理学部で語られる就職の数字には、卒業者全員を分母にしたものと、就職を希望した人だけを分母にしたものが混ざっています。この二つを区別しないまま比べたときに出てくるのが、「理学部は就職に不利」という受け止め方です。
この記事では、文部科学省が定める就職率の定義と学校基本調査、名古屋大学・東北大学・京都産業大学などが公表する実人数をもとにした進路の構成、学部卒が進んでいる産業、学位段階による違い、学校推薦という応募経路について解説します。
1.理学部の進路は大学によって大きく変わる
理学部を出た人がどこへ進むのかは、全国平均の数字だけでは見通せません。卒業生の大半が大学院へ進む理学部と、学部で就職する人が多数派を占める理学部が、どちらも実在するためです。大学が公表している実人数を並べると、その幅がはっきりします。
大学院進学が大半を占める理学部
名古屋大学理学部が公表する進路内訳では、合計259名のうち大学院進学が213名を占めています。民間企業への就職は30名、高校・中学の教員が7名、公立機関が1名、その他が8名という内訳です。進学が卒業者の8割を超えており、この型の理学部では、就職活動より先に大学院入試が標準の進路になっています。
学部で就職する人が多数派の理学部
京都産業大学理学部が公表する2025年度の進路では、大学院進学者25名に対し、就職者は83名でした。大学院へ進む人は少数で、学部を出た時点で就職する人が多数派を占めています。進学が大半を占める先の名古屋大学とは、進路の構成が逆になっています。
出典:京都産業大学理学部「進路・就職(大学院進学・就職)(理学部)」
全国では卒業者の半数近くが進学
全国の統計では、令和7年3月に卒業した理学関係学科の17,863人のうち、進学率が47.5%、卒業者に占める就職者の割合が45.8%でした。この割合は卒業者全員を分母にしており、大学院へ進んだ人も分母に含まれます。関係学科別に見ると、その構成には次のような幅があります。
| 関係学科 | 卒業者数 | 進学率 | 卒業者に占める就職者の割合 |
|---|---|---|---|
| 理学計 | 17,863人 | 47.5% | 45.8% |
| 数学 | 3,645人 | 31.2% | 60.8% |
| 物理学 | 2,382人 | 59.6% | 34.5% |
| 化学 | 2,550人 | 61.8% | 32.9% |
| 生物学 | 2,263人 | 48.2% | 44.5% |
| 地学 | 624人 | 44.9% | 48.9% |
| その他 | 6,399人 | 46.7% | 46.8% |
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 関係学科別状況別卒業者数」
進学率が31.2%の数学から61.8%の化学まで差があり、自分の見通しに使えるのは学部単位の平均値ではなく、所属する大学・学科の数字のほうです。
2.「理学部は就職に不利」は二つの就職率の取り違えから生まれる
「理学部は就職に不利」という見方が生まれるのは、卒業後にどれだけ就職したかを表す割合が二種類あり、分母の違いに触れないまま並べて語られるからです。分母が違う数字をそのまま比べると、理学部の進路は実際より狭く見えてしまいます。分母をそろえて読み直せば、この見方は成り立ちません。
「就職率」の分母は就職希望者
文部科学省の通知は、就職率を「就職希望者に占める就職者の割合」と定義し、調査時点における就職者数を就職希望者で除したものとしています。ここでいう就職希望者には、卒業後の進路として進学・自営業・家事手伝い・留年・資格取得などを希望する人は含まれません。
一方、学校基本調査で公表される指標は平成26年度以降「卒業者に占める就職者の割合」と称し、大学院へ進んだ人も分母に残ったままです。就職率と呼ばれるのは就職希望者を分母にした指標のほうですが、卒業者を分母にした数字も卒業後の就職の多寡を表すため、両者は同じ性質の割合として並べられます。
出典:文部科学省「文部科学省における大学等卒業者の「就職率」の取扱いについて(通知)」
卒業者を分母にした理学の45.8%
学校基本調査で令和7年3月の卒業者を見ると、大学計では卒業者全員を分母にした就職者の割合が77.0%で、理学計は45.8%です。同じ調査で理学計の進学率は47.5%あり、大学全体の12.0%を大きく上回ります。卒業者を分母にする指標では大学院へ進んだ人も分母に残り続けるため、進学の多い分野ほど就職者の割合は低く出ます。45.8%という数字が示しているのは進路構成の違いであって、採用のされにくさではありません。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 関係学科別状況別卒業者数」
就職希望者を分母にした理系学部全体の98.1%
