ある非常勤講師の授業オンライン化にまつわる試行錯誤

博士の日常
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今年度は多くの大学が授業をオンライン化しました

そもそも新学期の開始も雇用契約の手続きも遅れていたのですが、わたしが非常勤でコマを受け持っている大学でも、授業がオンライン化するだろうということで、どのような形式ですすめるべきか、周囲に話を聞いたり、ネット検索をしたりと、情報収集をはじめたのが3月末ごろのことです。

そのころにはすでにインターネット上では遠隔授業の長所や短所にまつわる議論が起こっており、他国での例が紹介されていたり、いちはやく授業を遠隔化した大学で教鞭をとる全国の教員の方々が授業方法のアイディアを共有していたりと、さまざまな情報を得ることができ、おおいに参考にさせていただきました。

退官間近のわたしの恩師である先生は、

「それぞれの大学が違ったシステムを導入しているので、それらを使いこなすまでには相当の時間とエネルギーと忍耐力を要しますね。まずマニュアルの格納場所を探して、それを3日くらいかけて理解し、それから試行錯誤。授業の中身の十倍くらいの労力ですね。道具にこき使われているという感じ。。。でも老化防止だと思ってなんとか食らいついていこうと思っています。」

とぼやいていました。

たしかに、大学ごとに使っているシステムも方針も異なるので、対応するのは楽ではありません。全国の小学校が臨時休校になった3月下旬頃から、大学の講義はオンライン化するであろうことは予想はできましたが、大学から具体的な方法や方針が示されたのは授業開始の直前ということも多かったのではないでしょうか。担当の部局が新しい制度への対応と調整で繁忙を極めている状態は、外部のわたしからもうかがえました。

わたし自身は、今年度担当しているのは二校だけでそれぞれ一コマずつ。いずれも一期限りの新規契約で、もともと一から準備をする必要があったので、オンライン化によってあらたな手間が生まれたわけではありません。しかし、複数の大学で非常勤を掛け持ちしている先生や、例年同じ講義を担当していて、すでにスタイルやルーティンが固まっていた先生にとっては、想定外の業務が飛び込み、苦労が多かったことと思います。

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前提が変われば配慮すべきことも変わる

勝手にZoomがメインになるだろうと踏んでいたわたしですが、大学からは動画のリアルタイム配信は通信容量がかさむので奨励しないとのお達しがきました。受講学生が十分なインターネット環境にない場合、スマホなどの小さな画面のみで受講する場合に配慮し、資料配信と課題提出で構成することが望ましいとの方針です。

突然のオンライン化に対応しきれていないのは講師側だけでなく、学生側も同じだというのはもっともなことです。機材についても、遠隔勤務などの需要が急増したことにより、ウェブカメラやヘッドセットなどはどこも品薄状態になっていました。それに新入生など、自分のパソコンを所有していない人がいてもおかしくありません。必要な時には大学のコンピュータールームが使えるはずだったので、スマホや家族共有のパソコンのみで事足りるつもりだった人もいるでしょう。

しかし、一方、データ容量をおさえることばかりを意識した教材では、面白みにかけるように感じます。通常の講義でも、文字情報ばかりのスライドでは学生は退屈してしまい、画像、映像を適宜とりいれることで、注意力と集中力を維持できるように工夫をするのが定石となっていました。話術や文章力だけで惹きつけられればいいのですが、そんな能力のないわたしにとっては悩みどころでした。

大学は「動画配信の多用は奨励はしない」としつつもZoomアカウントを用意してくれたので、結局、最初の考えどおりにスライドを用いた授業を行うことにしました。ただし、通信量への配慮として、受講生側のマイクとカメラをミュートにするほか、音声のみの受信でも問題がないように工夫をしました。

使用するスライドをPDFにして前日までに履修生に配布しておき、ページ番号を読み上げながらスライドをめくるようにしたというだけなのですが、この方法を徹底しておいたことで、学生たちがそれぞれに自分の都合の良い受講スタイルをみつけてくれたようです。音声の受信と画像の表示を別の端末で行ったり、受講中にインターネット速度制限がかかった場合には音声のみの受信に切り替えたり、各自が臨機に対応してくれました。

