【棚橋耕太郎氏】IPA2021年度未踏ターゲット事業PMに訊く、これからの量子アニーリングマシン

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

棚橋氏は、量子アニーリングが所属する企業の事業に役立つと判断し、会社として取り組むことを提案して研究を始め、様々な成果を挙げられた結果、今年度のIPA未踏ターゲット事業のプロジェクトマネージャーの一名に選ばれました。有志の勉強会から始まったつながりが、その後大きなプロジェクトに発展することを面白がる棚橋氏は、他分野の参入者とのつながりによって新たな試みが生まれることを期待されています。

― 量子アニーリングマシンとその周辺分野の状況や、現在取り組まれていること、その経緯について教えて頂けますか

 2015年にリクルートコミュニケーションズに入社しました。オンライン広告配信を扱う会社で、機械学習やプログラミング技術のスキルが高い人が集まっている部署があることに惹かれました。入社して1~2ヶ月の時に、同僚が量子アニーリングに関するテーマでブログを書いていて、それがきっかけでとある勉強会に参加することになりました。そちらに慶應義塾大学の田中先生と物質材料研究機構の田村先生がいらっしゃいました。今は二人とも未踏ターゲットのアニーリング部門のプロジェクト・マネージャー(以下、PM)で、今思い返せばPM三人がそこにいました。当時は会社でアニーリングには取り組んでおらず、名刺交換をするだけでしたが、現在量子アニーリングの国家プロジェクトをされている方なども気軽に集まっていて、たまたま集まったのがきっかけです。興味を持った者同士が集まる場所は後々どうなっていくかわからないですが、今思い返すと面白いです。

 勉強会で量子アニーリングに取り組む人がいると知りました。リクルートはホテルやレストランとカスタマーをマッチングするビジネスモデルですので、組合せを最適化することが重要だと感じていました。この課題に会社として取り組んではどうかと、組合せ最適化問題を解く量子アニーリングマシンの研究をしたいと上司に伝えたのです。まだ入社3ヶ月ぐらいだったのですが、「いいよ」と言ってもらい、田中先生に連絡を取って共同研究をすることになりました。

― 量子アニーリングマシンを使った研究というのは、結構お金がかかるものなのでしょうか

 クラウド上で利用する場合には何億円かかるというレベルではないですが、量子アニーリングマシンのAPIを利用するための費用がかかります。ただ、無料で公開されているアニーリングマシンも結構あります。例えば、日立のCMOSアニーリングマシン、D-Wave、東芝やフィックスターズなどのマシンは研究利用であれば、条件付きですが無料で使うことができます。

― そもそも量子アニーリングマシンとはどういったものなのでしょうか

 アニーリングマシンは「組合せ最適化問題を解く専用ハードウェア」と理解いただけたらと思います。ハードウェアはASICという専用チップやFPGAという書き換え可能なチップといった様々なバラエティーがあり、その中のひとつが量子アニーリングマシンです。どれもイジングモデルという物理モデルの最適化問題を解くためのマシンになっています。世の中の様々な問題を、イジングモデルにうまく変換することでアニーリングマシンによって解けるようになります。

― アニーリングマシンは専用機で、その中のひとつとして量子アニーリングマシンというものがあるのですね。ビジネスにおけるマッチング課題以外に、どのような分野で使われているのでしょうか

 組合せ最適化問題全般ですので、いろんなことに使えます。今回のテーマであるAIの分野であれば、機械学習のほとんどに最適化問題は内在しています。例えば、予測モデルを作る際は、内部的には最適化問題を解いていて、パラメータ等を決めるのですが、その中で機械学習の従来の処理では使えないような離散最適化を使うことでクラスタリングをより高精度に行うことができます。GoogleはQboostという機械学習のモデルにアニーリングマシンを使う方法を提案しています。それを使うと、とてもスパースな機械学習のモデルを扱えて、メモリもそこまで必要ではないので、例えばIoTのGoogle Glassなどに採用することができます。他にも、組合せ最適化問題は世の中にたくさんあって、最近はUberのようなタクシー配車アプリがありますが、それの拡張としてライドシェアを考える時に、一緒に乗る人ができるだけ同じ目的地に行くような人同士を組み合わせるといった最適化問題もあります。また、スケジューリング問題と呼ばれる、誰が何曜日の何時にシフトに入るか決めるような問題ですね。大きな工場ではシフトを決めるだけで数日かかったりします。従業員から提出されたシフト候補と生産計画や従業員のスキルレベルの組み合わせの問題は、難しい問題として知られています。例を取り上げるときりがないですが、応用できる分野はたくさんあります。

― 2021年度の未踏ターゲットの事業において取り組みたいことをお聞かせいただけますか

 現在(2021年3月時点)テーマを募集しておりますので、この分野に対して情熱を持った人が、様々な分野から入ってくると嬉しいです。昨年度は医師の方が医療統計のための量子機械学習モデルを提案したり、北海道出身の学生さんが除排雪の最適化に取り組んだ例がありました。