文部科学省の就職状況調査は、就職希望者だけを分母にした就職率を公表しており、令和8年4月1日現在で大学(学部)全体98.0%、文系98.0%、理系98.1%となっています。理系という区分は理学部だけでなく工学や農学なども含む理科系の学部全体を指すため、この98.1%は理学部だけを取り出した数字ではありません。
出典:文部科学省「令和7年度大学等卒業者の就職状況調査(4月1日現在)」
大学が個別に公表する就職率も分母は就職希望者で、京都産業大学理学部の2025年度は就職希望者86名に対して就職者83名、就職率96.5%です。卒業者全員を分母にして進学した人も残したままの45.8%と、就職希望者だけを分母にしたこれらの就職率は、そもそも同じ土俵の数字ではありません。
出典:京都産業大学理学部「進路・就職(大学院進学・就職)(理学部)」
3.学部卒と大学院修了では就職する産業の重心が違う
理学部の就職先としては、メーカーの研究開発が思い浮かびやすいところです。しかし大学が公表する産業別の実人数を見ると、学部卒の行き先はそれとは違う形をしており、大学院修了とでは就職する産業の重心そのものが入れ替わります。
学部卒の就職先は製造業に偏っていない
東北大学が公表する産業別就職者数の表では、2025年5月1日現在の理学部(学部)の就職者は計28名です。内訳は学術研究・専門技術サービス業が8名で最も多く、情報通信業5名、教育・学習支援業3名と続き、製造業は2名にとどまります。この表の学部卒に限れば、行き先は「理系だからメーカー」という想像とは逆で、情報通信業や学術研究・専門技術サービス業のほうへ開いています。
大学院修了では最多の産業が製造業に入れ替わる
同じページの大学院の表では、理学研究科の就職者171名のうち製造業の66名が最も多く、情報通信業42名、学術研究・専門技術サービス業19名、教育・学習支援業13名と続きます。学部の28名に対して大学院は171名であり、就職する人数そのものも大学院段階に集まっています。集計の条件がそろった同じ大学の二つの表で最多の産業が入れ替わる以上、学部で就職するか大学院を出て就職するかは、時期の違いであると同時に、入っていく市場の重心の違いです。
別の大学の集計でも学部卒の行き先は複数の産業に割れる
熊本大学理学部が公表する過去5年の進路を5コース分合計すると、企業に就職した210名のうち情報通信業・運輸業が56名、製造業が49名、金融業・保険業・不動産が22名、専門・技術サービス業が21名という順になります。
コース別では重心が動き、化学コースは企業就職31名のうち16名が製造業、数学コースは51名のうち17名が情報通信業・運輸業でした。区分の切り方が東北大学とは異なるため二つの大学の人数は足し合わせられませんが、学部卒の就職先が製造業一色ではなく複数の産業に割れることは、別々の集計に共通して表れています。
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4.求人は専攻名ではなく職種の中身で来る
自分の専攻名と企業の業種がそろわないことは、応募する側にとって気がかりでしょう。しかし、技術系の職務の区分を定めているのは専攻名ではありません。総務省が統計の基準として定める日本標準職業分類は、技術者の仕事を学科や専攻の名前ではなく、職務の中身で区分しています。
職業分類は専攻名ではなく職務の中身で区切られている
日本標準職業分類は、小分類077「化学技術者(開発)」を、科学的・専門的知識を応用して、医薬品や化粧品を含む化学製品の開発に関する技術的な仕事に従事するものと説明しています。
もう一つの項目、小分類087「化学技術者(開発を除く)」の説明に並ぶのは、製造に関する化学工程の工程設計と、工程管理・品質管理、監督、指導・分析・検査という技術的な仕事です。研究開発や品質管理、分析といった職種は、求人票ごとの呼び名である前に、統計の基準が職務の中身で区切った公的な区分です。この定義は仕事の中身だけで書かれており、出身学科や専攻名は現れません。
出典:総務省「日本標準職業分類(平成21[2009]年12月統計基準設定)」出典:総務省「日本標準職業分類(平成21[2009]年12月統計基準設定)」
化学関連の職種は化学メーカー以外の業種からも募集される
埼玉大学理学部基礎化学科に届く求人で最も多いのは、化学関係の企業からのものです。あわせて金属・鉄鋼、精密機器、電気・電子、食品・衣料、資源・環境、機械・設備といった業種からも、化学関連の職種での求人が多数あると説明されています。実際の就職先も化学関係と情報関係の企業が多数を占めています。
ここから読み取れるのは、求人が基礎化学科という学科の単位に届きながら、その送り手も進んだ先も一つの業種に限られていないという形です。
物理学科には幅広い業種から求人が届いている
