修士課程へ進学した人の多くが博士課程への進学や、研究者になることを考えたことがあると思います。
一方で、進学後や研究者としての生きていく中での金銭的不安は、進路の決断をするうえで大きなハードルになることは少なくないかもしれません。
本記事では、博士課程への進学やアカデミアに進むことを考えている人たちなら一度は聞いたことがあるであろう「学振」について解説します。
本記事を読んで、学振のメリットや注意点、区分に応じた支給額、申請の流れ等について、確認していきましょう。
学振とは
学振とは、日本学術振興会の「特別研究員制度」のことです。
正確に言えば、学振は「日本学術振興会」の略称なのですが、一般的には、特別研究員制度のことを「学振」と呼ぶことが多く、特別研究員に採用された際に、「学振に受かった/採用された」と言うことが多いです。
なお、本記事でも日本学術振興会の特別研究員制度のことを「学振」と記載して紹介します。
学振の特別研究員に採用されると、2年間または3年間、研究奨励金や科研費(学術研究助成基金助成金/科学研究費補助金)の提供を受けることができます。
研究奨励金とは、特別研究員に月々一定の額が支給される奨励金であり、用途は自由で、報告の義務はありません。
他方、科研費(特別研究員奨励費)は自分の研究に必要な研究費を申請し、最大150万円を年単位でもらえます。研究費の用途は研究のみで、基本的に支給された金額を1年間で使いきる必要があります。
参考:科学研究費助成事業(日本学術振興会)「令和4(2022)年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)(特別研究員奨励費)の募集について」
学振の特別研究員になるメリットと注意点
学振の特別研究員には、メリットと注意点がたくさんあります。
以下で1つずつ確認していきましょう。
学振の特別研究員になるメリット
学振の特別研究員にはいくつものメリットがあります。
1点目は、研究に集中できるという点です。
生活費などの金銭面の不安が軽減し、生活費のために働く時間を削ることができるため、精神面においても時間的な面においても研究に集中することができます。
2点目は、研究費をもらえるため、金銭的な理由で研究の幅を狭める必要がないという点です。予算が潤沢にあり教授から支援を十分に受けられる環境であれば問題ありませんが、そうでない場合は、研究費をもらうことで研究の可能性を広げることができます。
3点目は、特別研究員に採用されること自体が1つの業績となるという点です。
学振には、博士課程の学生を含む多くの研究者が申請しますが、採用されるのは、申請者の約2割程度です。
そのため、特別研究員に採用されること自体がその上位2割に入ることができるほどの非常に優秀な研究者である証明となります。
このように、金銭面でも業績面でも、学振に採用されることには大きなメリットがあります。
学振の特別研究員の注意点
学振の特別研究員にはメリットがたくさんある一方で、申し込む際に留意しておきたい注意点もいくつかあります。
1点目は、労働等による収入を得ることは令和3年度以降に可能になったものの、条件付きである点を留意しておきましょう。
学振採用中でも収入を得てもよい労働としては、「労働が特別研究員の研究課題の研究遂行に支障が生じない程度であること」、「 常勤職及びそれに準ずる職ではないこと」「受入研究者 (担当教員等) が労働収入を得ることを把握し認めていること」の3つの条件を満たすものです。
2点目は、各大学や学部などの学費免除制度との併用はできるようですが、一部の奨学金との併用ができない点です。
奨学金を受けることを考えている場合は、学振との併用が認められている奨学金であるかを確認しておきましょう。
3点目は、一定額の収入が得られるため、これまで親の扶養に入っていた方は扶養を抜け、国民健康保険に自分で加入しないといけない点です。研究奨励金は給料ではなく、日本学術振興会との雇用関係はないため、企業に雇用されている方を対象とした社会保険に加入することはできません。そのため、国民健康保険に加入し、研究奨励金の中から保険料を月々支払う必要があります。
また、国民健康保険に加入する際、親など扶養義務者の勤務先で手続きが必要となることがあります。
