農学部で学んだ専門性を研究職で生かしたいと考えていても、大学院に進めば自然と道が開けるわけではありません。研究職には民間企業の研究開発部門だけでなく、国立研究開発法人や都道府県の試験研究機関という所属先があり、採用の枠組みも学位の求められ方もそれぞれ違います。
この記事では、所属先ごとの入口の違いと専攻による研究職志向の差を、公的な統計と募集要項から読み解きます。
1.農学部の研究職は所属先ごとに入口の設計が違う
研究職として働ける場所は、農業関連企業に限らず、民間の研究開発部門、国立研究開発法人、都道府県の試験研究機関に分かれます。所属先が変われば採用試験の性格や求められる学位も変わるため、まず全体の見取り図を押さえておきましょう。
民間企業の研究開発部門
食品や製薬、化粧品といった分野の民間企業でも、研究開発部門は農学部出身者の主要な進路の一つです。専門性の高い研究職では大学院修了を条件とする募集が多いとされる一方、学部卒業から研究開発の現場に進む例もあります。生物学や生化学、分子生物学を横断的に学ぶ農学部の学びは、こうした分野の研究開発で生かしやすいでしょう。
志望する企業がどの学位を前提に募集を出しているかは、個別に確認しておく必要があります。
国立研究開発法人の研究職員
国立研究開発法人では、農研機構や水産研究・教育機構が新卒者を対象に独自の採用試験をおこなっています。2027年度の農研機構の新卒募集要項では、研究職の採用予定数が40名、応募資格は学士以上の学位を取得または取得見込みで2027年4月1日時点で34歳以下であることとされています。学部卒業の段階でも応募できる枠が用意されている点は、大学院進学を前提に考えていた人にとって選択肢の幅を広げる材料になるでしょう。
水産研究・教育機構でも、令和8年4月採用予定の募集では研究開発職員として15名程度の採用予定があり、大学卒業見込みの人も応募対象に含まれています。
出典:農研機構「2027年新卒募集要項」
出典:水産研究・教育機構「新規採用情報(研究開発職員)」
都道府県の試験研究機関で研究に携わる職員
都道府県にも、農業試験場や農業改良普及センターなど、研究に携わる職員を採用している機関があります。香川県の例では、これらの機関で研究に携わる職員は農業職として採用され、その試験区分は大学卒業程度です。国立研究開発法人のように研究職として募集する形ではないため、職種名だけを手がかりにすると志望先を見落としやすくなります。
都道府県の採用は自治体ごとに制度が異なるため、志望する都道府県の試験区分や職務内容は個別に確認しておきましょう。
2.同じ農学部でも専攻によって研究職を目指す層の厚みは変わる
研究職を志望する人がどれくらいいるかは、農学部全体でひとくくりにできません。大学院進学率を専攻別に見ると、同じ農学部でも研究職を志向する層の厚みに大きな差が表れます。
進学率が3割を超える専攻と1割に届かない専攻
農学関係学科の大学院進学率は、文部科学省の学校基本調査で専攻ごとに集計されています。令和7年(2025年)3月の卒業者では、最も高い林学が36.2%に達する一方、最も低い獣医学畜産学は8.7%にとどまり、両者の差は4倍以上です。
同じ農学部でも、周囲にどれだけ大学院へ進む同級生がいるかは専攻によって変わってきます。学部全体の平均から自分の周囲を思い描くと、実際の傾向とずれてしまうでしょう。
出典:文部科学省「令和7年度学校基本調査 卒業後の状況調査 関係学科別状況別卒業者数」
自分の専攻の進学率が周囲の研究職志向の目安になる
専門分野に直結する研究機関や企業を目指す場合には、大学院進学を選ぶ人が多いとされています。この傾向を踏まえると、進学率の高い専攻では研究職を意識する同級生が相対的に多く、進学率の低い専攻では研究職志望が少数派になりやすいと読めます。自分の専攻がどちらに近いかがわかれば、研究室の同期や先輩から集められる情報の量も、就職活動で比べられる相手の顔ぶれも見通しが立つでしょう。
