はじめに
研究者をやっていると、論文を投稿することになります。多くの分野では、「査読付き論文」が研究者にとって業績の最も重要な部分として考えられています。
査読付き論文はピア・レビュー(peer-review)というシステムによって、同業者かつ専門家である査読者によって内容がチェックされるため、論文に書かれている情報の妥当性や正確性がある程度担保されていると考えられるのです。
アカリクコラムでは、査読論文投稿のイロハについての記事を掲載しています。こちらもぜひご確認ください。
今回の記事では、査読される側の視点ではなく、査読する側の視点から基礎的な情報を紹介します。
査読システムの仕組み
よくある誤解としては、学術分野ごとに査読を行うための専門的な組織があり、そのメンバーが投稿されてくる論文に対して査読の判断を行うと思われることがあります。しかし、実際のところはそうではありません。
ほとんどの場合、査読者も投稿者たちと同様の立場にいる、現役の研究者です。
学術論文は最先端の学術研究成果について書かれているのですが、その審査を行うには、目まぐるしく更新される専門知識に対して、最もタイムリーかつ正確な情報を持ち、論文の内容を判断する能力を持つ者でないと務まりません。
また現代の学術界では、研究者総人口の増加や業績論文数の競争などによって、投稿・発表されている論文数が年々増加する「論文インフレーション」現象が発生しています。有名な学術誌では1日で数百〜数千の投稿を受けるのも珍しくありません。それを少人数から成る査読チームではほぼ対応が不可能と言えます。そのため、研究者の集団全体でその仕事を引き受けざるを得ないといえます。
査読の流れ
現行の主流な方法では、以下の流れで査読が行われています。
- 編集チームの審査
各学術誌に論文が投稿されると、まずは編集者チームが投稿論文の内容・体裁を簡単に確認します。
その際、「うちの雑誌とは内容が合わない」、もしくは「論文としての体裁・内容の質が悪く、査読によって改善する見込みはない」などさまざまな理由で投稿を断られることがあります。これらの原稿については、編集者から著者に直接拒否の連絡が行われます。これがいわゆる「Desk Rejection」です。限られた人的資源の中で論文の審査を行いますので、仕方のないことといえます。
- 査読の依頼
次は編集者が査読者になりうる研究者を探し、査読依頼を行います。
原則としては、原稿の内容と同じもしくは近いトピックで業績があり、かつ利益相反などがない研究者が対象になります。例えば著者と個人的にまたはアカデミックに近い関係にある(例:共同研究をしている)など、査読の客観性に影響が生じる可能性がある場合は査読者には相応しくありません。
編集者から査読者になりうる人に対して、タイトル・要旨・査読期限などの情報を伝えた上で、査読の依頼を行います。もちろん、依頼された側は引き受けてもよいですし断っても構いません。断られた場合、編集者は次の候補者に依頼を行います。通常は2名以上の査読者が引き受けるまで、このプロセスが繰り返されます。
この際、原稿の著者と査読者の名前は互いに対して伏せられるというダブル・ブラインド方式が多いですが、雑誌によっては査読の段階もしくは論文公開の段階で開示することもあります。
- 査読を始める
研究者が査読依頼を引き受けた場合、原稿の全文が編集者から送られます。査読者は原稿を通読しながら、コメントを考えていきます。
慣れないうちは、何を、どのようにコメントすべきか、迷うこともあると思います。しかし、査読コメントにはある程度の共通の「テンプレート/お作法」があります。初心者のうちはまずは本やインターネットなどで査読のテンプレートを探し、それらを参考にしながら書き進めるのが良いでしょう。慣れてくると自分なりに構成を変更したりすることができます。
下記には筆者個人の査読コメントの構成をシェアします。他には各学術誌・各学会の査読者向けページや、本文最後にあげる査読に関する書籍や、査読問題を専門に取り上げる学会などからも情報を入手できますので、ぜひ活用してください。なお、英文誌からの査読依頼を想定しています。
査読コメントの構成
伝統的な査読コメントは形式上、編集者からもらった査読依頼への返信として、手紙(レター)の形式を取ることが多いです。そのため、冒頭では編集者に対してのメッセージを述べます。この部分は論文著者には転送されません。次に、具体的なコメントという形で、レターの後半、もしくは付録の別ファイルという形で、著者向けのコメントを載せます。
編集者に対するコメント
まずは、論文のタイトルと雑誌名に言及しながら査読の機会を与えてくれたことに感謝の意を述べ、そして論文に対する全体的なコメントを1段落程度にまとめます。
論文全体に対するコメントは、下記のことについて一言ずつ触れると良いでしょう:
- 論文が取り上げる問題は重要なものであるかどうか
- 十分な文献調査がされているか
