「この授業ではフィールドワークをします!」、「あなたの研究は、フィールドワークが合っています!」などと言われると、何をするかイメージがつかないのではないでしょうか。
「フィールドワーク」の魅力と具体例を知ることで、研究やレポートが面白くなり、展望が見えてくることが期待できます。
フィールドワークとは何か

まず、フィールドワークの定義と目的について説明します。
フィールドワーク特有の用語や概念の前に、まずは定義を理解することが重要です。
フィールドワークの定義
社会学者で大衆文化のフィールドワークを行う佐藤郁哉さんは、著書『フィールドワーク 増訂版』で、以下のように定義しています。
「「フィールドワーク」とは、参与観察と呼ばれる手法を使った調査を代表とするような、調べようとする出来事が起きているその「現場」(=フィールド)に身をおいて調査をおこなう時の作業(=ワーク)一般を指すと考えていいでしょう」
引用:佐藤郁哉(2007)『フィールドワーク 増訂版』新曜社
また、「フィールドワーク」は、最も一般的な意味では「野外調査」というものだと述べられています。
俗に言う「アンケート調査」、つまり質問票や質問紙を使っておこなう「サーベイ」は、フィールドワークには含まれない調査であり、ほとんど対義語として区別されています。
フィールドワークは、その主な対象が社会や文化であるのか、それ以外であるのかによって、人文社会学系のフィールドワークに大別されますが、屋外の現場に出かけて調査研究を行うという点では共通しています。
現場調査の独特な語彙のひとつに、「インフォーマント」という言葉があります。
この用語は「フィールドワークの対象者」「資料提供者」を表す言葉です。
研究者と対象者の間に、かなり長期に渡って密接な接触があることを前提としています。
医学であれば「患者」、実験が中心の心理学であれば「被験者」や「実験参加者」と呼ばれるように、フィールドワークにおける対象者は「インフォーマント」と呼ばれます。
参考:佐藤郁哉、1992=2007、『フィールドワーク 増訂版』新曜社
フィールドワークの目的
フィールドワークの目的は、現場で得られる情報・データ収集です。
未発見・未確認の物事を詳細に観察し、大学の研究者などのフィールド外の人々に情報・データを持ち帰ることを目標としています。
さらに、対象が人間である場合は、「インフォーマント」の生活の説明や解釈、意味づけ、実態について聞き取る作業が重要な目的となります。
また、教育上の目的で「フィールドに出て、事象を観察しなさい」という現場学習のために高校や大学で用いられることが、フィールドワークの目的となる場合もあります。
フィールドワークの技術は、資格と結びつけて体系的に学べるのも特徴です。
フィールドワークの技術を身につけるには訓練や資格が必要であるという考えのもと、「社会調査士」としての資格を大学・大学院のカリキュラム内で取得できます。
「社会調査士科目」の【F】【G】科目に該当する授業がこれに当たります。
「社会調査士」については以下の記事を参考にしてください。
フィールドワークのメリット

フィールドワークの概要を知ると、「長期間にわたる地道な観察」や「仮説を立てながら柔軟に進めていく研究スタイル」などに、面倒くささや難しさを感じる方もいるでしょう。しかし、フィールドワークだからこそ得られる貴重な価値や魅力もたくさん存在します。
ここでは、フィールドワークのメリットを詳しくみていきましょう。
本に書かれていない情報に触れることができる
図書館や研究室に入れば、文書や標本などの二次資料にアクセスできます。
このような既に言語化・数値化されている情報を二次分析すれば、多くの研究テーマは十分に成立するでしょう。
しかし、あなたが興味をもった研究テーマが、未発見・未採集・マイノリティにあたる研究対象であったり、言葉や数字で明らかにされていない問いであったりする場合は、一次データを直接集める必要があります。
このように、書籍や論文だけでは得られない一次データにアクセスしたいとき、フィールドワークは非常に有効な手法となります。実際に現場に足を運ぶことで、印象的な出来事やユニークな人々との出会いがあり、ほかの誰も持っていない独自性溢れるデータを入手できるでしょう。
しかし、現場の当事者として入り込める一方で、調査者としての視点からその場の出来事を記録し、冷静に分析する必要もあります。
フィールドワーカーは、常に「自分はどの立場で対象に関わっているのか」を意識しながら、現場に向き合う必要があるのです。
参考:佐藤郁哉、2002、『フィールドワークの技法』新曜社
データを直接収集し、分析できる
現代社会では、文書化された歴史資料やWebサイト上にアップロードされた情報については、とても簡単にアクセスできます。
しかし、人文社会科学でまだ明らかにされていない人々の生活や、自然科学でまだ採集されていない個体や地形については、先行研究やデータが不足しているケースも少なくありません。
