今回からは海外で生きる上で避けて通れないお金の話について、紹介していきたいと思います。今回は、海外で生活することによって直面する経済的リスクの話をします。
まず一つ明確に述べたいのは、筆者は「リスクがあるから海外に行くのはやめよう」を主張したいのではありません。どこでどのような生活を送っても、それなりのリスクを負わないといけません。海外で生活する上でどのようなリスクがあるかを正しく認識した上で、正しく対策や計画を立てた上で海外生活を送った方が、結果的に海外ポスドク生活を楽しめると考えています。
為替レートに翻弄される海外在住者
最近ではドル円の為替レートが1ドル=150円台になってしまい、社会的な関心を惹きつけていました。日本で生活を送る人たちに比べて、海外に行こうとする人や海外で生活している人は、こうした為替レートの変動には常日頃から一喜一憂させられてしまっています。しかし、今回は新型コロナウイルス感染症の流行がもたらした社会的影響の一つである各国の物価高騰も相まっているため、特に影響が大きく、円建ての収入で海外暮らしを送っている人からは、悲鳴が上がっています。
政府や民間から海外に派遣された職員などにおいては、日本から支出された給与が為替レートの変化で実質数割減らされたことにも等しく、現地での生活を支えることができないことが認識されています。この点は、日本の外相発言の中でも言及されています(下記URL参照)。
参考URL:日本ロイター 「急速な円安で在外職員に甚大な影響、適切な手当必要=林外相」https://jp.reuters.com/article/japan-finmin-idJPKBN2RG05T
研究者においては、日本学術振興会の海外特別研究員(以下、「海外学振」)のような、研究専念義務が課されており、副収入が許されないような制度下に身を置いている人たちにとっては特に影響が大きい事態になりました。海外学振が提供する給与水準が欧米を中心とした外国の生活水準に対して安すぎていることはかねてより指摘されてきたことですが、今回の為替の変動でさらに事態が悪化し、問題が無視できないほど顕在化されました。
インターネット上の情報では、2022年10月には海外学振関連制度の当事者の方が国会議員に対して陳情や嘆願を行い、制度の変更を求める動きがありました。残念ながら、現状では、問題の存在を議員側に認識してはもらえましたが、現状の改善まではまだ至っていません。
海外生活に含まれる経済面のリスク
社会生活を送っている限り、経済状況の影響を受けてしまうことは、誰にとっても避けられませんが、海外で生活を送る人々は特にリスクを意識させられることが多いように思えます。その理由はいくつかあります。
- 国際的な政治・経済状況の変化から受ける影響
- 年金や社会保障などで現地の方々より不利になる可能性
- 海外移住自体がもたらす不確実性や、それらがもたらす心身のストレス
こちらの(1)に関しては、先ほど紹介したように為替レートから受ける影響が一つの典型例です。日本から給与を支給されたり、仕送りをもらって生活していたりする場合には特に影響が大きいですが、現地で給与をもらうにしても完全にこのリスクを避けられるわけではありません。
例えば、日本から海外に移動する際には移動費用や現地での生活をスタートする費用を現地の通貨に両替しないといけません。その時にたまたま円安の時期になってしまうと、予定していた額よりもずっと少ない額しか入手できない可能性があります。逆に日本に帰国する際にたまたま円高の状態になっていたら、海外で蓄積した貯金が減ったり、移動費用が割高になったりすることがあります。筆者自身が日本に留学した際や、日本からオーストラリアに移動した際、そしてオーストラリアから日本に戻った際は、全部このような状況に直面してしまいました。今思い出しても財布が痛いです。
また、日本で貯金や不動産などの資産を持っていたり、日本へ仕送りをしないといけなかったりする時も、為替の影響を受ける可能性があります。
政治的影響が経済面にもたらすリスクの例としては、滞在国と出身国の間の緊張状態が挙げられます。これらが発生すると、自分自身の雇用や日頃行う経済活動(買い物から投資までの様々な活動)が、自分の国籍によって影響を受ける可能性があります。また、ロシアとウクライナの戦争状態を想像していただければわかりやすいと思いますが、自分と直接関係のない国の間で緊張状態があった時にも、その影響で滞在国の経済が大きく揺らいたり、国を跨いだ移動が非常に高額になったりなど、様々な問題が発生します。
