協力:キャリアコンサルタント 古川 晶子 (フルカワ アキコ)
日本における大学院の状況と位置付けはここ10年の間に大きく変化し、大学院生(修士、博士)およびポストドクターのキャリア選択も変化してきています。大学院生は研究者としての素養を磨くことだけではなく、民間企業での就職など学外で活躍する道を考え就職活動を行うことも求められるようになってきています。このような社会情勢の変化の中で「学外でどのように自らの進路を切り拓くか」を考えることは、大学院生の皆さん一人一人のキャリアパスにとってとても大事なことです。
ただし、学卒とは年齢的に異なり、かといってビジネス経験はないという特殊な状況に置かれている大学院生とポストドクターが、世に多くある新卒向けの就職ガイドや転職者向けの情報をもとにして独力で就職活動に臨むには心もとない部分もあるでしょう。 この「大学院生とポスドクのための就職活動アドバイス」は、企業への就職を考える大学院生、ポスドクの皆さんに是非知っておいて欲しいことをまとめたものです。就職活動のためのリソースの一つとして活用していただければ幸いです。
就職活動の基本ステップ
「就職活動とは何か」と聞かれたら、多くの人は「履歴書を書く」「面接を受ける」といった、“目に見える行動”を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、就職活動では、これらを支える“目に見えない行動”のほうが実は重要なのです。
下の図の水色の部分は、納得できる就業人生を送る際に欠かせない重要な要素です。十分に出来ているかどうか、振り返ってみてください。
キャリアビジョンを持つ
キャリアビジョンの描き方
タテ軸に、「充実感/満足感/蓄積感」を、ヨコ軸には「時間(年齢)」を設定した図を考え、そのうえで、自分の職業人生がうまくいっているとき、どんな「充実感/満足感/蓄積感」を感じているのか、意識してみましょう。特に「蓄積感」については、「何を蓄積しているのか」「蓄積したものは次にどう活かせるか」ということまで考えながらキャリアを思い描いていきましょう。
第1の職業人生で蓄積できるものを想定したうえで、さらに第2、第3の職業人生の準備を始めると、変化を常にチャンスととらえ、主体的なキャリア構築ができるようになります。第2、第3の職業人生といっても、企業内での業務や働き方の転換から転職、独立まで、人によってさまざまです。自分の望むものを知り、その実現のためにベストな方法を自己決定することも重要であり、キャリアビジョンを思い描く上で大切です。特に博士,ポストドクターの方は年齢も20代後半から30代前半となっていることから、自身がこれまでに身につけてきた専門性が市場性を持つかどうかをマーケティング視点から捉えなおすことも必要です。求人が活性化している分野の技術/スキルを有する場合、就職活動はスムーズに進みますが、多くの場合、企業が直接求めている技術/スキルとは合致しません。このような場合、これまでに蓄積してきた自分自身の(性格を含めた)能力のたな卸しを行い、その能力にプラスすることでキャリアアップが望めるような技術を身につけることかできるファーストキャリアを選択する就職活動も重要です。
エクササイズ
現在までの自分を、“ライフライン”を使って表現してみましょう。
※ライフラインの描き方
横軸を時間、縦軸を自分の気持ちとして曲線を描きます。横軸の始点は自由です。次に、曲線に表れる、プラス(上昇)の時期、マイナス(下降)の時期にそれぞれ何があったかを書き込んでいきます。できあがったら全体を見てください。自分が、どんなことで充実感/満足感/蓄積感を感じる傾向があるか、ということが見えてくるでしょう。
自分の動機を知る
応募書類と面接で、共通して注目されるのは志望動機です。それは動機がキャリアビジョンを描くための重要な要素だということを、企業側も知っているからです。動機とは、「なりたい自分」の具体的イメージと考えてください。動機は、ことの大小に関わらず、すべての決断や行動の土台となります。自分自身の動機を明確にすることは、キャリアビジョンを実現する力になるのです。
動機は最強の推進力
明確な動機は、成功するアクションにつながります。
すなわち、チャンスを見出し成果をあげ、そのことによって自分のスキルやリソースを拡大・更新し、その中から次の明確な動機が生まれ新しいアクションへつなげる、ということを繰り返しながら望むキャリアを構築していくことができます。
動機は、具体的であればあるほどいいとされています。たとえば、「2年以内に一つの新事業部となるような企画を立ててその実行者となりたい」「45歳までにニ世帯住宅を建てて、親孝行しよう」、「企業活動を通してCO2削減に取り組みたい」などです。
就職活動をひとつの機会として、自分自身としっかり向き合い、就職に対する強い動機を見出してください。
業界研究・企業研究
自己分析を行い、キャリアビジョンを描いたらその実現へ向けて動き出しましょう。ここで必ずすべきことは、業界研究・企業研究です。雇用の流動化が当たり前となった現在、そのための情報源はたくさんあります。それぞれの特徴を考えながら、総合的に活用しましょう 。
書籍 | 業界や職業のガイド本が出ています。業界の成り立ちや職業の歴史、必要な資格などを知ることができる有効な情報源です。また、業界の第一人者といわれる人物の著書を読むのもおすすめです。仕事のイメージがさらに具体的になり、動機が強化されるでしょう。 |
求人誌 | 平均的な給与や就業のメリット・デメリットなど、直接聞きづらい内容を知ることが出来ます。ただし、会社の個別性までも平均化された記述なので注意が必要です。 |
