学部や修士課程とは異なり、博士課程になると修了の難易度が跳ね上がります。
そのため、博士課程に進学したにもかかわらず、修了せずに退学を選んだり迫られたりする例は少なくありません。
本記事では、その中でも単位を全て取得した上で退学する「満期退学/単位取得後退学」について解説していきます。
満期退学/単位取得後退学とは
大学院における満期退学/単位取得後退学とは、「大学院の課程の修了要件のうち、当該課程に在学中に、論文の審査及び試験に合格することのみ満たすことが出来ず、当該課程を退学すること」です。
つまり、単位をすべて取得し標準修業年限を満了したけれども、博士論文を書けなかったり、書いたけれど審査で不合格になったりしたために、博士課程を修了することなく退学することです。
博士課程を満期退学/単位取得後退学した場合でも、日本では博士課程経験者とみなすこともあります。
なお、退学後に大学院に博士論文を提出し、審査に合格することで論文博士として学位が認められることもあります。
論文博士に関しては以下の記事で紹介しています。
引用:文部科学省「用語の整理に関する参考資料」
単位取得退学・単位取得満期退学という言葉もある
「満期退学/単位取得後退学」と似た用語として、「単位取得退学」や「単位取得満期退学」といった言葉もあります。
使われている言葉の意味をもとに整理するならば、
- 「満期退学」=博士課程に満期(3年以上)在籍後、退学をする(所定の単位取得の有無を問わない)
- 「単位取得退学」= 所定の単位を取得したうえで、博士課程を3年未満で退学する
- 「単位取得満期退学」= 所定の単位を取得し、博士課程を満期(3年以上)在籍後、博士号を取得せずに退学
ということになりそうです。
しかし、実は、博士課程の退学に関するこれらの用語については、制度によって正確に用語が定められているというわけではなく、呼び方は大学によって異なるようです。
例えば、東京大学大学院数理科学研究科では、博士課程に3年以上在学し、大学院が定める所定の単位を取得したうえで退学をした人については満期退学(単位修得済退学)と呼ばれますが、北海道大学大学院教育学研究科の場合は、同様の退学者を「単位取得退学」と呼ぶようです。
このように、大学によって呼び方は様々に異なるため、本記事では、文部科学省の「用語の整理に関する参考資料」に則り、「満期退学/単位取得後退学」という呼び方に統一いたします。
参考:東京大学大学院数理科学研究科・理学部数学科「各種手続きについて」
参考:北海道大学大学院教育学研究員/教育学院/教育学部「博士後期課程進学を志す方へ」
満期退学/単位取得後退学を選択するメリットとデメリットを解説
満期退学/単位取得後退学にはマイナスな印象を抱いている人が多いかもしれません。
しかし、満期退学/単位取得後退学にはメリットがあり、人によっては積極的に満期退学/単位取得後退学を選ぶ人がいます。
一体、満期退学/単位取得後退学にはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。
満期退学/単位取得後退学のメリット
満期退学/単位取得後退学を選択することのメリットとしては、博士号取得のための修学年限の延長を行わない分、就職する時期が早くなるということが挙げられます。
博士号を取得していないものの、修士号を取得していることや、博士課程に在籍して研究を行ってきた経験を評価する企業であれば、博士課程で研究していた内容や研究の技術を活かした職に就ける可能性もあります。
特に、大学院に詳しい人がいる職場の場合、これまでの研究の実績をアピールすることができれば博士号取得者と同程度に高度な学術知識を持っている人として評価されます。
また、アカデミアにおいても、チャンスがあれば博士号を持っていなくても、大学の教員や公的機関の研究所の研究員として採用される可能性もあります。
博士号を取得するためには一般的には3年間と言われていますが、3年以内に修了するのは難易度も高く、研究の進捗状況によっては、博士課程を4年、5年…と延長せざるを得ない場合も多くあります。
そのため、博士号取得を目指さずに、満期退学/単位取得後退学をあえて選択して早期に退学し、就職をするという選択肢を選ぶ人もいます。
満期退学/単位取得後退学のデメリット
満期退学/単位取得後退学のデメリットは、博士課程を修了していないため、最終的な学位は修士になってしまう点です。
特に研究職に就く場合は、博士号を持つかどうかが重要視されます。満期退学/単位取得後退学の場合は博士号を持っていないため、博士としてみなされません。そのため、初任給などの待遇面も修士同等となります。
また、企業等に就職する際にも、博士号取得者としては扱われず、「退学」という側面が目立ってしまい、場合によっては「根性がない」などネガティブな印象を与えてしまう可能性があります。
もし、博士課程で磨いてきた研究の知識や技術を最大限活かして就職をしたい場合は、博士課程経験者として評価してもらえる企業を選ぶと良いでしょう。
満期退学/単位取得後退学の履歴書の書き方
大学の教員や公的機関の研究所の研究員として採用される可能性が0というわけではないにせよ、基本的には、満期退学/単位取得後退学を選ぶ学生の多くは、アカデミアではなく、民間企業への就職活動をすることになるでしょう。
ここでは、就職活動で必要な履歴書において、満期退学/単位取得後退学についてどのように書けばいいのかを解説していきます。
満期退学/単位取得後退学の表現
履歴書に博士課程の満期退学/単位取得後退学について書く場合は、「〇〇大学大学院 〇〇学科博士課程 単位取得後満期退学」のように、卒業や修了の代わりに単位取得後満期退学と記述します。
満期退学/単位取得後退学の英語表現
英語で履歴書を書く場合は、満期退学/単位取得後退学はどのように表現するのでしょうか。
満期退学/単位取得後退学を名詞で表す場合は、
coursework completed without degree
と表現します。
また文中では、
Withdrew from the doctorial course of ~
Completed the doctoral course ~, without obtaining a degree.
