ヒトはたくさんの細菌と共生している
我々ヒトの体には様々な細菌が共生していて、その数は1000種類以上とも言われています。たとえば腸内にはビフィズス菌や乳酸菌を代表とする「善玉菌(健康に良いとされる細菌)」もいれば、ウェルシュ菌など「悪玉菌(健康に悪いとされる細菌)」もおり、限られた空間内での陣取り合戦を繰り広げています。
悪玉菌が優勢であると便秘や下痢になりやすい、といったように、共生している細菌のバランスは宿主であるヒトの健康と密接に関わっています。ヨーグルトや納豆をはじめとする発酵食品が「健康に良い」として、度々メディアに取り上げらるのは、それらは善玉菌を多く含むため、ヒトの健康にとって好ましい細菌のバランスを保つ効果が期待できるからです。
それどころか、腸内の細菌が宿主の「メンタル」にまで関わってくるという研究が近年注目を集め、細菌と宿主の相互作用がより詳しく明らかになってきています。たとえば、まったく腸内細菌のいない状態で育てられたマウスは落ち着きがなく、ストレスも感じやすいのですが、通常のマウスが持つ腸内細菌を与えると、これらの症状が治まります[1][2]。また、成人したヒトにおいても、乳酸菌を摂取することで、不安感に関わる脳領域の活動が抑えられたという結果が得られています[3]。少し大げさに言ってしまえば、あなたの「気持ち」や「考え」の中には、あなたの腸内細菌の「意見」が含まれているかもしれないのです。
植物も細菌と共生している
植物もまた、細菌と密接な共生関係を持っています。古くから知られているものに、マメ科植物と根粒菌の共生があります。根粒菌という植物の根に共生する細菌が、空気中の窒素を取り込み、養分へと変えてくれるおかげで、マメ科植物は肥料の少ない痩せた土地でも生育することが可能になります。水田や畑に、食用ではないレンゲソウやクローバー(どちらもマメ科)を植えることがあるのは、根粒菌の力で土の養分を増やせるためなのです。
空気の約8割を占める窒素を原料にして人工的に肥料を作ることができるのですが、大気圧の数百倍の圧力をかけながら数百℃の高温にする必要があり、石油燃料の大量消費や、二酸化炭素の膨大な放出など、問題点が多くあります。約1世紀前に確立されたこの手法(ハーバー・ボッシュ法と呼ばれる)は、食物の大量生産を可能にしたことで世界の人口増加を支え、ノーベル賞にも輝いた歴史上重要な発見なのですが、決して環境にやさしいとは言えません。しかも、製造された肥料を農業地帯へ届けるにはさらにコストがかかります。
より効率よく窒素化合物を生産する方法は、食料供給へ直接結びついているだけに、現在でも盛んに研究されている分野です。しかし、ハーバー・ボッシュ法に代わるような量を低コストで確保できるには至っていません。一方で根粒菌は、このようにヒトが多大な費用やエネルギーをかけて生産している肥料を、通常の大気圧・常温下で作ってしまう上、その場で宿主のマメ科植物へ供給することができます。空気中の窒素を植物の肥料へと変える技術において、ヒトは未だ細菌の能力に及んでいないのです。
植物に「ヨーグルトを食べさせる」
ヒトはまた、食用としてのみでなく、鑑賞用としても植物を栽培し、花や葉を愛でて楽しみます。今年は奇しくも各地で卒業式・入学式・その他式典が相次いで中止される情勢のもと、例年よりも花を買う機会がめっきり減っていますが、鮮やかな植物は部屋だけでなくヒトの心も明るく彩ります。
そんな観賞用植物を長持ちさせる効果を持つ細菌が、2012年に報告されました[4]。切り花(この研究ではカーネーション)を水につけて飾っておくと、だんだん萎れて枯れてしまいますが、ある種の細菌を水に入れておくと、入れていない水に比べて長期間生き生きとした状態を保つことができました。詳しく調べると、切り花に共生した細菌が植物の老化を抑え、美しさを長く保つのを助けていたのです。
近年、上記の例のようにマメ科以外の植物にも様々な細菌が共生することが分かってきており、植物の成長を促進したり、老化を防ぐ細菌もいれば、逆に成長を阻害する細菌も見つかっています[5][6]。まさにヒトが腸内細菌を「善玉菌」「悪玉菌」と呼んでいるような関係が、植物と細菌との間にも数多くあったのです。
このような共生関係を活かし、植物にとっての「善玉菌」を与えて健康的に育てよう、言ってみれば「植物にヨーグルトを食べさせよう」という試みが、先の切り花の例をふくめ、主に農産業分野を中心に進められています[7]。それら細菌はもともと植物が生育している環境中から選ぶので、農薬その他の人工的な物質を使うより環境への影響が少ないと考えられます。
しかし個々の共生の組み合せについて、「その細菌がどうして植物の成長を促進できるのか?」など、細かい仕組みの部分がすべて分かっているわけではなく、「他の細菌とのバランスを考えなくてよいのか?」という側面も合わせて、まだまだ研究される余地が十分残されてます。
ウキクサと細菌の共生系
私は現在、ウキクサという植物を使って、細菌・植物共生系の研究をしています。ウキクサは水田などでよく見かける、プカプカと浮かぶ小さな植物です。一般的な植物に比べ、水面上を広がりながら増えていくので、成長の記録を取りやすい利点があります。また、タンパク質を多く含むなど、新規の食材としても期待できます。タイなど、一部の国・地域ではミジンコウキクサという種類がすでに食用とされています。
