【京都大学 橋本幸士氏】少年との握手と、科学者としての在り方 ―超ひも理論への興味と、説明の難しさ― (1)

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

理論物理学者として、ディープラーニングと物理学に関する本を執筆されている橋本氏が理論物理の道に進むことを決定づけたのは、うっかりミスによる機械の破損でした。実験物理学への適性のなさを自覚しながら理論物理学にのめりこみ、研究室を運営するようになった橋本氏に、今度は「科学を一般の方々に説明する難しさ」が降りかかります。一人の少年と交わした握手が、彼に与えたショックとは、どのようなものだったのでしょうか。

― 「超ひも理論」について教えてください

 「宇宙が何からできているのか?」というのは、とても面白い問いです。自分も宇宙の一部ですから、結局自分が何からできているか、自分がなぜこのように動くのかは、根源的な問いです。そのような哲学的なことに答えがなくては面白くないのですが、素粒子論は非常に進んでいて、例えば「見えている宇宙はおよそ17種類の素粒子からできている」ことを、人類はもう知っています。これは驚異的なことで、わからないことの方が多いと思われる世の中ですが、実はほとんど知っているのです。ですから、残る問いは限られていて、すなわち「なぜ、その17の素粒子なのか」「その素粒子に含まれる電子や、光子などがなぜこの世に存在するのか」といったグランドクエスチョンと呼ばれる問いが、もし物理学で説明されれば、まさに宇宙を理解したということになるのです。このようなことをを研究しています。

 「超ひも理論」というのは「17の素粒子が実は小さな『ひも』からできている」という仮説です。この仮説に今、世界で1000人程が取り組んでいます。この1000人がなぜ実験的な証拠のない、単なる仮説の理論に興味をもっているかというと、素粒子が小さなひもだったと仮定して式を書くだけで「素粒子の中に光がある」ことが説明できるからなのです。加えて、宇宙は重力に支配されていますが、重力が世の中にあることも、同様に説明できてしまうのです。僕はこれがすごいと思ったのです。地球と太陽の間に重力が働いている、と高校のときに習いますが、誰がそれを決めたのでしょうか?神様が決めたのでしょうか?そういった問いに、人類は答えが出せるのです。この宇宙を作っているものは小さな『ひも』かもしれない、と仮定することで答えが自動的に出てくるのです。それがもし本当だったらどのようなことが言えるのか、そういったことを予言として物理を進めたいということが、「超ひも理論」のモチベーションでありゴールでもあるのです。

― 素粒子論に興味をもったきっかけを教えてください

 高校のときは物理に興味はありませんでした。むしろ数学が好きだったので大学は理学部に進みました。塾の先生が「数学おもしろいよ」と言っていたので、漠然と数学者に憧れていました。大学では数学科志望の人達と比較して「なんだか僕には合わないな」と思い始めました。受験の数学と数学者が取り組む数学は全く違うなと感じて、何をやろうかと考えていました。

 学部2回生のとき、素粒子を研究されていた青山秀明先生が引率する京都大学の宿泊研修に行きました。そこで先生が「宇宙は数式であらわされていて、宇宙の全てはその1本の数式で全部支配されているんだ」と教えてくれて、その数式にまつわる謎について話してくれたのです。それが素粒子論との初めての出会いです。僕がやりたかったのは、数学のような論理を構築していくタイプのものではなく、素粒子論のような、宇宙を数式のパズルとして、そのパズルを解いていく方が、僕に向いているんじゃないかと直感的に思いました。数学から物理学に方向転換したのです。

― その先生がきっかけで、所属研究室から離れたのですか

 京都大学の理学部は学科で分かれていなかったので、宿泊研修も理学部所属であれば参加できました。そこで青山先生と出会い、数学から物理学に変更することになりました。

― それからはずっと素粒子論ですか

 物理には理論系と実験系がありますので、実験の方にも興味が持てるのではないかと思い、色々とトライしていました。ですが学部4回生のときに実験の機械を壊してしまったのです!25万円もする機械を!隣にあるよく似た機械と間違えて使用してしまい、一瞬にしてダメにしてしまったのです。この金額はその実験の年間予算に相当すると言われました・・・。そこで僕は実験には向いてないと実感したのです。一方で、理論の講義が楽しく、のめり込んで理論の方に進んでいきました。

― その出来事がなければ実験の方に進んでいたかもしれないですか

 当時の実験の先生は「そういう発想はなかなかできないから、向いているかもよ」なんて僕をよく褒めてくれていました。ですが僕はお世辞だと思ってあきらめました。その後15年経ち、2010年に理化学研究所で研究室を持たせていただくことになったのですが、センター長がその実験の先生だったのです。