- 科学的に意味ある研究手法を使っているか
- 結果の分析手法は妥当なものであったか
- 結論は十分な証拠に指示されているか
- 文法的・言語的に問題のない文章が書かれているか
次に、これらの意見を踏まえて、査読者の観点から、この投稿をどう扱うべきかについての提案を行います。
この際に「accept(掲載受理)/ minor revision(微修正を求める)/ major revision(大幅な修正を求める)/ reject(掲載拒否)」を直接提案すべきかどうかは、研究者の中でも意見が分かれます。明言を避ける場合は、言葉のニュアンスを通して意見を伝えるようにするので良いと思います。例えば、「書き直しが必要な部分は多いが、研究自体は該当トピックに重要な知見を提供する」のように書くことにとどめるのも良いでしょう。
著者に対するコメント
査読コメントの後半で、もしくは付録として、著者に対するコメントをまとめます。この部分は編集者経由で論文著者に転送されることが多いので、それを予想した上で体裁を整えることをおすすめします。
冒頭には、先ほどの論文全体に対するコメントを再び載せてもよいでしょう。次に、詳細なコメントを箇条書き形式で載せていくのが良いと思います。
重要なコメントをリストアップした後に細かい指摘を載せる順番でも良いですし、論文に出てきた順番でも良いでしょう。いずれにしても、ページ数と行数を示すなどで、それぞれのコメントが具体的にどのセクションのどの部分に対して提出されているか、対応する箇所を明記すると良いと思います。
コメントする際には、客観的・論理的であることと、建設的であることを心がけましょう。
前者に関しては、科学者の基本素養ともいえますが、実際ではつい頭に血が昇ってしまう時もあります。こういう時は一旦手を止めて、冷静に「自分はなぜ同意できないか、どういう論拠と論証過程に基づいてそういう意見を持ったか」を整理し直してからコメントを書きましょう。
後者に関しては、「査読はあら探しではない」ことを肝に銘じることが重要です。査読の過程はより良い研究を生み出すプロセスの一部であるためら、攻撃的な態度で「これもダメ、あれもダメ」と書くだけではその目的を果たせません。
査読する側もされる側も平等に「研究者」という立場にいます。自分が査読される側になった際の気持ちを思い出しながら、協力的な姿勢で査読に臨むとよいと思います。間違いや不足な部分を指摘した後、「こう変えてみるのはどうか/この文献は役に立つかもしれない」といったようなアドバイスも入れると、感謝される査読者になるでしょう。
査読はつらいよ、でも、得る物も多い
よく誤解されていることなのですが、査読する側としては、ほぼ全ての場合報酬を受け取ることはありません。なんと、無償労働なのです。この点は最近のアカデミック業界では問題視され、大きな議論を巻き起こしていますが、現状はすぐに変えられそうにありません。
無償であるにも関わらず、査読は多大な時間と労力を必要とします。慣れない時は、数日に渡って、論文原稿PDFに大量に書き込みとメモをして、唸りながらコメントを書いていました。しかしその努力は、相手(論文の著者)に対して良いコメントを返せるだけではなく、査読者である自分の成長にもつながります。
査読を行うことにおける最大の利点は、査読者の視点に立って物事を考えることができるようになることでしょう。論文執筆に没頭しているときには、つい自分の視点だけに立って考えてしまうのですが、「査読者にどう言われるだろう」を考えると、また違うひらめきを得ることができます。「人を鏡とすれば、得失を明らかにできる(唐太宗)」とはまさにこのことでしょう。
次に、査読コメントを論理的、かつ建設的に書くこと自体が、自分のクリティカル・シンキングやアカデミック・ライティングの能力を鍛えるのに非常に役に立ちます。
また、自分の専門分野の査読を行うことで、分野の中の最新の動向やこれまで見落としていた文献に触れることができます。筆者自身も、査読するため文献を調べているうちに新しい研究アイディアが湧いてきたことも一度ならずありました。
査読に関する資料
- 水島昇(著) 『科学を育む 査読の技法〜+リアルな例文765』 羊土社
- Gerardus Blokdyk (著) 『Peer Review A Complete Guide』 5STARCooks社
- International Congress on Peer Review and Scientific Publication. https://peerreviewcongress.org/
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
[文責・LY / 博士(文学)]
***
新卒大学院生・ポスドクの皆さんの民間就職を、経験豊富なアカリクの就活支援コンサルタントが個別にサポート! まずはご相談ください。