【東京大学 佐々田槙子氏】ミクロの世界とマクロの世界のつながりの探求 ー厳密な数学を用いて物理学の世界を覗くー

Acaric Journal

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.4の掲載記事をお届けします。

優れた研究に取り組む若手女性研究者を表彰する「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」を受賞した佐々田氏。原子や分子などで構成されるミクロの世界と、私たちが普段日常で目にしているマクロの世界のつながりを、厳密な数学を用いて探求しています。数学の探究と共に「数学の面白さ」を伝える活動も精力的に行う佐々田氏に、その理由について伺いました。

― 現在の研究テーマについて教えてください

 確率論モデルを使って、小さな原子や分子などのミクロ単位の世界と、我々が普段目にしている日常生活の世界のつながりを研究しています。例えば、水が氷になる過程で、温度は連続的に変わっているのに、ある決まった温度を境に水は氷に変化します。これは、原子や分子のミクロな構造が関係しています。そのようなミクロな現象が、私たちが普段目にしているマクロの現象にどうつながるのかを探求する「統計物理学」という物理学の分野があります。

 物理学は厳密な数学と比べると、「この式は成り立つとしましょう」など、いくつかの仮定を用いることで成り立つような理論を扱うのですが、そこに用いられる仮定は厳密な数学を用いると示せるのだろうか、という点に興味があり、厳密な数学を用いて物理を改めてよく見てみる、ということを研究として行っています。

 ミクロのものがたくさん集まってマクロの現象をつくるというのは、サイコロを繰り返し投げるのと同じ原理で説明ができます。例えば、各回の出る目はそれぞれ1〜6までばらばらでも、100万回投げた際の平均値はほぼ確実にこの値になる、というのが分かっています。これと同様に、この世界でも原子や分子などの小さいものひとつ一つはそれぞれ好き勝手に動いていますが、その数は膨大なので、マクロのスケールで見ると、いつでも再現性の高い同じ秩序立った動きをしていると理解することができます。そういう意味で、私の専門は確率論の一分野と言えます。このように、確率論を突き詰めて研究していくと、統計物理学の理論を説明するような数学理論をつくっていくことができるのです。

 その中でも私が特に注力しているのが、拡散現象です。例えば、水の入ったコップに赤いインクを1滴落とすと円状に広がりますが、インクの分子の一つひとつは好き勝手に動いていて、勝手に動くからこそ円状に広がるのです。このような拡散現象が、「どのようなミクロの動きから得られるのか」ということを研究しています。ミクロが変わるとマクロがどのように変化するのか、それはなぜなのか、を確率論で厳密に説明できることは、とても面白くて大きな意義があると考えています。

― 「輝く女性研究者賞」の受賞につながった研究について教えていただけますか

 拡散現象を原子や分子の動きから厳密に説明する数学の理論は30年ほど前から徐々に登場したのですが、一つひとつのミクロのモデルという数理モデルを立てて、それぞれ個別で解いてきました。しかし、拡散現象は普遍的に様々なところで見られるものなので、モデルを変えても同じような数学が出てくるのです。そうであれば、様々なモデルを全て統一的に扱えるような理論を作れないだろうかと考えているうちに、代数学や幾何学などの他分野で発展してきた理論を使うことによって、異なるミクロのモデルを統一的に理解しようと試みる研究を行っています。ある程度統一的に理解できることが分かってきたので賞を頂きましたが、まだ統一できていないものもあるので、私としては道半ばといった感覚です。様々な場合分けが必要となる部分もあるので、更に普遍的に理解したいと思っています。

 確率論の歴史自体が、サイコロの場合、トランプの場合、コイン投げの場合といったように、まず個別のモデルが成り立って、そもそもランダムな現象は回数を増やせば一定の定数に見えるというように、徐々に一般化されてきました。この流れは、様々な数学の理論にも言えることで、個別に面白い現象が見つかって、その後徐々に同じような現象がいたるところで見つかることで、共通の背景にあるものを明らかにしていくというように発展していくのが数学だと思っています。当然ですが、個別の現象を見つけるという最初の一歩も大切で、私自身も修士の頃からやっている研究は、どちらかというと個別のモデルを検証するようなことをしてきました。そのような過程を経て、今ようやく統一的に見ていくという次の段階に進んできたのかなと感じています。