北海道大学理学部物理学科は、例年200社以上から求人があるとしたうえで、基礎学問である物理学があらゆる分野に応用できることが評価されているためだと説明しています。学科が挙げる就職先は製造業、IT系ソリューション企業、研究者・教員、公務員におよび、実際の就職実績には自動車・電機大手のほか、学部卒より修士修了に多い傾向がある金融・コンサルティング企業も名を連ねています。専攻名と直接つながらない業種が並ぶ背景として大学が挙げているのは、学科の名前ではなく、物理学の応用範囲の広さそのものです。
化学でも物理でも、どの業種から求人が届いているかは学科自身の進路の説明に書かれており、同じ種類の記述は自分の学科の説明からもたどれます。
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5.学校推薦は近道ではなく、動き出しは選考解禁より早い
理学部で就職する道を選ぶ場合、応募の経路は自由応募と学校推薦の二つです。学校推薦は企業が大学の学科・専攻あてに推薦枠を示し、大学側が学生を推薦する応募経路です。運用の細部は大学ごとに異なるものの、時期と拘束のしかたには共通の枠組みがあります。
学校推薦の扱いは6月1日以降と申し合わされている
学校推薦の時期は個々の大学が勝手に決めているものではなく、就職問題懇談会の申合せが、2027年度卒業・修了予定者について学校推薦の取扱いを卒業・修了年度の6月1日以降としています。これは採用選考活動の開始時期と同じであり、推薦は自由応募より早く内定へ近づく抜け道ではありません。
東京大学理工連携キャリア支援室の説明でも、推薦の依頼は企業から学科・専攻という単位へ寄せられるとされています。どの企業の依頼が届いているかは大学と学科ごとに違うため、推薦を検討するなら所属大学のキャリア支援窓口で確かめておきましょう。
出典:就職問題懇談会「令和9年度大学、短期大学及び高等専門学校卒業・修了予定者に係る就職について(申合せ)」
出典:東京大学理工連携キャリア支援室「学校推薦と自由応募」
推薦は内定の保証ではなく、辞退の自由と引き換えの経路である
学校推薦の効果について、東北大学理学部・理学研究科キャリア支援室は、採用プロセスで少し有利になる程度のものにとどまる場合がある一方、学科・専攻からの推薦でほぼ内定が確実になる昔ながらの型も残っていると説明しています。効果の大きさは推薦の型によって幅がある一方で、東京大学理工連携キャリア支援室によれば、学校推薦では基本的に内々定後の辞退ができません。
同じ申合せが、9月30日以前の内々定は学生を拘束するものではないと確認していることと比べると、推薦は辞退の自由を差し出す代わりに枠へ応募する経路だと整理できます。推薦は志望順位を固めてから使う経路であって、迷ったまま使うものではないと理解できるでしょう。
出典:東北大学理学部・理学研究科キャリア支援室「理学部・理学研究科のための就活ガイド」
出典:東京大学理工連携キャリア支援室「学校推薦と自由応募」
出典:就職問題懇談会「令和9年度大学、短期大学及び高等専門学校卒業・修了予定者に係る就職について(申合せ)」
実質的な動き出しは卒業・修了前年度の夏に始まっている
就職・採用活動日程に関する関係省庁連絡会議が2027年度卒業・修了予定者向けに示した考え方では、広報活動の開始は卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降、採用選考活動の開始は卒業・修了年度の6月1日以降です。同資料は、インターンシップ等への学生の参加が卒業・修了前年度の7月から本格化しており、6月までには累計で約9割の学生が内々定を受けているという実態も示しています。
なお、主に文系学生が応募する銀行、商社、コンサルティング会社等は大半が自由応募での採用とされており、志望先によっては推薦という経路をそもそも選べません。学部で就職する道を選ぶなら、実質的な動き出しは学部3年の夏のインターンシップからであり、進学か就職かの検討はそれより前に終えておくことになります。
出典:就職・採用活動日程に関する関係省庁連絡会議「2027年度卒業・修了予定者の就職・採用活動日程に関する考え方」
出典:東京大学理工連携キャリア支援室「学校推薦と自由応募」
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まとめ
卒業者全員を分母にした割合は、そこに何人の進学者が残るかによって大きく変わります。進学がほとんどを占める理学部もあれば、学部段階で就職する人のほうが多い理学部もあります。「理学部は就職に不利」と言われるのは、この割合と、就職を希望した人だけを分母にした就職率を同じ数字として読んだからです。
学部卒の就職先は、情報通信業や学術研究・専門技術サービス業を含む複数の産業に広がっており、その構成は大学院修了者とは異なります。求人の区分を定めているのも専攻名ではなく職務の中身であり、専攻名と業種のずれは、それだけで応募先が狭まることを意味しません。
自分の大学・学科の進路実績を確認し、その数字が誰を分母にしているのかまで確かめれば、進学と就職の比較は自分の条件に沿った形で進められるでしょう。








