あのときの一言(8)「君みたいなやつがおったらおもろいと思うよ」

博士の日常
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挨拶

 こんにちは、みっつです。工学部化学系の研究室で博士課程を修了したのちに、現在は国内の消費財メーカーで働いている者です。

 この連載では、これまで大学院生活や社会人として過ごす中で出会った、印象的だった言葉について振り返っています。言葉をかけてくださった方や自分の当時の状況、その時の気持ち等を振り返りながら、その言葉が自分にとって重要だった理由や、今の自分にどう影響しているのかについて改めて考えてみています。

ど のエピソードも些細なN=1の体験ですが、自分にとっては重要な出来事でした。この記事がなにか気づいたり考えたりするきっかけになったら幸いです。

今回紹介する一言

 今月振り返ってみようと思う言葉は「君みたいなやつがおったらおもろいと思うよ」です。修士課程の一年生の頃、自分の進路について博士課程への進学という道もあるかもしれないと考えていたところ、指導教官の准教授からかけられたものでした。

あの時

 季節は夏から秋ごろだったと思います。学部生の時とは打って変わって、研究生活の面白さが少しずつ感じられてきた修士一年生の頃の話です。

 学年がひとつ上の先輩たちの進路も決まっていて、中にはこのまま博士課程への進学を決めている方もいました。その姿を見て「自分にも進学という選択肢があるかもしれない」と思っていたところでした。

 しかし、それなりの充実感を味わっていた一方で、研究の世界の厳しさも痛感していました。進学を選んだとして、自分にその道の適性があるのだろうかと自問しながら過ごしていました。

 そのような時期に研究室で開催された行事の打ち上げの帰り道、家の方向が同じだった准教授と歩いていて、進路の話題になったときにかけていただいた言葉でした。そこで心の内をすべて話したわけではないですし、このタイミングですぐ進学に踏み切れたわけではないですが、「君みたいなやつがおったらおもろいと思うよ」という言葉は、その後の選択に強く影響していたと思います。

 またその時に「同じテーマだったとしても、誰がそれをやるかで研究は全く違うものになる。そういうのが面白いところ。同じような人ばかりがいてもつまらないし、この世界いろんな人がいるよ」ということも併せて伝えてくれました。当時はいまいちピンとこなかったのを覚えています。

今の解釈

 学生の進学を推奨することは、研究室のスタッフとしての役割の一つでもありますし、わざわざ悩んでいる学生を突き放すことに意味もないので、基本的にこの話を相談したところで賛同する答えしか返ってこないだろうというのも当時から思っていました。(悩んでる素振りを見せたら「説得」されてしまうという、ある種の警戒すらしていました。)しかし進学を勧めるスタンスでの回答だと決まっていたとしても、その言葉には話してくれる人ならではの経験や考え方が含まれているものだなと、振り返ってみて感じています。研究生活を通して与えられているテーマや研究領域の中で、またときに枠を飛び越えるくらい大胆に自由に進めることを尊重してくださっている先生でした。厳しいところもありましたが、視野を広くもち、一般論にとらわれずに考えるということについて、その姿から多くを学ばせてもらったと感じています。

 その後、僕は進学することに決めました。そして学会や講演会、留学など様々な経験をさせてもらう中で、多種多様な方に出会うことができました。研究の世界には「いろんな人がいる」ということを身をもって知ることができました。

 普段のラボでの姿とは打って変わって飲み会の席で陽気に暴れまわるポスドクの方や、一日中ラフな空気感でコミュニケーションをとることができ、夕方には早々と帰宅するイタリアの教授、趣味の音楽に身をささげているような他大の先輩、その他にも様々なタイプの方に出会いました。そしてそのいずれの方も、研究や科学に対して真摯な一面も持っている、魅力的な人たちでした。

 こうして改めて考えてみると、当然ですが、身近にいた人たちもそれぞれ違う性格をしていました。僕が漠然と思っていたステレオタイプな研究者にピッタリ当てはまる先生や先輩などはほとんどいなかったと思います。傾向として例えば「几帳面」とか「生真面目」といった特徴が出てきやすいかもしれませんが、その人たちを「研究者たらしめている」のはそういう部分ではなくもっと奥深くにある別の部分なのだと強く感じています。その部分さえ共通していれば、たとえ性格や趣味嗜好が違っても語りあうことができるものだなぁ、というようなことを考えたこともあります。自分自身も気を張らず気楽に過ごしたいと思いながらも、そのマインドの部分だけは持ち続けられるといいなと意識しています。

