「生命工学の就職率」を全国規模で示した統計は存在しません。学校基本調査の関係学科別の集計に、この分野の区分が置かれていないためです。就職率を読み解く材料になるのは、学科が自ら公表する進路実績と、職務の中身を定めた日本標準職業分類や医薬品に関わる法令の記述です。
この記事では、生命工学の学びが置かれている学部の違いから、就職先として並ぶ業種の幅、研究開発職の外側にある職務、医薬品の事業で法令が定めた組織と責任者、そして学部卒と大学院修了で分かれるものまでを解説します。
1.生命工学の学びはどの学部に置かれているのか
「生命工学」という名前のつく学科や専攻は、どの大学でも同じ学部に置かれているわけではありません。学部の名前を手がかりに卒業後の進路を推し量ることは難しく、確かめる先になるのは在籍する学科そのものが公表している進路実績です。
同じ生命工学系でも所属する組織は大学ごとに違う
生命工学系の課程には、工学部の一学科として置かれているものと、学部ではなく学院という単位に置かれているものがあります。北海学園大学の生命工学科と岐阜大学の化学・生命工学科は工学部の学科で、東京科学大学の生命理工学系が属するのは生命理工学院です。そのため、この分野の課程を一つの学部系統としてまとめて捉えることはできません。
出典:北海学園大学工学部生命工学科「卒業後の進路」
出典:岐阜大学工学部化学・生命工学科「化学・生命工学科 主な進路・就職先」
出典:東京科学大学生命理工学院生命理工学系「将来の進路」
大学院へ進む学生の比重は学科ごとに異なる
東京科学大学生命理工学院生命理工学系では、学士課程から約9割の学生が大学院課程へ進学しています。岐阜大学工学部化学・生命工学科の生命化学コースでは、令和元年度の卒業生69名のうち40名が大学院へ進学しており、割合にするとおよそ6割です。東京農工大学工学部生命工学科では卒業生の約90%が大学院へ進み、山梨大学生命環境学部生命工学科では60〜70%が修士課程へ進んでいます。同じ生命工学系の名前を持つ学科であっても大学院へ進む学生の比重は一様ではなく、平均的な一つの像を自分の学科に当てはめることはできません。
出典:東京科学大学生命理工学院生命理工学系「将来の進路」
出典:岐阜大学工学部化学・生命工学科「化学・生命工学科 主な進路・就職先」
出典:東京農工大学工学部生命工学科「卒業生・修了生の進路」
出典:山梨大学生命環境学部生命工学科「主な就職先」
2.生命工学には全国統計の学科区分がない
大学ごとの実績を並べたところで、全国の平均像はどこにあるのかという疑問が残ります。結論からいえば、生命工学系にその平均像はありません。
学校基本調査に生命工学の関係学科区分はない
全国の卒業者数や進学者数は、学校基本調査の卒業後の状況調査で関係学科別に集計されています。ただしその関係学科の一覧に、生命工学に対応する独立の区分は置かれていません。全国の進学率や就職の状況を生命工学系の学科だけで切り出そうとすると、そこで手がかりが途切れます。近い名前の分類を代わりに当てる読み方も、集計されている学科の範囲そのものが違うため成り立ちません。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 関係学科別状況別卒業者数」
参考にできるのは学びが置かれた学部系統の数値にとどまる
生命工学の課程が置かれている組織は大学によって違うため、参考として見られるのは、それらを含む学部系統をまとめた上位区分の数値になります。令和7年3月卒業の同じ表では、工学計が卒業者87,287人・進学率40.4%・卒業者に占める就職者の割合55.2%、理学計が卒業者17,863人・進学率47.5%・就職者の割合45.8%、農学計が卒業者17,617人・進学率28.1%・就職者の割合64.7%でした。ただしこれらは生命工学系の学科を抜き出した数値ではなく、生命工学が置かれている学部系統の参考値にとどまります。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 関係学科別状況別卒業者数」
卒業者に占める就職者の割合は就職率ではない
この55.2%や45.8%は、その年に卒業した人全員を分母にした値です。進学した人も分母に残ったままになるため、進学の比重が大きい区分ほど値は小さく出ます。就職を希望した人だけを数えた就職率とは母集団が別物であり、二つを同じ指標として並べることはできません。割合の低さを採用のされにくさとして読むと、進路の実像から離れていきます。
3.就職先の業種は食品や化学の製造にとどまらない
生命工学科を出た人の就職先は、食品や化学の製造にとどまりません。情報通信、医療・バイオ、公務員・教育、金融・保険まで業種は分かれています。ただし人数や割合までは分からないため、読み取れるのは幅だけです。ここでは例として山梨大学と北海学園大学の2校で確認してみましょう。
山梨大学生命環境学部生命工学科が挙げる業種
山梨大学生命環境学部生命工学科の就職先は、製造(食品・化学・その他)、情報、医療・医療機器・製薬、その他(官公庁・学術/研究・環境・その他)に区分されています。内訳が添えられているのは製造とその他の二つで、情報、医療・医療機器・製薬はいずれもそれらと並ぶ位置に置かれた区分です。その製造業の内訳には食品と化学に加えて「その他」が置かれており、名前の挙がった二分野に収まらない製造業まで含まれています。
