【北海道大学 川村秀憲氏】AIを通してヒトの本質的役割に迫る ―AI技術が変える研究者の未来―

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

川村氏はAI技術そのものの技術とともに、「ヒトと技術の調和」という独特なテーマのもと研究を進めていらっしゃいます。AI技術は社会の在り方だけではなく、今後の研究者の在り方をも変えてしまう可能性があることを指摘されています。今後重要となる価値観とは、どのようなものなのでしょうか。

― 研究を始められたきっかけや、現在に至るまでどのような道のりを歩んでこられたのか、教えていただけますか

 小さい頃からコンピュータに触る機会がありました。今のようにインターネットもなかったので情報入手には苦労しましたが、おもちゃのようにプログラミングをして遊んでいました。工作少年でものを作るのが好きで、その手段の一つがプログラミングでした。こんなものを作りたいと思ってプログラミングをしていくと、思い通りのものができて、手順通りに動作して、思った通りに動くわけです。それはそれで楽しかったのですが、次第に物足りなくなり、自分で考え自ら学習して成長するものを作ることへ興味が移っていきました。

 大学進学するときに、AIに関することができそうな学科を選び、今所属している研究室へたどり着いたことがこの道に入るきっかけです。工学部なので、他の友人たちは修士まで進学して何の疑問も抱かずに就職活動を行っていたのですが、私は自分の好きなことでご飯を食べていきたい、自分の時間は自分でコントロールしたいと思い、とりあえず博士課程に進学しました。博士課程で成果が出て、予定よりも一年早く2年で博士号を取ることになりました。その後どうしようかと思っていたのですが、たまたま研究室の助教のポストに空きが出て、教員として残ることになりました。大学に入ったときは、その後30年も北大にいることになるとは思いませんでした。

― 研究室の卒業生は、博士課程を短縮で修了されている方が多いですが、北大にはそのような慣習があるのですか

 研究室のスタッフは、私と山下先生、横山先生の3名ですが、実はみんな2年で博士号を取得しています。博士号取得の要件は大学によって違いますが、ジャーナル論文採択が何編、国際会議で何回発表する、といった最低限の業績条件があり、その条件がクリアできるのかどうかと、学位論文がまとめられるかどうかが学位審査になりますので、在籍期間は関係がありません。

 AIの分野では、この先多数の人材が求められています。我々としては、博士号を持っている人を「AI人材」と呼んでほしいと思っています。学部、修士、博士と指導していますが、修士でやることは、先生に言われたことを自分なりにまとめて、実験も含めて実現するということです。まだ力がついてないというのもありますが、研究というスタイルでAIに向き合うのはまだ難しく、物足りないレベルです。博士になると論文を書いて採択される、プロの研究者と同じようなレベルまでトレーニングすることになります。

 世の中に求められているAI開発は研究に近いものになってきています。昔はまだ大学と現場の課題が離れていて、大学よりも現場のOJTでトレーニングした方が良かったのですが、今はAIの研究開発の最新の成果は論文で出てきますし、成果の測り方、評価方法は研究に近づいてきています。ディープラーニングを専門として博士号を取っていれば、その後のキャリアパスを考えても武器になります。今であれば研究成果が出れば我々のように2年で博士を取れますし。

 私が学生のときは、自分で学費を工面しなければ博士課程に進学できませんでしたが、今はどこの大学でも経済サポートがあることが多く、また社会に出るのが遅れても、生涯年収で十分ペイできるだけの価値があります。特にAI分野に関しては、博士課程に行くことはとても良いのではないか、と学生にも伝えています。日本の博士課程は大学の最後のプロセスという扱いですが、海外であれば博士課程はほぼ就職です。給料をもらいながら博士課程の大学院生として学位取得を目指すので、当然プロのスタッフとして研究するような形式になっています。日本は学費を払って、親から「まだ大学行くの?いいかげん働いてくれ」と言われてしまうような状況なので、そこも変えていかなければと思います。

― 川村先生のキャリアの変化と、研究を始めた頃のAI分野の状況について教えてください

 私が大学に入ったときは、第二次AIブームが終わった頃で、「通商産業省(現:経済産業省)の第5世代プロジェクトが失敗した、AI研究はこの先どうなるのだろう」と囁かれていた時代でした。私はコンピュータが勝手に進化して、賢くなるようなことをやりたいと思っていましたので、AIブームとはあまり関係なく研究室に入りました。研究室では、今でいうニューラルネットワーク、機械学習のようなことをやっていました。その頃はこの分野がどうなっていくのかは見通せませんでしたが、今のAIに続く萌芽的な研究はほそぼそとなされていました。今のように何でもできるわけではなかったですが、原理的には今のAI研究も当時されていた研究も大きくは変わらないと思います。

