「基礎研究」や「応用研究」という言葉を耳にしたことはありませんか?
研究室選びや就職活動の企業説明会などで、これらの言葉に触れた方も多いでしょう。
今回のコラムでは、基礎研究と応用研究、そして開発研究の違いやそれぞれの研究の立ち位置について解説します。
また研究計画の策定についても触れたいと思います。
研究の位置付け
基礎研究と応用研究を理解する前に、研究テーマの設定について整理しておきましょう。
一般的に、研究には「研究背景」があり、「研究の位置付け」があります。
論文では「緒言」や「Introduction」に該当する部分です。
その研究がターゲットにしている社会課題や従来技術の問題点などです。
誰のための、あるいは何のための研究かという部分になります。
言い換えれば、その研究が計画通りに進行した場合に、社会に対してどのような影響を与えることができるか、ということです。
研究発表であれば、どのような研究結果が期待されるのかということを発表の冒頭で明らかにするという意味合いがあります。
また、研究費の申請やフェローシップの応募書類などであれば、その研究がどのようなインパクトを持っているのかを説明する部分となります。
Frascati Manualによる研究分類
経済協力開発機構(OECD)は各国の研究政策の策定支援として、Frascati Manual(フラスカティ・マニュアル)という国際マニュアルを策定しています。
この中で、研究開発活動(Research and Development activity;(R&D))を基礎研究、応用研究、そして開発研究の3つに分類しています。
ここでは、このFrascati Manualにおける研究の分類をご紹介します。
参考: 科学技術・学術政策研究所(2016-09-25)「STI Horizon Vol.2, No.4, Part.1:(レポート)科学技術・イノベーションの推進に資する研究開発に関するデータのより良い活用に向けて:OECD『Frascati Manual 2015(フラスカティ・マニュアル2015)』の概要と示唆(後編)」
参考: 文部科学省(2014-04-22)「戦略的な基礎研究の在り方に関する検討会(第1回) 配付資料3-2 戦略的な基礎研究に関する現状整理」
基礎研究
Frascati Manualでは、基礎研究とは以下のように説明されています。
Basic research is experimental or theoretical work undertaken primarily to acquire new knowledge of the underlying foundations of phenomena and observable facts, without any particular application or use in view.
OECD(2015)Frascati Manual 2015 Guidelines for Collecting and Reporting Data on Research and Experimental Development, p.45.
和訳すると「基礎研究は実験的または理論的な研究で、特別な応用や用途を直接考慮するのではなく、仮説や理論を形成することや観察できる事実に関して新たな知識を獲得することを目的として行われるもの」という意味になります。
従って、理論研究か実験中心の研究かということではなく、研究が特定の用途や応用先を目指しているものではないという点がポイントになります。
応用研究
Frascati Manualでは応用研究について、以下のように説明されています。
Applied research is original investigation undertaken in order to acquire new knowledge. It is, however, directed primarily towards a specific, practical aim or objective.
OECD(2015)Frascati Manual 2015 Guidelines for Collecting and Reporting Data on Research and Experimental Development, p.45.
和訳すると、「応用研究とは、新たな知識を得るために行われる独自の研究である。しかし、それらは主に特定の実用的な目的や目標を目指したものである。」となります。
応用研究についてはイメージ通りかもしれません。
特定の用途や目的を狙って行われる研究が応用研究に当たります。
開発研究
Frascati Manualでは基礎研究と応用研究に加えて開発研究という分類を設定しています。
開発研究は以下のように定義されています。
Experimental development is systematic work, drawing on knowledge gained from research and practical experience and producing additional knowledge, which is directed to producing new products or processes or to improving existing products or processes.
OECD(2015)Frascati Manual 2015 Guidelines for Collecting and Reporting Data on Research and Experimental Development, p.45.