(2)の社会保障の件もいくつかの側面から理解できます。
一つは外国人という身分がもたらす問題です。
そもそも、外国人として働いて際は、現地人とは異なる保証を受ける可能性があります。例えばオーストラリアでは、自国民や永住権を持つ人だけが無料の医療を受けられます。新型コロナウイルス感染症給付金のような一時的な社会福祉政策では、場合によっては、外国人は対象外になってしまう可能性もあります(幸い今回の新型コロナウイルス感染症対策では、主要各国は移民や外国人労働者を公平的に扱いましたが)。
二つ目は国間の移動がもたらす制度上の不利益です。
典型例としては、年金納入の継続年数の問題があります。日本では大学生時代から国民年金を納入し、卒業後に働くのであれば厚生年金を納入します。老後に年金をもらうことができるかどうかや、もらえる場合の金額は納入の年数に応じて大きく変わりますので、国を跨いだ移動によって日本または現地での納入継続年数が短くなると、それだけ将来にひびいてくるかもしれません。
また、ある国を長期的に離れる際に、過去に納入した年金の記録が「消えてしまう」可能性がある問題も発生します。これは、納入された金額が全て無くなるという意味ではなく、「年金制度から脱退した」扱いになるという意味です。
例えば、筆者が日本からオーストラリアに移動する際には、日本で払っていた厚生年金を脱退し、脱退一時金を支払われるということになりました。しかし脱退一時金は自分が支払った年金保険料の額と比べて大幅に少なかった上、支払われた一時金が「非居住者の収入」とされかなりの額の税金が取られてしまいました。その上で日本に再度戻ってきた時には0から厚生年金を納入することになりますので、だいぶ損していることになります。
なお、日本における年金脱退制度に関しては日本国籍ではない人に当てはまる制度ですので、日本人の皆様はまた違うケースに直面します。ここで挙げたのは、あくまでも「移動によって年金などの面で不利になる可能性があること」の例としているだけです。
(3)で言及された移動がもたらす不確実性とストレスに関しては、海外移住自体によってもたらされる環境変化の問題をさしています。我々は通常、家族や友人、昔からの知り合いなどといった「社会関係ネットワーク」を構築した上で生活しています。ネットワークを経由して、物資や人手、そして精神面で多くのサポートを受けたり、提供したりしています。
海外移住によって、人は生まれ育った自国やその中にある人間関係ネットワークから離れ、異国の地で新たに生活基盤・人間関係を構築しないといけない状況に置かれてしまいます。その際に感じる孤独はもちろん大きなストレスになりますが、「困っていても助けを求められる相手がいない/信頼できる相手がいない」といった社会関係資本の欠如も現実問題として存在します。つまり、何かアクシデントによって困難に陥ってしまったら、海外にいる時の方が、日本にいた頃よりも、大変な目にあったり立ち直りにくかったりします。
このように、社会関係によるサポートの欠如は人々の生活に大きな不確実さをもたらしてしまいます。このような不確実性の大きい状態はそれ自体が問題であり、また、心身を蝕むストレスの源にもなります。
経済的リスクへの対応をするためには
リスクそのものを怖がっても始まりません。正しく認識し、対策をとることが最も重要です。海外在住者が直面する経済的リスクへの対処は、個人レベルから社会制度レベルまで、さまざまな方面からのアプローチが必要ですが、我々が個人として行える対策を取り上へたいと思います。
簡単にまとめると
- 経済的リスクを意識したうえで長期戦略を考ること
- 収入源を複数持つこと
- 経済的バッファーを増やすこと
- 年金や社会保障のプランニングを立てることで、
海外暮らしにおける経済面の基盤を整えることが必要です。
上記の1は意識面と戦略面の話で、2〜4は具体的な行動面の話になります。詳細は次回に展開しますので、どうぞおたのしみに。
[文責:LY / 博士(文学)]
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