 今ではコンピュータの計算パワーが上がってデータが増えて、できると分かった上でチャレンジするので、様々なことが進みますが、本質的な数式が大きく変わったわけでもありません。ニューラルネットワークは当時からありましたし。しかし、当時の研究者に「今みたいなことが実現できるか」と訊いたら、「原理的にはできるはずだが、現実的にはできない」と答えると思います。

 昔の陸上競技の100メートル走で9秒台の記録を出すことは、ずっと成し遂げられてこなかったのですが、ある選手が10秒を切って9秒台を出すと、そこから9秒台が次々と出るようになって、今は9秒台が当たり前になっています。要は、到達できるかどうかわからない時点では、皆が様々なリミットを作るのですが、誰かが突き抜けてしまえば「やっぱりできる」と皆で取り組み始める、ということがAI研究で起こったのだと思います。今AIの研究はとても加速していますが、ディープラーニングをベースにできることにも限界があります。刈り取れる問題はまだたくさんありますが、数年後にはディープラーニングを超えてさらに何を考えなければならないのか、という話題になっていくはずです。

 私たちが扱っている感情や感性は、その先にある問題だと思っています。数字で評価ができる問題は、人間よりも機械の方が優秀なので機械に置き換えてしまおう、その延長として「仕事がAIに奪われる」という話があります。しかし、私達が取り組んでいる俳句の研究、俳句を理解して人に対して批評するというようなことは今のAI技術では、まだできません。ファッションや食も同様で、このような話題は「人がいなければ成り立たない問題」が先にあって、その中でAIがどう関わっていくのかということですので、仕事が奪われる話とは関係しません。私たちの研究室の名前は「調和系工学研究室」で、人と機械・人工知能がお互い存在して初めてシステムとして意義があるということを表しています。英語ではHarmonius Systems Engineeringというのですが、海外で「それは何なんだ」とよく聞かれます。そのときは、「人と未来の機械の調和を考えていて、機械も技術の研究だけでなく、それでみんなが良くなるにはどうすればいいか考えることも重要だ」と話すと、なるほどと理解してもらえます。

 「AIは、トロッコ問題などの倫理的な問題が解けない」という議論がよくなされるのですが、そもそもこういった問題は明確な正解がなく、人が決めなくてはならないことです。しかし、アイデアや方法を考える際には、コンピュータが関わることでいろいろとクリアできることもあると考えています。人とコンピュータが調和しながら、より良い世界を目指すというのはそういうことです。一つ一つの応用で見ると、バラバラに見えるのですが、私たちとしてはディープラーニングなどの技術はもちろんのこと、考え方としては少し哲学的・社会的なことを含むところまで扱いたいというのが研究スタンスです。

― 産業や工業応用の分野では、人件費削減のため人を機械に置き換えていきたいという意向がありますが、そうではなく人と共に存在する機械について考えていらっしゃるのですね

 人の価値観においては、機械に置き換えられることよりも、機械に置き換わっても意味がないことの方が多いと思っています。例えば、人との雑談はコンピュータと話せば満たされるかというと、そうではありません。以前シアトルにAmazon GOの店舗ができて話題になりました。Amazon GOは品物をカメラが認識しているので、レジを通さずにそのまま外に出られます。これだけ聞くとAmazonの技術で店舗が無人になるのだ、と思いますよね。実際に行くとレジは無人ですが、各コーナーに人がいて「今日は何をお求めですか?」と客とコミュニケーションをとって商品をリコメンドする専門の方がいます。レジの人が要らなくなったから無人になるのではなく、「人が対応する意味があるところ」にリソース配分が変わっていくのです。人間社会全体ではそうなった方が、コミュニケーションが豊かで温かみがあるものになりますので、AIと人との関わり合いとしては望ましいと思っています。

