「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.4の掲載記事をお届けします。
尾原氏は、JASRIの主幹研究員として、装置開発に携わりながら、水やガラスなどの原子配列が乱れた構造を持つ物質の解析を行っています。修士課程修了後、一度は研究を離れた尾原氏でしたが、自分の手掛けた研究が海外でも反響があったことを知り、研究の道へ戻ってきたと語ります。そんな尾原氏に、これまでの道のりや今後の展望を伺いました。
― 現在に至るまで、どのような道のりを歩んでこられたのか教えていただけますか
2010年に九州大学院理学府物理学科で学位を取得しました。構造不規則系の物理、モンテカルロ統計などを放射光施設や中性子施設で実験し、ランダム系物質を専門として学生時代を過ごしました。その後、公益財団法人高輝度光科学研究センター(以下、JASRI)に博士研究員として着任し、SPring-8(大型放射光施設)で装置開発を行いながらDVDの高速書き換えメカニズム解明の研究を行っていました。2012~2015年まで京都大学の産学連携本部に特定助教として着任し、ランダム系物質の構造解析を電池分析へ適用する研究を行いました。肩書きは京都大学でしたが、SPring-8の中に京都大学が専属で扱っている装置があり、それを担当していたのです。この期間は、自動車会社をはじめとした様々な企業の方と実験や解析を行うことが多く、「産学連携」を体験させてもらいました。その後またJASRIに戻りランダム系物質の構造解析をしてきました。最近では装置開発も行っていて、ガラスができあがっていくプロセスなどを観察し、どうすれば良いモノがつくれるだろうか、と検討しています。
― 研究をはじめたきっかけについて教えてください
実は1度社会人を経験していて、修士課程修了後に4年間、愛媛の情報処理の会社に勤めました。母子家庭だったこともあり、社会人になるまでは研究で人生を設計していくというより、生まれ育った愛媛で過ごすことに重きを置いていました。修士の時は研究環境があまり整っておらず、世の中に出回っている解析ソフトを使って研究しなければいけなかったので、自分でそのようなプログラムをつくりたいと思い、技術を学ぶために企業に就職しました。研究室の同期の1人が博士課程に進学したのですが、彼女が博士3年目の時に、私が修士で研究していた内容を論文にしてくれました。海外で発表されて、自分の研究が海外の人にも興味を持ってもらえたことを知りました。その頃、私は社会人3年目で、ある程度技術を習得していたので、今博士に進学するとできることがたくさんあると思ったこともあり、アカデミアに戻りました。
― 1度研究を離れて、改めて魅力を感じたのですね。研究のテーマはどのような経緯で決めたのでしょうか
修士の研究テーマは安易な理由なのですが、高校の同級生の父が大学教授をされていたので、その研究室に入っただけです(笑)。井上先生という方で、以前からとても気にかけて頂いていたため、井上先生の研究室を選択しました。当時は、愛媛で生活していくことを重視していたので就職のことばかり考えていて、研究内容への関心はやや薄かったと思います。
― 周囲の方々は博士課程へ進学する方が多かったのでしょうか
後輩はほとんど進学していますね。今は大学の先生であったり、SPring-8のテニュアトラック研究員になっている者もいます。企業に就職したのは1人だけですね。
― 現在の研究内容について教えて頂けますか
ガラスや水のように原子配列が乱れた構造を持つ「ランダム系」と呼ばれる物質の構造解析を行っています。ダイヤモンドのように、「原子が規則正しく整列した構造」を持つ結晶を解析する場合は有名な方法があるのですが、ランダム系物質はその方法ではうまく解析ができません。そこで、「PDF(Pair Distribution Function:二体分布関数)解析」という手法を使うことによって、ガラスや液体の構造を理解することができる、というのが私の研究です。規則正しい構造を持った結晶の中にも、温度変化などが伴うと従来の方法では解析できないものもあり、そのようなものに対してPDF解析を使う先生方が多くなってきています。最近では名古屋大学の片山先生主導の研究において、私が担当している装置で結晶をPDF解析し、従来の解析方法では見えなかった結晶の構造解析に貢献しました。この結果により、片山先生は新しい材料創製への可能性を提案されています。
― そのご研究のように、普段のお仕事は外部機関から依頼を受けて構造解析をすることが多いのでしょうか