また、わたしのほうの操作ミスで画像共有がされないまま講義を進めてしまうという失態をおかしたことがあるのですが、その際も受講生がそれぞれに対応してくれたので、大事故にはならずにすみました。「やってしまいました。ごめんなさい」とこちらは平謝りするしかなったのですが、学生のほうからは「大丈夫です」「別に問題なかったです」「なんとかしましたから気にしないでください」と、クレームはなくむしろ慰め(?)の書き込みをたくさんもらいました。学生への配慮のつもりだった保険が、結局は自分にかえってきた形です。

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資料を選ぶ基準や授業スタイルも調整してみた

さらに、zoom講義の終了後にはレコードファイルを大学のシステム上にアップロードしておき、オンデマンド教材としても使えるようにアーカイブしておきました。これで受講時に接続に問題が起きた学生もフォローアップができます。

教育目的での他者の著作物の利用について、リアルタイム配信とオンデマンド配信では、著作権法の制度での取り扱いが異なる部分があります。対面の講義の時でも、他者の著作からの引用の方法などには特にに気を配っている部分ですが、今年度は補足資料なども出版物からのコピーを配布することはさけ、オンライン上に公開されているものから選び、出典を明らかにしたうえでURLを共有するという方法をとりました。

編集者注:平成30年著作権法改正により学校教育ではインターネットを利用した著作物の配布についても印刷物と同様に個別の許諾が不要となりました。その代わり学校設置者には補償金を支払う必要が発生するのですが、令和2年度のみ「特例的に無償」とする通達が出ています。令和3年度から補償金制度が開始される予定です。
(参照:文化庁『授業目的公衆送信補償金制度の早期施行について』)

文献資料だけでなく、映像資料なども加えるように意識し、紹介する際には、資料の著者や掲載媒体の背景のほか、それを選んだ理由についてもできるだけ説明を加えるように心がけています。これはインターネットを使ったリサーチの方法についても参考にもなればとの意図からです。大学図書館に直接足を運ぶこともできず、レファレンスサービスも使えない今、インターネット上からの情報収集の技術がこれまで以上に重要になってきます。

わたし自身、情報リテラシーの分野に対して、さして高い知識や能力があるわけではありませんが、少なくとも学生たちに悪い見本を示すことがないように注意しなければなりません。著作物の扱いについても、授業目的の利用には特例が適応されているという点を、学生たちが充分に理解しているとは限らず、「先生がやっていたから」と真似られてしまわないとも限りません。実際、授業の感想や意見を自身のtwitterでつぶやいているという学生もいました。教室外の場でも授業で扱ったテーマについて再度考察したり、議論したりする機会をもつのはむしろ好ましいことです。学生が自身の言葉で発信すること自体は妨げないのですが、教材を不用意に転用したりすることがないように注意をうながしておく必要があります。その点でも、日頃から講師が著作権に留意している姿勢を授業内で示しておくことには意味があると思っています。

そのほか、対面の講義と変えたのは、話す速度です。履修生自身にメモをとるなり、ノートにまとめるなりしてもらいたいと考えているため、通常の講義では、わたしはあえてハンドアウトは用意せず、そのかわりにスライドをめくる前に間をとるようにしていました。

しかし、事前に資料を配布するのならばメモをとる時間を待つ必要はありませんし、画面を通しての受講は、話すスピードがゆっくりだったり、リズムが悪いと、対面の授業以上に眠くなりやすいのではないかとの懸念がありました。そのため、意識的にやや早口で講義を展開し、90分の授業内容を60分強に収めるようにしています。

残りの30分間は学生たちのアウトプットの時間にあててもらいました。簡単な課題を出題し、その日の講義内容の感想とあわせて大学のシステムから提出してもらいます。課題は直感的に答えられるようなごく簡単な設問を用意し、文字数制限を設けて、講義当日中を締め切りに設定しています。

数百人規模の授業だったので、全員に返信をつけることはできませんが、次回の講義内で全体にフィードバックを行っています。課題提出により、受講生の理解度や関心がわかるので、その後の講義の進行速度やテーマ設定にも反映させることができました。