― あまり見かけない分野はありますか。そのような分野にこそ入って欲しいと思うのですが

 先ほど申し上げました医療統計の分野の方が入ってきたのは新鮮でした。芸術・芸能分野では、音楽の生成を量子コンピュータでやりたいという方もいました。他にはバイオインフォマティクスでのDNA配列の処理に関する取り組みなど、様々なバックグラウンドを持つ方が応募してくれています。想像もつかないようなところからもアイディアが生まれていて、いわゆる歴史学などの文系の分野でも領域によっては組合せ最適化問題が使われていることもあるようなので、そのようなところから入ってくるのも面白いのではないかと思います。

― 他分野の方、興味がある方が量子アニーリングマシンについて学べる機会はありますか

 アニーリングや量子コンピュータについて知識が少ない人でも、未踏ターゲットで採択されるとPMやTAから専門的な知識を学ぶことができますし、IPAの方でもセミナーやワークショップを開催しています。先日もアニーリングマシンを使いながらどのような問題が解けるのか、ということを三日程かけて学び、最後は自分のオリジナル問題を解くというワークショップが開催されました。最近は様々な組織でそのような取り組みをやっており、学ぶ機会が増えてきていますし、ハッカソンなどのイベントも開催されつつあるので、私が取り組み始めた当時よりも多くのチャンスがあるのではないでしょうか。

― 興味がある方はそのようなところで知識を得て、ご自身の研究にどう適用できるかを検討いただくのが早道ですね。最適化問題に持ち込めるかどうかを判断する基準はあるのでしょうか

 一番わかりやすいのは、目的が決まっているもので、例えば「巡回セールスマン問題」ですね。「全部の都市を回って最短のルートで帰ってくる」という目的がはっきりしています。一方、現実の問題ではどのような状態が「最適」なのか簡単に定義できないような問題も多くあり、それ自体を探索するようなメタ最適化に関する研究もあります。他には、例えばシフトスケジューリング問題を解いて数学的に良い解が得られたとしても、そのシフト割当が実際の現場で受け入れられるのかという現実社会での意思決定に関する問題もあります。

― アニーリングマシンは、全部の組合せに対して計算をして最適解をみつける仕組みという理解でよろしいですか

 総当たりでは時間がかかってしまうので、アニーリングマシンではランダムなノイズを使って徐々に良い状態に収束させてくような解き方になっています。 例えば、最急降下法という方法は、ある初期状態からエネルギーが最も低くなる方向にステップを進めていく方法なのですが、この方法だと局所解から抜け出せなくなる問題があります。これを避けるために、一定の割合でランダムに動くような行動を入れているのがアニーリングの方法です。いろんな大きさのナッツが入った缶を、最初は激しく振って、だんだん細かく揺さぶっていくと大きなナッツが上に、小さいナッツが下に行くというきれいな状態ができると思うのですが、それに近いようなイメージで、最初はすごくランダムに動くのですが、徐々に最適な方に動く力を大きくしていくことで収束して行くような方法です。

― 他の解決方法と比較して、量子アニーリングマシンが抱えるウィークポイントはあるのでしょうか

 アニーリングマシンは確率的に解を探索するため、制約条件が破れることがあります。ハードウェアの構造に起因する変数結合のトポロジーに関する制約や設定できる数値の解像度やノイズの問題などもあります。

― この分野の今後の展望についてお聞かせください

 量子アニーリングマシンなどの場合、変数間の相互作用を自在に入れることが困難なことやアナログなノイズが入ってしまうなどの問題があります。一方、日本のメーカーを中心にASICやFPGA、GPUなどによるデジタル処理を利用したアニーリングマシンが作成されており、変数間の相互作用や係数をより自由度が高い形で設定することが可能になっています。さらに、イジングモデルにとらわれない形で、二次割当問題などある特定の形の最適化問題をより効率的に解くことができるようなマシンも登場しています。

 私が2020年度に未踏ターゲットで担当したプロジェクトでは、ある特定の制約をチップの中で実現する仕組みのアニーリングマシンを作成しました。このように、カスタム化や問題特化型のようなものも出てきていて、よりユーザーフレンドリーで使いやすいものが増えてきています。ついこの間、D-WaveとGoogleが論文を出していましたが、量子アニーリングだからこそ得意な物理シミュレーションの問題もあります。従来の手法よりも圧倒的に速いという結果が出るなど、様々なマシンの住み分けができてきています。

プロフィール(インタビュー当時)

棚橋 耕太郎 氏

株式会社リクルート所属。1988年生まれ。2015年京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻修士課程修了。修士(工学)。機械学習、量子アニーリングなどに取り組む。

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