私の仕事は、「自分自身の研究」と「ユーザー支援」に分かれます。自分の研究は1つなので、数としてはユーザー支援の方が圧倒的に多いです。しかし、10年も勤めていると共同研究も進んできており、研究分担者の1人として競争的資金を獲得して主体的に研究をさせて頂く機会も増えてきています。現在は、科研費で進めている研究が6件程ありますね。このようにユーザー支援の研究であっても、自分の研究と言えるようなものもあるので、単純に区別することが難しくなっています。初めて施設を利用されるような方々には、作業補助的な関わり方をすることが多いですが、お付き合いが長くなるうちにユーザーができないところに入っていくので、そういった意味では自分の研究ともいえるのではないかと思います。
― 今後のキャリアの展望はどのようにお考えですか
自分にしかできない装置開発ができることに魅力を感じているので、自分にしかできないことを見極めることが、今後のキャリアを形成していく上での主だと考えています。私は理学部系でずっと物理をやってきたのですが、JASRIで働きながら様々な研究や装置開発に携り、自分自身にしかできないことを突き詰めていくと、材料の設計や創製などの研究が増えてきていて、「工学系への広がり」が見えてきたと感じています。学生の時には工学系に入る人の気持ちは分からなかったのですが、今になってやっとその気持ちが理解できるようになってきました。社会貢献ではないですが、そういったことができる研究に力を注いでいければ、とてもやりがいがあると思っています。
― 工学分野への広がりができたのですね
そうですね。理学部で物理をされている方は、「まだ明らかになっていないことを明らかにする」ことを志していらっしゃると思います。その志をものづくりにシフトすると、「まだ世の中に存在しないものや、皆が喜ぶものを作りたい」になると思うのです。ですから、理学部から工学に行く方はセンスがあるなと最近は思いますね。
― JASRIでのキャリアステップについてお聞きしたいのですが、基本的に研究員としてスタートするのでしょうか
そうですね。私はまず協力研究員として入社しました。その後テニュアトラック研究員、任期無しの研究員、主幹研究員、主席研究員という形で、研究者としてのキャリアをステップアップしていくことになります。
― JASRIで働く魅力について教えて頂けますか
やはり「自分が中心となって装置開発ができること」ですね。これまで測定できなかった物が測定できるようになったり、世界でも自分の装置でしかできないことを実現できる点です。そのような装置開発を仕事としながら、自分の研究をできることが最大の魅力だと思います。もちろん世の中の需要があることが前提ですが、その中で自分のやりたいことに注力できる環境だと強く感じています。
― JASRIの今後の展望について教えてください
現在、設備運用の自動化に力を入れていて、装置の監視、測定の条件出しやセットなどが自動化されていきます。人が介入する必要がなくなる時代が来て、自動化による圧倒的スピードによって新材料発見が進んでいくと思います。施設内でも、産業利用の領域では既に自動化は進んでおり、あとはそれを施設全体に広げていく段階にあります。
― 大学院生へのメッセージをお願いします
大学時代の自分は、将来何がやりたいのか、どんなことが好きなのかを考えなかった節があります。この記事をご覧になっている皆さんは、そのようなことはないと思いますが、特に研究者になろうとしている方は、「どのような研究者になりたいか」をしっかりと考えて就職先を決めてほしいと思います。
私は、博士課程の時にJASRIの小原氏から「研究員になってみる?」と声をかけて頂いて、道を示してもらいました。変な話ですが、声をかけて頂いたことで特別感を持ってこの組織に身を置いています。そのような良い経験をさせてもらったので、今度は自分が学生に対して同じようなことをしてみました。今、その方はJASRIの研究員になっています。ここにはたくさんの学生さんも来られますので、こちらから1人ひとりにお声かけすることはなかなか難しいのですが、学生さんの方から積極的に声をかけて頂けると、その方々の道が開けるのかなと思います。
プロフィール(取材当時)
尾原 幸治 氏
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)主幹研究員。1979年愛媛県生まれ。九州大学大学院理学府物理博士課程修了、博士(理学)。2010年JASRI協力研究員、2012年京都大学産官学連携本部特定助教、2015年JASRI研究員を経て、2018年より現職。専門はPDF解析によるランダム系材料のプロセス観察。