主体性と実行力の出力バランス
鬼頭:野村さんが挙げられたキーワードである「主体性と実行力」について、そのバランスがアカデミアと民間企業でどう違うのかが測りにくいのが難しい点だと思います。研究している現場の環境や規模にもよりますが、主体性がどれぐらい要求されるか、どこまでの実行力が求められるかによって、研究者が馴染みやすい業界や職種が分かるのかなと思いました。例えば、主体性の場合、結果を分析してこういうことが分かりました、とざっくり提案するくらいの主体性が良いと思われている大学院もあったり、そのレベルの仕事が要求されている企業があるとは思います。ただ、コンサル現場で求められる主体性はそれよりちょっと広いと言いますか。
野村氏:そうですね。例えばなのですが、文化人類学のフィールドワーカーと営業に求められる主体性は近いのかもしれません。彼らは1人でフィールドワークにいって成果を取ってこなければならないわけです。営業でも、取引先に行ったら持っているものはこれまで準備したものしかなくて、その中でどうやって受注や次のアポにつながるか、もしくは全く可能性がないのか、何らかの結果を出さなければならない。結果を得るためにどうすればいいかを主体的に考え、実行力をもってアプローチする、と考えると近いのかなと思います。
言ってしまえば、裁量権の話なのだと思うのですよ。営業の話でいうと先ほどのような一人で営業するケースではなく、チームを組んで営業するケースもあります。その場合、チームの営業戦略があるのに、主体性と実行力があるからといって1人で全く違うことをやっていると、それは怒られますよね。これは研究室で言えばバイオやライフサイエンス系のような、皆で同じ方向を向いてそれぞれ役割を持っているラボでの動き方に近いのかもしれません。
もう一つ大きなポイントとして、ポスドクで持ってる裁量権と新卒1年目で持てる裁量権は絶対に一致しません。新卒1年目からチームをマネージさせる責任なんて絶対負わせないじゃないですか。負わされても嫌でしょうし。裁量権がどれくらいあるのか理解できて、その中で自分の主体性や実行力、博士や修士で培ってきたものを認識して活用していけるのかがポイントなのかなと、鬼頭さんの話を聞いて思いました。
鬼頭:私は研究をしていた時も、それなりの主体性と実行力を持って研究していたタイプで、そのような動き方が好きです。ですので、何かものを作る際は、作るところまで自分でやりたい、作った後にお客さんに届けて意見をもらうところまでを自分でやりたい、など、やりたい範囲が広かったりします。しかしそれは会社の規模によって、外注先や他の部署がやるというケースが往々にしてあります。セグメント化され過ぎていると、実効性が狭い現場だと思ってしまって、あまり合わないと感じたりするんですね。逆に、手を動かすところまではやりたくない、合わないと感じる人もいると思っています。例えば、自分は考えるのに向いていて、ひたすら考えて実行は得意な人に任せたいという。そのような自分の主体性と実行性の範囲を理解して、会社でどこまで求められるかを理解すれば、うまいキャリアが選べるのではないかと思います。
野村氏:どこの企業さんも、主体性や実行力のある方が欲しいとは言いますけどね。受け身の人よりも、自分で何かをやる方がいいと。でも実際にやると怒られるという…(笑)。
鬼頭:僕も新卒1年目で、幅広いものをやり過ぎて崩壊したことがありました。
野村氏:専門職以外で就職する時にも、諸刃の剣にはなるけれど武器になるのはやっぱり主体性と実行力。自分のこれまでの研究活動を通して得てきた主体性の発揮の仕方や、どの程度実行を好むのかといったスタイルが現場のニーズと合致すると、そのカルチャーに馴染みやすいので、生きる道として良いのではないかという話ですね。
鬼頭:主体性を持つことは結構難しいことではないかと思っています。ずっと企業の中で働いてきた人の主体性はどこで芽生えるのだろう、と。例えば、学部新卒で強い規律がある企業に入ってしまったら、主体性をその後芽生えさせることは難しいのではないかと思います。
対して博士の人は、研究活動の中で主体性を出さざるをえない場面が多いと思っています。主体性があるからこそ馴染みにくいところもあるけども、主体性があり、一定のロジックを兼ね備えていること自体が、現代のビジネスシーンにおいてレアなのではないかと。主体性は、学部生から現場に入って仕事を覚えた人と、大学院で主体性を先に得てから現場で働いて、軋轢を生みながらやってきた人ではどっちが早く育つのでしょうか。
