【株式会社サイバーエージェント 高野雅典氏】一度あきらめた研究活動の再開 ―企業内でこっそり始めた計算社会科学研究―

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

コンピューターサイエンスを専攻し博士号を取得された高野氏は、それまでの研究分野と関連のない開発エンジニアとして業務を続けていくつもりでいました。しかしながら、ビッグデータブームによりデータ分析が盛り上がり始める中、一度諦めた自身の研究テーマが前進するのではないかと思い立ち、企業の中で研究活動を再開することにしました。

― どのような研究テーマに取り組まれているのか、またどのような産業分野において活用されているのか教えてください

 私は計算社会科学という研究分野を専門としています。メディア部門に所属しており、データ分析を担当する中で研究を始めました。会社として「経済的価値、社会的価値は共に重要である」という考え方を持っているため、それにもとづき研究しています。当社のメディアにはテレビ&ビデオエンターテインメント「ABEMA」や「Ameba」があり、ユーザー様にサービスを提供して、広告を視聴頂いたり、クリックして頂きます。そして、広告経由で広告主様のサイトにユーザー様が流入して購入に結びついたり、ブランディングに貢献するような形でメディアの運用をしています。

 ウェブメディア市場の拡大と、社会とウェブメディアの関係の複雑化に伴い、企画・開発・エンジニアリングや、その周辺のコンピューターサイエンスでは扱いきれない事象が多く発生します。フェイクニュースが以前よりも簡単に広がるなど、ウェブメディアが新たな問題の発生場所を提供してしまったという課題があります。一方で、不登校による人間関係の不足など現実世界の問題もウェブメディアで補完できると考えられるようになってきました。人や社会、文化の側面からメディアサービスの理解推進をすることで、当社のメディアが社会的に、または学術的に貢献できると考え、研究をしています。

 計算社会科学領域では、社会の状況を知るためのソーシャルセンサーとして Twitter を使用する研究が多いです。当社でもソーシャルサービスを持っておりますので、それらをユーザー様に使っていただくことで、「社会で今何が起きていて、何がどのように起きるのか」を知るためのセンサーとして活用し、社会現象の定量的評価やモデリング、理解につなげています。また、メディアでは介入ができますので、当社のメディアを課題解決ツールとして活用することを考えています。例えば、「ABEMA」で放映する番組に変化を加えたり、「ピグパーティ」というアバターコミュニケーションサービスが社会問題解決に貢献していることを示し、さらに強化するということが挙げられます。このように、当社のメディアが持つ課題解決能力を高め、社会問題の解決につなげたいと考えています。

 社内には直接的な事業貢献をする人が多数おりますが、プロダクト周辺に関する波及要素を体系立てて把握したり、アプローチをする人があまりいません。そのため、学術的な先行研究から得られる問題意識をプロダクトの担当者に提供して、一緒に解決してゆくことで、社会の理解・社会に対する問題解決を提供したいと考えています。

― 今の研究を始めたきっかけや、大学院時代からご就職までの間の経歴を教えてください

 大学ではコンピュータサイエンスを学んでおり、その後名古屋大学の複雑系科学の研究室でマルチエージェントシミュレーションを使った進化ゲーム理論の研究をしていました。博士号まではなんとか取れたのですが、博士後期課程2年辺りからキャリアや研究テーマの点で少し辛くなってきてしまい、研究と関係のないシステムインテグレーターに就職してシステムエンジニアを2年半ぐらいやっておりました。

 その後、当社に転職しました。最初はスマートフォンゲームを作るフロントエンドのエンジニアとして、開発と運用を1年程担当しました。その後異動があり、現在所属する部署で自社サービスのデータ分析・データマイニングをすることになりました。データサイエンスがちょうど流行り始めた頃でした。当時はデータマイニングをやる人は少なく、前任者達と一緒にデータマイニングエンジニアという肩書きで分析を始めました。この部署は研究開発組織で、新しい技術を使ったサービスの開発を行うなど、当社のプロダクトに貢献する部署で、開発した技術やシステムなど、何か対外発表できるものがあれば発表しようというスタンスです。

 学生時代にシミュレーションを行っており、実データとの整合性がなく困っていましたが、ソーシャルゲームの分析をしているうちに、ソーシャルゲームのデータを使うことで進化ゲーム理論の検証ができるのではないか、と思いつきました。こっそり研究を始めたら意外に怒られなかったので、今に至ります。今も業務と並行して研究をしていて、当時に比べると少しずつ研究の比率が高まっており、共同研究をしたり、研究テーマも自由にやれています。

― こっそりやり始めて黙認されるのは、企業では一般的なのでしょうか

 最初はドキドキしながら「学会発表していいですか」と訊いてみたら、二つ返事で「いいよ」と返ってきたため、びっくりしました。ウェブ業界はこのあたり自由度が高い印象があります。博士の後半はもう二度と研究したくない、と思うほど辛かったのですが、3年半ぶりに触れたらまた楽しくなってしまいました。研究室の先輩がアカデミアにいらっしゃるので、相談しやすく、サポートしてもらいました。

