「学部卒」は一般的な学歴として広く知られており、特に理系分野では「修士卒」の新卒を積極的に採用するケースも珍しくありません。しかし、「博士」や「ポスドク」といった学位や職歴は、まだ一般には十分に理解されておらず、どのような経歴をたどってきたのかを知らない方も少なくありません。
本記事では博士号を取得するまでのプロセスやポスドクとして研究活動を続ける実態を詳しく解説します。さらに、博士やポスドクの方たちのキャリア形成にどのような特徴があるのかについても具体的に紹介するので、ぜひ参考にしてください。
博士とは
「博士」とは、大学院で専門分野についての高度な研究活動を行い、一定の成果を上げた研究者に授与される学位のことです。日本の学位制度は、「学士」「修士」「博士」で構成されており、博士号は最高学位として位置付けられています。
博士号は単なる肩書きではなく、「独自性のある研究成果を学術的に認められた」ことを証明する学位として、研究や教育の分野だけでなく、近年では産業界からも高い評価を受けるようになってきました。
特に博士号取得者は、「課題解決力」「論理的思考力」「粘り強さ」「情報整理能力」といった高度なスキルを身につけている人材が多く、専門外のフィールドでも活躍できる素地を持っていると高く評価される傾向にあります。
博士号は、取得方法の違いによって次の2種類があります。
課程博士:博士課程に在籍し、所定の研究活動と論文審査を経て取得する 論文博士:大学院に所属せず、一定の条件を満たした上で博士論文を提出し、審査に合格することで取得する
日本国内では、博士号取得者の割合は大学卒業者全体において極めて少ないのが現状です。文部科学省による「博士人材ファクトブック」によると、全産業における研究者に占める博士号保持者の割合は、4.2%程度にとどまっており、米国の半分以下となっています。つまり、博士は「高い専門性」と「探究力」を極めた希少な人材といえるでしょう。
博士になるために知っておきたい基礎知識
大学院の最終段階である博士課程は、専門分野において高度な研究力を養う場です。しかし、誰もが進学できるわけではなく、在籍中に求められる成果や基準はとても厳格とされています。
ここからは、博士課程への進学要件から、博士号取得までの流れ、そして途中で学位を取得できなかった場合の「単位取得満期退学」まで、博士を目指すうえで必要な基礎知識についてみていきましょう。
博士課程に進学するには
博士になるためには、大学院の博士課程(博士後期課程)に進学し、博士論文を提出・審査に合格しなければなりません。
修士課程を「博士前期課程」と呼ぶ場合もあり、その際は博士課程を「博士後期課程」と定義します。博士課程は、修士課程(博士前期課程)を修了した後に進むことが一般的で、在籍期間の標準は3年間です。一部ケースにおいて、早期修了が認められる場合もあります。
この期間中に研究者としての基礎を固め、独自の研究成果をまとめた博士論文を完成させ、審査を通り博士学位を得ることが博士課程の主な目的です。
博士号取得までのスケジュールと要件
修士課程・博士課程をストレートで修了した場合、博士号取得は27歳前後が目安です。ただし、博士論文を執筆し提出するには、各大学院が設定する基準をクリアする必要があります。
多くの大学院では、次のような対外的な研究実績が博士論文提出の前提条件となっています。
- 査読付き学術論文の投稿・採択
- 査読付き学会での発表実績
- 学内での中間審査の通過
例えば、論文を掲載する前に「査読」と呼ばれる同じ分野の研究者による厳しいチェックを通過した「査読付き論文」の本数をはじめ、査読が行われる学会での発表実績、さらには学内の中間審査を通過したかなど、大学院や分野によって要件は大きく異なります。ただし、いずれも高度な成果を求められるため、3年間で達成するのは決して簡単なことではありません。
単位取得満期退学とは
博士課程の3年間で博士論文を提出しなかった場合、「単位取得満期退学」となるケースもあります。これは、博士課程の所定単位は修得したものの、学位審査を受けることなく、学生自らが大学からの除籍を選択した状態を指します。
ただし、単位取得満期退学後も一定期間であれば博士論文を提出する資格は残っているため、その期間中に提出をすれば博士の学位を取得可能です。
博士論文が提出できない背景とは
単位取得満期退学となる理由はさまざまです。研究の進行を妨げる要因として、次のような事情が挙げられます。
- 論文の査読に長い時間がかかる
- 研究費や生活費の資金繰りが難航し、研究が継続できない
- 指導教員や研究環境との関係がうまくいかない
- 制度変更により予定していた支援制度や資金が打ち切られる
- 天災・社会的混乱・政治的変動により研究計画が頓挫する
- 自らの理想とする論文が完成しなかったため、あえて時間をかける選択をする
例えば、論文の査読には通常、数ヶ月から年単位の時間がかかります。長いケースでは一つの論文を投稿してから採択されるまで数年かかることもあるほどです。また、研究費や生活費の資金繰りが苦しくなり、思うように研究を進められなかったり、指導教員やその他の研究者との折り合いがうまく行かなくなってしまったりするケースも多々あります。また、予測できない制度変更が行われた結果、あてにしていた資金が手に入らないことや、天災や恐慌・政治的な変動など、全く予測も対処もできないような事柄の影響で、研究を継続できない場合もあるようです。それ以外にも、「満足する博士論文が完成しなかった」という理由で、自らの意志で3年以上の時間をかけて博士論文を執筆する方も存在します。
このように、博士号の取得には本人の努力だけではどうにもならない要因も多く、単位取得満期退学は研究能力の低さを意味するものではありません。
ポスドクとは?