― 研究室の卒業生がベンチャー企業を立ち上げていらっしゃいますが、このような考え方についてもアドバイスされるのでしょうか

 ベンチャー企業はこれまでにも何社か仲間と一緒に立ち上げています。研究者のスタンスとしては、「自分で考えて作ったものを社会で使ってもらいたい、社会貢献したい」という強い思いがあります。私たちはエンジニアリングの研究者ですので、社会的責任として論文発表だけではなく、世の中に役に立つかどうかという点が試されています。そのようなプロダクトを最終的に世に出す際に、共同研究として企業の手に委ねる方法ももちろんあります。一方で、企業は自らのビジネスがあるので、考え方がずれることもあります。また、こちらが爆発的な成長をしたいときに、既存企業の古い価値観の中ではうまく扱うことができないことがあります。そのような場合は他人に委ねていては進まないので、自分たちで進めるためにベンチャー企業を立ち上げてチャレンジすることになります。

 日本全体のことを考えると、最近は「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」への疑問が出始め、メンバーシップ型からジョブ型への動きが一部で見られます。今後日本の大手企業がこれまでのように機能するのか、という点に私自身は危機感を持っています。

 元々、高度成長の中で工業製品を大量に作る際に、新卒一括採用と終身雇用で人を囲い込んで、専門性は関係なくとにかく会社入ってから上の言うとおりにやらせて、そこでジェネラリストになってもらうことで全体をうまく回すというような、偉くなって給料が上がるシステムは、若い頃は割が悪い訳です。若い頃はどうせ何も知らないだろうし、「苦労は買ってでもするものだ」と働いてもらって、今は大変だし給料は安いけど、結婚して子供が大学に行くころには給料が最高潮になるから、と「後で元を取る」形式ですと、専門性よりも会社に対する帰属意識の方が重要になります。それで高度成長のときは良かったのですが、バブルがはじけてリーマンショックがあって日本は成長しなくなってきたわけです。

 それでも私たちの年代までは人口が多かったので、これまでのやり方と過去の貯金で凌ぐことができました。ちょうど私は団塊ジュニア世代で、私から上の世代と下の世代では全く異なる景色が広がっています。上の人達が見ているのは、「下の世代の人数が増えていくから、若いときに苦労しても将来元が取れる」景色です。年金と一緒ですね。しかし、今の下の世代は子供の数が減っているので、今苦労して将来元を取ろうと思っても、さらに下の世代の人口が減って、年金をもらえないような状況になります。AIで博士号を取るような優秀な人は、そのような会社の年功序列の中では、いい評価を受けることは難しいと感じています。一方で、AIは一人が開発したアルゴリズムがとても優れていれば、大きな利益を生むこともあり得ます。例えば、大手企業の中で新卒で入って素晴らしいAIのアルゴリズムを作って、会社の利益が大きく上がった場合でも、大手企業であればせいぜいボーナスに色がつくか、将来は研究所の所長に出世するかもしれないといった評価に落ち着いてしまいます。自分で作ったベンチャー企業であれば、個人の取り分としていきなり何億円も取れるかもしれません。やったことに対する評価を考えると、大企業のシステムの中では適正な評価がしづらくなっています。優秀な若手にとっては、ベンチャーの方が自分の取り分も多くなりますし、バイネームで活動するのに近いので、自分という存在を世の中にアピールすることによって、個人がより高い価値を持ち、お金を稼げるということになります。もちろん、競争が熾烈になるという意味では大変ですが、優秀な人が輝く社会のほうが魅力的であると思います。

― 先生が関わってらっしゃるベンチャー企業について、教えて頂けますか。

 一つは「調和技研」というAIの研究開発をしている会社があります。企業と組んで学術的な見地からAIのアルゴリズムをいろいろ開発しています。もう一つはAWL(アウル)という会社です。こちらはサツドラ(サッポロドラッグストアー)と連携して、AIを組み込んだリテール向けの監視カメラを研究開発していて、CTOの土田さんが研究室の後輩です。この二社は北大発ベンチャーの認定を大学から受けています。

 もう一つ面白いベンチャーを挙げると、Aill(エイル)という婚活アプリで、AIを使ったサービスを提供する会社があります。CEOは女性で、女性目線で婚活の社会問題を解決したいと相談を受けました。私たちは様々なエンジニアリングや技術開発をしていますが、理工系で男性が多く、あまりデザインやサービスに興味が持てないのですが、真逆のお話をして下さり、面白いなと感じました。これらは北大発ベンチャーであったり、社会課題解決を目的としており、利益を追求する企業の手伝いという形ではないので面白いと思います。