― アウトリーチ活動を積極的に行われていますが、その内容について教えてください

 「数学面白いよ」と周囲に言って回るのが好きで、好きなアイドルの宣伝活動といったような感覚でやっています。そんな感じなので、アウトリーチ活動をしているつもりでもないのですが、女子中高生に数学の面白さを発信する「数理女子」というウェブサイトを運営したり、オンラインでワークショップを行ったり、女性数学者同士の交流会の企画や、slackで数学分野の男女参画に興味がある人同士が交流する場を立ち上げたりしています。国際数学者連合の女性数学者委員会のニュースレターに寄稿もしましたが、これもアウトリーチと言えるのかもしれません。

 2年前には男女共同参画のレポートを書きました。数学分野は特に女性が少ないと言われていますが、統計データを見たことがなかったので調べ始めると、女性がやや減っていく傾向が見えたのです。これは、数学分野の世界全体の傾向や、日本の他分野の傾向とは真逆で、日本の数学分野でジェンダー平等が進んでいないことに危機感を覚えたため、レポートを書きました。また、最近始めた「Catch-all Mathematical Colloquium of Japan」という談話会があります。日本語では「おいでMath談話会」と呼んでいるのですが、数学を専門にしている方、大学院生や意欲的な学部生も大歓迎の会です。前半は、数学者が自身の専門分野の面白さを、他分野の大学院生でもわかるように話します。後半では、同じ講演者の方に、様々なバックグラウンドに基づく個人的な経験を話してもらったあとにグループで議論する対話式をとっています。数学分野はまだまだ多様性が乏しいので、いろんな人が過ごしやすく楽しく学べる形を模索しています。このような活動を通して、分野やジェンダー、国籍を超えたつながりができて、結果的に自分が得るものも多いです。今回の受賞に繋がった研究についても、数理女子を共に立ち上げた坂内先生と共同研究を行っています。アウトリーチは本業と違う活動に見えるかもしれませんが、全て研究に繋がっているので、切り分けるのは難しいですね。

― 学生時代のお話や、研究テーマを選んだきっかけを教えてください

 小さい頃から論理パズルなどが好きで、中高生の時もなんとなく数学が好きだという自覚がありました。学部は東京大学の理科一類でしたが、物理学科か数学科のどちらに進むか迷っていました。物理は好きだったのですが、残念ながらあまり手先が器用でなく実験が得意ではなかったのです。また、私はやはり厳密にやることが好きで、物理実験では誤差を見積もることがあるのですが、その誤差がどうしても気になっていました。例えば、揺れたとか風が吹いたとか今日は温度が高いとか、何とでも言えるじゃないかと思って…それで数学科に進みました。

― 大学院ではどのような研究室に所属されていましたか

 舟木先生の研究室に所属していました。数学分野では、研究室といっても、普段は指導教員と週に一回セミナーをするといった程度なので、先生方と頻繁にやりとりするような理系の他分野の方からすると驚かれるかもしれません。ただ、舟木先生はとても熱心な方で、白熱すると午後の間ずっとセミナーをしていることもありました。私は、舟木先生の研究分野に興味があったので、先生から論文や問題を紹介してもらいながら研究を進めていました。

― 博士課程には最初から進学しようと決めていましたか

 好きな数学をずっと続けていけたらいいなとは思っていましたが、現実は厳しいことも承知していました。学内には、ものすごく数学ができる人たちがいて、私はついていくことに必死だった授業を「簡単だから」と言って出席せずに内容を理解しているような人たちでした。そんな人たちを見て、「自分なんかに博士進学ができるのだろうか」と不安に思っていました。今思えば、そのような人は数人しかいなかったのですが、当時の私にはたくさんいるように見えて、同じように必死に授業に出ている人たちはあまり見えていませんでしたね。「自分」と「一部のすごい人たち」という関係性だけを見て焦って、博士課程に行くことをためらっていました。

