※記事の内容は掲載当時(2017年)のものです。
2017年3月に出版された「博士になったらどう生きる?―78名が語るキャリアパス」(出版の舞台裏はこちら)。 書籍の監修者である栗田佳代子氏(東京大学大学総合教育研究センター准教授)、編者である吉田塁氏(東京大学教養学部特任助教)、インタビュアーを務めた佐藤有希子氏(日本学術振興会特別研究員RPD)と正木郁太郎氏(東京大学大学総合教育研究センター特任研究員)にお話を伺いました。今回は前編をお届けします。
栗田佳代子氏のプロフィール:東京大学大学総合教育研究センター准教授。1970年生まれ。東京大学教育学研究科博士課程単位取得退学、博士(教育学)。 2015年10月より現職。専門分野は高等教育開発。ティーチング・ポートフォリオの開発と普及支援を行い、学内では東京大学フューチャーファカルティプ ログラムを担当。
吉田塁氏のプロフィール:東京大学教養学部特任助教。1987年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程修了、博士(科学)。2015年10月 より現職。専門分野は教育工学、高等教育開発。アクティブラーニング型 Web システムの開発、「効果的な教え方」を学べるプログラムの開発・評価を実施。
佐藤有希子氏のプロフィール:日本学術振興会特別研究員(RPD)。1982年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。2015年4月より現職。専門分野は日本・東洋美術史。なかでも7〜13世紀の仏教彫刻を研究対象としている。
正木郁太郎氏のプロフィール:東京大学大学総合教育研究センター特任研究員。1989年生まれ。東京大学人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会心理 学)。2017年4月より現職。企業におけるダイバーシティー・マネジメントや人材育成、関連する人事データ分析などが研究関心。
自己紹介
早速ですが、まず皆様の自己紹介をお願いします。
栗田佳代子(以下、栗田):東京大学大学総合教育研究センターに所属し、東京大学フューチャーファカルティプログラム (FFP)に携わっています。FFPでは大学院生やポストドクターなどの大学教員を目指す方と教員など、教え方を学ぶ機会を提供しています。今年でFFP は開始当初から担当しており4年目になります。
佐藤有希子(以下、佐藤):私は現在、上野にある東京文化財研究所に所属し、日本学術振興会特別研究員として研究を行っています。専門は仏教美術、その中でも仏像の歴史を研究対象としています。今回の書籍では美術史学専門の方々をインタビューさせていただきました。
栗田:日本学術振興会の特別研究員の中でもリスタートポストドクター (RPD)として採用されているのですよね。
佐藤:そうです。研究活動を出産育児で中断した人が申請できるRPDという制度を利用しています。
私の知人もRPDで子どもがいま2歳だそうですが、まだまだ世間の認知が不十分で、保育園に預ける際にも苦労していました。座談会の後半でライフプランについてもお話を頂けたらと思っています。
正木郁太郎(以下、正木):私は、社会心理学が専門で、書籍でも社会心理学専攻出身者のキャリアパスを担当しました。今は栗田先生と同じ東京大学大学総合教育センターで特任研究員をし ています。週に3日はFFPのお手伝いをして、残りの日は個人的な活動として企業と共同研究をする、と半分コンサルタント・半分大学のように、二足のわら じで色々とやっています。
正木さんは企業と一緒に研究もされているのですね。
正木:私の研究はデータが無いと始まらないので。博士課程での研究内容は、企業の中のダイバーシティー・マネジメントで、多様な人が集まっている場所で何が起きる
のか、それをどうマネージすればうまくいくのかを研究しています。同時に、企業内での人材育成・成長などのテーマについても様々な企業と共同で研究してい ます。
吉田塁(以下、吉田):私は東京大学教養学部の教養教育高度化機構にあるアクティブラーニング部門に所属し、アクティブラーニングを学内で普及する活動に携わっています。教職員の 方を対象にワークショップを行ったり、授業づくりの相談にのったり、より良い授業を作るお手伝いをしています。実はFFPの1期生でもありまして、元々は 生体医工学の研究室に所属していたのですが、博士課程2年のときにFFPに参加して感動し、大きくキャリアを変えることを決心し、現在は教育に関わる活動 や研究をしています。
佐藤:確かに、FFPは私にとっても感動的でした。
FFPについて
吉田さんはとても大きな進路選択をされたのですね、そのきっかけとなったFFPについて、改めてご紹介して頂けますでしょうか。