 また、誰が研究テーマを進めるかでその方向性が全く変わるという事については、様々なタイミングで感じました。合成する分子設計、どういう測定で分子の性能や性質を評価するか、誰とコラボレーションをするかなど、自分と指導教官をはじめ研究に関わってくださった方々との対話があったからこそ生まれたもの、発見できたことはたくさんありました。

 同じ研究テーマで、同じ教授の指導を受けていたとしても、全く同じ過程を踏んで一つの結論にたどり着くことはなかなかないのではないかと思います。長く続けるにつれ、自分の携わったいくつかの選択が少しずつ明確になってくることも、研究の一つの楽しさだと感じます。

その後の意識と、この記事を読んだ方へのメッセージ

 様々なタイプの人がいると伝えてくれたこと、そして多種多様な人たちを実際に目の当たりにすることで、少しずつですが「自分は自分のままでもいい」と思うことができるようになりました。

 この意識を持てたことは、社会人として今の職場に入ってからも重要だったと感じています。いたずらに「社会人らしく」ふるまわないことで、新しい環境や初めて会う人に対して自然体の自分を見てもらうことができるようになりました。おかげで、上司や先輩など、比較的長い時間付き合うことになる人の前でも必要以上に気を張ることなく過ごせています。当たり前のことだと思いますが、大学の世界だけでなく、社会に出て一つの業種・職種に就いたとしてもその世界にはいろいろな人がいます。そして自分もその中の一人であるということを自覚できることは重要なのではないかと感じます。

 またこのように自他に寛容であろうと気を払いながら過ごすことで、予想だにしなかった”キャラ”の人に遭遇した時も、多少驚くことはあれど、その裏に潜む自分との共通項がないかと考えながら対話することができるようになったように思います。研究や仕事においては、性格や好みが合うかどうかだけでなく、共に意識を向けている対象への姿勢や熱量が近いことこそが重要な場合が多いのではないかと感じています。差異のある様々なタイプの「おもろい」人たちと、同じ目標に向かっていくこともまた、醍醐味の一つなのだと感じています。

 身の回りに「変わった人がいる」と感じることがある方がいたら、その人の考えの中で自分と同じ部分はどこなのかを探ってみてほしいと思います。また、もしも本人がそうした性格や振る舞いについて悩んでいたり、負の感情を抱いていたりするような素振りをしていた場合には、かつて准教授が僕にしてくれたように、その一面を許容するような言葉をかけてあげて欲しいと思います。准教授の先生が僕にかけてくれた時のように、当人の悩みが晴れるきっかけになるかもしれません。

終わりに

 今回は「君みたいなやつがおったらおもろいと思うよ」という言葉について振り返ってみました。「自分のような性格をした人はこの世界に向いていないのではないか」という考えを払拭して、向いているか向いていないかは、もっと別の部分で判断することだという考えをもつきっかけになったと感じています。

 余談ですが、数年後に少し異なった文脈で准教授が、「他人に自分の状況や環境以外の選択肢を認めるということは、ある種自分を否定することにもなるからな」ということもおっしゃっていました。博士課程やアカデミアの道を勧めるという行為にもそういう側面があるということなのでしょう。その上で、進学を勧めるにあたって「お前がいたらおもろいと思う。だからこっちに来てみれば」という形で伝えてくれたのは、僕としてはとてもありがたかったと思います。裏にどんな思いがあったとしても、タイミングや状況次第で、受け取る側にとって重要な言葉になることは大いにあると思います。

 今月も最後まで読んでくださってありがとうございました。この記事がなにか考えるきっかけになりましたら幸いです。

<筆者について>

みっつ 。超分子化学や光化学に関わる研究で博士号取得後、国内メーカーに就職。研究活動、商品開発、新規サービス立ち上げなどに従事。本業と別でSciKaleidoという有志チームにて「科学×バーチャル×エンタメ」を軸に、研究や科学の世界を直感的に体験できるコンテンツを開発中。

筆者について: https://twitter.com/Mittsujp

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