野村氏:主体性はあるけれどロジックがなくて、鉄砲玉みたいな人はたくさんいるでしょう。あとは、ロジックはあるけれど主体性がなくて、言われたことをバシバシやるような、受け身なタイプもいるでしょう。もちろん両方ないケースもありますので、両方持っているのはいいですね。
学部生から就職して数年その環境でやっていくのと、博士で主体性を発揮せざるを得ない環境にいて、アビリティとして主体性を持っている人が入ってくるのと、どちらがいいかという話でした。これも環境次第で、大学院にも超受け身な研究室はありますし、主体性を発揮しないと生きていけない研究室もあると思うのです。ベンチャー企業では受け身なだけだと、波に飲まれてしまいますし。という点を差し引いても、確かに鬼頭さんが仰る通り、学部生の頃から指示がいっぱいある中で育ってきた人に主体性が芽生えるかというと、そうではないのではないか、と思います。
鬼頭:野村さんの疑問として、「主体性と実行力が発揮できる特殊な環境じゃないと博士は活きないのでは」というのは確かにそうだなと思います。ただ、専門職以外に就職すると不利になるかと言うと、そうではないとも思います。
野村氏:専門職に行った方が勘所が分かりやすいのでしょうね。置換が簡単というか、うちの研究室ではここまでやってもよかったけれど、このラボだと駄目とか。どのように動いたらいいのかがイメージしやすいのかもしれません。対して、営業やデータサイエンスや企画職など、全く異なる職種に行くと、よく分からなくなるのかなと、今の議論をまとめて思いました。
鬼頭:主体性があってロジックも一定ある人は、規律が強いビジネスの現場では軋轢を生みやすく馴染みにくい、というマイナスな面があります。一方で、平田さんの転職する時の視点としての「研究者の考え方を分かってくれそうか」という点を考えると、研究者をビジネスの文脈でうまく活躍できるように社内文化を作ってる企業は、強いのではないかと。でも、うちの会社もきっちりできてる訳ではないので、かなり難しいと思うのですが、できるのでしょうか。
平田:その企業に入りやすくはなると思いますが…個人的には研究者には主体性と実行力プラスそれらの制御ができるようになってほしいと思います。それさえあればどこでもやっていけて、活躍できる場はすごく増えるはずです。少し器用になれば良いだけではないかと思っていて、野村さんはそういう器用な方なのだろうと。会社側の文化の変化を求めるのは、多分時間も労力もかかりますし。あまりよろしくない考え方ではあるのですが、個人の方の変化を試してみると良いのかなと思っております。
野村氏:大事だと思います。その中で、どこまで自分がブレーキを踏むのを許容できるかがポイントなのでしょうね。これ以上ブレーキを踏むと自分の価値観にそぐわない、というところまで踏んでしまうと、それはまた全然違いますよね。なので、制御をする上で、どこまで制御できて、それを許容してくれる会社はどこなのだろうとか、これ以上開放しても許される、と思える会社を選べるといいですね。
鬼頭:この観点を持って企業を見てみると、大学院生や研究者からビジネスの現場に来る人が活躍しやすい環境も、分かりそうな気がしてきました。
大学院生に限らない、万人が活躍するための能力と環境
野村氏:大学院生うんぬんだけではなくて、個々人に対してもそうだと思います。また、企業だけでなくチームも同じで、マネージャーが変わると活躍する人・しない人がいます。チームの中で裁量権を持つ方がやりやすいタイプの人、要は制御するブレーキが緩い方が活躍できる人と、強めの方が活きる人。逆にマイクロマネジメントが得意なマネージャーの方がやりやすい人とか。こういった議論がこのような文脈に入ってきます。
極端な例えですが、転職で、商社からコンサルに来る人は、概ね失敗するという話があります。理由は単純で、商社の方が裁量権が大きいからです。商社は売り上げで正しかったか正しくないかが判断される部分はありますが、コンサルは売り上げなんてついてこないです。対してエンジニアなどからコンサルに来た人もうまくいかないことも多いです。裁量権の認識が小さく、全部上にお伺いを立ててしまってうまくいかないのです。そのようなブレーキをかけ過ぎている方が、マイクロマネジメントが得意なマネージャーのところに行くと、すごい能力を発揮してくれます。マネージャーとの相性や、チームとして上司部下の相性や会社の相性という観点で考えると、大学院生にだけあてはまる話ではないのは、その通りだと思います。