 研究活動について、社内にはわからない人もきっといるだろうと感じます。私の場合は、最初は私一人しかやっていなかったので、ネガティブな反応をされることはありませんでした。今は様々な企業様が国際会議で採択されて発表されているので、むしろ推奨されています。

 どのような形で各方面へ貢献できるかについて、常に言い続けるのは大切だと思います。例えば、研究成果や文献調査をした結果を、プロダクトの担当者に見せると喜んでもらえます。なぜかというと、なんとなく「こういう風だよね」と思っていたユーザーの行動傾向などが実は社会科学の分野でフレームワーク化されていて、モデルがあることがあります。それを文献を通して知ると腹落ちして、その後の考えが明瞭になるそうです。このような貢献ができることを理解してもらうというよりも、やったら面白いかなと思いやってみたのですが、役に立ったようです。

― 計算社会科学が今後どのように発展していくのか、予想されていることはありますか

 計算社会科学にはビッグデータを使ったアプローチ、社会科学に対するアプローチ、シミュレーション、ウェブ実験や調査など、多様なアプローチがあり、言おうと思えばなんでも「計算社会科学」と言える状態です。「計算社会科学入門」の第一章で笹原先生も仰っていますが、「明確に定義するよりも、やって意味や価値があることをやっていく」フェーズだと感じています。

 しかしながら、ビックデータを使った社会科学という意味では、科学として確立していない部分が多いです。データの偏りや再現性の問題は現状解決していません。Twitterを使ってる人は「Twitterを使っている」というバイアスがありますし、その中でも使用頻度のばらつきがあり、統制が困難です。

 再現性という点では、例えばFacebookと完全に同じものを再度作って、20億人に使ってもらい、同じ結果が出るかという検証は絶対にできません。そういう意味でまだ科学として確立していない部分も多いのではないでしょうか。またアプローチの仕方も物理、情報工学、心理学、社会学、政治学、経済学なのかによって、立場や方法論もバラバラであるため、今後はそのハードサイエンスとしての方法論を確立していく方向性が一つあるかもしれません。理論と実験と観察、この三つをビックデータに含めて、どのように作り上げていくかというフェーズだと考えます。さらに、今起きている社会の問題に関しては、人間のフィールド研究であるため、介入するような応用研究も進んでいくのではないでしょうか。

― この分野ではどの程度博士課程に進学するのか、またその後どういった進路を辿るのか、について教えてください

 当社に就職した方や、同じ業界の若い方は、修士で就職してもいつか博士に進学したいと考える人がそれなりにいる印象があります。博士号取得後にアカポスではなくて企業で働きたい人や、研究職ではなく開発職になる方も珍しくありません。

 コンピューターサイエンス分野は企業でも研究できる場合が多いため、大学に戻ることを考える方も少ないように思えます。大学に戻ること自体がとても難しいため、そういう意味で選択肢に入れていないように思います。個人的には、研究できればどちらでも良いと感じており、こだわりはないので今は自分にとって良い環境の方にいます。

― 大学院生や研究者にメッセージをお願いいたします

 アカデミア・企業の研究所以外にも研究できる場所はあるのではないかと思います。論文投稿は難しいかもしれませんが、どこであっても「研究という行動」はできます。計算社会科学は、研究課題はいくらでもあり、企業であれば業務に関わるデータもあるので、それらと会社の事業や自分の問題意識との接点を見つけ出せると、いろいろな形で貢献できます。

 私は3年半程研究をしていませんでしたが、たまたま研究を再開しただけで、元々エンジニアとして生きて行くつもりでした。研究以外の業務も楽しく、学ぶことも多かったですし、研究のときの考え方を使うことが多かったので、そのような働き方もありだと思います。当社にも博士号を持ってる方がそれなりにおりますが、皆楽しそうに様々なことに取り組んでいます。

― 研究でやってきたことで、普段の業務で役に立っていることはありますか

 論理的に考えることやプレゼン能力などは仕事を通しても身につきますので、「負けてはいないけれど、アドバンテージでもない」と思います。ただ専門を持つと、専門分野の問題意識が明確に心の中に存在するので、それを通して貢献の仕方を見つけ出す、という点でとても役立っています。私は専門が複雑系なので、ソーシャルゲームのデータを見たときに「これは『囚人のジレンマ』と同じだ」と気づき、このようなアプローチをすればジレンマの解決になる、と推察できます。専門分野の考え方やモデルを頭の中に多く持っているので、このようなことができるのだと思います。

プロフィール(インタビュー当時)

高野 雅典 氏

株式会社サイバーエージェント 技術本部秋葉原ラボ データマイニングエンジニア。1981年岐阜生まれ。2009年名古屋大学大学院情報科学研究科博士課程修了。博士 (情報科学)。専門は計算社会科学・複雑系科学。システムインテグレータを経て、株式会社サイバーエージェントに勤務。スマートフォンゲームの開発・運用に携わった後、現在はメディアサービスのデータ分析と計算社会科学研究に従事。

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