― 婚活アプリですが、婚活と就活は近いとも言われていて、皆さんが求めるアドバイスなどをうまく入れたいですよね

 我々のアプリは、話をする前にフィルターをかけないというコンセプトで、検索機能がありません。いきなり結婚相手を検索しても決まるわけがなく、まずは話をします。いいなと思った人が29歳と30歳の場合、属性上は「20代」と「30代」になりますが、実際に気になると29歳も30歳も関係がないですよね。しかし、先に検索の項目で20代、30代とチェックボックスがあると、20代に付けてしまいます。就職でもおそらく似たようなことはあって、条件を指定できると、学生側も企業側も良い条件の人を取ろうとするのですが、その条件に現れない良さも数多くあるはずで、そのような性質は密にコミュニケーションを取らなくてはわからないはずです。多くの学生は、メーカーや消費者向けの企業しか会社名を知らず、就職活動のときに慌てて調べるので、検索して条件が良いところを選びがちですが、入りたい会社を決める点では、そもそも働くことに対して「何を大切にするか、どのようなことを考えて就職したいのか、何が大事だと思うのか」という相談に乗るところが、人でなくてはできないところです。そのような部分により人手がかけられるように、AIができるところはAIに置き換えていくべきだと考えます。

 私が最も興味があるのは、世の中の困り事に対して、よりよい解決策を考えることです。世の中の課題に対する現在の解決策は、必ずしもベストではありません。それを踏まえて、最終的なアウトプットとしてはAIの仕組みになりますが、それ以前に大事なのは「デザイン」です。見ためや手触りなどの「物質的なデザイン」もありますが、最終的に実現したいのはサービスデザインとAIが連携しているプロダクトです。これらを総合的に考えられる人は、世の中にまだあまりいないように思います。サービスデザインを考える上で、ディープラーニングの理論などのAIの知識は重要ですし、逆にAIを作るときにはサービスデザインも重要です。両方を総合的に捉えて考えることが、社会システムを良くすることにつながる、という意識で研究を進めています。

― 大学院生や研究者の皆さんにメッセージをお願いします

 主に若い人に、「AIが発展すると人間の仕事はどうなってしまうのか」と、訊かれることがあります。この先どのタイミングで「人のように考えるAI」が出現するかどうかはわかりませんが、AI技術は間違いなく発展していきます。そして、人が行う仕事の領域にも入ってくる事態になった際に、「どのような作業がAIに置き換えられるのか」を考えた方がいいと話します。広く必要とされるスキルをAIに置き換える経済的インセンティブは大きいので、今は人がやっていても、機械に置き換えて安くできる見込みがある作業は必ずAIに置き換えられていくと思います。一方で、「こんな馬鹿なことは世界中であなたしか考えていない」という人をAI化することは社会的にインセンティブがありません。世界でひとりしかやってないことに関しては、国家予算をかけてAI開発をするより、その人がやる方が圧倒的に安いのです。

 研究分野も芸術分野もそうです。全員が一生懸命同じことをやると、共倒れになってしまいます。しかし「あなたしかやっていないようなこと」に対しては、この先価値が生まれてお金も回っていくと思うのです。今後AIが発展して、例えばスマートフォンの開発や生産がすべて機械でできるとなると、そこで生まれたお金はどこかに回っていかなければ意味がありません。そこで芸術などに資金が回っていくと、ニッチなジャンル・分野が成り立つような世界になるので、人の付加価値は、「他人がやらないこと・多様性」の部分になります。研究者の分野もこれと同じような性質がありますので、リスクヘッジしなければ将来的に自分の価値がなくなってしまうことが起こり得ます。若い方々には、是非そのようなことを考えて欲しいと思います。

【川村先生のお話でAIに興味を持った方にオススメ】

「人工知能 グラフィックヒストリー」

クリフォード・A・ピックオーバー (著), 川村 秀憲(監訳), ニュートンプレス (2020)

プロフィール(インタビュー当時)

川村 秀憲 氏

北海道大学大学院情報科学研究院情報理工学部門複合情報工学分野調和系工学研究室教授。1973年北海道生まれ。2000年北海道大学大学院工学研究科システム情報工学専攻博士後期課程期間短縮修了。博士(工学)。同年4月同大学助手。2006年同大学准教授、2016年より現職。専門は人工知能、マルチエージェントシステム、複雑系工学、観光情報学。

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