ポスドク(Postdoctoral Researcher、Postdoctoral Fellow、Postdoc)とは、大学院博士後期課程(ドクターコース)の修了後に就く、任期付きの研究職ポジションのことをさします。ポスドク研究員、博士研究員とも呼ばれます。
日本では、1990年代から始まった「大学院重点化政策」を起点に、博士課程を修了した人材が増加したもののパーマネント職は増えず、大学院修了後のキャリア形成に問題が生じています。
以前であれば、修了後そのまま大学で助手などとして採用され、准教授・教授となっていました。一方現在では、修了後にポスドクの期間を経たのち、大学教員などとして採用されるのが一般的です。
このポスドクですが、多くの問題を抱えており、その最たるものは、期限付き雇用で不安定であるという点です。
今回は、大学院博士後期課程修了後のキャリア形成過程では避けて通れない、ポスドクの仕事内容や給与、そしてこの制度や職種が抱えている問題について説明していきます。
ポスドクってどんな人たち?
現在、大学院博士後期課程を修了しても、そのまま大学教員(助教や講師)や研究所の研究員となることは難しく、まずは、様々な大学や研究所で、任期付きのポスドク研究員などとして採用されることが一般的です。
期限付きの職
アカデミアの道を選んだ多くの博士後期課程修了者が経験するポスドクですが、期限付きの職であるという点に注意が必要です。
大学の教授・准教授や一部の助教は、パーマネント職(任期の定めのない、定年まで在籍できる職)である一方、ポスドクは、1年~5年程度の任期が定められています。
稀に、任期が延長される場合はありますが、この任期のうちに一定の成果をあげることが求められます。さらに、任期終了前に大学や研究機関のパーマネント職や、他のポスドクを探すことが求められます。
ポスドクは助手として雇用される場合もあります。助手については以下の記事を参考にしてください。
ポスドク問題とは
ポスドクというのは、大学院博士後期課程修了後、大学や研究機関におけるパーマネント職を得るまでの、ある種の短期的なトレーニング期間と考えることができます。
もし、パーマネント職の募集が十分にある場合、
博士課程修了→ポスドク(数年)→大学や研究機関のパーマネント職(定年まで)
というように、順当に職探しをすることが可能です。
しかしながら、現実にはポスドクの期間を数年で終えられず、長期にわたり続けざるをえない状況、いわゆるポスドク問題が生じています。
このポスドク問題の原因は、1990年代の大学院重点化以降、博士修了者の増加に対してパーマネント職の増加が追い付かなかったところにあるとされています。
ポスドク問題を理解するうえで、2019年度に興味深い調査が行われています(ポストドクター等の雇用・進路に関する調査 分野別(男性・女性・計))。ポスドク15,591名のうち、ポスドク後の進路先として、大学教員などへ転出した事例は1,360名、大学以外の研究・開発職への転出事例は435名にとどまることから、多くのポスドクは、ポスドクなどの不安定な職から転出できていないものと考えられます。
さらに、ポスドクは任期が決まっているという、非常に不安定な中で
- 一定の成果をあげる必要がある
- パーマネント職を含めた職探しも並行する必要がある
というように、ストレスを抱えながらの研究となるため、“ポスドクの生活がつらい”という声がよく聞かれます。
ポスドク・助教・特任助教の違いとは
ここまで紹介してきたようなポスドク以外にも、博士の学位を取得後、大学などの研究機関で研究を続ける場合の職種として、助教や特任助教と呼ばれる職種もあります。それぞれの職種とポスドクの違いはどのようなものなのでしょうか。
なお、講師や准教授、教授などの役職についてはこちらの記事で詳しく解説しているので是非参考にしてください。
助教とは
助教とは、大学などの教育機関における教員の一職種であり、文部科学省によれば「将来、准教授、教授へつながるキャリアパスの一段階に位置付けられるものであり、助教に就く者としては、例えば、大学院博士課程修了後、ポストドクター(PD)等を経た者」とされています。このことから、助教は、ポスドクとして研究機関などで研究を行った後のキャリアパスと言えます。
参照:文部科学省 中央教育審議会 大学分科会「大学教員の職の在り方について」
特任助教とは
特任助教とは、任期の定めのある助教のことを一般にさします。確かに、助教という立場から、教育機関における教員の一員とされますが、任期の定めがあるという点では、ポスドクと似た状況にあると考えることができます。
このことから、“ポスドク問題”という言葉が発展し、似たように任期の定めがあるという点から、“特任助教問題”という言葉も出てきているほどです。
参照:小林淑恵 (2015)「若手研究者の任期制雇用の現状」『日本労働研究雑誌』57(7), 27-40
なぜポスドクになるの?