就職・転職フェア | 企業の人に直接話を聞けるチャンスです。人事のキーパーソンや幹部に会えることもあります。ただし、その出会いが直接採用に結びつくとは限りません。 |
インターネット | 企業理念や概要などの基本情報が手早く得られます。幅広い情報収集には向いていますが、ネットだけの情報に頼ってしまうのは危険です。他の情報と併せて活用しましょう。 |
新聞 | 一紙でもいいので、毎日、隅々まで読みましょう。キャリアビジョンをしっかり描いていれば、いろいろな記事や広告が、業界情報・企業情報として目に飛び込んでくるはずです。 |
業界にいる知人・友人 | 気軽にいろいろなことを聞けるのは利点です。しかし、個人の経験に基づく情報は、内容が整理されていなかったり、情報が一面的だったりすることもあります。 |
大学院生(修士,博士)、ポスドクの皆さんは研究に時間をとられてしまいがちですが、就職活動中は、常にこれらの情報源をチェックして最新の情報を収集し続けることが大切です。アカリクWEB内のアカリクキャリアセンターにも大学院生,ポストドクターの就職活動に役立つ情報が満載ですので、都度チェックするとよいでしょう。自分が実際に仕事をするつもりになって、読みこみましょう。真剣に調べたことは、これまで触れてこなかったビジネスの世界を知ることができるだけでなく、異なるビジネスに進んだ時にも、必ず役に立ちます。
大学院生の就職活動:内定はゴールではない
大学院生の就職活動は、身近にモデルが少なく困難な点も多いと思います。そうやって苦労して勝ち取った内定は、一見ゴールのように見えてしまいますが、あなたの職業人生においてはスタートです。
仕事における蓄積のサイクル
仕事における蓄積は、右図のようなサイクルで増えていきます。一つの経験によって知識・技能・人脈が増え、職業人としてのレベルが上がります。レベルが上がると、さらに新たな経験をする機会が到来し、自分自身が達成可能なことも変化します。より満足度の高いキャリアを選択することが可能となります。仕事における蓄積はこのサイクルの繰り返しであり、これがキャリア構築そのものなのです。
仕事をしていると想定外のことも発生しますが、それらを乗り越えて、結果を手にしたときの達成感や成長は自分だけのものです。一日も早く職業人として出発し、活躍されることを、アカリク社員一同、心から願っております。
アカリクからのメッセージ
いちばん重要なのは給与の額?
「福利厚生や給与などの就業条件がしっかりしている企業にいくのが一番大事だ」と考えていませんか?
皆さんは福利厚生や給与といった就業条件についてどう考えていますか。きっと、休みが多く、給料の高い仕事の方がそのときは魅力的に映ることでしょう。しかし、こうした就業条件ばかりに目を向けていると、長い期間を通して本当に自分を活かせる企業を見過ごしかねません。
ここで思い出していただきたいのは、皆さんが一番充実して研究をしていた時や一番楽しかった何らかの活動をしていた時のことです。もし「対価や休み」を気にしていたとしたら、その研究や活動を始め、そして続けることはできたでしょうか。就職活動においても同様です。就業条件というのはあくまで入り口でしかありません。就業条件は人材が企業で評価されるにつれて自然と後からついてくるものなのです。なかなかいい企業が見つからないと考える前に、自分で視野を狭めて企業を探していないかどうかを振り返ってみてください。
研究に向いていないから就職?
「研究職を続けていくことが困難だから、自分は研究に向いていないから就職したい」と企業との面談で言っていませんか?
就職を考えた動機の一つとして、研究職を目指すことの困難さを挙げる方も多いのではないでしょうか。しかしながら、企業と実際に面談する段階になって、まだそれが就職理由の一番にきているようでは「良い就職」は難しいと思って下さい。皆さんが就職を望むような企業には、学卒の段階から「この企業で活躍したい」と思って入社し、経験を積んできている同年代の社員が既にいることを忘れてはいけません。「なぜ自分は研究職を離れるのか」「なぜ自分は研究に向いていなかったのか」、こういった事実を真剣に見つめなおすことで、逆に「なぜ自分は企業で働くことの方に適性があるのか」、さらには「なぜ自分はこの企業に就職したいのか」というようなポジティヴな動機が必ず生まれてきます。現状を客観的に見つめなおすことは時には強い意志が必要ですが、それをすることによりポジティヴな姿勢が生まれくるのです。
自分の専門知識は企業で役に立つ?
「企業でも自分が大学院でやってきた専門的な研究がそのまま役に立つはずだ」もしくは
「自分が大学院でやってきたことはすべて何も役に立たない」と考えていませんか?
たとえ研究職への就職であっても、大学院での専門に関する知識が企業でそのまま役に立つことはほとんどありません。そもそも、アカデミーで評価される研究成果をえるための研究と企業で利益を生み出すための研究は、実験の取り進め方をはじめとした方法論、価値判断基準がまったく異なります。研究と関係のない専門外の就職であればなおさら大学院での専門に関する知識が企業でそのまま役に立つことはほとんどありません。
しかし大事なのは、大学院で培った専門の下に隠れている様々な基礎能力(論理的思考能力、文章作成能力、プレゼン能力、行動・調査能力等)はすべて企業でそのまま役に立つという事実です。
自分が大学院で学んできたことを過剰に評価したり貶めたりするのではなく、まずは専門分野での研究・学習を通じて、自分がどのような「能力・技法・態度」を身につけてきたのかを真剣に検証してみてください。その上で、企業に対して、自分の何をアピールし、何をアピールすべきではないのかを考えましょう。
企業のニーズを理解している“メリハリ”のついた自己アピールこそが就職への第一歩です。