「博士課程に進学したいけどキャリアステップが大変そう」
「研究機関で働きたいけど任期に限りがあるものが多くて将来が不安」
と悩んでいませんか?
確かに、博士が助教になったり、研究機関に雇用されるのは非常に狭き門です。
しかしながら、このような問題を解決するためにも、「卓越研究員制度」という優秀な若手研究員が研究機関で終身雇用できるように促進する制度があります。
今回は卓越研究員についての概要や公募のフローを紹介していきますので、最後までお読みください。
卓越研究員事業の目的
卓越研究員事業とは、文部科学省管轄の日本学術振興会が実施している「若手研究員が研究機関で安心して働ける環境を作るため」の支援事業です。
現在、博士の学位を取得した人は修了後、ポスドクとして大学の研究室で研究を行っている人がほとんどです。しかしながらポスドクは任期が限られており、収入が安定せず不安を抱えながら研究を行っている方も多くいます。常勤の助教にキャリアアップするためには時間もかかりますし、いくら優秀な研究者だとしても運がないとなれない可能性もあります。
このような博士研究者を取り巻く厳しい雇用環境を打開するために、卓越研究員事業が2016年に創設されました。
卓越研究員事業の概要
公的研究機関や民間企業からポストを募集するとともに、高い能力を有する研究者を公募し審査が行われます。その後、審査を通過した候補者とポストを提示した研究機関の間で個別にやり取りを行います。交渉の結果、最終的に研究機関への受け入れが決定した候補者を卓越研究員として決定し、受入機関に対しては研究費などの支援が行われます。
ポストの募集や卓越研究員の決定は文部科学省が、研究者の公募や審査、研究費の支援などは日本学術振興会が担当しています。
卓越研究員になるための必要な要件
卓越研究員に申請するには、以下の5点が要件となっています。
- 博士の学位を取得した人及び、博士課程を各学科最低限修業しなければいけない年数を在学し、所定の単位を取得して退学した満期退学者
- 令和3年4月1日現在、39歳以下であること(臨床研修が必修である医学系分野の研究者は43歳以下)ただし、出産や育児で3か月以上研究を行えない期間が合った場合、41歳以下でも応募可能
- 直近の5年間に博士論文を含めた研究実績があること
- 過去に卓越研究員として選ばれたことがない研究者
- 日本国籍の者、日本に永住権を持つ外国人及び、日本と国交がある国の国籍を保有している者
国から受けられる支援内容
令和2年度では卓越研究員に選ばれた若手研究者を採用した研究機関に対して日本学術振興会から人材育成費として補助金が支給されています。
支援内容は「研究費・研究環境整備費」か「産学連携活動費」の選択が可能です。
「研究費・研究環境整備費」では、卓越研究員の研究活動に係るスタートアップに要する研究費として2年間で1,200万円程度が支給されます。ただし、人文学や社会科学は3分の2となる800万円程度の支給額となります。
また、若手研究者が不安を抱えずに自立して研究を行えるよう、研究環境整備費として研究機関に対して1人当たり200万円が支給されます。支給期間は5年間です。
「産学連携活動費」は民間企業の研究機関のみが選択可能です。卓越研究員に選ばれた若手研究者が安定した研究環境を得られ、大学や研究機関との共同研究を行う場合に補助金が支給されます。
卓越研究員の採用後1~5年度目に企業が負担する産学連携活動費を毎年最大1,000万円まで支援します。
卓越研究員の給与水準
研究機関が安定性のある無期限雇用を条件として卓越研究員を受け入れます。給与体系については日本学術振興会が要件として提示している年俸制が原則です。
給与水準は企業や研究機関によってさまざまで一概には言えません。しかしながら、破格の基本給を提示する企業も中にはあります。卓越研究員制度が始まった2016年3月には、トヨタ自動車が年間13万ドル(約1,450万円)の基本給を提示しました。
このため、卓越研究員として選ばれることで安定した給与をもらえることは間違いないでしょう。
卓越研究員制度のメリット・デメリット
卓越研究員制度を利用して研究員ポストを公募する、研究員に応募するメリット、デメリットとしてはどのようなものが考えられるでしょうか。研究機関、研究者両方の視点から見てみます。
卓越研究員になるメリット・デメリット
安定したポストの確保
ポスドクは研究プロジェクトの終了とともに雇用も終了となるケースが多いですが、卓越研究員事業においては、その目的から終身雇用やテニュアトラックなどのテニュア職へのキャリアパスが用意されたポストが提示されています。将来の研究者としてのステップアップに繋がるポストという点で、ポスドクよりも魅力的と言えそうです。
安定したポストを獲得することで、居住地や収入といった生活基盤を安定させることも期待できます。
次のポストを探しながら研究を進めていく必要がなくなり、大型装置の導入ができたり研究そのものに専念できるのは利点ですが、常に競争しながら様々な環境に身を置き、人脈を広げながら成長していくというポスドク研究員のキャリアパスと比べると環境が固定化される面もあるので、その点には留意する必要がありそうです。
研究環境
卓越研究員事業では研究機関への支援が行われます。
研究員としては間接的になりますが、研究環境の面で恩恵を受けることができます。
研究補助員の配置や研究費の支給を受けることができるポストも提示されています。
また、ポストを提示している研究機関は大手企業や規模の大きな公的研究機関、大学が多く、研究設備が充実していることが多いので、採用後は恵まれた環境で充実した研究生活を送ることができるポストが多いと考えられます。
研究機関や企業が卓越研究員のポストを提示するメリット・デメリット
優秀な若手研究人材の獲得