そのため、学振の応募を検討している方は、採用後に必要な保険制度の手続きについても事前に確認しておきましょう。
参考:日本学術振興会「遵守事項及び諸手続きの手引き_令和3年度版における主な修正箇所」
参考:日本学術振興会「遵守事項および諸手続きの手引き 令和4年度版」
区分ごとの申請資格や奨励金の金額など
学振には、DC1、DC2、PD、RPD、CPDの5区分があります。
令和元年度より、SPDが廃止され、新たにCPDが加わりました。
それぞれ何が違うのか、自分はどこに申し込めばいいのかを、下記で詳しく見ていきましょう。
参考:日本学術振興会「申請資格・支給経費・採用期間 | 特別研究員」
参考:日本学術振興会「採用状況 | 特別研究員」
DC1とは
DC1とは、採用年度に新しく博士課程1年になった特別研究員のことです。
つまり、修士課程からストレートで進学をする予定で学振に応募する場合は、修士2年生の間にDC1に申し込まなければなりません。
DC1の採用期間、研究奨励金・研究費の金額、採用率は以下の通りです。
- 採用期間:3年間
- 研究奨励金:月額20万円
- 研究費:毎年度150万円以内
- 採用率(採用者数/申請者数):20.4% (731/3582人、令和3年度)
DC1採用者が採用期間終了後、後述するPDへの応募は可能ですが、次に述べるDC2に応募することは出来ません。
参考:日本学術振興会「令和4年度(2022年度)採用分募集要項 (DC)」
参考:日本学術振興会「令和4年度(2022年度)採用分特別研究員に関するQ&A」
DC2とは
DC2とは、採用年度に博士課程2年次以上の特別研究員のことです。
つまり、学振への応募をする時点で、博士課程の学生になっている人が対象です。
DC2の採用期間、研究奨励金・研究費の金額、採用率は以下の通りです。
- 採用期間:2年間
- 研究奨励金:月額20万円
- 研究費:毎年度150万円以内
- 採用率(採用者数/申請者数):19.8% (1132/5728人、令和3年度)
DC2採用者が採用期間終了後に再びDC2やDC1に応募することは出来ませんが、DC1と同様、PDへの応募は可能です。
また、DC2の採用期間の途中で博士号を取得した場合は、DC2を辞退して新たにPDとして採用されることができます。
参考:日本学術振興会「令和4年度(2022年度)採用分募集要項 (DC)」
参考:日本学術振興会「令和4年度(2022年度)採用分特別研究員に関するQ&A」
PDとは
PDとは、いわゆるポスドク研究員のことです。
対象は、「採用年度の4月1日現在、博士の学位を取得後5年未満の者」です。
平成30年度以降、満期退学者は対象外になりました。
また、新たな環境下の方が「自由な発想と幅広い視野を身に付けながら独創的な研究者として成長していくこと」ができることから、博士課程での所属研究機関(大学含む)以外の新たな研究環境に身を置くことが条件になっています。
PDの採用期間、研究奨励金・研究費の金額、採用率は以下の通りです。
- 採用期間:3年間
- 研究奨励金:月額36万2,000円
- 研究費:毎年度150万円以内
- 採用率(採用者数/申請者数):19.5% (351/1800人、令和3年度)
PDに採用された経験のある人は、再びPDに申請することができません。
しかし、DC経験者がPDに応募することはできます。
ちなみに、現在は新規採用を行っていませんが、SPD(PDに申請し、上位で合格した者の中から採用された、審査方針に合致する特に優れた者)の、研究奨励金・研究費の金額、採用者数は、以下の通りでした。
- 採用期間:3年間
- 研究奨励金:月額44万6,000円
- 研究費:毎年度300万円以内
- 採用者数:14名(令和2年度)
参考:日本学術振興会「令和4年度(2022年度)採用分募集要項(PD)」
参考:日本学術振興会「制度の概要(PD・DC2・DC1) | 特別研究員」
RPDとは
RPDとは、「出産・育児による研究中断後に円滑に研究現場に復帰できるように支援」を受ける特別研究員のことです。
なお、RPDのRは”Restart”のRです。
アカデミアにおいても、出産や育児を経て研究現場に復帰するのが難しい現状があります。