和訳すると、「開発研究は、研究や実際の経験から得られた知識を利用して、新しい製品やプロセスの生産、または既存の製品やプロセスの改良に向けて、新たな知識を生み出す体系的な研究」となります。
やや複雑な定義ですが、既存の研究成果や知識を基に、次のステップとして実用化を目指す研究と捉えることができます。
実用化研究という言葉を耳にすることがありますが、それがまさにこの開発研究に当たるかと思います。
例えば、ある企業の研究所で新物質の合成に成功したとします。
この物質合成自体は特定の用途を持っていたわけではないため、基礎研究に分類されるべきですが、その新物質を実際に製品として販売するための商品開発はこの開発研究に当たると考えられます。
ストークスによる分類
基礎研究、応用研究の分類としてはストークスの分類というものもあります。
研究の動機(研究背景)には根本原理の追求と現実の具体的な課題解決の2つが考えられます。
これらの研究の動機に従って研究をボーアの象限、パスツールの象限、エジソンの象限に分類するのがストークスの分類です。
(引用: 科学技術・学術政策研究所(2011-12-13)「『科学における知識生産プロセス:日米の科学者に対する大規模調査からの主要な発見事実』[調査資料-203]の結果公表について」)
以下、各象限について説明していきます。
ボーアの象限
ボーアの象限は具体的な用途を考慮しない根本原理の追求を目指した研究が該当します。
「純粋基礎研究」、英語では「pure basic research」と呼ばれる領域で、基礎研究と聞いて思い浮かべる人が多いのがこの領域ではないでしょうか。
こうした研究は学術的な価値が高かったとしても、直接的には利益に繋がりにくく、企業では予算を投じて行うことが難しいと考えられます。
こうした研究の成果は科学技術の基盤となる公共財としての意味合いが強いと言われています。
パスツールの象限
パスツールの象限は用途を考慮した基礎研究と呼ばれる領域です。
英語では「use-inspired basic research」と呼ばれます。
ストークスによれば根本原理を追求するだけでなく用途を考慮することによっても誘発された研究であるとされます。
イメージするのが難しい領域ですが、イノベーションに繋がる研究として近年、国家の持続的な競争力の根源として重視されています。
エジソンの象限
「純粋応用研究(pure applied research)」と呼ばれる領域です。
根本原理の追求を対象とせず、特定の用途を目指して行われる研究です。
企業で行われる商品開発などがイメージしやすいのではないでしょうか。
研究計画の立て方と考え方
ここまで基礎研究と応用研究についてご紹介してきました。
ある研究が基礎研究にあたるか、応用研究にあたるかというのは研究のコンセプトによる違いですから研究計画の段階で決まってきます。
ここでは、研究計画の策定についても少し触れておきたいと思います。
基礎研究でも「意味」は必要
基礎研究であっても研究背景やその研究が何の役に立つのか、計画段階で考えておくことが重要です。
もちろん、研究成果が直接何かの製品として発売されたりといったことは基礎研究では難しいと思われますが、研究費をかける以上、研究成果が何の役に立つのかといった研究の意味が必要です。
入口から考えてみる
自分が持っている知識や所属研究室で持っている研究シーズ・ノウハウを活かしてこれまでの社会課題に立ち向かうというのがひとつのアプローチです。
同じ学科や同じ領域に分類される研究をしている人は少なくないかもしれませんが、突き詰めていけば自分とまったく同じ研究をしている人はほとんどいないはずです。
そういった意味では、あらゆる研究者が(もちろん学生であっても)その道での唯一無二の専門家であるはずです。
自分ならではの切り口でこれまでの課題をクリアできるかどうか考えてみると良い研究計画を立てられるかもしれません。
出口から考えてみる
逆に出口から考えてみるのもひとつの手です。
ストークスの分類における「用途を考慮した研究」は、そのような研究の例として当てはまりますが、そのまま何か応用できるようなものでなくても良いでしょう。
例えば、ある手法が確立できれば、これまでの技術を応用して新たな理論や技術を生み出すことができるなどといったものが考えられます。
言い換えればニーズをもとに自分の研究との接点を考えてみるという手法です。
過去の研究から学ぶ
過去の論文や学会発表の研究背景は研究計画を考えるうえで、とても参考になります。
自分と同じような分野で他の人がどのような研究背景を描いているか確認してみましょう。
また、研究費の申請書は競争もあるため、魅力的な研究背景がたくさん書かれています。
