」(p.201-p.221)、勉誠出版
参考:コトバンク「哲学とは」
参考:LINK@TOYO「「無知の知」とは?大学教授がソクラテス哲学をわかりやすく解説【四聖を紐解く④】」
Ph.D.の表記の仕方
正しい表記の仕方は、Ph.D. もしくは PhDとされています。
Ph.D. は主に米国を中心とした表記であるのに対し、PhDは英国を中心とした表記です。
博士号をとった分野を併記したい場合は、日本語と同じようにPh.D. の後ろに括弧をつけて分野名を書いたり、Ph.D. in (分野名) と表記したり、Doctor of (分野名) と書いたりします。
(例)博士(文学)の場合
- Ph.D. (Letters)
- Ph.D. in Letters
- Doctor of Letters
名刺やメールの署名にPh.D.を記載する場合
Ph.D.を取得すると、学生であった頃以上に、外国の研究者に名刺やメールを送る機会が増えてくるかもしれません。
名刺やメールの署名には、名前, Ph.D.のように、名前の後ろにPh.D. を書くのが一般的です。
また、医学部を卒業し医師免許を取得した人は、MD (Doctor of Medicine) も記載します。
(例)「Yoko SATO, Ph.D.」「Ken TANAKA Ph.D.」「Makoto SUZUKI, MD, Ph.D.」
修士号や学士号の表記の仕方
修士号や学士号を英語で表記する場合、修士号は英語でMaster、学士号はBachelorといいます。そのため、修士号や学士号は以下のように表記します。
(例)Master of Engineering 修士 (工学)・Bachelor of Laws 学士 (法学)
参考:toishi.info「学士、修士、博士などの学位を英語で表記」
Dr. やポスドクとの違い

Ph.D. と意味が混同されやすいものとして、Dr. やポスドクがあります。それぞれの違いや使い分けについてみていきましょう。
Dr.とPh.D.の違い
Dr.はDoctorを省略して表記したものであるのに対し、Ph.D.はDoctor of Philosophyを省略したものです。
Dr. も博士号を指す言葉ではありますが、doctorという単語の意味に医者もあるように、より広義な意味合いで使われます。なお、doctorに近い言葉でdoctorateという単語がありますが、これは博士号のことを指すため、Ph.D. と同義であるといえるでしょう。
このように、Dr. と Ph.D.にはそれぞれ微妙なニュアンスの差異があります。
なお、日本で博士号を取得した場合、Dr. と Ph.D. のどちらを名乗るかは個人の判断に委ねられていますが、現在の日本では、 Ph.D. を名乗る方が主流のようです。
参考:EsDifferent.com「博士号と博士号の違い 2021」
参考:THE RYUGAKU「イギリスで博士号(PhD)取得を目指す留学とは?ーーエジンバラ大学留学経験者にインタビュー」
ポスドクとPh.D.の違い
Ph.D.は、ポスドク(Postdoc)と混同されることがありますが、ポスドクとPh.Dは意味が大きく異なります。
ポスドクとは、ポストドクター (Post-doctoral fellow) の略で、「博士課程を修了し、常勤研究職になる前の研究者」のことです。
つまり、Ph.D.は博士号を取得した方のことを指すのに対し、ポスドクはPh.D.を取得したうえで任期制の研究職に就いている方のことを指します。
Ph.D.とポスドクの意味を混同しないように気を付けましょう。
引用:コトバンク 産学連携キーワード辞典「ポスドクとは」
Ph.D.取得のメリット
Ph.D.を取得することは決して簡単な道のりではありませんが、それに見合う大きなメリットもたくさん存在します。
ここでは、Ph.D.を取得する代表的なメリットについて詳しくみていきましょう。
自立した研究者としての証明になる
Ph.D.は、「特定の分野において自立して研究できる知識やスキルがある」と認められた証です。
修士課程までは、指導教員のもとで研究を進めることが一般的ですが、博士課程では自らテーマを設定し、必要な情報を収集・整理しながら計画的に研究を進める力が求められます。