出産・育児から復帰しやすいように、RPDにおいては、採用開始を4、7、10、1月の中から選択できるようになっています。
RPDの採用期間、研究奨励金・研究費の金額、採用率は以下の通りです。
- 採用期間:3年間
- 研究奨励金:月額36万2,000円
- 研究費:毎年度150万円以内
- 採用率(採用者数/申請者数):27.2% (65/239人、令和3年度)
また、RPDの対象は女性だけでなく、男性も申請できます。
令和3年度の男女別採用率(採用者数/申請者数)は、以下の通りです。
- 男性採用率(採用者数/申請者数):7.1%(1/14人、令和3年度)
- 女性採用率(採用者数/申請者数):28.4%(64/225人、令和3年度)
参考:日本学術振興会「特別研究員-RPD 制度の概要」
CPDとは
CPDとは、「海外の大学等研究機関で長期間研究に専念できるように支援」を受ける国際競争力強化研究員のことで、令和元年度から新しく創設されました。
CPDのCは、国境を超えるという意味の”Cross-border”のCです。
CPDの対象は、「特別研究員-PDに申請し、特別研究員-PDに採用中の者」とされています。つまり、PDに採用されて初めてCPDに申し込むことが出来ます。
CPDの採用期間、研究奨励金・研究費の金額、採用率は以下の通りです。
- 採用期間:「採用決定日から2027年3月31日まで (令和4年度のCPDの場合)」
- 研究奨励金:月額44万6,000円(支給予定額)
- 研究費:「特別研究員奨励費」(2022年2月現時点では具体的な金額は発表されていません)
- 採用率(採用者数/申請者数):29.5% (13/44人、令和3年度)
参考:日本学術振興会「特別研究員-CPD 制度の概要」
参考:日本学術振興会「CPD採用状況」
申請の時期と流れ
ここではDC1・DC2・PDについての申請の流れを説明していきます。
採用開始の前年の2月頃:募集要項公開
毎年2月頃になると、翌年4月から採用される特別研究員に関する募集要項が公式ホームページに公開されます。
2022年2月現在ですと、2023年(令和5年度)4月1日から採用される学振の募集要項が公開されています。
一般的には、募集要項が公開されるこの時期から申請書の執筆を開始します。
申請書を執筆するには、指導教授や学振に採用された先輩などに申請書の内容を確認してもらうなどして推敲を重ねましょう。
特に、初めて学振への応募に挑戦する修士課程2年生や博士課程1年生の方は、想像以上に時間がかかりますので、早めに執筆にとりかかるようにしましょう。
なお、令和4年度から申請書の様式が大きく変わったため、確認が必要です。
採用開始の前年4月~6月上旬:申請受付
4月から6月上旬頃まで、申請書の受付がなされます。
申請受付は電子システムのみで、紙媒体での申請は不可となっているので、注意しましょう。
採用開始の前年7月~8月:第1次選考
7月から8月にかけて、第1次選考が行われます。
第1次選考では、6人の専門委員による書面審査が行われます。
この第1次選考の結果、第1次採用内定者・第2次採用内定候補者・不採用者に分かれます。そして、第1次採用内定者は、原則そのまま採用決定されます。
第2次採用内定候補者は、次の第2次選考へと進みます。
採用開始の前年10~12月頃:第2次選考
10月から12月にかけて、第2次選考が行われます。
第2次選考では、第2次採用内定候補者に対し、再び書類審査が行われます。
その後、専門委員たちによる合議審査が行われます。
第2次選考の結果は1月上旬頃に発表され、補欠者と不採用者に分かれます。
採用開始年の2月下旬頃:採用内定・不採用通知
2月下旬頃になると、第2次選考を受けた人の元へ、採用内定通知や不採用通知が届きます。
採用内定の通知が来た場合は、第1次採用内定者同様、採用内定者となります。
採用開始年の4月1日:採用決定
4月1日をもって、採用内定者の採用が正式に決定します。
参考:日本学術振興会「選考日程 | 特別研究員」
まとめ
本記事では、学振のメリットや注意点、区分別の支給額、申請の流れについて解説しました。
学振は、注意点があるものの、金銭面でも業績面でも非常にメリットの多い制度です。
是非本記事で学振への理解を深め、学振に挑戦してみましょう。