「百聞は一見にしかず」ということわざは、フィールドワークの本質をよく表現しています。
資料やWeb上の情報では得られないようなリアルな体験を通じて、現地に足を運んで自らの目でデータを獲得できることこそ、フィールドワークの大きな魅力です。
現地に足を運ぶことで、予想外の発見や当事者との偶然の出会いなど、机上の研究だけでは得られないような「生きた情報」に触れられるでしょう。
刺激や発見が多い
自分の五感を使って研究対象から新しい知見を集めることに魅力を感じる方にとって、フィールドワークは非常にやりがいのある研究手法の一つです。
ディスカッションが得意でなくても、現場で感じたままの情報を丁寧に描き出せば、読み手や聞き手にとって強いインパクトを与える研究材料となります。
教科書で学んだり、既に知っていたりするような理論や名言、数式、図式などの理解を超えて、新しい刺激や発見が得られることは、フィールドワーカーにとって大きな醍醐味といえるでしょう。
また、ひとつの出会いや気づきが次の人や場につながっていくような「芋づる式」のスタイルで知的好奇心がどんどん刺激されるのも、フィールドワークに携わる方だからこそできる体験です。
フィールドのスペシャリストになれる
調査期間は日帰りで済ませられる調査もある一方で、多くのケースにおいては、現場に長期滞在しながら研究を進めるケースが多くみられます。
長く深くフィールドと向き合うことで、現場を包括的に観察・理解できるようになり、結果としてフィールドスペシャリストとしての視点を培っていくのです。
フィールドワークでは仮説生成型のアプローチが主流であり、データを集めながら問いを立て、分析を深めていく柔軟なスタイルが特徴です。そのなかでも、「トライアンギュレーション」と呼ばれる複数の調査手法や視点を組み合わせる方法がよく用いられます。
教育社会学者・中村高康氏の論文では、理論的含意を引き出すためには、最短ルートを戦略的に検討し、調査手法を柔軟に修正していく「戦略的トライアンギュレーション」の採用が重要であると述べられています。
参考:中村高康「量と質を架橋する」『社会と調査』11号
フィールドワークの注意点・デメリット
フィールドワークは、現場でしか得られない一次情報に触れられる貴重な調査手法です。しかしその一方で、実際に行ってみてはじめてわかる負担や難しさもあります。
ここでは、フィールドワークに取り組むうえで知っておくべきデメリットやリスクを詳しくみていきましょう。
時間・体力・予算のコストがかかる
フィールドワークは、現地に足を運んで情報を収集する調査手法であるため、他の研究手法に比べて時間・体力・予算の面で大きなコストがかかる場合があります。
たとえば、遠方の調査地に長期滞在する場合は、交通費や宿泊費、食費などの経費が必要です。また、現地での移動手段の確保や、機材・資料の準備にもコストが発生します。
さらに、移動や観察、聞き取り調査などを実施する場合は、体力的にも大きな負担となるでしょう。特に、自然環境下での調査や、異文化地域での滞在では、気候や食生活、生活リズムの違いに順応しなければならず、想像以上に気力も体力も消耗するケースも少なくありません。
無理のない範囲で調査を実施するためにも、調査を計画する段階でスケジュールや予算を現実的に見積もり、綿密な行動計画を立てておくことが大切です。
現地との関係性構築が難しい場合もある
フィールドワークでは、調査対象の地域や人々との信頼関係を構築することが重要です。しかし、研究者として外部から現地に入り込む以上、相手から警戒されたり、距離を置かれたりする恐れもあります。
特に、人間関係の構築に時間がかかる地域や、プライバシーや文化的タブーが存在するシーンにおいては、簡単に本音を引き出せないケースも珍しくありません。調査に必要な情報にたどり着くまでには、何気ない会話や現地訪問を繰り返すなどしながら、良い関係を築くことが大切です。
このような経験を通じて、「行動力」や「粘り強さ」を養うことができるのも、フィールドワークならではの価値といえるでしょう。自分の足で現地に出向き、相手と直接向き合うことで得られるスキルや感覚は、机上の学習では得がたい貴重な学びとなるはずです。
客観性・再現性の確保が難しい
フィールドワークでは、研究者自身が現場に立ち会い、その場で見聞きしたことを記録・分析します。そのため、「何を重要と感じるか」や「どう解釈するか」といった判断が、どうしても研究者自身の考えや価値観に大きく影響されやすくなります。
また、同じ現場に別の研究者が入ったとしても、観察する対象や関係性の築き方によって得られる情報が異なるため、実験のように再現性を確保することが難しいのも事実です。
