小1の壁、という言葉があります。子どもの小学校入学を機に、親の仕事と育児の両立生活に困難をもたらす様々な課題が壁のように立ち上がってくるということを示しています。
子が成長し、またいわゆる「保活」が必要だった保育園と異なり、公立小学校には必ず入学できるわけですから多少楽になりそうなものですが、別の事情があるのです。
保育園や幼稚園での預かり保育が親の就労を前提としているのに対し、小学校はあくまで児童を中心とした教育施設です。
たとえば、学校の時間割は家庭の事情にかかわらず固定されていますから、保育時間のように出退勤時間に合わせて調整することはできません。保護者会や引取訓練など、保護者の参加が必要な行事が平日に開催され、その日程の連絡も実施日に余裕を持って知らせてくれるとは限らず、入学式の当日に、翌週平日に実施される保護者会への参加を要請されるということもよくあることです。また、体操服のゼッケン付けに始まる学用品の準備、ノートや鉛筆など消耗品のこまめな残量確認と購入、そして毎日の時間割に応じた持ち物の準備、さらには宿題の丸付けが家庭に任されることもあります。
学童保育所はありがたい存在ではありますが、あくまで家庭に代わる、児童の放課後の居場所の確保を目的とした施設であり、食事や宿題のケアをしてくれるわけではありません。開所の時間も限られているので、以前よりもお迎えの時間が早くなる場合もあります。
小学校入学のタイミングで育児時短勤務が終わる人にとっては、なおさら切実な問題となってきます。
小1の壁を超えることは「文化圏の移動」?
「小1の壁」、その壁が隔てているものはいわば「文化圏」なのではないかとわたしはとらえています。小1の前と後とでは、物事の優先順位や”価値観”、”常識”が異なるように思うのです。
それまで家庭ないしは親は、保育施設から仕事と育児の両立生活のためのサポートを受ける立場でしたが、入学を機に今度は学校が担う教育の機能を補うことを求められる立場にかわります。
協力を得る側から、協力をする側への役割の変化。
そう考えると、入学というのは、「成長した子どもが親の手から離れていく通過点」というよりも、「親に”学校”という仕事が一つ増えるタイミング」と考えるほうが正しい認識になるのではないでしょうか。
もちろん、食事から排泄、生活のすべてに大人の介助が必要だった幼児期が終わり、小学生となれば、多くは身の回りのことが自分でできるように成長しているのも事実です。しかし小学生になるということは、思春期に向かって自我意識が発達していく段階にある子どもが、環境の変化や新たな友人関係に出会うということでもあり、これまでとは違った心のケアが必要になる時でもあります。
保育施設への通園は、たとえ子どもが「行きたくない!」と泣き叫ぶ日があったとしても、園まで連れていけば保育士さんが受け止めてくれました。保護者の姿が見えなくなった後はすぐに泣き止んで友達と遊んでいた、と報告をもらうことも珍しい例ではありません。親と離れることに慣れていない子どものサポートからはじまり、友達同士の関わり合いもプロの目で見守ってくれます。朝の預け入れをしてしまえば、保育施設から連絡があるのは発熱等の体調不良の場合のみで、後は安心して仕事に集中することができます。預けていた間の出来事や、子の気になる言動については、お迎えの際に担任から話を聞くことができ、そのほか家庭での育児の相談にもいつでも応じてもらえる。それが小1の壁前文化圏の生活でした。
しかし小1の壁後の文化圏では、学校生活に必要なスキルは予め家庭で身につけておくことが求められます。通学路を覚えひとりで登下校すること、決められた時間席に座って先生の話をきくこと、体育着への着替えの際には床に座ることなく立ったまま着替えること、給食当番の白衣を綺麗にたたむこと、などなど。どれも学校に入学して初めて経験することでありながら、入学後に手取り足取り教えてもらえることではなく、授業を受けるための前提条件になっているようなものです。学校のことは学校にお任せ、ということにはならず、学校で学べるよう下準備をおくことが家庭に求められています。
送り迎えがなくなり、親が担任と直接話したり学校での様子を知る機会は限られ、家庭での育児に関する相談を学校にするということは一般的にはなくなります。児童に問題のある言動があれば、学校から家庭に連絡があり、親も指導を受け、学校と連携しながら対応していくという構図が、小1の壁後の文化です。
小学生になることは、のび太くんになること?