少数派になりやすい専攻であれば、学内で情報が集まりにくい前提で、募集要項や採用試験の情報を自分で早めに集めておきましょう。
3.公的研究機関の研究職には二つの入口が並存する
国立研究開発法人の研究職には、学部卒業からでも挑戦できる採用枠と、博士号や研究実績を前提とする採用枠が並んで存在します。同じ研究職という言葉でも、どちらの枠を想定するかで、大学院での過ごし方も応募のタイミングも変わってきます。
学士以上を対象に育成する試験採用
農研機構の試験採用は、学士以上の学位を持つ人を対象に、機構内で研究者として育成する枠組みです。農研機構の採用FAQによると、試験採用では学位によって採用枠を分けたり、選考を加減したりする区別はおこなわれていません。
水産研究・教育機構の研究開発職員採用でも、令和8年4月採用予定の募集では大学卒業見込みの人と修士・博士課程修了見込みの人がともに対象に含まれ、次の四段階の選考を経て採用が決まります。
- 書類選考
- 1次試験(筆記試験)
- 2次試験(個別面接・対面)
- 3次試験(個別面接・オンライン)
学部卒業の段階から研究職を目指すのであれば、この試験採用という枠組みが現実的な入口になります。
出典:農研機構「採用FAQ」
出典:水産研究・教育機構「新規採用情報(研究開発職員)」
博士号と研究実績を前提に課題を指定して採る枠
試験採用とは別に、農研機構には博士号を取得し、すでに専門的な研究実績を積んだ人を対象とする任期付・パーマネントの採用枠があります。この枠は担当課題や配属先を明示して採用する枠組みであり、育成を前提とする試験採用とは性格が異なる入口です。募集の時点で担当する研究課題が示されるため、自分の研究テーマと課題が重なる募集を選んで応募する形になります。
学部卒業や修士修了の段階では応募対象に含まれにくく、博士課程まで進んで研究実績を積んだうえで挑戦する枠だといえます。
| 採用枠 | 主な対象 | 配属・課題の決まり方 |
|---|---|---|
| 試験採用 | 学士以上(学位による区別なし) | 採用後の試験結果・研修成績で決定 |
| 任期付・パーマネント | 博士号取得者で研究実績がある人 | 募集時点で課題・配属先を明示 |
出典:農研機構「採用FAQ」
4.試験採用では研究テーマも勤務地も自分では選べない
研究職を選ぶときは、採用後に研究テーマや勤務地をどこまで自分で選べるかという点を見落としがちです。所属先の採用枠によって、この自由度は大きく異なります。
試験採用では担当課題も配属先も採用後に決まる
農研機構の試験採用では、担当する研究課題や配属先は、試験結果と採用後の研修成績を考慮したうえで決定されます。事前に希望を聴取することもないと明記されており、応募の時点で研究テーマを選ぶことはできません。
育成を前提とした枠組みである以上、まず組織の中でどの分野の研究者として育成されるかが決まり、そのなかで担当課題が割り当てられる仕組みだと理解しておく必要があります。研究テーマへのこだわりが強い人ほど、この点をあらかじめ踏まえておいたほうがよいでしょう。
出典:農研機構「採用FAQ」
全国の研究拠点への異動可能性とテーマ選択の関係
農研機構の勤務地は茨城県つくば市が拠点の一つですが、2027年度の新卒募集要項では、北海道から沖縄県まで全国25都道府県にある研究拠点等への異動可能性があるとされています。試験採用で入構した場合、勤務地だけでなく担当課題も採用後の状況に応じて変わっていくものと考えておきましょう。
研究テーマや勤務地をあらかじめ決めたい人は、課題を明示して募集する任期付・パーマネントの枠を検討する余地があります。どちらの枠を選ぶかは、育成を受けながら経験を積みたいか、実績をもとに特定の課題に取り組みたいかという方向性の違いとして考えるとよいでしょう。
5.都道府県の試験研究機関は研究専任ではない働き方になる
都道府県の農業職として採用された場合、研究だけに専念する働き方にはなりにくい点も押さえておく必要があります。
