【北海道大学 石森浩一郎氏】新しいサイエンスから新しい産業へ ―タンパク質そのものの面白さを追求する―

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

石森氏は金属を含むタンパク質を対象とした研究を推進されています。金属タンパク質自体の研究は分野としては物理化学になりますが、石森氏は「タンパク質を面白がろう」という先生の教えに従い、分野を超えて面白さを追求していった結果、様々な産業とのつながりを見出すことになります。自身の血液を用いた実験から始まった研究は、いまや生命現象の解明へと貢献しています。


― どのような研究テーマに取り組まれているか教えて頂けますか
 分野としては物理化学で、対象はタンパク質、特に金属を含むタンパク質に注目しています。例えば、ヘモグロビンは金属を含んでいて、鉄があるからこそ酸素を結合して体中に酸素を運ぶ役割があります。他にも金属を含むタンパク質はたくさんあって、それらを全部あわせると鉄だけでも数グラムになります。エネルギー生産や物質代謝にも金属が必要で、金属タンパク質が我々の生命を支えています。

 このような生命現象を分子レベルで化学の目で見ていきたいのです。この研究と直接関連する産業分野はありませんが、生命現象の根本的なメカニズムを理解する点では製薬や医療とはつながっています。共同研究として医学部の先生とご一緒することも多く、臨床研究や創薬の基礎に関わることもあります。最近は、薬の開発であれば、特定のタンパク質の構造を理解したうえで、その機能を阻害や制御する、というアプローチも注目されています。

 他にも、金属タンパク質は化学触媒にも使えることがわかっています。例えば、温暖化ガスとしては二酸化炭素より強力なメタンは、水酸(-OH)基を結合させると、メタノールになって多くの化学製品の原料として使えます。メタンに水酸基をつけるというのは、簡単なようにみえるのですが、高温や触媒として貴金属が必要になったりするので、実験室レベルでは可能ですが、工業的には難しいものです。一方、自然界には、常温常圧でメタンをメタノールにするようなバクテリアがいて、これも金属タンパク質が触媒している反応です。このようなタンパク質をうまく使えば、温暖化学ガスであるメタンを工業的に有用な材料に変えることができるのです。こういった発想から、今後、金属タンパク質の研究は産業化に繋がると思っています。



― 生物化学的に考えると、かなり広がりがあるということですね
 SDGsの重要性が注目されている中、サスティナブルなことを考えると、生物やそのタンパク質の機能の解析と模倣は1つの方向性だと思っています。新しいサイエンスから新しいインダストリーが生まれるポテンシャルをもっている学問領域だと思います。



― 大切な礎となる部分に取り組まれているんですね。ここまでの道のりは、今まで同じ領域だったのでしょうか
 学部は工学部に入りました。学科は石油化学でしたが、高校までの「化学」とは違う何か変わったことをしたかったので、ある研究室の金属タンパク質の研究が、とても新鮮に思えて選びました。最初は自分の血からとったヘモグロビンで実験することになって、まさに身を削って研究していました(笑)。それから、金属タンパク質はヘモグロビンだけではなく、様々なところに存在して、化学反応や病気にも関わっていることもわかってきたので、研究の範囲は徐々に拡がっていきました。
 最初は、簡単に手に入るタンパク質の構造や機能をみていたのですが、遺伝子工学の手法が可能になり、タンパク質を自由に操作できる、ということになって拡がってきたという感じです。



― 研究室を主催されていた先生からの影響はありましたか
 学部4年生で研究室に配属されたとき、そこには当時貴重な超電導NMRという装置がありました。研究者はすごい装置があるとそれにあう試料を探して測る、ということをやりがちです。それはそれでいいのですが、私の先生はそうではなくて、「タンパク質が面白いからこれを使ってやってみなさい」というスタンスで、タンパク質の面白さを発見して、面白いことをやれという先生でした。また、タコ壺のように自分のいるところに収まっているだけではなく、「外に面白いことがあれば出て聞いてきなさい」ともよく言われました。

 当時、タンパク質を研究するには遺伝子工学が必須と思っていたのですが、自分の研究室ではできなかったので、博士課程の2年間は、大阪大学まで行って研究していました。当時の先生が研究室の外に出ていくことを勧めてくれなければ、今の方向には進まなかったと思います。



― その当時の先生のお名前は
 森島 績先生です。先生ご自身も医学部の先生に実験を教えてもらったりしていて、工学部化学の先生が医学部に出入りしているという、当時、あまり一般的ではないことをされていました。

― 恩師の影響は大きいですか
 研究室での研究生活を通して、アカデミアでは、自分の好奇心の赴くままに、いろいろなことができるんだと思いました。そのような気になったのは恩師の先生のおかげだと思います。それがアカデミアに残った理由の一つです。企業にも魅力はあったのですが、ある企業の工場見学の折に、企業での研究では企業としての方針があり、また、2~3年単位で違う研究をすることになるとも聞きました。すべての企業がそうではないのかもしれませんが、それでは自分にはあわないなと思いました。

― 博士課程に進まれてからはアカデミアでキャリアを積まれたのでしょうか

 当時は、博士課程に進学すれば、アカデミアに進むのが当然だろうといった風潮でした。ただ、在学中に企業の研究でもっと面白いものがあれば迷っていたかもしれません。最近の博士課程を修了した人の進路をみると、企業で研究テーマを半ば強制的に変えられても、それはそれで面白い人生だったかもしれないと、今になって思うこともあります。

