非常勤講師の試行錯誤 その5 「大学の授業とマスク着用」

博士の日常

 新型コロナウイルス感染症の流行と収束の間で、大学の授業は対面式とオンライン式との併用が定着しつつあります。オンラインによる授業は、対面の授業を行えない状況下における一時しのぎのものではなくなり、対面の授業とは別の利点もある方法とみなされるようになってきました。対面式との使い分けをしながら、オンライン式を今後も積極的に活用していこうという大学もでてきているようです。

 対面による授業と、オンラインによる授業の違いは様々ですが、感染症対策の観点では、接触の有無のほかに、マスク着用の有無も大きな違いです。

 対面ではマスク着用で互いの顔の一部が隠れてしまうのに対し、オンラインの場合は、マスクなしで表情が見せられるということは、オンライン授業のアドバンテージにもなりえるのではないかというお話を、以前書かせていただきました。

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日本社会におけるマスク着用の習慣は今後も続く?

 不織布マスクの着用がどんなときも絶対に必要だったところから、厚生労働省によるマスクの着用に関する呼びかけも、徐々に緩和されてきました。

参考:厚生労働省ウェブサイト「マスクの着用について」<https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kansentaisaku_00001.html>

 会話する相手がいない場合、屋外での活動中は不織布マスクを外すことも必要との認識にかわっています。熱中症の予防等、感染症以外にも配慮した考え方です。

それでも、日本ではすでにマスク着用が社会的に定着しているため、マスクを着用しないことには逆に抵抗があり、どんな場面でもマスクを着用していないと落ち着かないという人もいます。「表情が見えない」「声が聞こえづらい」など、数年前にはマスク着用にともなう不便さが際立ち、抵抗を感じていたはずが、人間の適応力には驚かされます。

 鼻と口を覆うものとしてのマスク着用に対する社会の受容には、歴史的、文化的背景が大きいといわれており、目元の表情を重視する東アジア社会では、口元の表情を重視する欧米社会に比べ、マスク着用に対する抵抗が少なかったという指摘もあります。

参考:朝日Globe+ 2021.02.13なぜアジア人と欧米人でマスクへの意識が違うのか 専門家が教える、その科学的裏付け<https://globe.asahi.com/article/14183725>

 2022年9月、イギリスでいとなまれたエリザベス女王の国葬において、密になる教会での儀式の間やレセプションの間も参列者のマスク着用がなかったことが、日本では話題になりました。その後、日本で行われた安部元首相の国葬ではマスクの着用を要請しており、その対比により、日本はマスク着用がとりわけ深く定着し、すでにマスク着用に馴染んだ社会であることが再確認された部分もあります。

表情が見えない不安

  馴染んできたとは言え、マスクの着用はコミュニケーションに支障をきたしているのは事実です。

 特に聴覚に障害がある方々は、聞こえる人以上に、表情や口の動きを重視しているため、マスク着用の社会で大変な不自由があることが指摘されてます。透明シールドや透明マスクも活用されるようになり、手話通訳者は顔が見えるようにとの配慮も浸透してきましたが、日常生活において、誰が話しているのか、自分が話しかけられているのかどうかすらもわからなくなるなど、大きな問題が生じています。

参考:全日本ろうあ連盟<https://www.jfd.or.jp/covid19/arc/1822>

 わたし自身は、聴覚情報を得られる「聴こえる人」ですが、やはり顔が隠れた相手と会話をするのは難しいと改めて感じています。以前から電話に苦手意識があるのですが、やはり顔が見えない不安から来る要素も大きいです。

 ラジオナビゲーターやナレーターなど、顔を見せずに声だけで情報を伝える技術に長けた人もいますし、Audible、Voicy、podcast、Clubhouse等の音声メディアのクリエーターには、声だけで個性豊かな表現をしたり、効果音の追加などで人々を引き付ける工夫ができる人もいます。また、聞き手の側も、そういった顔の見えない音声メディアに慣れている人もいるでしょう。

 しかし、オンライン授業の講師やオンライン学会の発表者となる人は、そういった技術をもっている人とは限りませんし、学生や聴衆もまた音声メディアを聴きなれているとは限りません。それまでの対面でのプレゼンテーションのスタイルからオンラインに移行していく形が主流なのではないでしょうか。

 少なくともわたし自身は、声だけで内容を伝える自信はないので、オンラインの時は対面の時以上に、スライドやハンドアウト等で、文字や画像等の視覚情報を多用しながらオンライン授業や学会発表を展開してきました。最近はコミュニケーションにおける顔の表情や口元の動きの重要性にも気がついたので、できるだけ話している時の自分の顔も見えるように、明るい場所でカメラをオンにし、視線も画面ではなくカメラのほうに向けるように心がけています。

透明マスク活用の可能性

 対面の際も、状況によって不織布マスクを、口元の見える「透明マスク」に付け替える試みをしています。

 顔の見える防具としてフェイスシールドやマウスシールドがあげられますが、飛沫の発散や吸入に対する効果を期待するものではなく、人体への付着を防止する役割をもつものとして使われており、マスクの代わりに使うことは好ましくないといわれています。

参考:厚生労働省「新型コロナウイルス 感染予防・対策マニュアル」<https://www.mhlw.go.jp/content/000786045.pdf>

 一方、従来のフェイスシールドやマウスシールドとは異なり、飛沫防止効果や遮断性能を高める研究がされ、マスクに代わるものとして利用できるように開発された透明マスクが販売されています。

例:
表情が見える透明のマウスシールド「近大マスク」<https://www.kindai.ac.jp/news-pr/news-release/2021/02/031537.html>
ユニ・チャーム 顔がみえマスク<https://www.d-unicharm.jp/category/TYPE_MASK_TRANSPAREN/> 

 こういった透明マスクはあまり普及しておらず、見慣れないために、場面によっては悪目立ちしたり、同席者を不安にさせてしまったりすることもあるかもしれません。しかし、不織布マスクとの使い分けによって有用なツールになると思っています。

 他者との十分な距離と空間の換気が保たれている場で授業や発表を行う時等、マスクを着用すべきか、外すべきか迷う場面での選択肢にもなりえます。

 自分以外の同席者が全員鼻と口を覆い隠しているなか、自分だけが顔を見える状態にすることには違和感がありますし、自分だけが表情をオープンにして話していると、聴衆の表情が全く読めず反応がわからないのは一層奇妙に感じられます。
しかし、
「表情が見えると安心する」
「話している人の顔が見えると話の内容も頭にはいってくる」
など、講師が顔を見せることに対し、学生からも好意的な反応があります。

 話し手となるときだけでなく、むしろ聴衆となるときこそ、表情をみせて頷いているだけで、相手が安心して話せるということもあります。

 コロナ禍において大学の授業の形式はかわってきました。どのような形式であれ、大学の講義は単に消費されていくコンテンツとしてではなく、相手に情報を伝え、反応を得るコミュニケーションとして展開していきたいと思っており、そのための模索は続きます。

[文責:子育てポスドク]

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