この春入学した親戚に、学校に行くことを嫌がっている子がいます。
その子は、「学校はテストがあるから行きたくない。ぼく0点とっちゃうもん」
と、入学前から学校のことを恐れていました。
ランドセルを買ってもらうなどの入学準備をするなかで、学校生活が楽しみになってくることも多いと思うのですが、この子は一貫して「学校は嫌」と言い続けていました。
周りに学校嫌いの先輩がいるわけでもないし、どうして学校に嫌なイメージをもっているのだろうかと不思議におもっていたのですが、本人の話をきいているうちになんとなくわかってきました。
この子が毎週見ているというテレビアニメがふたつあります。ひとつが『クレヨンしんちゃん』、もうひとつが『ドラえもん』です。
ある意味ではこの子にとって小1の壁は、『クレヨンしんちゃん』の世界から『ドラえもん』の世界への移動なのです。周囲の大人を翻弄しながら自分の思うがままに毎日を楽しんでいるしんのすけくんの生活から、勉強ができずに先生に叱られるのび太くんの生活(それもドラえもんなしの)に変わってしまう、という印象から不安を抱いているようでした。
通信教育の入学準備講座をはじめ、絵本などを通して学校に対する期待が膨らむような明るい情報にもたくさん触れていたはずなのですが、どうしたわけか小学校や勉強というものに否定的なイメージをもってしまっていました。
実際の学校生活に馴染み、友達ができたりすれば変わってくるだろうと思っていますが、強い先入観を払拭するのには時間がかかるようで、「校長先生は嘘つきだ。学校は楽しいところだなんていって、ぼくらを騙してる」などといって親を心配させています。
「行きたくない」と泣いている子もひとたび預け入れをしてしまえばしっかりとケアをしてくれていた保育施設の頃とは異なり、学校では「行きたくない」という児童の意思を尊重することもあります。無理矢理に登校させて親は仕事に集中、というわけにはいきません。 不登校になった場合には、保健室登校やスクールカウンセラーによる対応、最近ではオンライン受講という選択肢も増えたりと様々な取り組みがありますが、学校の制度的にも、子どもの心の発達段階的にも、親の負担は大きいものです。子どもの学校生活の状況は、親の仕事・研究の継続の可否にも直結します。
小1の壁後のワーク・ライフ・バランスとは?
「今はご家族を優先してください」
第一子を出産して以降、この一言で研究会の参加、共同研究や出講の話が、保留(後の立ち消え)になってしまった経験があります。
善意と気遣いからかけられる言葉で、その優しさがありがたかったこともありますが、時には厳しく聞こえたこともあります。
「今は」とは、いつまでのことでしょうか。
乳離れするまで?
保育先が見つかるまで?
小学校に入学するまで?
子どもが学校に慣れるまで?
では、その「今」が終わったら、研究と家族の優先順位は入れ替わるべきなのでしょうか。家族を優先しながら研究を続けることは、一時的にしか許されないことなのでしょうか。
また、仕事面においてわたしは「家庭を優先している研究者」とみなされている一方で、子の学校方面においては、PTA活動に参加せず、学童を利用し、保護者会を欠席している姿から「仕事を優先している親」とみなされることもあります。どちらへの関与も中途半端で、十分な役割を果たしていないような曖昧な立ち位置になっています。
家族の事情は、子育てのようにある程度時間の区切りが明確で予想のつくものばかりではありません。親の介護、家族の病気、事故や災害、誰の人生にも様々な出来事が起こりえます。その都度、仕事あるいは研究は、あくまで一時的にセーブしていく、という考え方では、上手くいかないこともあるのではないかと思うのです。
「ワーク・ライフ・バランス」あるいは「生活と仕事の調和」という言葉がありますが、内閣府が示す定義によると、「働くすべての方々が、『仕事』と育児や介護、趣味や学習、休養、地域活動といった『仕事以外の生活』との調和をとり、その両方を充実させる働き方・生き方」を指すそうです。
(参照:内閣府 男女共同参画局 仕事と生活の調和推進室「仕事と生活の調和」推進サイト
仕事と仕事以外の生活、という線引は難しく、小1の壁にぶつかるポスドクにとっては、むしろ子育ては仕事、研究は趣味や生活の領域ということもあります。いずれにしろ、バランスが保たれている状態、調和がとれている状態とは理想ではありますが、実際には不可能に近いものです。バランスを崩し、調和を乱しながらも、人生をかけて取り組む自身の研究、すなわち「ライフワーク」を続けるために様々な調整や変化が必要になるのが、「小1の壁」であり、その後に待ち受けているという「小4の壁」「13歳の壁」という試練、文化圏の移動なのかもしれません。
[文責:子育てポスドク(人文科学系・博士課程単位取得退学)]
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