例えば、科学技術振興機構(JST)が運営する「研究課題統合検索(GRANTS)」では採用された科学研究費の研究課題を検索することができます。
参考:国立研究開発法人科学技術振興機構「研究課題統合検索(GRANTS)」
基礎研究の価値とは?社会に与える影響とその役割
基礎研究は「すぐには役に立たない研究」と称されることがあります。しかし、現代の医療技術やスマートフォン、エネルギー技術など、私たちの生活を支える多くの革新は、昔の基礎研究をきっかけに生まれています。
研究を始めたばかりの学生にとっては基礎研究の価値が見えにくいかもしれませんが、実は社会に大きな影響を与える重要な役割を持っているのです。
ここでは、基礎研究が社会にもたらす価値と役割を詳しくみていきましょう。
基礎研究がすぐには役に立たないのに重要とされる理由
基礎研究が「すぐには役に立たない」と言われるのは、成果が応用研究のように目に見える形で表れにくいからです。主な理由は次のとおりです。
- 研究成果が見えるまでに時間がかかる
- 役に立つタイミングが遠い未来になることが多い
- 自由な発想で進める探究だからこそ価値がある
それぞれの内容を詳しくみていきましょう。
研究成果が見えるまでに時間がかかる
基礎研究の目的は、自然現象の仕組みを「知ること」です。そのため、研究の成果がすぐに技術や製品として形になるわけではありません。まずは知識を地道に積み重ね、その土台の上に応用研究や開発が進んでいきます。こうした性質から、基礎研究は成果が見えるまでにどうしても時間がかかる分野とされています。
役に立つタイミングが遠い未来になることが多い
研究成果がすぐに使われるとは限らず、10年後や20年後になって初めて大きく活かされるケースも珍しくありません。今のスマートフォンやインターネット、医療技術なども、多くは昔の基礎研究が出発点となっており、社会実装までの時間が長くかかっています。
自由な発想で進める探究だからこそ価値がある
基礎研究は、研究者の「なぜだろう」という素朴な疑問や好奇心から始まることが多く、すぐに役立つ目的を設定しない場合も少なくありません。しかし、こうした自由な発想での探究こそが、新しい視点や思いがけない発見を生み、将来の技術革新につながることがあります。枠にとらわれない研究姿勢が、大きな発見や技術革新を生み出す原動力となるでしょう。
大学で行われる基礎研究の具体例
大学で行われる基礎研究は、すぐに応用や製品化につながるわけではありませんが、「ものごとの仕組みを解明する」ことを目的とした多様なテーマがあります。ここでは代表的な例を紹介します。
| 分野 | 基礎研究のテーマ | 社会への応用例 |
| 物理学 | 物質の最小単位やエネルギーの法則を探る | ・半導体技術・レーザー開発 |
| 化学 | 分子の構造や反応の仕組みを調べる | ・新薬の開発・触媒技術 |
| 生物学 | 細胞や遺伝子の働きを理解する | ・バイオ技術・医療技術 |
| 情報科学 | 計算の仕組みやアルゴリズムを探る | ・暗号技術・検索エンジン理論 |
基礎研究は一見すると日常生活から遠いものに感じられますが、未来の技術や新しい学問分野を生み出すきっかけとなっているケースが多くあります。今あなたが取り組んでいる研究も、すぐに成果が目に見えなくても、将来の産業や医療を支える重要な知識につながるかもしれません。
基礎研究の価値は、「今すぐ役立つかどうか」ではなく、世界の仕組みを深く理解することにあります。この視点を持つだけで、日々の実験や学びがより意味のあるものとして感じられるようになるでしょう。
基礎研究が応用研究・社会実装へつながるプロセス
基礎研究の成果は、すぐに製品やサービスとして形になるわけではありません。それでも、段階を踏みながら応用研究や技術開発へと発展し、最終的には社会で役立つ形へとつながっていきます。基礎研究が実際の活用へ進む大まかな流れは、次のとおりです。
- 基礎研究
- 応用研究
- 開発研究
- 社会実装
それぞれの内容を詳しくみていきましょう。
基礎研究:現象の仕組みを理解する
自然現象や物質の性質など、「なぜそうなるのか?」という根本的な問いを追究する段階です。ここで得られた知識が、次のステップに向けた土台となります。
応用研究:知識を具体的な課題に生かす
基礎研究の知見を使い、「異なる分野で応用できるのでは?」「新しい材料に使えるかもしれない」といった具体的な目的に向けて研究を進める段階です。応用研究によって、実用化に近いアイデアや技術が形になっていきます。
開発研究:製品化・技術化に向けた検証を行う
応用研究で得られたアイデアや技術を、実際に使えるレベルまで仕上げていく段階です。性能や安全性を確かめるために、試作や改良を何度も繰り返します。企業との共同研究や産学連携が活発になるのもこのフェーズで、社会に届けるための実用化の最終調整が進んでいきます。