たとえば、観察の視点や関わり方ひとつで、見えてくる問題の輪郭や意味づけが変わってくることもあります。そのため、フィールドワークでは、観察記録やインタビュー内容を丁寧に残すとともに、分析のプロセスを透明化する工夫が求められます。
こうした課題に直面しながらも、どのように調査結果の客観性や信頼性を保つかは、フィールドワークに取り組むうえで欠かせない重要なテーマといえるでしょう。
安全面や倫理的リスクへの配慮が必要
フィールドワークでは、現地での調査活動が思わぬリスクを伴う恐れもあります。
たとえば、自然災害や感染症、治安の問題など、調査対象となる地域の環境によっては、安全確保が最優先となる場面も珍しくありません。また、人間を対象とする調査においては、個人情報の保護やプライバシーへの配慮、調査協力者への説明と同意を得る「インフォームド・コンセント」といった、倫理的な配慮も必要不可欠です。
フィールドワークを実施する際は、現場での安全と倫理のバランスを上手に保ちながら、誠実な姿勢で調査を進めていく姿勢を忘れないようにしましょう。
フィールドワークの対象と方法
フィールドワークの研究対象と研究方法は、学問分野によってさまざまです。
関連分野は多岐にわたるので、まずはどのような学問でフィールドワークを採用すべきかについてみていきましょう。
そのうえで、各分野でフィールドワークの性質がどのように異なるのかを解説します。
関連する学問分野
フィールドワークが採用される代表的な学問分野は、次のとおりです。
- 社会学
- 言語学
- 政治学
- 文化人類学
- 地理学
- 地質学
- 考古学
- 動物学
- 植物学
行政機関や民間企業が現場での実態調査を行う目的で、ターゲットにした場所に入り込んで調査することも珍しくありません。
ここでは、それぞれの学問分野を人文社会科学と自然科学に分けたうえで、対象と方法がどのように異なるかを詳しくみていきましょう。
人文社会科学の場合
人文社会科学の場合、ほとんどのケースにおける研究対象は、ある民族や社会、集団、人間関係となります。
複数の人間が活動する現場が観察の対象になり、彼ら/彼女ら自身の視点から記述することが求められます。
記録手法としては、「フィールドノーツ」と「録画・録音データ」の活用が一般的です。
フィールドノーツ(和製英語でフィールドノート)とは、「調査地で見聞きしたことについてのメモや記録」のことです。フィールド調査に関連したメモであれば、PCやスマートフォンに残したものをフィールドノーツと呼びます。
録画・録音データについては、カメラやテープレコーダー(ICレコーダー)、QDAソフトウェアと呼ばれるコンピュータ・プログラムが使われるのが一般的です。
これらのフィールドノーツやデータを何度も再読、再視聴し、「コーディング」と呼ばれる分類・整理のプロセスを経て、理論的な分析へと進めていきます。
また、特に文化人類学や社会学では、フィールドワークの中でも「エスノグラフィ(民族誌)」という手法で論文や著作を執筆するケースが多くみられます。
エスノグラフィの特徴について、社会学者の佐藤郁哉氏は次のように述べています。
「民族誌というのは、ほんらい旅行記、ルポルタージュ、学術文献、小説などさまざまなジャンルの文章の特徴をあわせもつ混成ジャンルの文章であり、文学と科学という二つの領域にまたがる性格をもっているのです。」
引用:佐藤郁哉、2002、『フィールドワークの技法』新曜社
つまり、人文社会科学のエスノグラフィは、科学的な論文のテイストを保ちながら、文学的でドキュメンタリーのような鮮やかな文体を併せもつ、ユニークなアウトプットの形式といえるでしょう。
英語圏では、人文社会科学系の現場調査を指す用語として「エスノグラフィー(ethnography)」が定着しています。
科学者としての態度を維持しながら、現地の人々の視点で出来事を描写し客観的かつドラマチックに説明されたエスノグラフィは、アカデミックな論文としての価値だけでなく、読者を惹きつける読み物としても評価されることもあります。
自然科学の場合
地質学や考古学、動物学、植物学などの自然科学の分野では、フィールドワークのことを日本語で「巡検」(Field Excursions)と呼ばれています。現地に赴き、資料や史料、標本、地形や地層、動植物などを直接観察・採取することが主な目的です。
現地で観察・採取される対象は、岩石や化石、動植物、地形地層など多岐にわたり、動植物の行動や生態系全体を研究対象とするケースもあります。
自然科学におけるフィールドワークの方法としては、地図や測量用の器械、巻尺、方位磁針、カメラ、録音器具などを用いて、絵や図に表しながら実物に迫っていく手法が採用されるのが一般的です。
研究対象が動植物の場合は、デコイ(動物の注意を引き付けるためのおとり模型)やカメラ、罠を使って捕獲することもあります。地学系であれば、ボーリング(掘削)を実施するケースも珍しくありません。
フィールドワークを学べる書籍

