「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。
酒井氏は、コンクリートを中心に新しい建築材料の開発に取り組まれています。地球上で、水の次に多く消費されるコンクリートに対して、原料不足やカーボンニュートラルなどの逆風が吹き始めています。持続性や環境へ配慮しながら、「食べられるコンクリート」や「月面で活用できるコンクリート」といった、既存のコンクリートに代わるユニークな新材料の開発について伺いました。
ー 現在どのような研究をされていますか
コンクリートの研究者ですが、今は主にコンクリートがれきのリサイクルや、コンクリートに代わる建設材料の開発などを行っています。
ー コンクリートの歴史や原料などについて教えていただけますでしょうか
コンクリートに似た材料として、カルシウムを焼いたものが数万年前から使われていたという説があります。今のようなコンクリートは、ローマ帝国の時代である数千年前から使われていました。その後、1度技術が途切れてしまい、200年程前にイギリスで今のようなセメントが開発されました。
コンクリートは、砂、砂利、セメント、水を混ぜて作りますが、セメントは基本的には砕いた石灰石と粘土を混ぜて焼いた粉でして、これらの材料があればどこでも作れます。最初は値段も高くあまり普及しませんでした。当時のレンガ職人が「コンクリートなんて醜いからやめておけ」と言うような風潮もありました。ところが、震災が起きた際にレンガ造りの建物が壊れたのに対して、コンクリートの建物は残っていたことから風向きが変わり、世界中で使われるようになりました。
ただ、最近は逆風が吹いています。コンクリートの原料として使える砂や砂利には、形や大きさなどに決まりがあるのですが、そのような良い砂や砂利が取れなくなってきており、原料が不足しているのです。また、原料のセメントを作る際に大量の二酸化炭素が出ており、全世界のCO2排出の8%がセメントを作るためだけに生まれていることから、国連の関連機関からもセメントは名指しで非難されています。ですから、原料不足とCO2の排出の2つの要因から、厳しい状況におかれています。
ー 新しい材料開発について、ご紹介いただけますか
大きさや形の規定を満たすような良い砂ではない、例えば砂漠の砂のようないくらでもある砂からコンクリートを作れたらいい、と思い、始めた研究があります。触媒を使って砂の表面の結合を切ったり繋いだりという作業を繰り返し、砂同士をくっつけて塊にして、コンクリートのようなものを作る技術を開発しました。月面の砂でも製造ができるので、地球外での活用も期待されています。
また、農作物などの食物を活用した建築材料の開発も行っています。廃棄されてしまう野菜や果皮はスーパーで大量に出ていますし、台風で傷付いた農作物は丸ごと捨てなければいけない現状があり、そのような廃棄物を活用するための研究です。廃棄野菜や果物を乾かして砕いた粉をホットプレスすると建築素材になるという、とてもシンプルな内容です。完全植物由来の素材を使うことで、製造条件を調整すれば食べることもできます。
ー 食べられるコンクリートには夢がありますね
コンクリートは一般的に嫌われる建築材料で、コンクリートジャングルというネガティブな印象や「なんだか暗くて冷たい」というイメージがあります。そのため、コンクリートをもっと身近にできたら、と考えており、食べられるコンクリートを作りたいなと思っていました。一方で、廃棄野菜から作ったものがコンクリートなのかと問われると難しいですが、食べることのできる建設材料としては目的達成できたと思っています。
ゆくゆくは、本当に建物一軒を丸ごと食べられる素材で作れたらいいなと思っています。海外でも「お菓子の家ができるかも」という表現で紹介していただきましたが、実際に「お菓子で家を作りたかったのです」と思いながら見ていました。ただ、人命が関わる部分は怖いので慎重に進めて、まずは雑貨や家具などの小さいものから始めてみたいと思っています。
ー 関連する産業分野は、土木分野に限らず幅広いようですが、どのようなところがあるのでしょうか
実は研究のプレスリリースを出したときには土木分野からはまったく問い合わせがありませんでした。おそらく、まだ開発されたばかりで実績のない材料であることや、コンクリートを使うという前提でこれまで多くの設備投資がなされてきたため、新しい材料に踏み出しにくい状況があるのかもしれません。また、まだ大きなものを作れていなかったこともあると思います。5センチ程のタイルのようなものでしたので、インテリアやエクステリアなどの業界からは連絡をいただいています。そのほかの分野からも本当に多くの問い合わせがあり、産業廃棄物関係や食品関係もありました。また類似の研究として、コンクリートがれきと廃木材を粉砕して得られる粉末を混合して、ホットプレスして製造するボタニカルコンクリートという材料も開発したのですが、研究会をやっており、実用化に興味のある企業に入っていただいています。ゼネコンさんもいらっしゃるので、土木業界でも使用の幅を広げていきたいと思っています。
ー コンクリートはローテクの極みと表現されることもありますが、加工もできるだけ簡単な技術できる点を意識されたのでしょうか