「ポスドク(ポストドクター)」とは、博士号を取得した後も研究を継続する研究者のことを指します。正式には「博士研究員」とも呼ばれており、大学や研究機関において、一定期間の任期付きで採用されるのが一般的です。
ポスドクは大学院生とは異なり、「独立した研究者」として扱われるため、自ら研究テーマを立案・遂行しなければなりません。研究機関によっては、教育や共同研究への貢献も求められることがありますが、主な役割は「自分の専門分野において新しい知見や成果を生み出すこと」です。
ポスドクは本来どのような立場か
本来、ポスドクは「博士号取得後に実績を積み、将来的に教員や研究職などに就くためのキャリア段階」として位置づけられてきました。
しかし、現在の日本国内においては、大学や国立研究機関などのポスドク職の多くが任期付き雇用となっており、任期終了後に安定した職を得られないケースも珍しくありません。そのため、ポスドクに対して、「不安定な立場にある若手研究者」というイメージを抱く人も少なくありません。
ポスドクを取り巻く課題
ポスドクに関して特に問題視されている課題として、「雇用の不安定さ」と「キャリアの先行きが見通しにくい」という点が挙げられます。
ポスドクの任期の多くが1年から5年程度と短く設定されており、契約満了後に雇用が継続される保証がありません。そのため、多くの若手研究者が常に次の職を探し続けなければならないという状況に置かれています。
また、教員職・常勤研究職などのポストの絶対数が限られているうえに、応募者が多く、競争が非常に激化しているのも現状です。どれだけ優れた研究成果をあげていたとしても、タイミングや専攻する研究分野によっては、次の職にうまくつながらないケースも少なくありません。
さらに、民間企業への転職を視野に入れた場合においても、転職についての情報収集ができなかったり、サポート体制が十分に整っていなかったりすることも大きな課題です。自身のスキルが企業でどのように評価されるのかを把握しづらく、ポスドクから民間企業へキャリアチェンジするための具体的なキャリアパスが描けない方も多く存在します。
このような課題によって、多くのポスドクが将来への不安を抱えながら研究を続けているのが実情です。
ポスドクになるためには
ポスドクとして働くためには、大学や国立研究機関などが公募している「博士研究員」などのポジションに応募し、採用される必要があります。多くは、特定の研究プロジェクトの一員として採用され、任期付きの契約となるケースが一般的です。
採用にあたっては、研究テーマとの親和性やこれまでの研究実績が重視されるため、博士課程での論文や学会発表などの成果が重要な評価材料となるでしょう。
また、日本学術振興会が実施している「特別研究員(PD)」として採用されるケースもあります。この場合は、希望する研究室の受け入れ承諾を得たうえで、自ら研究計画を立案・申請し、審査を通過しなければなりません。
いずれのルートでも、希望する研究分野における指導教員や研究機関との事前の調整や交渉が重要になるため、早い段階からの情報収集と準備が必要です。
博士・ポスドクのキャリアと就職事情
博士課程を修了した後の進路は多様化しており、大学や研究機関にとどまらず、民間企業や公的機関への就職も一般的になりつつあります。文部科学省が2021年に公表した「博士人材のキャリアパスに関する参考資料」によると、博士課程修了者のうち35.6%の方たちが企業や公的機関で働く道を選択しています。
一方で、博士課程を終了した学生の8.5%はポスドク、大学教員などのアカデミックポストに就く人は全体の15%程度とされています。つまり、アカデミック分野に残れるのはごく一部であり、多くの博士人材が企業や官公庁など、より広い社会でその専門性を発揮しているのが実情です。
近年では、製薬・バイオ、IT、エネルギー、コンサルティングなどの分野で、博士人材へのニーズが高まっています。特に、データサイエンスやAIといった高度な分析力が求められる分野では、博士課程で培った課題解決力や論理的思考力が評価されやすく、企業の研究開発職や技術系職種での活躍が期待されているのです。
そのほかにも、メーカー内の学術業務や医薬品の広告作成といった分野においても、博士やポスドクの専門的な知識が重宝されています。
また、博士・ポスドク経験者のなかには、専門性を生かしてスタートアップ企業でCTOや研究責任者として活躍するケースも少なくありません。アカデミア以外の道にも柔軟に目を向け、自らの強みや興味に応じたキャリアを築いていく姿勢が求められる時代になっていくでしょう。
博士課程の大学院生やポスドクのことをよく知るためには
博士課程の大学院生やポスドクについて、主に当事者から様々な情報が発信されていますが、研究に必要な能力や事柄、研究スタイル、研究に対する思想などは分野によって大きく異なります。そのため、「博士人材」「ポスドク人材」と一括りに語るのは非常に難しいのが実情です。
「研究を始めたきっかけ」や「どのような点に面白さを感じたのか」、さらには「博士課程・ポスドク時代の過ごし方」など、彼らが研究活動を通じて得たリアルな体験を聞くことで、その人が持つ力や強みをより具体的に理解できるでしょう。
なかには、当人すら気づいていない「社会で活躍できる力」が潜んでいることもあるでしょう。さまざまな独自の経験を積んでいる大学院生・ポスドクたちに対して、柔軟で多様性を尊重する姿勢で向き合うことが、今後ますます重要になるでしょう。
[文責・平田 佐智子(博士(学術))]
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