8月31日は食料品流通改善協会や全国青果物商業協同組合連合会など、9団体が1983年に制定した「野菜の日」です。この日を機に、日頃の食生活における野菜摂取量を見直したり、人間と野菜、そして食品全般との関係性を考え直したりするのは、良い過ごし方かもしれません。
大学院生や研究者の食生活はどういう状況になっているのでしょうか?大学院や研究生活の経験がない方にとってはなかなか想像しにくいかもしれません。人生のステージやご家庭事情はそれぞれ異なるので、研究者の食生活も多様なスタイルがあると思いますが、筆者が知る範囲内の事例を紹介したいと思います。
研究者は食事をおろそかにしがち?
研究者(特に理系)に関する典型的なイメージを考えると、資料や実験設備があふれる部屋に埋もれ、食事もろくにとらずに研究に没頭したり、食事の途中で議論やアイディアに気を取られて、食事のことを一切忘れてしまったりするような印象が挙げられがちです。とにかく研究だけに興味が集中しており、食には一切興味がない、というイメージです。
実際のところは、上に挙げたような研究以外のことを一切考えないような人はあくまでも極端な例にすぎず、研究者全体を代表できるものではありません。多くの研究者は普通に食事を摂取し、さらに自分の栄養状態に関心があるように見えます。
だが一方では、大学院生や一人暮らしの若手研究者の中には、規則正しく栄養バランスのとれた食生活を送っていない人が多いことも否定できません。大学生と大学院生を対象とする調査では食生活の不規則さや、バランスの悪さが指摘されることが多いです。食事バランスに関しては特に野菜不足が指摘され、肉や卵への偏りがあるようです。
例:
小野廣紀, 栢下淳, 青山武史, & 青木良光. (2003). 岐阜大学学生の食生活調査 (食品群の摂取状況)–自宅外通学学生および男子学生の食事は悪いか?. 岐阜市立女子短期大学研究紀要, 52, 127-133.
http://doi.org/10.24516/00000444
例:
柴英里, & 森敏昭. (2009). トランスセオレティカル・モデルにおける行動変容ステージから見た大学生の食生活の実態. 日本食生活学会誌, 20(1), 33-41.
https://doi.org/10.2740/jisdh.20.33
不規則な生活と激務の解消は重要
大学生に関する調査では食事の不規則さと生活リズムの乱れの関係が指摘されていますが、それは研究者にも当てはまる話でしょう。
一般的には、研究者は不規則な生活リズムを持ちがちです。特に大学院生やポスドクの間は、一日のうちで作業するタイミングを自由に決められる場合が多く、仕事の進捗管理が個人に委ねられることも少なくありません。その自由さは、自分のペースで物事を進めることを許してくれる素晴らしい一面がある一方、生活リズムを不規則なものにするという問題も孕んでいます。
起床や就寝時間がズレてしまえば、食事の時間も自ずとずれてしまいます。進捗管理が甘ければ、締め切り間近に作業時間が集中して、ご飯を食べる時間もなくなりがちです。逆に作業しながらついついお菓子に手を伸ばしてしまうことも少なくありません。
生活リズムと食事・健康の関係は長く注目されてきた話題ですが、近年話題になりつつある時間栄養学の知見では、人体の体内時計のリズムに合わせて朝昼晩で摂取する食事内容を調整するとより健康状態が向上することが明らかになっています(下記参考資料参照)。
参考資料:
早稲田ウィークリー記事:ノーベル賞で話題の「体内時計」は「時間栄養学」でコントロール【再掲】
https://www.waseda.jp/inst/weekly/feature/2020/06/08/75326/
これを見ると、生活リズムをしっかり整えることと、食事内容を時間に合わせて調整することが健康状態の向上につながることがわかります。もちろん、研究者の大多数も生活リズムを調整することの重要さを理解しているかと思います。しかしながら、生活リズムの調整はそう簡単にできることではありません。自分で進捗管理と日中のスケジュール管理をしっかり行うことで、ある程度の改善がみられるかもしれませんが、仕事やタスクが圧倒的に多い場合には、その調整自体がとても難しくなります。何らかの方法で負担の軽減ができない限り、食べる野菜の量を増やして健康になるのは、あまり現実的ではないかもしれません。