北海学園大学工学部生命工学科が掲げる2024年度の区分
北海学園大学工学部生命工学科の2024年度の就職状況は、五つの業種区分に分かれています。IT・情報通信系、食料品製造・卸売・販売・小売系、公務員・教育等、医療・バイオ系、そして金融・保険・複合サービス等です。金融・保険が独立した区分として置かれている点は、山梨大学の側には現れない特徴です。
二つの資料で異なる業種区分の切り方
2校では、業種の切り分け方そのものが違います。山梨大学は製造という大きな括りの内側に食品と化学を置き、北海学園大学は食料品の製造と卸売・販売・小売をひとまとまりにしています。同じ食品に関わる就職先でも、片方では製造業の内訳として、もう片方では流通まで含む区分として並んでいるわけです。どちらも一つの学科の実績であり、区分をつなぎ合わせて生命工学系という括りの平均とすることはできません。
志望が集まりやすい先と、資料に並ぶ業種名は別の情報
二つの資料に業種の名前として挙がっているものを並べると、情報通信、公務員・教育、金融・保険まで入ってきます。一方で、専門性と直結する研究開発職の求人枠は限られており、食品業界などに志望が集中しやすいとされています。資料に並んでいる業種名を志望の話に置き換えて読むと危険なので注意しましょう。
4.研究開発職の外側にある職務は公的な分類に定義がある
業種の一覧からは、その先で何をする職務に就くのかまでは見えてきません。化学製品に関わる技術者の仕事は、開発を担うものと、それ以外の工程を担うものの二つに分かれます。この区切りを項目として定義しているのが、総務省が統計の基準として設定した日本標準職業分類です。生命工学系の学科がこの分類とそのまま対応するわけではありませんが、生命工学を学んだ人が進む職務の多くは、この二つの項目が示す範囲に入ります。
「化学技術者(開発)」が指す仕事
分類項目「化学技術者(開発)」にあたるのは、科学的・専門的知識を応用して化学製品の「開発に関する技術的な仕事に従事するもの」です。ここでいう化学製品には、化学肥料や合成繊維と並んで医薬品や化粧品が入ります。この説明が対象としているのは化学製品に関わる技術者であり、研究開発職という呼び方で語られる仕事と重なるのは、この項目が示す範囲までです。
出典:総務省「日本標準職業分類(平成21[2009]年12月統計基準設定)」
「化学技術者(開発を除く)」の説明に並ぶ職務
同じ資料には、もうひとつの分類項目として「化学技術者(開発を除く)」が置かれています。その説明に並ぶのは、製造に関する化学工程の「生産性の検討・生産準備・設備計画などの工程設計」と、「工程管理・品質管理、監督、指導・分析・検査」という技術的な仕事です。生産技術や品質管理、分析、検査といった職務は、企業ごとの呼び名としてではなく、統計の基準の上でひとまとまりの仕事として定義されています。
出典:総務省「日本標準職業分類(平成21[2009]年12月統計基準設定)」
分類の項目名からたどりにくい営業の職務
二つの項目が示しているのは開発と製造工程の側の仕事であり、顧客と向き合う職務はその中に項目名として現れません。技術的な内容を理解したうえで顧客に製品を提案する営業職は、そのひとつです。理系の学びを前提にした募集が置かれることもあり、専門をどう生かすかという問いは、分類の外側にも続いています。
職種名ではなく工程で見分ける募集要項の読み方
分類に項目名が置かれている職務であっても、企業が生産技術職や品質管理職と呼ぶ募集の枠が、この分類項目とそのまま重なるとは限りません。はっきりしているのは、開発の外側にある工程設計や品質管理、分析、検査が、公的な定義を持つ職務として存在するというところまでです。募集要項を読むときは、職種名だけで見分けようとせず、どの工程を受け持つ仕事として書かれているかを確かめると、自分が研究で扱ってきた作業との距離を測れます。
5.医薬品に関わる職務は法令が組織と責任者を定めている
医薬品に関わる仕事は、生命工学系の進路として名前が挙がりやすい領域です。ただし、その内側にどんな職務が置かれているかは、企業ごとの方針だけで決まっているわけではありません。医薬品を製造販売する事業では、責任者の設置も部門の分け方も法令が定めており、職務の区切りは条文をたどれば具体的に確認できます。
製造販売業に置かれる三つの責任者
医薬品を製造販売する事業者には、総括製造販売責任者、品質保証責任者、安全管理責任者という三つの責任者を置くことが定められています。根拠となる条文はそれぞれ別で、総括製造販売責任者は医薬品医療機器等法第17条第1項、品質保証責任者はGQP省令第4条第3項、安全管理責任者はGVP省令第4条第2項です。GQP省令とGVP省令はいずれも通称であり、前者は品質管理の基準を、後者は製造販売後安全管理の基準を定めた厚生労働省令です。品質保証と安全管理はそれぞれ別の責任者が担当します。
出典:e-Gov法令検索「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」
出典:e-Gov法令検索「医薬品、医薬部外品、化粧品及び再生医療等製品の品質管理の基準に関する省令」
出典:e-Gov法令検索「医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令」
製造部門から独立した品質部門