所属する研究室ではウキクサや他の植物、光合成細菌などを使い、植物が持つ時計の仕組みが主に研究されています。植物は単純に、光の有無を感知しているだけではなく、自分の細胞内に時計を持っており、それによってはじめて、たとえば「朝5時なのに明るい」、すなわち「日が長くなった」という季節(日長)変化の情報を得られるのです。
細菌・植物共生系の研究には コウキクサという種類のウキクサを使い、成長促進効果の測定と、遺伝子発現の比較をおこなっています。共生細菌「あり」と「無し」でウキクサを育ててみると、共生菌「あり」の方が確かにぐんぐん育ちます(図1)[8]。その時、発現している(使われている)遺伝子をそれぞれ調べ、たとえば鉄分に関する遺伝子の発現量(使われている量)が変わっていれば、「共生細菌は鉄分の吸収を助けているのかも?」と見当を付け、さらなる研究を進めていくわけです。
図1 共生細菌「無し(左)」と「あり(右)」で同じ日数育てたウキクサ。
共生関係の詳細が分かれば、より効率のよい農業利用が期待できるのはもちろんですが、「ぐんぐん育つ」という目に見える変化と、「遺伝子発現」という目には見えない変化が結びついて理解できた時の「なるほど!」という新鮮なワクワク感もまた、研究の大きな醍醐味となっています。
以上のように、細菌はヒトと直接共生しているだけでなく、植物とも密接な共生関係を築いており、それぞれが活発な研究分野として注目されています。1/1000 mm ほどの小さな生き物ですが、我々ヒトの健康や生活にとって、決して無視できない大きな存在なのです。
(文責・芝野 郁美)
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引用文献
[1] Sudo, Nobuyuki, et al. “Postnatal microbial colonization programs the hypothalamic–pituitary–adrenal system for stress response in mice.” The Journal of physiology 558.1 (2004): 263-275.
[2] Nishino, R., et al. “Commensal microbiota modulate murine behaviors in a strictly contamination‐free environment confirmed by culture‐based methods.” Neurogastroenterology & Motility 25.6 (2013): 521-e371.
[3] Tillisch, Kirsten, et al. “Consumption of fermented milk product with probiotic modulates brain activity.” Gastroenterology 144.7 (2013): 1394-1401.
[4] Ali, S., T. C. Charles, and B. R. Glick. “Delay of flower senescence by bacterial endophytes expressing 1‐aminocyclopropane‐1‐carboxylate deaminase.” Journal of applied microbiology 113.5 (2012): 1139-1144.
[5] 鶴丸博人 他. 植物生育促進細菌の研究動向. 日本土壌肥料学雑誌. 第84巻 第5号 (2013): 418-423.
[6] 遠山忠. 植物のマイクロバイオームとプロバイオティクス. 生物工学会誌. 第95巻 第7号 (2017): 401.
[7] Bhattacharyya, P. N, and Dhruva K. Jha. “Plant growth-promoting rhizobacteria (PGPR): emergence in agriculture.” World Journal of Microbiology and Biotechnology 28.4 (2012): 1327-1350.
[8] Suzuki, Wakako, et al. “Plant growth-promoting bacterium Acinetobacter calcoaceticus P23 increases the chlorophyll content of the monocot Lemna minor (duckweed) and the dicot Lactuca sativa (lettuce).” Journal of
bioscience and bioengineering 118.1 (2014): 41-44.
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