卓越研究員に応募できるのは研究実績のある若手研究者です。採択にあたっては日本学術振興会が審査を行います。従って、同世代の研究者の中から、特に優秀な研究人材の獲得が期待できます。
卓越研究員候補者と受入機関との間でのマッチング(当事者間交渉)が確保されており、双方の合意で最終的な所属先が決まるため、研究機関としては通常の選考に加えて日本学術振興会という公的な立場からの審査をパスした研究者に限ってポストを募集できるのは利点と言えます。
また、この事業では卓越研究員本人が研究テーマを設定し、自律的に研究を実施することとなっており、研究機関に既存の研究員からは出なかった新たな発想からイノベーションが生み出される可能性も考えられます。
研究費の支援
事業の中心的な内容ですが、卓越研究員事業として研究費の支援を5年間受けられます。
研究費の上限は1人あたり1200万円、研究環境整備費の上限は1人あたり200万円/年で、巨額の支援になっています。
ただし、この卓越研究員事業として公募できるポストは定年制またはテニュアトラック制など安定性の高いポストとなっているので、5年間の支援終了後の雇用を考える必要がある点は十分に考慮する必要があります。特に、補助金を卓越研究員本人の人件費に充当することは認められていないことに留意する必要があります。
卓越研究員の公募フローを解説
卓越研究員の公募は、次のような流れで行われます。
- 研究機関がポストを提示(1月下旬~12月)
- 日本学術振興会が研究機関の提示したポストを公開(2月下旬~12月)
- 要件を満たした若手研究者が卓越研究員に申請(3月下旬~4月下旬)
- 研究機関に申請者の情報が通達、事前連絡による申請者との交渉が行われる場合がある(5月下旬)
- 日本学術振興会が審査を行い、候補者を決定
- 研究機関に候補者リストの連絡が入り、申請者に卓越研究員の採否通知が届く(7月上旬)
- 研究機関と候補者間で交渉(7月上旬~9月)
- 若手研究員が研究機関に雇用されたら、日本学術振興会がその研究員を卓越研究員に決定
- 日本学術振興会が卓越研究員を雇用した研究機関に補助金を支援
公募されているポストの事例
さまざまな研究機関が幅広い分野でポストを公募しています。日本学術振興会の資料によると、令和2年度では162件のポストが公募されました。
研究機関をみると大学と企業の公募が占めており、162件のうち61件が企業のポストとなっています。分野別の内訳を見ると、情報学フロンティアなど複数の分野が関連する総合系や工学系の公募がメインとなっており、次点で医歯薬学系、数物系、化学系など自然科学の分野の公募が多く見られました。
参考: 文部科学省 「令和3年度卓越研究員事業公募説明会」
卓越研究員候補者の審査方法
卓越研究員候補者の審査は日本学術振興会において、有識者によって構成される「卓越研究員候補者選考委員会」で行われます。審査方法は書類選考のみです。
審査は以下の観点で行われます。
- 我が国の科学技術や学術研究、科学技術イノベーションの将来を担う優れた研究リーダーとなることが期待できること
- 世界水準の研究力を有し、新たな研究領域や技術分野等の開拓が期待できること(海外での研究経験歴も考慮する。)
- 研究目的及び研究計画が明確かつ具体的であり、優れていること
- 産学官の研究機関で活躍し得る意欲や柔軟性を有すること
参考:日本学術振興会「令和4年度公募要領等」
研究機関とのマッチング
卓越研究員候補者から卓越研究員になるには、研究機関が希望するポストと当事者間でマッチングする必要があります。
しかしながら、候補者になったとしても交渉が上手くいかず卓越研究員に落ちたケースも少なくありません。ただし、卓越研究員に落ちたとしても、候補者の継続を申請することで翌年度当事者交渉を行うことができます。候補者の資格は最大2年間の継続が可能です。
卓越研究員の採用倍率
文部科学省の資料によれば、平成28年度から令和3年度までの卓越研究員への応募者数、候補者数、採用された卓越研究員の人数は以下の表の通りです。
提示ポスト数 | 応募者数 | 候補者数 | 倍率 | 卓越研究員 | 倍率 | |
平成28年度 | 317 | 849 | 176 | 4.8倍 | 87 | 9.8倍 |
平成29年度 | 204 | 517 | 170 | 3.0倍 | 72 | 7.2倍 |
平成30年度 | 163 | 494 | 200 | 2.5倍 | 55 | 9.0倍 |
令和元年度 | 130 | 559 | 329 | 1.7倍 | 48 | 11.6倍 |
令和2年度 | 162 | 364 | 315 | 1.2倍 | 40 | 9.1倍 |
令和3年度 | 63 | 215 | 285 | 1.3倍 | 23 | 9.3倍 |
年によって若干の変動が見られますが、候補者数の倍率は1.2倍から4.8倍程度で、最終的な卓越研究員の倍率は7.2倍から11.6倍となっています。全体的に提示ポスト数に対して応募者が多く、卓越研究員になれる人は限られているようです。
なお、卓越研究員候補者に決定したものの受入機関との当事者間交渉がまとまらず、翌年度の当事者間交渉を行う意思がある場合には、継続申請を行うことで当事者間交渉への参加を継続することが認められています。
参考: 文部科学省 「令和4年度卓越研究員事業公募説明会(研究機関向け)説明資料」
まとめ
この記事では卓越研究員制度について紹介しました。
まとめると、
・卓越研究員は若手研究員が研究機関で安定して働くための支援事業
・卓越研究員を雇用した研究機関に補助金が支給される
・年俸制で破格の給与を支給する企業もある
・日本学術振興会の書類選考で候補者になり、研究機関と当事者がマッチングすることで卓越研究員になる
・年度内に卓越研究員を落ちた場合も、申請すれば最大2年間候補者を継続できる
これからのあなたのキャリアステップのために、ぜひ卓越研究員制度を利用してみましょう。