「海外での研究活動」の実態について気になる大学院生・若手研究者は少なくありません。そこで今回アカリクでは北欧・デンマークの大学で研究室を主宰されている竹内倫徳先生にお話を伺いました。
<竹内倫徳氏 プロフィール>
2000年3月に東京大学にて博士(医学)を取得。その後は東京大学で助教として8年勤務した後、イギリスに渡ってエジンバラ大学でポスドクとして10年ほど研究活動を行う。2018年2月よりデンマークのオーフス大学にて生命医学部の独立准教授として研究室を主宰。2021年3月24日(水)より学術系クラウドファンディング「academist」にて、研究資金獲得にチャレンジ中。
(略歴)
■東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻 博士課程修了(2000年3月)
■東京大学大学院医学系研究科薬理学分子神経生物学教室 助手(2000年4月~2007年3月)
■東京大学大学院医学系研究科薬理学分子神経生物学教室 助教(2007年4月~2008年8月)
■英国エジンバラ大学認知神経システムセンター 博士後研究員(2008年9月~2018年1月)
■デンマーク・オーフス大学生命医学部独立准教授(2018年2月~現在に至る)
(SNSアカウント)
Twitter: https://twitter.com/T7Take
LinkedIn: https://www.linkedin.com/in/t7take/
Facebook: https://www.facebook.com/tomonori.takeuchi.37
<竹内研究室の研究課題>
長期記憶から形成される知識は、私達の日々の生活を支える中心的な認知機能です。当研究室では、ラットを使った動物モデル行動実験系(日常の記憶を調べる「日常の記憶テスト」、及び知識を調べる「対連合記憶テスト」)と、薬理学、分子生物学、生化学、生理学、解剖学、光遺伝学、Chemogenetics、ES細胞を用いた遺伝子改変ラット、in vivo イメージングを統合的に組み合わせ、(1)脳の海馬に形成される日常の記憶のなかから、重要な記憶が選択的に保持される仕組み、及び(2)この保持された記憶が、大脳新皮質に保存されていると考えられている知識に統合される仕組みを遺伝子—神経回路レベルで明らかにする事を目指して研究を行なっております。
竹内先生の研究テーマは「記憶」に関する研究ということですが、どのような課題があるのでしょうか?
「記憶」は、私たちが生きるために必須な脳の機能です。例えば、「役所から来た重要書類をどこに置いたか思い出せない」など身に覚えはありませんか?記憶は非常に重要な脳機能にも関わらず、そのメカニズムには未解明な部分が多く残されています。
例えば、あなたは昨日の朝ごはんに何を食べたかは簡単に思い出せるでしょう。しかし、1週間前の朝ごはんを思い出せるでしょうか?このように「朝ごはんにどこで何を食べたか」といった些細な「日常の記憶」は、「海馬」と呼ばれる脳の領域に形成され、その多くは1日の間に忘れ去られます。
一方で、「小学校の頃、朝ごはんを食べた後に、親がサプライズで遊園地につれていってくれた」というように、新奇で思いがけない出来事(新奇な体験)が直後に起こると、記憶を安定化させるメカニズムが働きます。この働きによって「あの日の朝ごはんを昨日のことのように思い出せる」という事が起こります。すなわち、「新奇な体験」は、日常的にすぐ忘れるような記憶を、長期間忘れない記憶(長期的な記憶)に変えることができるのです。
私は、この記憶を安定化させるメカニズムについて研究を重ねた結果、「新奇な体験」をした時に「青斑核」と呼ばれる脳の領域から海馬に「ドーパミン」が放出されることで、通常忘れさられる日常の記憶から長期的な記憶が形成されることを発見しました。この成果は、世界でもっとも権威ある科学雑誌Nature誌に2016年に掲載されました( https://doi.org/10.1038/nature19325 )。
現在はデンマークを拠点にされていらっしゃいますが、実際のところ日本よりも研究しやすいですか?
これまでの経験を振り返ると、圧倒的にデンマークのほうが研究しやすいですね。日本にいた頃は、自分の実験ができる時間は20%くらいでした。残りの時間は会議や書類仕事で忙殺され、本当にこれが幸せな状態なのかと疑問を感じることもありました。でも、そんな状況を変えるだけのパワーがその時には無かったんです。
日本だと研究者が事務職の方の都合に合わせる傾向が強くて、事務組織が研究者をサポートするという体制になっていないところもあるかもしれないですね。それから、何人もハンコを押していく文化は、責任の所在をうやむやにするためにあると思っています。そういった仕組みや方針が、私には合わなかったのだと思います。例えば、いま私がいるデンマークでは学長がサインして、それで終わり。責任の所在がはっきりしていますね。
国からの予算が学術研究費の財源の大部分を担っているため用途の柔軟性が高くなく、また期間も数年で終わってしまうなど、日本では人を雇うコストを賄うことが難しい状況です。これに対して、デンマークでは国からの研究費ももちろんありますが、企業の財団が出している研究費が日本の科研費レベルのものがいくつかあります。また、European Commissionの一部に科学を推進するプログラムがあります。自由な研究活動ができるようにするためには、特定の政府や財団に依存しない研究費の獲得する方法を確保する必要があると考えています。
竹内先生が研究室を運営する上で特に大切にしていることは何でしょうか?