栗田:FFP は2013年にスタートしたプログラムです。東京大学の卒業生には、研究者の道を歩む方々が少なくないので、彼らに教育する力を付けるプログラムを提供し ようというのが成り立ちです。FFPの参加者は半期1クラス25名の授業を受けます。年間で4回実施しているので、1年間でだいたい100名程の受講生が
「教えること」について学びます。
プログラム構成は、新任教員向けのプログラムを元にしております。アクティブラーニングを取り入れ、ディスカッションを通して学んでもらったり、シラバスを作ったり、模擬授業を実際に行い、相互にフィードバックをするなど主体的に学んでもらえるような構成にしています。
従来、初めて授業を持った大学教員は、自分が受けてきた授業の中で良かったものを模倣することが多かったわけです。しかし、一通り教え方を知るだけでも授業は随分違ってきます。
「博士になったらどう生きる?―78名が語るキャリアパス」を監修された栗田佳代子氏
職人技的に伝授されてきた授業の作り方などについて体系立てて学べるということですね。受講生同士での相互評価もあるとのことですが、それでは素人同士の議論になってしまいませんか。最後は栗田先生が総括されたりするのでしょうか。
栗田:相互評価に関しては、その練習をしたり評価の基準を示すなどもしますし、総括もします。
一方、逆に素人同士だからこそ良いという面もあります。実際に授業を受ける人は素人なわけですからね。模擬授業などでお互いにフィードバックするときに も、FFPに15もの研究科からの受講者が集まることがポジティブに働きます。例えば、美術史学の授業に対して生体医工学の方が指摘するわけですね。「学 部1、2年生向けにやっているはずなのに専門用語が多すぎる」といった風に。ある分野の専門知識を持っていない方ならではのフィードバックは非常に有益だ と思っています。
佐藤:模擬授業はとくに印象に残っています。私の場合は逆に、学部1、2年生向けにしたつもりが易しすぎると言われてしまいました。ちょうどいい塩梅を見つけなくては、と勉強になりましたね。
模擬授業をして、かつフィードバックをもらえる機会というのは貴重な機会であったかと思いますが、その経験が活きたことはありますか。
佐藤:先日、ある私立大学の採用面接で模擬授業をしたのですが、その際にFFPで学んだインタラクティブな方法を用いました。それが非常に好評で驚きました。面接 官の先生が、教育履歴書の「FFP受講」という記述を見て、「東大ではこんな教育をしているのですか。すごい!」、という風に大変好意的に受け取ってくだ さいました。近年は大学が、世間から研究者育成以外の教育も求められていることも関係しているようです。FFPで教わったことは現場で求められているスキ ルなのだなと実感しました。
正木:授業に関して言えば、上手くいくこともあれば、そうでないときも勿論あります。FFPで学ぶことは、ある意味で基礎編といえば基礎編です。いざ現場に出る と、科目の種類や受講者の人数、教室の設備などによって教えられる内容が変わってくるので、その度に色々試行錯誤しなくてはなりません。ただ、その過程に てFFPで学んだ頭の使い方というのは非常に役立っています。
栗田:まさにそういう風にFFPで身につけた力を使ってもらえると嬉しいですね。単なる知識は陳腐化してしまいますから。
インタビューをしてみての感想
今回の書籍『博士になったらどう生きる?―78名が語るキャリアパス』のインタビューですが、佐藤さんと正木さんのお二人は自ら手を挙げられたのですよね。研究以外の活動に消極的な人も少なくないかと思うのですが、なぜ参加されたのでしょうか。
佐藤:FFPでご指導いただいたこともあり、栗田先生を信頼していたことが大きかったです。もちろん博士課程に進んだ後のキャリアパスについて考えてみたいという思いもありました。私自身や周りの友人が当事者ですから。
正木:年々大学の研究職に就くことが厳しくなっていることは確かで、このまま何となく研究を続けると気付いた時には八方塞がりになっているのではないかと思っていました。そう考えていた折に、今回のキャリアパスに関する企画を知り、応募しました。
やはり、ご自身のキャリアパスへの関心が占める割合は大きかったのですね。他の方のキャリアパスを調べることがインタビューの目的の一つでしたが、5名の方にインタビューをする中で、どういった困難や学びがありましたか。
佐藤:まず人選には気を使いました。元々の指導教官の先生にも相談して、誰が適任かを考えました。2名は後輩と同期なのですが、他の3名はほぼ初めて会う目上の方でした。
同年代と上の世代とを比較したときに、キャリア観の違いは感じられましたか。
佐藤:そうですね、かなり上の世代の方はやっぱりトントン拍子の方が多いという印象です。少し上だと苦労する方もいて、同年代はかなり苦労している印象ですね。
上の世代の人達は頑張ればなんとかなった、けれども今の人達は頑張るだけでは足りないということでしょうか。
佐藤:「戦略」というキーワードが出てくるかどうかという点においては大きく違うかもしれません。上の世代の人達は「運と縁」です、とおっしゃられる方が多いです。 もちろん「運と縁」だけで片付けられないことも多々あったと思うのですが、現代の若い人の方が、「戦略」がより重要な役割を果たすと感じている人が多いと 思います。