研究の過程で培われる「課題発見・解決能力」や「長期的なプロジェクトをやり遂げる力」は、研究職に限らず、企業や社会の多くの場面で高く評価されるスキルです。
つまり、Ph.D.は、「自らの力で新しい知を生み出せる人材である」と公に認められることも意味します。このような能力は、大学や研究機関にとどまらず、企業や公共の場でも強みとして活かせるでしょう。
専門性を活かして差別化できる
Ph.D.を取得することは、特定の分野について深く学び、自らの力で研究を進められる知識やスキルを身につけているという証です。実は、日本では博士号を持っている人の数はまだ少なく、理系の分野においても限られた割合しか存在しません。だからこそ、Ph.D.を持っていることで、専門人材として注目されやすくなります。
近年では、多くの企業において高度な専門性を持つ人を求める動きが強まっており、博士号を取得していることが応募条件になっているポジションも増えています。例えば、バイオやAI、材料、医薬などの分野では、Ph.D.ホルダーがチームの中心になって活躍しているケースも珍しくありません。
就職活動では、修士卒の学生が多いなかで、Ph.D.取得者という強みをアピールすることで、大きなアドバンテージとなるでしょう。専門的な知識だけでなく、論理的に考える思考力やデータを読み解く分析力など、どのような業界でも役立つスキルがあると評価されやすくなります。
国際的な評価を得やすい
Ph.D.は、世界中で通用する学位です。つまり、日本国内だけでなく、海外の大学や研究機関、企業でも、専門性や研究力を評価してもらえるチャンスがあります。
実際に、海外の大学や研究機関と共同研究やプロジェクトを進める際や、国際学会に参加する際にも、Ph.D.という肩書きがあるだけで信頼されやすく、高い評価を受けやすくなります。名刺やメールの署名に「〇〇, Ph.D.」と書くだけで、相手に自分の立場や専門性を伝えられるでしょう。
さらに、将来「海外で研究したい」「海外の大学で教えたい」と考えている方にとって、Ph.D.は大きな武器となります。国境を超えてグローバルに活躍したいという思いがある場合は、Ph.D.の取得を目指してみましょう。
Ph.D.取得後のキャリアパス
Ph.D.を取得後は、大学や研究機関にとどまらず、さまざまな分野で活躍できる可能性が広がっています。
ここでは、Ph.D.取得後のキャリアパスについて詳しくみていきましょう。
大学・研究機関
Ph.D.取得後の代表的な進路として、まず思い浮かぶのが大学や公的研究機関でのキャリアでしょう。教育と研究を両立する学術の世界で活躍するためには、博士号の取得が必要不可欠といえるでしょう。
「ポスドク(博士研究員)」として数年間研究を積んだのち、助教や准教授、教授といったポジションを目指すのが一般的な流れです。
Ph.D.取得後は、まずは「ポスドク(博士研究員)」として数年間研究に携わり、研究実績を積むのが一般的です。その後、タイミングや実績に応じて、講師や助教、准教授、教授といったポジションにシフトしていきます。
ただし、近年では大学や研究機関のポスト数が非常に限られており、競争も激しいのが実情です。任期付きポジションも多いため、将来的な見通しが立ちにくいと感じる方も少なくありません。安定した職を得るには、研究実績や学会発表、外部資金の獲得といった実績を積むことが大切です。そうすることで、長期的なキャリアにつながる可能性が高まるはずです。
「教育に関わりたい」「自分の専門を深めたい」「次世代の研究者を育てたい」といった強い思いがある方には、やりがいのあるキャリアパスといえるでしょう。
民間企業の研究職・技術職
Ph.D.取得後の進路として、民間企業で研究職や技術職として活躍するケースも増えています。
特に理系の分野においては、博士号で培った専門性や論理的思考力を高く評価する企業が増えていることから、大学や研究機関などに留まらない幅広い活躍の場が広がっています。
例えば、製薬・化学・エネルギー・IT・自動車・電機といった多くの業界では、R&D(研究開発)部門やAI・データサイエンスなどの最先端技術の実用化に関わる部署においても、博士レベルの専門知識が求められるケースが増えてきました。
企業によっては、博士号取得者を対象とした採用枠やポスドク経験者を歓迎する制度を設けているケースも少なくありません。特に高度な知見を必要とするプロジェクトでは、企業によっては、博士向けのポジションやリーダー育成枠を設けているところもあります。