― 今現在の博士課程の進学率は先生の時代と違うと思いますが
 我々の時代は博士課程の定員はそれほど多くなく、基本、アカデミアにいくことが念頭でした。今は民間企業も博士課程修了者を積極的に採用するようになって、位置づけが変わってきたように思います。以前のような「物好きが博士課程に行く」といった印象から、「高い技術をもって広く世の中で活躍する」というスタンスに変わってきています。一方で、学生にはそこまで浸透していません。周りの人も「博士課程に行っても就職に有利にはならないし、大学にも残れないんから博士はやめておけ」と言っていた、という話も聞きます。学生や親の世代はまだ過去の博士像をひきずっている気がします。

― 先生の研究室の学生は、博士課程を経てどのようなキャリアに進まれましたか
 最近であれば、企業とアカデミアは半々くらいでしょうか。15年程前に京都にいた頃は、ポスドクとして海外に出ていくというパターンが多かったと思います。民間企業ですと、洗剤メーカーに行った人がいます。学術的なことを大事にしてくれるので、博士での研究が役立っていると話していました。研究だけでなく、新しい洗剤がどうやれば売れるかなどにも取り組んでいるようで、博士課程で培った問題を抽出して解決する力を、一つのジェネリックスキルとして使って、面白くやっていますと言っていました。民間へ進む人は、タンパク質や生体関連にこだわって会社を選ぶ人もいますが、博士課程での解析的な研究が面白くて、データサイエンス関係に行った人もいて、専門とは直接関係のない仕事に回されても博士課程のときの経験と培った力をうまく使っている人が多いように思います。

― 専門分野を支えているその基礎にあるジェネリックスキルなどが身につくためには楽しんで研究をやっていた方がいいということですか
 そうですね。博士課程での研究では、問題を抽出してどう解決するか、自分の知識で足りなければ人に聞くとか、ということがとても大事になります。このようなスキルというのは、専門分野が違っても、研究以外の分野でも同じだと思いますが、それを身につけるには研究が楽しいからこそ、先に進みたい、というモチベーションが必要でしょうね。


― 博士人材の育成は具体的な取り組みや結果を教えてください
 「研究室だけに閉じず、様々なところへ出ていろいろな体験をしなさい」と言われたことは、自分自身も学生に伝えています。研究対象が金属やタンパク質でなくても構いません。海外に行く機会があれば、博士課程に進むつもりのない修士の学生であっても勧めています。そうすると、海外で色々経験して、サイエンスの面白さが世界的なものであることに喜びを感じて、「やっぱり博士にいきます」という人もいます。外に出て好きなことをやりなさいというのが基本的なことですね。皆大学に来て、何かしたいと思って来ているわけですから、やりたいことを伸ばしてあげたいですし、大学はそういう場であるべきだと思っています。


― 恩師の教えを継承されたのですね。後を継いでくれる方はいらっしゃるのですか
 確かに知識の継承ということは重要ですが、自分自身の専門分野の後継についてはあまり考えたことはありません。サイエンスが面白いことは伝えますが、それは時代によって変わっていくでしょうし、次の人達はそれぞれ新しいことをやって欲しいので、興味があるなら継いでくれてもいいのかなという感じです。

― 皆さんの自主性を尊重されているんですね
 サイエンスはそれぞれの知的好奇心で進むべきで、それが自然だと思います。

― 研究室を主催されてから今まで何名くらいの学生がいましたか
 毎年4~5名の学部4年生が配属されて、そのほとんどが大学院に進学するので、北大に来てから15年程度で60名強が修士に進学し、そのうち20名弱が博士に進学しました。北大の卒業生で、アカデミアで研究室を主宰している人はまだいないですが、京大のときの学生は10名くらい教授になっています。

― 学生へのメッセージをお願いします

 視野を広くもって、面白いと思えば積極的に外に出てみてください。特に、若い間は身軽なので何でもできます。海外でもいいですし、自分のいるところに縮こまっていないで、外に出て広い世界をみて欲しいです。私も、悔いというほどではありませんが、もっと違う世界で違うことをやっていたらどうなっていたかなと思うことがあるので、悔いを残さないようやってほしいです。外の世界を見て、違う世界にはまってしまっても、それはそれでいいんじゃないでしょうか。自分自身の知的好奇心や知的興味を大事にしてほしいですね。

―色々やってみてほしい、これは勇気づけられますね

 この先の人生は何があるかわかりませんので、様々な経験が力になります。研究室のテーマで論文をたくさん出すのもいいですが、論文が出なくても自分の興味があることをやった方が、長い目でみるといい結果になり満足感が得られます。大学では視野を広くもって本当にやりたいことに取り組めばいいのです。


プロフィール(インタビュー当時)

石森 浩一郎 氏

北海道大学大学院理学研究院教授。1961年京都府生まれ。1989年京都大学大学院工学研究科分子工学専攻博士後期課程修了。工学博士。同年京都大学工学部助手。1995年京都大学大学院工学研究科助教授。2005年北海道大学大学院理学研究科教授を経て2006年より現職。研究分野は生物無機化学、分子分光学、構造生物学、物理化学、生物物理学。原著論文は米国科学アカデミー紀要、米国生化学会誌等に約150報。

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