― 2010年4月に研究室を主催されたのですか

 はい。センター長は研究室立ち上げをサポートしてくださり、学生時代からのご縁になりました。

― 機械を壊してしまったことが岐路でしたね

 機械を壊して良かったのかもしれません(笑)。

― 民間企業への就職は考えましたか

 博士後期課程2年目の頃は、博士課程修了後にアカデミアに残るか、民間で研究職に就くのか随分悩みました。

― 求人へ応募はしなかったのですか

 応募まではいきませんでした。僕は鉄道ファンなのですが、博士2年のときに新幹線に乗った際「車掌にはどうやってなるのか?」と車掌に直接訊いたりしていました。様々な人に「その仕事にはどうやったらつけるのか?」と直接話を聞いて情報を収集していたレベルです。博士後期課程3年生になって、日本学術振興会の特別研究員(PD)としての採用が決まったので、もう3年チャレンジしてみようと決めました。この採用がすごく背中を押してくれました。ポスドクで3年間やってダメだったら、就職活動しよう、と思ってました。

― 結果的にはアカデミアのお仕事に就かれたということですね

 そうですね。とてもラッキーでして・・・。アメリカに渡って半年経った頃に東京大学の助手の公募に応募して、採用されました。こんなに早く研究者になれるとは思っていなかったので、驚きました。これがなければ、学振は3年間なので、アメリカで2年程経った頃に企業への就職を考えていたかもしれませんね。

 私は博士後期課程3年生の終わりに結婚して、妻にアメリカについて来てもらったものですから、東京大学からオファーを頂いて安心しました。学振の3年間しか職は決まっていない段階で妻の両親にお願いして結婚させてもらったので。

― 研究者と言えども一人の人間ですから、ライフイベントも色々ありますね

 当時、素粒子論分野でもポスドク問題があって、苦労した先輩を沢山見てきました。10年かけてやっと助手になった方もいらっしゃって・・・。「博士後期課程2年生で諦めるのがベストチョイスだ」と言っている先生もいらっしゃいました。自分が研究者になれるかどうかを先生に訊いても、もちろん「そんなことわからない」と言われて参考になりませんし。結局自分で見極めの時期を設定して、それに従って自分で決める、責任をもってやるしかありませんでした。僕はラッキーでしたが、大学院生には「先輩にアドバイスを訊いてライフイベントの見極めの時期を設定した方がいいよ」と話しています。

― 講演会でも積極的にこのような話はされるのですか

 興味をもった方には話しますが、私が一般講演で話している内容は、科学を易しく説明するものが多いです。残念に思うのは、理科離れと言われて久しく、科学を一般の人に説明することに苦労を感じます。「超ひも理論」は何か実物があるわけではなく、数理的で難しい学問ですし。このようなものを説明する際に、まず科学者に興味をもってもらうように心がけています。僕や大学院生がどんな生活をしているか、理学部の中でどんなドラマが展開されているか。そういった話をすることで、科学の入口に立ってもらう。そういう活動をしています。このような活動をするとフィードバックがあって、僕が一般向けに書いた本を読んだ高校生が大学まで来てくれました。その学生は、今は修士1年生なのですが、もう2編目の共著論文を出版しました。僕にとっても嬉しいことです。強く興味を持ってくれた人には「僕の人生、こんな感じだったよ」と話をすることはありますが、一般に講演で話すのは「超ひも理論」の面白い話と、科学者ってこんな人です、という2種類です。

橋本 幸士 氏(インタビュー当時)

理論物理学者、京都大学大学院理学研究科教授。1973年大阪に生まれる。2000年に京都大学理学研究科博士課程後期課程修了。理学博士。2001年東京大学助教、2007年理化学研究所研究員、2010年同研究所准主任研究員、2012年大阪大学大学院理学研究科教授、2021年より現職。

アカリクを利用するメリット

17万人以上の大学院生・理系学生の就活をサポート
してきたアカリクならではのサポートが充実!

  • 理系・院生特化のスカウト

    研究内容の登録だけでスカウトが届くため、忙しい研究の中でも効率的に就活を進められます。あなたに魅力を感じた思いがけない企業との出会いも!

  • 分野別の特別イベント

    メーカー、IT、コンサル業界を中心に、大学院生を求める優良企業と出会えるイベントを多数開催!オンライン開催のため、忙しい研究のスキマ時間にも気軽に参加できます。

  • プロに就活相談

    大学院出身のアドバイザーがあなたの就活を徹底サポート!マッチする企業や、推薦応募可能な企業をご紹介。個別のES添削や面接対策も行っており、選考対策もバッチリ!

インタビュー企業インタビュー
お役立ちコンテンツ|アカリク
タイトルとURLをコピーしました