企業で働く魅力は、研究の成果が製品やサービスとして社会に直接反映されることでしょう。「自分の研究を社会に活かしたい・応用したい」「製品開発や技術革新に関わりたい」「チームで協力しながら製品やサービスの実用化を目指したい」と考える方には、企業でのキャリアは、とてもやりがいのある選択肢といえるでしょう。
公的機関・政策立案・シンクタンク
博士号を活かして社会課題に取り組みたい方には、官公庁や独立行政法人、シンクタンクでのキャリアパスもおすすめです。
例えば、科学技術政策や環境問題、地域振興、エネルギー政策などの分野では、Ph.D.で培った専門知識や分析力を活かして、データに基づいた調査や政策提言に携われるでしょう。
公的機関・政策立案・シンクタンクでの業務は、大学や企業での研究とは異なり、「社会の課題をどうすれば解決できるか」といった視点が重要視される傾向にあります。実際の業務では、研究や論文作成だけでなく、行政文書や報告書の作成、会議資料の準備、関係機関との調整などが求められるケースも多くみられます。
つまり、論理的思考力や、複雑な情報を整理してわかりやすく伝える力、そしてエビデンスに基づいた現実的な解決策を提案する力などが求められる分野といえるでしょう。
「研究の力で社会をより良くしたい」という強い思いがある方にとって、大きなやりがいを感じられるキャリアパスです。
海外での研究職
Ph.D.は世界共通の学位であるため、海外の大学や研究機関で働くチャンスもあります。
国や分野によって事情は異なるものの、海外では博士号取得者が「専門分野におけるプロフェッショナル」として扱われる傾向が強く、裁量権や待遇の面でも恵まれているケースも多くみられます。特に英語圏では、博士号取得者のキャリアパスが多様で、ポスドクや講師職として活躍できる機会も多く存在するのです。
また、海外では研究者が国際的なプロジェクトに参加したり、複数の国をまたいでキャリアを築いたりするケースも珍しくありません。そのため、将来グローバルな環境で働きたい方や、異なる研究文化に触れてみたい方にとって、海外での研究職は大きな可能性を秘めた選択肢といえるでしょう。
日本におけるPh.D.保持者数
現在日本では博士課程に進学する学生が減っていると言われていますが、日本にはどれくらいのPh.D. 保持者がいるのでしょうか。
文部科学省 科学技術・学術政策研究所の調査によると、2023年時点でPh.D. 保持者は185,869人(女性は37,086人)のようです。
研究者数においては 1,003,883人(女性は183,276人)いるのに対し、より研究に対する専門知識を備えているPh.D.保持者の人数が5分の1程度に留まっています。
また、研究者に占める博士号保持者の割合は、何年間も横ばいで推移しているため、Ph.D.の保持者数がすぐに増えることはあまり期待できません。
Ph.D.保持者の割合が横這いで推移している理由としては、経済的負担の大きさや、研究ポストの少なさ等が挙げられています。
徐々に博士課程の学生を支援する政策も取られるようになってきましたが、Ph.D.取得を目指すには、まだ強い覚悟と信念が必要とされているのが現状です。
博士課程に進学すべきかどうか迷っている学生の方は、こちらの記事も是非参考にしてみてください。
引用:文部科学省 科学技術・学術政策研究所 (2021年)「科学技術指標2024」表2-1-13
参考:文部科学省 科学技術・学術政策研究所 (2021年)「科学技術指標2024」表2-1-8 (B)
まとめ
現在大学院や大学に在籍していて、博士号の取得を目指している方は、Ph.D.の基本的な知識や、Dr.とのニュアンスの違いなどを正しく理解することが大切です。
Ph.D.を取得するまでの道のりは、決して簡単ではありません。経済的にも精神的にもつらく感じるケースも多いからこそ、「Ph.D.」という言葉の背景にある哲学や歴史を知ることで、自分が取り組んでいる学問や研究の価値を、あらためて感じられるでしょう。
本記事が、これからの学びや進路に向き合ううえでのヒントになれば幸いです。
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