のように用いて表現します。
英語で履歴書を書く場合に、是非参考にしてみてください。
参考:
Weblio和英辞書「「単位取得退学」の英語・英語例文・英語表現」
満期退学/単位取得後退学 をする学生の割合
満期退学/単位取得後退学を選ぶ学生はどれくらいいるのでしょうか。
文部科学省の「学校基本調査」によると、令和2年度 (2020年度) と令和3年度 (2021年度) における満期退学/単位取得後退学をした学生は、それぞれ約3500人で、修了者全体の約20%でした。
分野別に見ると、最も満期退学/単位取得後退学の割合が高いのが人文科学系の学問で、約50%でした。さらに細かく見ていくと、史学が約71%、次いで文学系が約56%、哲学系が約47%でした。
他方、理系分野の満期退学/単位取得後退学の割合は、理学系(約18%)工学系(約19%)、農学系(約17%)と、かなり低い値となっていました。
参考:文部科学省「学校基本調査 令和3年度 卒業後の状況調査 」
満期退学/単位取得後退学における文系と理系の事情の違い
満期退学/単位取得後退学を選ぶ事情は、専攻している分野によって異なることがわかりました。
ここでは、文系と理系に分けて、その違いを解説していきます。
文系が満期退学/単位取得後退学を選ぶ事情
文系の博士課程では、博士課程満了後にすぐ博士号を授与するのではなく、満期退学とする慣習が長く続いていました。
文系の学問領域を専門としている大学教授のプロフィールなどに、博士課程を修了ではなく満期退学/単位取得後退学となっている方が多いのは、このためです。
現在でも、理系と比べて博士論文を執筆するのに時間がかかる傾向は変わっていません。
そのため、理系よりも文系分野、特に人文系・社会科学系の方が博士課程を3年で修了できていない博士課程の学生や満期退学/単位取得後退学を選択している学生が多くなっています。
理系が満期退学/単位取得後退学を選ぶ事情
理系の学生が満期退学/単位取得後退学を選択する理由は2つ考えられます。
1つ目は、文系の学生と同じく、研究に励んだものの、博士課程在学中に結果が出ずに満期を迎えてしまったというものです。
もう1つは、なるべく若いうちに社会に出るために、単位をすべて取得した段階で就職する、というものです。
理系の博士課程学生の場合、研究職や技術職といった専門分野に関する民間企業の求人も多くあります。
新卒採用が一般的な日本の場合、即戦力としてのスキルよりもポテンシャルを重視する傾向が強いです。
仮に学生期間中に1度も留年や在籍期間の延長を行わずに博士課程を修了したとしても、博士課程修了時には27、28歳になります。
22歳で学部を卒業した人と比べると、5年間の実務経験の有無の差は小さいとは言えません。
そのため、少しでも早く、企業での実務経験を重ねたいと考えている一方で、学位取得までの時間がもう数年かかってしまう、という場合には、満期退学/単位取得後退学を検討するケースもありえます。
まとめ
満期退学/単位取得後退学という言葉は、「退学」という文字を含んでいるためマイナスなイメージを抱いている方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、本記事で解説したように、博士課程を修了できなくとも、博士課程を経験し単位を全て取得したことは事実ですし、また、その経験を評価する企業が全くないわけではありません。
また、博士号の取得は非常に厳しい道ですが、挑戦することに意味があります。
博士課程に進学したものの、研究を進めていく中で自分自身のキャリアを考え直すことがあるかもしれません。
最終的にどの選択肢を選ぶとしても、自分のキャリアについて主体的に考えて決断することが重要です。
本記事が皆様のキャリアを考える上で少しでも役に立てば幸いです。