製造の現場でも、部門の分け方そのものを決めているのは省令です。医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年12月24日厚生労働省令第179号)、通称GMP省令は、第4条第2項で「品質部門は、製造部門から独立していなければならない」と定めています。同条第3項が品質部門に置くよう求めているのは、品質保証に係る業務を担当する組織と、試験検査に係る業務を担当する組織の二つです。製造、品質保証、試験検査という区切りは、企業が独自に設けた部署名ではなく、省令が求める構成にもとづくものです。
出典:e-Gov法令検索「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」
治験で分けられるモニタリングと監査
治験に関わる職務でも、担当の分け方は省令が示しています。医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(平成9年3月27日厚生省令第28号)、通称GCP省令は、モニタリングに従事する者を第22条に、監査に従事する者を第23条に、それぞれ別の条文で定めています。就職情報で臨床開発モニター(CRA)と呼ばれる仕事にあたるのが、この省令のいうモニタリングに従事する者です。
出典:e-Gov法令検索「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」
独立行政法人としてのPMDAの採用区分
これらの基準に照らして審査や調査をおこなう側にも職務があります。独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の新卒採用は、「技術系専門職(一般)」「技術系専門職(生物統計)」「事務系総合職」の3区分に分かれています。技術系の業務領域として挙げられているのは、審査、信頼性保証、GMP/QMS調査、安全対策です。これは民間企業の職種区分ではなく、独立行政法人が自らの採用のために設けている区分です。規制を受ける側と審査する側の双方に、同じ省令の名称に紐づいた職務が置かれていることが、この業務領域の並びから読み取れます。
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6.学部卒と大学院修了で実際に分かれるもの
ここまで確かめてきた職業分類と法令の定めは、職務の中身を区切るもので、学位段階には触れていません。民間企業の応募条件が学位でどう分かれるのかを、全体として示したものもありません。学部卒と大学院修了について確かめられるのは、二つの試験が並ぶ国家公務員の採用、専攻と実務経験で書かれた職務の要件、進学を標準的な進路として公表している学科の三つです。
国家公務員採用総合職試験に並ぶ院卒者試験と大卒程度試験
人事院が実施する国家公務員採用総合職試験には、院卒者試験と大卒程度試験(教養区分を除く)という二つの試験が置かれています。2026年度実施分で院卒者試験を受けられるのは、大学院修士課程または専門職大学院の課程を修了した方と、2027年3月までに修了見込みの方です。大卒程度試験(教養区分を除く)では、大学の卒業(2027年3月までの卒業見込みを含む)等が受験資格として示されています。二つの試験は同じ年度に並んで実施されている国家公務員の採用の区分であり、民間企業の募集がこの形にそろうという意味ではありません。
出典:人事院「国家公務員採用総合職試験(院卒者試験)」
出典:人事院「国家公務員採用総合職試験(大卒程度試験)(教養区分を除く)」
薬剤師以外の技術者の基準は課程と年数で書かれている
医薬品の製造販売業では、総括製造販売責任者に薬剤師を置くのが原則です。厚生労働省の質疑応答集は、薬剤師以外の技術者を置けるのは薬剤師を置くことが著しく困難であると認められる場合に限られるとしたうえで、その技術者の基準のひとつに「医薬品の品質管理又は製造販売後安全管理に関する業務その他これに類する業務に三年以上従事した者」を挙げています。
学歴の側の基準は「大学等で、薬学又は化学に関する専門の課程を修了した者と同等以上の知識経験を有すると認めた者」と書かれており、修士や博士という学位段階では区切られていません。新卒の応募資格を定めた記述ではありませんが、制度に紐づく職務の要件が、学位段階ではなく修めた課程と実務の年数で書かれる例にはなります。
出典:厚生労働省「医薬品又は体外診断用医薬品の総括製造販売責任者として薬剤師以外の技術者を置く場合の取扱いに関する質疑応答集(Q&A)について」
進学を標準的な進路として公表している学科
大学院への進学を、学科の側が標準的な進路として説明している例もあります。東京農工大学工学部生命工学科では、卒業生の約90%が大学院へ進んでいます。ただしこれは在籍した学生の進路の構成であって、学部を出た段階で応募できる先が限られることを示した数字ではありません。研究開発職では修士修了を求める募集が多いといわれますが、条件の置き方は企業ごとに違うため、志望先の募集要項で確かめることになります。
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まとめ
生命工学の進路は、研究開発職に就けるかどうかで決まるわけではありません。まず自分の学科の進路実績を確認し、業種の幅を把握してください。そのうえで、工程設計や品質管理、分析、検査まで含めて、自分の専門がどの職務と重なるのかを照らし合わせてください。