このように、任期の定めがあり、常に成果が求められることから、“ポスドクはつらい”と言われるような、期間・職種ではありますが、どのような人がどのような目的で、仕事をしているのでしょうか。
教授を目指している人が多い
ポスドクは、教授などの大学教員になるための、短期的なトレーニング期間とも考えられています。著者の周囲の先生方の多くも、複数の研究所などでポスドクとして経験を積んだ後に、大学の教員として採用されています。この理由は様々あるとは考えられますが、
- 研究の幅を広げるためには、複数の研究所などで経験を積むほうがよいとされる
- 博士修了後すぐでは、研究室を主宰するには若すぎる
などがあると考えられます。
そのため、大学教員を目指すにあたっては、ポスドクは避けて通れない道とも考えられます。
大学教授を目指すためには大学院のうちから実績や経験を積むことが大切です。大学教授については以下の記事を参考にしてください。
ポスドクになる方法
実際、どのようにポスドクの求人を探していくのでしょうか。ポスドクとして採用される条件についても解説します。
博士号を取得する
まず、大学院の博士後期課程に進学し、博士号を取得する必要があります。なお、文系の博士号については標準修了年限で修了することが困難なことも多く、単位取得満期退学後にポスドクとなることもあります。
また、大学教員を目指すにしても、現在では、博士号の取得が求められるようになってきています。そのため、大学院博士後期課程に進学し、所定の単位や論文の審査を受け、博士号を取得する必要があります。
公募求人への応募
ポスドクへの応募方法は、大きく2つに分けられ、1つ目は公募の求人に応募することです。
ポスドクの求人は、
- JREC-IN Portal(国立研究開発法人科学技術振興機構が運営するサービス)
- 所属学会のホームページ
に掲載されていることが多いので確認しましょう。また、パーマネント職である大学教員の公募でも同様に、これらのサイトで求人が公開されています。
求人情報をもとに業績書類や推薦書類を用意し、応募するというのが1つ目の方法です。
指導教員からの紹介
また、もう1つの方法として、指導教員からの紹介という例もあります。
指導教員の元には、日々ポスドク適任者がいないか、様々な研究機関や大学の先生方から、連絡が来ています。この紹介をもとに、ポスドクとしての所属先を探していく方法です。
ポスドクを求める研究機関側も、ポスドクとして送り出す指導教員側も、相手の状況が分かっていることが多いため、希望の所属先が見つかりやすいという特徴があります。
さらに、指導教員以外からの紹介の例もあります。大学内の身近な先生方が気にかけてくれた結果、ポスドクとしての所属先が見つかった例や、学会で懇意にしてもらっている先生の研究室で、ポスドクとして研究をできる例など、公募によらないポスドクの採用は、日常的に行われています。
なぜ?ポスドクの給料が安い理由
博士号取得後(多くの場合は27歳前後)、パーマネント職に就くまでの期間に行うポスドクですが、給料は一般的な同年代の初任給よりも低い例が目立ちます。
パートタイムのポスドクの場合(年収100~300万円台)
パートタイムのポスドクの場合、週あたりの勤務日数や勤務時間が短いため、月に数万円程度になることもあります。追加で非常勤講師の仕事を複数の大学で掛け持ちをしたとしても、研究時間を確保しながらでは収入は少なめで、勤務が短いので社会保険も適用されないことが多いでしょう。
フルタイムのポスドクの場合(年収400~600万円台)
一方、任期の定めがあるものの、フルタイム雇用のポスドクの給料は、年収400万円~600万円程度であり、社会保険なども、もちろんあります。これまでの大学院博士後期課程在学時に比べれば、十分に良い生活をおくることができる経済状態となります。
しかし、短期間で成果を出し、パーマネント職を探す必要があることから、不安定な立場であることには違いありません。
勤務先と仕事内容
ポスドクの多くは、どのようなところで仕事をしているのでしょうか。ポスドクの多くは、大学や研究機関からの雇用もしくは、大型研究費がついている研究プロジェクトの一員として勤務しています。しかしながら、多様な雇用形態があることから、一概に表すことは困難です。
大学や研究機関
大学や研究機関におけるポスドクの例としては、
- 研究活動が主な大学教員
- 大学独自のポスドク研究員制度
- 日本学術振興会の特別研究員(PD)
などがあげられるでしょう。採用条件により異なりますが、自身の研究をある程度自由に行える場合もあれば、大学教育活動に多く従事する必要がある場合、取り組む研究が決まっている場合など多様な例があると考えられます。
プロジェクトの一員として研究や論文執筆