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オンライン化で学生からの反応に変化があった

対面の授業を行っている時も、「コメントペーパー」もしくは「リアクションペーパー」と呼ばれるメモを毎回提出してもらっていましたが、オンライン授業で提出されるコメントはいままでのものとは少し異なるように感じます。感覚的なものなのですが、湿度が増したといいますか、ごく私的な内容に触れていたり、ウェットな記述が多い気がするのです。

従来の紙媒体のものは、教室で記入し、その場で提出してから退出するものでした。記入にゆっくり時間がかけられるようになったことや、筆記具ではなく電子機器で書くことにより文章の推敲がしやすくなったというのも、これまでとは異なる点です。しかし最も大きな変化は、ほかの受講者も同席する教室と、プライベートな空間という、授業に取り組む環境の違いにあるのかもしれません。

オンライン化により学生と対面で接することができず、教室の雰囲気をダイレクトに感じられなくなることにより、講師側としては学生との距離がひらいてしまうことを危惧していました。しかし、受講する側には、むしろオンライン化によって臨場感が増したと感じている学生もいるようです。

講義室での授業では、「近くの学生の私語がうるさくて授業の内容が聞こえません。教壇から注意してください」との要望をもらった経験もあるのですが、オンラインの講義ならばほかの学生の受講態度に影響されることは少なくなります。

大学には、履修登録はしていて毎回時間に入室はするものの、居眠りや内職をしながら授業時間をやりすごしている学生や、グループで固まって座り、友人との付き合いを気にしながら参加している学生も、残念ながら数人いたりします。そういったモチベーション低めの同席者の存在は、周囲のほかの学生にとって、集中力を削ぐ要因になってしまっていたことは否定できません。

オンライン化によって、他者に左右されずに個々人が課題や授業全体にコミットしやすくなった面もありそうです。

また、わざわざ講義を受信している端末の前で居眠りをしようと人も少ないでしょうから、テレビを眺めたり、ラジオを聞き流したりする感覚に近いものであったとしても、ただ講義室に来るだけだった学生にも多少は届く情報量が増えたかもしれません。

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不安を感じつつも前に進んでいく

こうしてなんとか工夫をしながらオンライン授業を行っているものの、フィードバックは履修生とのやり取りのみなので、これでいいのか常に不安もあります。もちろん、正解などあるわけではないのですが。

通常の授業でもいえることですが、外部講師として受け持つ非常勤の授業は、依頼される際に担当科目の名称や規模が示されるくらいで、具体的な内容や方法は講師に一任されています。

大学の別の先生と意見交換する機会もありませんし、第三者に自分の授業を評価されることもありません。ほかの科目がどのような授業をおこなっているのか知るすべもなく、比べることもできません。

オンライン化によって、大学キャンパス内に直接行くことすらなくなってしまうと、なんとも放任されている感があり、こんな野放しでいいの? 採用時にICTスキルなんて問われなかったけどなにを根拠に講師を信用しちゃってるの? 使っている機材も通信環境もプロ向けじゃないけど大丈夫?と、だれかにチェックしてもらいたい気分になってきます。

答え合わせでもないですが、その後ほかのみなさんはどうしているだろうかと、以前非常勤先のシステムの違いをぼやいていた先生にふたたびメールをしてみました。先生は講義ノートをベースにした文章のPDFとスライドのファイルを配布して、学生からのコメントやレポートを受け付ける方式に落ち着いたそうです。

「このほうが対面の講義よりも内容は濃くなるね」

と、新しい方法に手応えも感じていらしゃるご様子でした。

さらに

「Zoomも使いこなせてきたので、ズーム飲み会やろうか。ITなんてそうやって飲み会など人間の本来の楽しみの道具として使ってやるのが本当の姿だと思いますよ。ITにいろいろ指示されるのはまっぴらごめん。」

とすっかり状況の変化を楽しんで、乗りこなしていらっしゃいました。

[文責・子育てポスドクさん]

<筆者について>
人文科学系のポスドク。大学院博士課程を単位取得満期退学後、任期付きポストと非常勤講師を兼任しつつ研究を続ける。 精神的不健康傾向の会社員のパートナーと、特撮大好きな幼稚園年長の娘、頑なに音声言語を話そうとせずにこの頃ハンドサインの語彙を増やしている一歳半の息子との4人暮らし。

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