農業職として採用され試験場や普及の現場を異動する
香川県の例では、農業職として採用された職員は、農政水産部の本庁各課、農業改良普及センター、農業試験場、農業大学校といった複数の配属先を異動しながらキャリアを積んでいきます。研究業務に携わる期間もあれば、農業者への技術・経営指導や普及の業務に携わる期間もあり、特定の研究テーマに長期間専念し続ける働き方とは異なるでしょう。
異動のたびに担当する業務内容が変わる前提で、都道府県での働き方を考えておく必要があります。
試験研究が職務の一部として位置づけられている
香川県が示す農業職の職務内容には、農業行政の企画・調整や農業者への技術・経営指導、農村活性化の支援に加えて、新品種育成や栽培技術改善に関する試験研究の業務も含まれます。試験研究は職務の一部として位置づけられており、研究のみを専門に担う職種として採用されるわけではありません。
都道府県の農業職を志望する場合は、研究に携われる可能性がある一方で、行政・普及の業務も担うことを前提に志望動機を組み立てておくとよいでしょう。
6.応募区分の選び方で専門性の見られ方が変わる
国立研究開発法人の採用試験では、専攻に応じた応募区分を選ぶ場面があります。区分の分け方を知っておくと、自分の専門性をどこで示せばよいかが見えやすくなります。
農研機構の試験区分は五つの系統と別枠二つに分かれる
2027年度の農研機構の新卒募集要項では、研究職の応募時に工学系・情報系・農業科学系・畜産系・経済学系という五つの試験区分から一つを選びます。農業農村工学系と獣医系は、この五つの区分とは別途の試験による選考です。自分の専攻が農業科学系に近いのか、畜産系に近いのかなど、募集要項の区分説明を照らし合わせて選ぶ必要があります。
区分の内容は年度ごとの募集要項によって変わるため、応募時には最新の要項で確認しましょう。
専攻と区分が一致しないときの考え方
農学部の専攻は幅広く、必ずしも試験区分の名称とぴったり一致するとは限りません。たとえば農業経済学を専攻していても、研究内容によっては経済学系以外の区分のほうが近いと感じる場合があります。
区分の説明文には、想定する専門分野や求める知識の範囲が示されているため、専攻名だけで判断せず、区分ごとの説明を読み比べて選ぶ姿勢が必要です。迷う場合は、複数の区分の説明を比較したうえで、自分の研究テーマや実験手法との重なりが大きいほうを選ぶとよいでしょう。
応募前に確認しておく募集要項の項目
応募区分を選んだあとは、募集要項に記載された年度や採用予定数を確認しておく必要があります。2027年度の農研機構の新卒募集要項では、研究職の採用予定数は40名とされていますが、これは年度によって変わる数字です。
水産研究・教育機構でも、令和8年4月採用予定の募集では研究開発職員の採用予定数が15名程度とされており、書類選考から3次試験までの選考プロセスが組まれています。応募を検討する際は、必ずその年度の最新の募集要項を確認し、採用予定数や試験区分の内容を照らし合わせておきましょう。
出典:農研機構「2027年新卒募集要項」
出典:水産研究・教育機構「新規採用情報(研究開発職員)」
まとめ
農学部から研究職を目指す道は、大学院に進めば自然に開けるという単線的なものではありません。民間企業の研究開発部門、学士から挑戦できる国立研究開発法人の試験採用、博士号と研究実績を前提とする任期付・パーマネントの枠、そして研究専任ではない都道府県の試験研究機関と、所属先ごとに入口の設計も研究の自由度も異なります。
同じ農学部でも専攻によって大学院進学率の厚みが違う以上、周囲の相場は学部単位ではなく専攻単位で確認しておく必要があります。研究テーマや勤務地への希望が強いか、育成を受けながら経験を積みたいかによっても、選ぶべき入口は変わってくるでしょう。
応募区分や採用予定数は年度によって変わるため、志望先を絞り込んだら、その年度の募集要項を直接確認するところから準備を始めましょう。








