研究を一般向けに語る際に気をつけていること

博士の日常

研究について話すということ

研究者と言えども、常々同じ分野の研究者と一緒に暮らしているわけではありません。社会で生きる一人の人間として、家族や親戚、古い友人、あるいは初対面の研究者ではない方々に対して説明する場面があるかと思います。あるいは、就職面接での担当者に対して、自分が今まで行ってきた研究についてわかりやすく説明しなければならない場面もあるかもしれません。今回はそのような「研究者ではない方々」に対して、自分の研究を紹介する際に気をつけていることについて、まとめます。

なお、私の専門分野は認知心理学・言語心理学で、テーマは「オノマトペ・音象徴」です。個人的にこれらの分野や研究テーマは、基礎科学などと比較すると格段に説明しやすい分野であると思っています。そのため、私自身が気をつけていることが、他分野のテーマには適用できない可能性があることは予めおことわりしておきます。今回説明時に想定しているのは、私の以下の論文となります。

平田 佐智子, 浮田 潤, 喜多 伸一 (2011) 「有声子音・無声子音の発音と視覚刺激の明度の適合性」, 『認知科学』18(3), 470-476. https://doi.org/10.11225/jcss.18.470

1. 分野のコンセンサスを意識する

それぞれの研究分野には、その分野の人であれば必ず知っていなければならない基礎的な教養・知識があるかと思います。いくつかの重要な専門用語などは、初学者の段階で叩き込んでおかないとその先に進むことができません。そのため、研究者たちはこれらの分野特有のことばを使うことが当たり前となっており、逆に言うと、これらの用語に頼らずに説明するとなると、途端に難易度が上がってしまうのです。

例えば、私の論文で使っている実験手法は、「ストループ効果」と呼ばれる、心理学分野において非常に知名度の高い効果を扱うときに使用する手法に似ています(学部生の実験実習で最初に取り扱うくらい、有名なものです)。そのため、同じ分野の研究者相手であれば「ストループに似てる手法を使ったんだよ」で説明が済んでしまいます。しかしながら、一般向けに話すとなると、まずこの「ストループ効果とは何か」から始めなくてはならないわけで、どうしても長くなってしまいます。

自分で気づける場合はよいのですが、あまりに分野内で「当たり前」とされすぎており、一般的な常識と区別がつかなくなってしまっていることもあり得ます。ストループ効果にまつわる実験の大前提として、「ヒトは同じ/似ている要素を一緒に見せても混乱しませんが、『赤』という文字を青色で印刷して見せる、というような、異なる要素を一緒に見せてしまうと混乱してしまい、うまく判断ができなくなってしまう」というものがあります。これは、分野内では説明する必要がない前提なのですが、一般的には当然とは言いづらいと思います。このような「分野内で当然とされているコンセンサス(共通認識)を一旦外側から見てみる」ことが、まずは大切になります。

ちなみに、私の論文では、PCに繋いだモニターに白色の四角形、あるいは黒色の四角形のどちらかを出して、白色の四角形が出てきたら「さ!(清音:濁点が付かない音)」、黒色であれば「ざ!(濁音:濁点が付いた音)」をなるべく早く発音してもらい、発音までにかかった時間を毎回計っていきます。しばらくやってもらった後に、色と音声の組み合わせを逆にして同じことをしてもらい、同じように時間を計って、その平均時間を比較しています(結果がどうなったかは論文を是非見てみてください)。このように、考え抜いて研ぎ澄まされたメソッドで必要最小限の実験を行いデータを収集し、シンプルな分析でインパクトの高い結果を導く実験心理の美しい側面は、長らく私を惹きつけています。

2. 相手の知識を借りて、築く

相手の話を聞き、理解しようとするときは、本を読むときのように、与えられることばを頼りに、自分の頭の中でイメージを作ることが必要になります。その際に作り上げられるイメージは、「その人が持つ経験・知識」がベースになります。そのため、相手の知識や経験を超えるようなことは、イメージを作り上げるのが難しくなってしまいます。しかしながら、相手の持っている知識をうまく推測したり、あるいは直接訊いたりして、説明の足場として借りることは有効です。あまり確認しすぎると「こんなことも知らないのか」という意図として取られてしまう可能性がありますので、そのような意図がないことを示しつつ、「○○について聞いたことがありますか?それにとても似ているのです」と問いかけながら説明するのは効果的であると思います。このように、相手の知識を足場として借りながらことばを紡ぐことで、相手が効率よくイメージを築き、理解しやすくすることができると考えます。

3. 自分側に寄せるか・社会側に寄せるか

これは、話す相手や、その相手との関係性によって話す文脈を変えるのが時に功を奏するかもしれない、ということになります。基本的に研究の話というのは、よほど研究自体に興味がある場合を除いて、聞き手にとって理解が難しい話であり、その分負担を強いてしまうものになります。その場合、その話を聞くことによるメリットをどのように聞き手に持ってもらうか、という点を考慮すると、より聴いてもらいやすくなるのではないかと考えます。

例えば、親戚や友人など、「話し手自身と長い付き合いがあり、親密性が高い相手」に対して話す場合は、興味の起点が「話し手自体」にあるため、「話し手がなぜそれに興味を持っているのか、どのようなところが楽しいのか」など、話し手と研究との接点についてフォーカスして話すことによって、より興味を持ってもらいやすくなると考えられます。また、学振の面接や就職時の面接など、「話し手そのものではなく、行っている研究自体に興味を持つ相手」に対しては、「自分の行っている研究が分野や社会全体、あるいはその企業に対してどのように作用するのか」といった点に絞って話す方が効果的であると思います(悲しいですが、聞き手は話し手個人にはあまり興味が無い場合が多いです…)。

4. 時には大きな風呂敷の方が納得してもらえるのかもしれない

一つの論文や研究というのは、もちろん確実な一歩ではあるのですが、分野全体から見ると大変小さな一歩です。その点を素直に伝えても良いのですが、この小さな一歩を積み重ねた先にあるのは何か、ということを含めて伝えてみると、より研究らしくなりますし、今後応援してもらいやすくなるのではないかと思います。論文でいうところの、考察の最後の部分である、「今後の展開」に該当します。

例えば、私の論文の内容としては「発音という行動においても音象徴と呼ばれる現象が作用している」というだけのことに尽きるのですが、これだけを知るために研究を続けているのではなく、全ての論文・研究がそうであるように、あくまで通過点に過ぎないわけです。

また、研究テーマである「音象徴・オノマトペ」に関しても、これらについてもちろん解明したいという思いもありますが、このテーマを通して「ヒトが意味を見出すとはどういうことなのか」という大きな問いに繋げていくことを目指しています。それぞれの分野において解決したい大きな問いを、それぞれが抱えた状態で、研究者は日々活動しています。それらのたゆまぬ小さな営みが、壮大な知的堆積物となって我々の思想や行動を支えていることを、研究者はもっと主張してもいいと思うのです。

[文責・平田 佐智子(博士(学術))]

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