社会実装:研究成果が社会に届けられる
完成した技術や製品が、医療現場や企業の現場、そして私たちの日常生活で実際に使われる段階です。論文や実験で得られた成果が「社会の課題解決にどのように貢献するのか」が目に見える形で示されるフェーズでもあります。ここで初めて、研究の価値が広い意味で社会に届いたといえるでしょう。
基礎研究に必要な4つのスキル
基礎研究は、知識があればできるというものではなく、研究を継続し成果につなげるための姿勢やスキルが欠かせません。大学院生や研究室に初めて所属する学部生にとっては、これらの力を早めに意識して伸ばすことで、研究への理解も深まり、実験や考察の質も大きく変わっていくでしょう。
基礎研究を進めるうえで特に大切なスキルは次の4つです。
- 文献を読む力
- 仮説を立てて検証する力
- 失敗から学び、改善する力
- 研究室でのコミュニケーション力
それぞれのポイントを詳しくみていきましょう。
文献を読む力
基礎研究では、まず「これまで何が分かっていて、どこに課題が残っているのか」を知ることが大切なポイントです。そのため、先行研究を理解するための文献読解力が欠かせません。初めのうちは専門用語が多く難しく感じるかもしれませんが、論文は次のポイントに注目すると内容をつかみやすくなるでしょう。
- 目的:研究は何を明らかにしようとしているのか
- 手法:どのような実験・分析・計算を行ったのか
- 結果:どんな事実が示されたのか
- 意義:その成果は何に貢献するのか
こうした視点で文献を読み進めると、自分の研究テーマの位置づけや、新しい発想につながるヒントが自然と見えてきます。文献を読む力は、読むほどに必ず伸びるスキルなので、早めに習慣化しておくことが研究を進めるうえで大きな武器となるはずです。
仮説を立てて検証する力
基礎研究では、ただ実験を繰り返すのではなく、「なぜこうなるのか?」という問いから仮説を立て、それを検証していく姿勢が求められます。
仮説とは、現象の理由を自分なりに説明するための「答えの予想」です。良い仮説を立てるためには、文献から得た知識や過去のデータをもとに、論理的に状況を整理する必要があります。
仮説検証では、次の点を意識すると研究が前に進みやすくなるでしょう。
- なぜその仮説が成り立つと考えたのか理由を明確にする
- 仮説を確かめるために必要な実験・手法を整理する
- 結果が予想と違った場合の解釈を考える
結果が思い通りにならなくても、仮説づくりと検証を繰り返す過程で理解が深まり、研究の質も確実に高まっていきます。
失敗から学び、改善する力
基礎研究では、実験が思い通りに進まなかったり、仮説と異なる結果が出たりすることは珍しくありません。大切なのは「失敗した」という事実ではなく、そこから何を理解し、次にどう活かすかという姿勢です。むしろ予想外の結果のなかに、研究が前に進むヒントが隠れていることもあります。
改善の際には、以下のポイントを意識すると効果的です。
- どこでつまずいたのか原因を整理する
- 別の方法や条件を試すための案を考える
- 結果を記録し、再現性を確認する
失敗と改善を繰り返すことで理解が深まり、自分なりの研究の進め方が身についていきます。研究者にとって欠かせない重要なスキルといえるでしょう。
研究室でのコミュニケーション力
基礎研究は一人で完結しているように見えても、実際には指導教員や先輩、同期とのコミュニケーションが欠かせません。実験の相談やデータの解釈、研究の方向性など、他者と意見を交わすことで初めて気づけることが多くあります。困ったときに早めに相談することは、研究を効率よく進めるための大切なポイントです。
効果的にコミュニケーションを取るためには、次のポイントを意識してみましょう。
- 質問したいポイントを事前に整理する
- 結果や状況を短くわかりやすく伝える
- 相手のアドバイスを素直に受け取り、次の行動に生かす
研究室という小さなチームで協力しながら研究を進める経験は、学術だけでなく将来のキャリアにおいても大きな財産になります。積極的に相談や議論に参加することで、自分では得られなかった視点が広がり、研究の質も向上していきます。コミュニケーションを重ねることが、研究者としての成長を力強く後押ししてくれるでしょう。
まとめ
今回のコラムでは基礎研究・応用研究についてご紹介しました。
研究の分類にはいくつかの定義があり、文脈によって意味が少しずつ異なる場合もありますが、いずれも研究の目的やアプローチを明確にするためのものです。
その研究が何の役に立つのかという点で、特に基礎研究では応用先が見えづらい場合もありますが、そのような研究背景の部分をしっかりと説明できれば、研究発表やグラントの応募でも一歩リードできるかと思います。