デンマークも日本のように契約期間中に解雇することが非常に難しいため、人選は非常に難しい課題です。そこで私は常に知り合いを介して紹介してもらっています。推薦状には本人の良いところがたくさん書いてあるわけですが、必ず推薦者に電話してその人に関する問題点や注意点などをあえて聞くようにしています。本当に悪いところが無い人を選んでるとかではなくて、そういう情報も全てひっくるめて、どんな人なのか理解しようとしています。
それから、私が主宰しているラボは10名規模なんですが、これには理由があります。しっかりと1人で全員の様子を見ていられる規模は15人が限界だと考えているんです。だから、今のところはこれ以上メンバーを増やすつもりがあまりないですね。メンバーの中で1人でも周りのモチベーションを下げるような言動をする人がいるとラボ全体への影響が大きいため特に気にしています。
「人を見る難しさ」というのは経営者に通じる悩みどころですね!
外部資金を調達したり、メンバーたちをリードしていったり、その例えはあながち間違いではないかもしれないですね。私が8年間ほど東大で助教をしていた時の教授とは、共同研究で付き合いが続いていたんです。ポスドクを探している時にその教授に相談したところ、その教授に研究室に所属していた中本さんを紹介してもらいました。私が信頼できる人が信頼している人を、私は信じています。
今回なぜクラウドファンディングでの研究費獲得に挑戦されるのでしょうか?
<より多くの方々に知ってもらいたい>
実は「研究費の獲得」だけであれば、クラウドファンディングは効率が悪いんです。でも、私たちの研究課題に広く世の中の人が関心を持ち、関わってもらう手段として有効だと考えています。
私たちは「記憶」に関する研究をしていますが、もし病気の人をターゲットにするとなると健忘症のように年令を重ねた世代が中心となるため、若い世代には実感として関心がわかないのではないかと思いました。そこで「記憶力がアップする方法論の開発」という将来の展望を示すことで、関心を持つ人の層が少し厚くなるのではないかと考えました。「記憶」は皆さん身近なことなので、きっかけができればきっと興味を持ってくれると信じています。
実は、最初に書いたクラウドファンディングの計画書では、Nature・Cell・Science等の論文誌に論文が載るような人たちはみんな大変な苦労していると思って、苦労話とか自分自身のことは全く書いていなかったんです。でも、身近に感じてもらうにはそういった話も大切なことだということで、記述を追加していきました。
デンマークまで一緒についてきてくれた中本さんにサポートしてもらい、私のことを知らない方々に計画書を見てもらったところ、辛辣なコメントをたくさん頂いて、「みんなが知りたいこと」を理解できるようになってきました。
本当は2020年春に開始予定だったのですが、コロナ禍のため、日本に帰国して各地への宣伝活動するという計画を断念し、ペンディングすることになりました。今回は市場調査も本気でおこなっていて「academist 史上最高額」の研究資金獲得を狙ってチャレンジしています。
<SDGs実現の手段の一つとして>
もう一つの理由として、世界的に製薬企業が基礎研究から撤退しているということがあります。私たちの記憶の研究は脳や脊髄といった中枢神経を対象にした基礎研究ですから、製薬企業の協力も得にくい状況です。それに比べると「トクホ(特定保健用食品)」制度のある食品や飲料の業界であれば、科学的根拠の示すことができる製品開発で協力できるのではないかと考えています。記憶術のような経験則的なノウハウではなく、現象のメカニズムに着目しているため脳の機能に基づいたシステムとして科学的根拠や再現性のある要素が得られます。他にも国連が推進している「SDGs(Sustainable Development Goals)」を実現したい企業が多いと考えていて、具体的にそういった観点からの提案を飲料メーカーや教育系事業を行っている企業に向けて展開していこうと検討しています。
最後に日本の学生や若手研究者の皆さんに向けたメッセージをお願いします!
最近、知り合いから、海外留学に興味はあるけれど、心配で躊躇しているという話を聞きました。私は、36歳の時に、英語もほぼ話せない、聞き取れない状態で英国・エジンバラ大学に留学しました。最初の1〜2年位は、いつも電子辞書とノートを持ち歩き、わからなければノートに書いてもらうという事を行っていました。また、研究室の教授との討論の際にはいつもレコーダーに録音をして、討論の後、何度も聞き返したりしました。ただ、英語は単なるコミュニケーションのツールです。文法が間違っていようが、筆談だろうが、最終的に意味が通じれば良いという事に気づき、少し英語に対しての壁がなくなりました。
言語の壁、慣れない土地等、不安要素は色々あると思います。でもそれにもまして海外に留学するという事は大いに意義があると思います。日本の学生や若手研究者の皆さんには、できるだけ早い時期に留学して頂いて、外から見た日本を経験してもらいたいです。
<竹内先生のクラウドファンディング情報>
(インタビューアー:株式会社アカリク 吉野宏志)
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