自分のやっていることを延長していたら、たまたま単純な加工法になりました。廃棄物処理などをやっている方は、とても複雑な手法を駆使していらっしゃるのですが、それでは逆に環境への負荷が大きくなったりコストがかかるため、実用化が進まないという話も聞いておりました。そうであれば開き直って、このようなシンプルな技術で進めるのは良いのかもしれません。
別の事例ですが、本来分別が必要なものを丸ごとリサイクルするような取り組みも行っています。海洋マイクロプラスチックを集める装置があるのですが、集まるマイクロプラスチックの何百倍もの植物や木材が集まってしまうという問題があります。それらは燃やされているらしいのですが、プラスチックゴミを集めるために木を燃やすのは、環境に良いのか悪いのかよくわからなくなってきます。そこで、集まった木材をボタニカルコンクリートの原料に使う試みに取り組んでいます。植物の中には、マイクロプラスチックやゴミが混ざっているのですが、ボタニカルコンクリートであればゴミが混ざった状態でもまとめてリサイクルできます。これまでの方法では、完全に木材とプラスチックを分別する必要があったのですが、分類が必要ないのでゴミがまったく出ませんし、簡単に低コストでできることが強みです。
ー 材料の持続可能性や、環境への配慮は大きなテーマかと思います
実はまだプレスリリースをしてない研究があるのですが、コンクリートのがれきを砕いて粉にしたものに圧力をかけるだけで、コンクリートと同程度の強さの塊ができるのです。しかし、そのためには100メガパスカル、つまり水深1万メートルほどの圧力をかける必要があります。そこで、もっと低い圧力で固めることができないかと考えて作ったのが、木材の粉を接着剤にしたボタニカルコンクリートです。コンクリートのがれきを砕いたものと、廃木材を砕いた粉を混ぜて、熱を加えながら圧をかけるだけで作れるものです。圧力をかけるようなものを作っているところであれば、既存の機械で作れますし、ホットプレスは市販されているので、買えば誰でもできます。材料はコンクリートとゴミなので、基本的に無料か、もしくはお金をもらって入手できるようなものです。
このような材料の組み合わせのアイデアについては、東京ビッグサイトで開催されるような技術展示会に行って、さまざまな技術を見て思いつくことが多いですね。
ー 研究者を目指したきっかけを教えていただけますか
大学院から東京大学に来たのですが、修士過程で就職しようか博士に行こうか迷っていました。結局博士に行こうと決めた際に、このまま大学教員になりたいと思いました。豊田工業高等専門学校出身で、高専時代は鋼構造の研究室におり、修士はコンクリートの研究室でした。しかしなぜか土の研究をやらされまして、博士からコンクリートの研究をしています。
もともとゲームが好きでしたので、プログラミングをやりたかったのですが、高専では第1希望の情報学科に入れなくて、第2希望の土木に入りました。ただ、研究室を選ぶときに面白そうな数値解析をやっているところがありましたので、そこならプログラミングができそうだなと思い、鋼構造の研究室に入りました。大学院を選ぶときも、土木の中で1番面白そうなシミュレーション数値解析をやっているところに行きたいと思い選んだのが、コンクリート研究室でした。実際にやってみると、コンクリートは面白いなと感じ、そのままコンクリート研究に進んだという、もう偶然の連続です。
結構行き当たりばったりに過ごしています。助教時代も、助教の任期は基本的に5年なのですが、当時はアメリカに行っており、帰国したらすぐ新しい職を探さないといけないタイミングでしたので焦っていました。ちょうどそのときに、とある高専から公募が出ていたので、日本に帰ったらその高専に応募しようかなと思っていました。そのことを上司に相談すると「もう少し残ってみたら」と言っていただけて、その後に講師になれたので、本当に流されるままです。ポストが空いたし、講師になれるしといった感じで、恵まれています。
ー ちなみに、高専に進まれたきっかけは何だったのでしょうか
中学での勉強が面倒だと感じていまして、普通の高校へ行っても中学の延長の勉強しかできないので、高専に行って専門的な勉強がしたいと思いました。ゲームが好きだったので、ゲームを作れるようになりたいと思い、高専へ進みました。文系の勉強が少し苦手だったこともあると思います。高専では、文系の科目はあまりやらなくていいですから(笑)。
ー ご自身の適性が早い段階からわかっていたのですね。修士のときに就職か進学で迷われたとのことですが、実際に何社か採用試験をうけられたのですか
何社か説明会に行っただけですね。行くならゼネコンかなと思っていたのですが、大学の周りにいる先生たちがとても楽しそうに働いていて、研究も好きでしたので、大学で研究できたらいいなと思い、博士に行きました。
プロフィール(インタビュー当時)
酒井 雄也 氏
東京大学生産技術研究所 准教授。1984年愛知県生まれ。2011年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。2011年東京大学生産技術研究所特任助教。2012年東京大学生産技術研究所助教。2017年7月東京大学生産技術研究所講師を経て2020年より現職。専門はコンクリートを中心とした建設材料および新材料の開発。