フィールドワークについて深く理解して、実践的に学びたいと考えたときには、エスノグラフィの知識や現場調査についての丁寧な入門書に目を通す必要があります。
ここでは、初心者にも読みやすく、かつフィールドワークの本質や技法をしっかり学べる書籍2冊をご紹介しましょう。
文化人類学ー『野生の思考』
文化人類学をこれから学び始める方におすすめしたい古典のひとつが、フランスの人類学者・レヴィ=ストロースによる「野生の思考」です。この書籍は、1962年に書かれた著作であり、フィールドワークとは何か、そして現代社会を見つめ直す視点を与えてくれる一冊として、多くの学問分野に大きな影響を与えてきました。
レヴィ=ストロースはフランスの人類学者としてブラジルの大学に赴任し、アマゾン流域に暮らす先住民族と出会い、彼らの豊かな生活世界に魅了されます。
レヴィ=ストロースは、一見「未開」や「野蛮」と見なされがちな彼らの生活様式が論理的な思考に基づいていることに気づき、「野生の思考」と提言しました。
先住民が日常や神話を通して自然と向き合い、哲学的な問いにたどりつく姿を描いたこの書は、フィールドワーカーを志す人にとって刺激的な入門書となるでしょう。
参考:レヴィ=ストロース(1962(=1976))『野生の思考』みすず書房
社会学『質的社会調査の方法』
社会学を学ぶ学生にとって、フィールドワークやインタビュー調査など、現場で人びとの生活を深く理解する「質的調査」はとても重要な手法の一つです。社会学『質的社会調査の方法』では、質的調査の考え方や進め方を、具体例を交えながらわかりやすく学べます。
沖縄戦後の沖縄研究を続ける岸政彦氏、「女性ホームレス」を対象に貧困と排除を体感する生活世界を描いた丸山里美氏、フィリピンのボクシングジムで参与観察をした石岡丈昇氏、3名の社会学者が、この書籍の執筆に携わりました。
本書では、「他者の行動や価値観をどのように合理的に理解できるか」というマックス・ウェーバーの問いに基づき、現代のフィールド調査のなかでどのように実践するかを、平たい言葉で解説しています。社会学の授業を受ける学部生・大学院生におすすめの一冊です。
参考:岸政彦・石岡丈昇・丸山里美著(2016)『質的社会調査の方法』有斐閣
「フィールドワーク」とタイトルにある本に限らず、現地調査を生かした研究の実例や計画のデザインを学べる本は数多く存在しますので、幅広く調べて手にとってみるとよいでしょう。
フィールドワークに向いている人
最後に、フィールドワークに向いている方の特徴を詳しくみていきましょう。
現場で起きている現実に興味がある
先入観や偏見にとらわれず、人々のリアリティ溢れる感情や、自然のありのままの姿に興味がある方は、フィールドワークに向いているといえるでしょう。
たとえば、フィールドワークの活動では、デジタルカメラで撮影したり、ICレコーダーで会話を記録したり、野帖(フィールドノート)にこまめに観察メモを取ったりする地道な作業が続きます。それでも飽きずに「もっと知りたい」と思える好奇心が、フィールドワーカーにとって重要な資質となるのです。
もちろん、集めた情報を分析して文章にまとめる力も欠かせません。しかし、「現場で出会った発見にどの程度夢中になれるか」が、フィールドワークを楽しめるかどうかのポイントとなるでしょう。
人と話すのが好きである
フィールドワークでは、現地の人との関わりが欠かせません。
特に社会学や文化人類学などの人文社会科学においては、人々の話を聞いたり、一緒に行動したりしながら信頼関係を築いていくことが重要です。
人と接することが苦にならず、初対面の相手とも自然に会話できるような社交性や柔軟さを持ち合わせている方は、フィールドワークに向いているでしょう。
自然科学系のフィールドワークにおいても、単独でフィールドに足を運ぶよりも、研究室や共同研究のメンバーと同行するケースがほとんどです。調査中に意見交換をしたり、得られた結果について議論したりするなかで、より良い研究が生まれることもあるでしょう。
「人と話すのが好き」「誰かと一緒に何かを深めるのが好き」という方は、フィールドワークの現場で活躍できる素質を持っているといえます。
まとめ
本コラムでは、フィールドワークとは何かについて、定義と目的、対象、方法やフィールドワークに向いている方などについて説明しました。
研究を行ううえでは、フィールドワークだけではなく、専門書を読み込んだうえで研究を続けていく慎重さも必要です。
また、フィールドワークは資金や規模、時間などのコストを前もって計算することが難しいというデメリットが生じる恐れもあります。
また、「フィールドワークに向いている人」で述べたように、性格や研究スタイルによってはフィールドワークが適さないケースもあります。
フィールドワークが唯一の研究法だと捉えるのではなく、自分自身の研究テーマや研究対象を考慮したうえで最適な研究方法を選択することが重要といえるでしょう。