正木:自分は特徴が違う5名を集めようとしましたね。具体的に言うと、そのままストレートで研究職に進んでいる人、民間企業に就職した人、一度民間企業に就職して研究の世界に戻ってきた人、途中で民間に出た人などを幅広く探しました。
それ程多様な背景の人々にインタビューを行うには、相当な準備が必要なのではなかったですか。
正木:様々な人々にインタビューしましたが、当時の指導教員を介して連絡させて頂いた1名を除いて、自分と同時期に助教やポスドク、大学院生などとして同じ研究室に 所属していた方々でした。自分のキャリアを自分で見つける労力を厭わない人が集まりやすい研究室なのかもしれません。
企業における多様性の影響を研究されている正木さんが所属していた研究室に、多様性を許容する文化があったことは興味深いですね。5名の方々のキャリア観には何か違いがありましたか。
正木:皆様バラバラですね。ただし結論はバラバラですが、結論に至る道筋は共通していたと言うこともできます。皆様やりたいことを第一に考えていたという点は共通 していました。教科書を作りたいという方、教育や研究よりもビジネスで活躍したい方など、やりたいこと、やるべきことを決めて進んできたというのは共通し ていました。
正木さんがインタビューされた方々は、年齢層も異なっておりましたが、やはり年齢によってはキャリアを「運と縁」で考えられている方が多いのでしょうか。
正木:運や縁という言葉を使う方もいましたが、それを掴むための努力は間違いなくされていました。その努力があった上で結果が伴うかどうかのところに運や縁があるという印象です。
社会心理学の分野のインタビュアーを担当された正木郁太郎氏。企業とも積極的に交流されているご様子
ご自身のキャリアについて
インタビュアーのお二人は、自分自身のキャリアのことも考えながらインタビューをしていたかと思います。インタビュー前後で想像と違うところなどはありましたか。
佐藤:なんとなく想像していたことではあったのですが、改めて自分の分野のキャリアが二極化していることを実感できました。つまり、大学教員になるか学芸員になるか、という二極化です。
美術史学の分野では、キャリアパスの大きな柱の一つが学芸員になることです。とにかく学芸員になることを目指して、修士課程のころから学芸員のため の就職活動に従事する学生がほとんどです。以前は、いずれ大学教員になるにせよ、博士号は取らずに学芸員になってキャリアを積んでから大学に行く、といっ たキャリアプランが成り立ちました。そのため、とりあえず学芸員になることが推奨されてきました。
現在は、博士号がないと大学教員にはなりづらいですし、とはいってもはじめに博士号を取ると、学芸員にな りづらい傾向にあります。大体30歳くらいまでが学芸員として採用されやすい年齢のリミットですが、博士号を取る頃にはその年になってしまい、学芸員就職 に間に合わないのです。このような二極化があります。
正木:社会心理学の分野だと基本的には研究職を目指す人が大半というのは確かですね。ただし、他領域と比べると「社会」に近い以上、頑張れば、チャンスは幅広く転 がっているのではないかと思います。民間企業への就職や、企業との共同研究など、開拓しようと思えば、自分でキャリアを作っていくこともできるのではない かと考えています。
自分で開拓していくとなると、起業家精神のような心構えも必要になりそうですね。
正木:そうですね。修士課程2年の頃から、企業とも交流を持てるようになりましたが、当時はまったくの未経験で、分からないことも多かったです。特に誰かに教えて ももらえないので、名刺の渡し方からして分かりませんでした。当時、ご縁があった方から大きな研究プロジェクトで責任ある役割を任せていただいたりしまし たが、研究の世界で味わうのとはまた別種の困難を乗り切って、やっとここまで来た感じですね。
修士の時代の経験があってこそ、企業でのコンサルティングもこなす今の正 木さんがいらっしゃるということですよね。インタビューではなく、監修、編集を担当された栗田さんと吉田さんはどうでしょうか。吉田さんは、書籍の編集を 通してご自身が持っていた博士のキャリア像に変化はありましたか。
吉田:色々な人の話を聞いて、運や縁と同じかそれ以上に、自分が出来ることを誠実に行うことが大事なのだと確信しましたね。目の前のことに丁寧に取り組みながら、その上で様々な人と話すことがキャリアを開く上で大切になるのかな、というのが私なりに整理して考えたことです。
栗田:若手のキャリアを可視化したことで、肌感覚が確信に変わりました。色々な学校に行ったり、海外に出てみたり、一度社会人として働いてみたりといったキャリアパスのダイバーシティーが見えてきてよかったですね。
なるほど、ありがとうございます。(後編に続く)
(「博士の選択」記事より転載)