同じようなことは、運動不足による不健康の問題にも当てはまります。運動する時間があるにもかかわらず、運動をしていないいない人にとっては、運動の時間をちゃんと設けることで、様々な問題解決につながっていきます。しかし、忙しすぎて体を動かす時間がそもそもない人にとっては、「体を動かす時間を設けましょう」と助言したところで、あまり状況の改善は見込めないでしょう。
学食の努力を逃さない
栄養バランスの向上を図るためには、どうしてもたくさんの食材を買いそろえたり、食事の内容を計算したり記録したりする努力が必要となります。健康には気を使いたいけど、結局はその煩わしさに負けてしまう、というのは普遍的な現象でしょう。特に自炊をしない、する時間がない人たちはコンビニ飯や外食に頼りがちで、食事の内容もコントロールしにくいでしょう。
そういう時は、なるべく自分が払う努力を外部に転嫁させたほうが、楽に長続きすることにつながります。大学に在籍している人にとっては、学食の存在は大きな助けになると思います。
少なくとも、筆者が在職した、またはしている大学では、学食の食事は栄養バランスに大変気を配っていて、手頃な値段で栄養のある食事を提供するための努力は称賛されてよいと思います。また、レシートにはその日に選んだ食事内容が「緑X点、黄色X点、赤X点」などの栄養情報と共にわかりやすく掲載されることによって、自分の食生活のバランスを意識させるように工夫も施されています。こうした工夫を自分の食生活改善に役立たせることで、結果的に食事バランスの向上につながるのではないでしょうか。
さらに、学食はオープンしている時間が限られているので、そこに通うと自ずと規則正しい時間帯に食事をとることになります。これも食生活の規律性の向上につながるのではないでしょうか。
研究者は肉食系が多い?
それにしても、研究者には肉好きが多いのでしょうか?上に挙げたような統計情報は大学生と大学院生をまとめて対象としているものが多く、またポスドクや大学教員などの研究者は対象になっていないため、食事内容が肉類に偏ることの原因をもっぱら「若さ」に追求すべきか、それとも研究活動にも関連を求めることができるのかは、定かではありません。
筆者の周りにはたしかに肉好きな研究者が多いように見えます。指導教員をはじめ、先輩、同僚、後輩など、いくらでも例が上がってきます(筆者自身も含まれます)。そのうちの数名は「(飲み会や焼き肉の席で)野菜を注文する意味が理解できない」と真顔で発言したりするような極端な肉食主義者です。
(注:これらは筆者の観察にすぎませんので、サンプルの偏りや筆者自身が持つ認知バイアスの影響は大きく影響していると思います。)
この肉への愛は一体何なのか、本当にただの食の好みなのか、それとも肉に象徴される何かにも関連しているのか…と考えこむこともありました。筆者自身は、激務が続くときや、大きな仕事を終えたときや、進捗が芳しくなくエネルギーを摂取したいときには、がっつりと肉を食べることが多いです。
肉は栄養学上のエネルギー源であると同時に、精神面のエネルギー源としての働きをもっているようです。肉には限らず、内容は何であれ「好きなもの」は人々に高揚感をもたらしてくれますが、魚食や野菜食が好きな人はそこまで強く主張することがありません。肉食が持つインパクトとアグレッシブな雰囲気が働いている可能性があります。
さらに、肉をがっつり食べることはどちらかというと衝動的で反逆的な印象を与える可能性が大きく、それに対して野菜を食べることは「健康に気を使って食べている」といったように計画的・従順な印象が持たれてしまうのではないかと、筆者はあれこれ考えています。
そのうえで考えると、肉食好きな研究者は、積極的でありアグレッシブでありエネルギー溢れる状態を、肉を通して自分に付与している、もしくは、そういった状態であるからこそ肉を食すようになっているかのようにも思えてきます。
世間の人々、特に肉好きにも野菜の摂取を勧めたいときには、野菜が持つイメージや象徴の角度からのアプローチも有用かもしれません。「健康のため」というイメージばかりすると、人々にとっての野菜は「食べたいもの」のよりも「食べなくてはならないもの」と認識されてしまいます。エキサイティングでもなければ、魅力的でもない、そんなものを自ら進んで摂取するようになるのは、とても難しいでしょう。
それでは、反逆的で、アグレッシブで、人々を奮い立たせるような野菜の印象を作ることが果たして可能でしょうか?筆者にもわかりませんが、そのようなイメージを持つ野菜があるなら、ぜひとも食卓に載せたいと思っています。
[文責:LY / 博士(文学)]
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