大学院生の活躍できる場所という点でいうと、今回は具体と抽象の話を結構行き来しました。こういう話の流れについてこられるのは大学院生、特に博士クラスの能力だと思います。研究活動自体は具体的なことをやりますが、それがなぜ必要で、どういう文脈に位置付けられるかというのはとても抽象的な話です。その抽象と具体を行き来しながら、今回の実験は成功だったのか失敗だったのか、次は何をすべきか、と考えるのは、相当な能力が必要なのです。
これは大学院生が専門職以外に就職する時に使える武器だと思います。具体と抽象と、置換。具体的な話を抽象化して、他者に分かるように置き換えて説明できる能力は、どこでも生きる能力なのではないかと思います。
鬼頭:その辺りを大学院生も自覚を持って就職活動や転職活動をすると、いいアピールができるのではないでしょうか。
自分の主体性を試し、自己理解を深める場としての大学院
野村氏:主体性と実行力と制御の話が、結局万人にも共通だという結論になったので、一周回ってきてしまいました。大学院生の強みとしては、自分がどういう主体性と実行力を制御ができるのか、学部生よりも試す機会が多いということなのでしょうか。いわゆる自己理解が進んでいれば、自分がより活躍できる場所を、自分で見出すことができるのでしょうか。
平田:自己理解はとてもいいキーワードです。博士課程まで行って、5年間研究していれば、自分のことについてもそれなりに考えているように思います。なぜ自分はこれをやってるのか、なぜ興味があるのだろうかと考えることを通じて、理解していてほしいと思っています。
博士号を持っているのであれば、なぜ自分はこの研究をしてるのか、自分は何なのかという点について一定の答えを持っている人たちであってほしいです。それを踏まえて、自分がこうありたいからこう生きていくという、生き方の芯が持てると思っていて、それが大学院生の特徴であってほしいなと。
鬼頭:そういった特徴があることを自分で理解しておいて、これまでに挙げたような主体性と実行力や能力、自分にとっての心地良いバランスなどを、大学院生に限らず考えてみてほしいと思います。これらを通じて、仕事の中の働き方や、上司との付き合い方なども変わるかもしれないですね。
野村氏:主体性と実行力と制御は万人に必要で、その上で、主体性や実行力を発揮する機会も、特に博士であればあるでしょう。だからこそ、どれぐらいの制御が心地いいのか試行錯誤しながらも、最もパフォーマンスが出るところを自己理解ができている。裁量権や自由度などのバランスはもう個人の特性ですね。このようなことを意識できると、良い就職ができたり、その後も活躍しやすいのではないでしょうか。
平田:自己理解、すごくいいですね。結局、自己理解できていれば実行力も主体性も出る気がします。なぜやっているのか、ということを理解できていれば、それに応じた力が出ますよね。自分について知らない方がいい人たちもいるかもしれませんが…
野村氏:それは、さすがにないのではないしょうか。学部生ならまだしも、大学院生であれば、特に博士は。
平田:研究テーマを自分で選んでいるかどうかって、かなり効いてきてる気がしまして。自分の興味や好奇心から選んだテーマなのか、上から降ってきたものなのかで、全然取り組み方が違うので。そういうところからポロポロ見えてくるのかなとは思ってました。私も前職では、採用面接の際に研究テーマを説明してもらって、どうやってそのテーマを選んだのですか、と訊いてました。
野村氏:大事ですよね。答える人と答えられない人と、やはり全然違うのですよね。
鬼頭:一定の問いかけで、ちゃんと言語化できる人も多いと思います。何となく選んだ人だとしても、何かしら理由が後から出てきたりもしますし、そのような言語化されてない状態で、いきなり話せと言われたら結構厳しい人もいますが、問いかけることで自己理解が始まっていくのは、良いと思います。
平田:聞いてくれる人がいないと、言語化できないのですよね。今はコロナ禍で、飲み会や先輩と雑談する機会が少なくなってきているので、その辺がふわふわしている人は多いと思います。ですから、科研や学振の申請書はとても大事で、絶対に申請書を書いて、いろいろな人に見てもらった方がいいと思います。研究を頑張れば、その後全部うまく繋がっていく、ということを学生の皆さんに伝えています。研究か就活か、というのではなく、研究さえしっかりやっていれば、ちゃんと就職もできるよ、と。
鬼頭:では、こんなところで今回の議論はここで終了ですね。お2人ともありがとうございました。
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