また、大型研究費を持つ研究所や研究室では、研究費を利用した雇用も可能であり、研究費(科研費など)によりポスドクとして雇用されることで、雇用されたプロジェクトの一員として、研究の推進や成果のとりまとめなどを行う場合もあります。なお、プロジェクト推進のために雇用されることから、基本的には、プロジェクト内容に沿った研究を行うこととなります。
卓越研究員制度
卓越研究員制度は、短い任期で不安定な雇用が問題となっている若手研究者が、自立して研究を推進できる環境を整備することを目的に実施されています。
実際には、文部科学省や日本学術振興会が、研究機関や企業からの採用を取りまとめ、若手研究者に対し卓越研究員の募集という形で公募を行います。すなわち、文部科学省などが、研究機関と若手研究者のマッチングを行う制度ともいえるでしょう。
ポスドク問題に取り組むことで優秀な人材の海外流出を止めたい
ポスドク問題の原因は、大学院重点化以降の博士人材の増加に対し、ポストが増加しなかったことであると考えられています。その一方で、海外ではポスドク問題というのは日本ほど大きな問題となっていません。この理由の1つとして、博士人材が民間企業などへも就職できている点が挙げられます(企業研究者に占める博士人材の割合は、オーストラリアの17.1%に対し、日本は4.4%)。
参照:文部科学省「令和2年度卓越研究員事業公募説明会(研究機関向け)参考資料」
この対策として卓越研究員制度も行われていますが、企業が関わる採用は年間に30例程度と、現状のポスドク問題の改善には不十分です。その結果、ポスドク問題に直面した優秀な人材の海外流失へとつながっている現実があります。
参照:日本学術振興会「令和4年度 卓越研究員事業 ポスト一覧化公開」
このポスドク問題の解決に向けて、
- 大学や研究機関における、若手研究者に向けたポストの拡充
- 企業による博士人材の積極的採用
といったような、博士卒の人材の進路を拡充することがまず求められます。しかしながら、ポスドク問題に直面している若手研究者自身も、視野を広げ、企業での就職などにも目を向けることも重要となってくると考えられます。
そのため、「必ず大学などの研究機関で研究職に就きたい!」という狭い視野ではなく、幅広く自身が活躍できる場を探すことが大切です。
ITや製薬の分野にポスドクの採用ニーズがある
IT業界
インターネットサービスのヤフーは2015年から博士号を持つ修了者などを対象とした「サイエンスプロフェッショナルコース」と、博士研究員(ポスドク)などを対象とし、自身の研究をより深めるためにYahoo! JAPAN研究所で任期付きで研究ができる「特任研究員コース」を新設しました。採用されると、ヤフーが持つビッグデータを活用し、「自然言語処理」や「機械学習」など11分野の研究に携わることになります。このコースでは毎年20名程度の博士号取得者とポスドクの採用を目指しています。2016年からは「ポテンシャル採用」の一部となり、応募時の年齢が30歳以下という条件が付いているため応募の際は注意が必要です。
製薬業界
近年製薬業界において、メディカルサイエンスリエゾン(Medical Science Liaison、MSL)やメディカルアフェアーズ(Medical Affairs、MA)という職種に注目が集まっています。これらは専門医への情報提供や製品開発に関するエビデンスの構築、臨床研究・論文投稿の支援などに係る職種であり、日本での歴史はまだまだ浅いため、企業は未経験者でも採用するケースが多いという特徴があります。医学や薬学、科学に関するハイレベルな知識が必須であり、そういった背景の研究を行ってきたポスドクへの需要が高まっています。
まとめ
・ポスドクとは、大学院博士後期課程修了後に様々な大学や研究所で任期付きで採用される研究員のことを指すことが一般的である。
・ポスドク問題とはポスドクの期間を数年で終えられず、長期にわたり続けざるをえない状況のことであり、任期が決まっているという、非常に不安定な中で一定の成果をあげつつ職探しも並行する必要があることが大きな課題である。
・卓越研究員制度などポスドク問題解決に向けた動きはあるが、現状では依然として不十分である。
・ITや製薬などポスドクを必要とする業界や企業は多くあるため、幅広い視野で自分の活躍できる場所を探すことが大切である。
アカリクにはポスドク向けの求人が掲載されている
これまでポスドク問題について解説してきましたが、ポスドクに限定した様々な企業の求人を独力で探すのは難しいかもしれません。
アカリクのサイト上では、ポスドクを対象とした求人が掲載されています。サイトをチェックしてみることで自分に合う企業が見つかるかもしれません。ポスドクを必要としている企業を探している人は是非一度調べてみてください。
企業への就職活動に不安なときはエージェントを活用しよう
企業への就職活動をするとしても研究と両立してやろうとするあまりキャパシティを超えてしまうことが考えられます。
そのようなときは就職エージェントを活用するとよいでしょう。
プロから客観的なアドバイスをもらえることでやるべきことが明確になります。