 アウトリーチ活動などからも想像できるかもしれませんが、私は社会と繋がることにも興味があって、人に何かを教えることが好きだったので、中高の教員という仕事にも魅力を感じていて、選択肢はいろいろありました。修士1年の頃に少しだけ就職活動を経験してみて、やはりもっと数学をやりたいと思い、博士進学を決意しました。

― 当時の博士の進路状況はどうでしたか。今とは違って民間企業に行く人は少なかったのでしょうか

 そうですね。今とは全く状況が違いますが、当時は民間企業へ行く人は少なかったです。数学科に進むと、数学者になるか中学校・高校の先生になるしかないと思っている人がまだまだいるようですが、今は修士も博士も様々な分野の民間企業から引手数多です。このことは皆さんに知ってほしいですね。

― 数学が好きであったり興味があっても、学びのハードルが高く感じてしまう方は多いように感じます。そういった方々はどうしたらいいでしょうか

 日本の中学生の数学の平均学力は、世界的に見ても高い水準にあります。一方で、数学ができないと感じている割合は、他国に比べて多いです。決してできないわけではないのに、できないと思ってしまっている状況は、本当にもったいないことだと思います。「十分できる」という自信を持って、せっかく芽生えた興味を絶やさないでほしいですね。

― 佐々田先生の今後のキャリアの展望について教えてください

 まずは、今の研究をもっと突き詰めたいです。私が今研究している理論がそのまま使えるのは、古典力学などの古典的な物理学に基づくミクロ系なのですが、量子力学との関係はまだまだ未知な部分が多いので、そこはこれから発展していくと思っています。統一的に理解するということも、場の理論や場の量子論といわれている分野では数学的にどんどん抽象化していこうとする動きが進んでいるのですが、統計物理の分野でもそのような動きが活発化して、それら同士のつながりも統一されていくのかなと思っています。数学の様々な分野の方々と話す機会が増えたので、これまで数学分野で細分化されてきたものを、再度統一的に理解していきたいとも考えています。

 このように、違う分野の人と話して、新しいアイディアを出していく場所は今後もっと増えていくのではないでしょうか。最初は、産学連携や異分野融合をしなさいという外からのプレッシャーがあったのですが、そのおかげで産学連携のための企画が学内でも学外でも増え、そのような場に様々な数学分野の人たちが集まってきて、同じテーマについて話す機会が増えました。これからの時代は、1つの分野だけではなく、2つ3つの分野を扱うことが当たり前の時代になっていきます。それはとても面白そうでワクワクしますし、いろんな分野のつながりを見ていきたいです。

― 読者へメッセージをお願いします

 自分が今興味のあることや、研究だけにしか時間を使わないといったスタンスは、結果的に研究に良い影響を与えるわけでは必ずしもない、ということをお伝えしたいです。アウトリーチ活動や分野を超えた交流会など、一見研究には直結しなさそうなことでも、結果的に共同研究者とのつながりができたり、新しい視点が見つかって研究に活きたり、まだ数の少ない女性研究者の仲間ができたりして、その後の研究活動の支えになったりします。今、私は子育て真っ最中で、研究時間が全く足りない!と思ったりすることもあります。でも、研究がうまくいかない時には子供に癒されて、また研究を頑張ろうと力をもらったりしています。このように、研究以外の活動が研究に良い影響を与えることもたくさんあり、子育て自体が研究にとってマイナスというわけではけしてないということも知ってほしいですね。

プロフィール(取材当時)

佐々田 槙子  氏

東京大学大学院数理科学研究科 准教授。1985年生まれ。博士(数理科学)。2011年慶應義塾大学理工学部数理科学科助教、2014年同専任講師、2015 年より現職。2021年11月 輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)受賞。専門は確率論。

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