【お茶の水女子大学 伊藤貴之氏】アカリク NICE EDUCATION 第3回 お茶の水女子大学理学部 伊藤先生の場合

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.4の掲載記事をお届けします。

「アカリク NICE EDUCATION」では、大学院でユニークな教育に取り組んでいる大学教員の方々を紹介しています。今回は、ユニークな取り組みをされているお茶の水女子大学の伊藤先生に、大学院教育に対するこだわりについてお話を伺いました。

― 大学から現在に至るまで、どのような道を歩まれてきたのか教えていただけますか

 学部と修士は情報系の研究室で、コンピュータグラフィクスの分野でした。修士1年の頃、コンピュータグラフィクスで有名な学会誌の表紙を日本人の研究者が飾ったのです。その方がIBMの研究所に所属していることを知り、自分も就職したいと思い、選考を受けて内定を得ました。当時は、博士課程に進学するつもりはなく企業への就職を考えていましたが、研究は好きで企業でも研究がやりたいと思っていました。学部と修士では先生と自分の研究テーマが少し離れており、コンピューターグラフィクスを学びたい学生達はチームを組んで、ほぼ独学で研究を進めていました。そのまま企業に就職して博士号を取ったので、研究者を目指して学部から博士まで教員から指導を受けるスタイルでキャリアを歩まれた方とは、異なるかたちで研究のスキルを磨いてきました。

― 修士課程でどのような教育を受けられましたか。現在の考え方に影響していることはありますか

 研究室では、先生が研究テーマを与えるのではなく、学生自ら探していました。そのことが非常に大きく響いています。テーマを探して選ぶことは、学生時代の貴重な経験だと思っています。会社では8〜9割の仕事は上からの指示で、残りの1割程はやったこともない仕事を探さなければならない状況に突然立たされる可能性もあります。そのため、学生時代にやるべきことを自分で探す経験は重要だと思うので、私も学生にそのように教育しています。

― 修士博士それぞれに求める基準などはありますか

 修士のうちに、国際会議に英語で発表する、あるいはジャーナルに投稿するなどは、できるだけ1人1人の目標にしています。歴代の学生の過半数は国際会議で発表しているので、それなりに成果を出している研究室だと思います。

 博士であれば学振の研究員になるか、またトップ企業のインターン、例えば北京にあるMicrosoftのリサーチラボラトリーなどは世界トップクラスの研究をインターンにも経験させてくれるので、そういったところに採択される人を目指すなど、一定以上のマイルストーンを設定しています。インターンに行くと、私以外の方々から指導をうけることになりますので、様々な指導者・先輩がいれば、色々なスタイルがあることが分かって臨機応変に対応できるようになります。また、うちの研究室にない分野の目線を広げることができると、違う構造の組織や違う分野に移りやすくなるので、そのような人材を育成することが一番優先度が高いです。自立した研究者として、すぐ歩いていけるように指導しています。

 また、今はコロナ禍で実施できていませんが、2019年まで修士の学生の過半数が3か月程の研究留学へ行っていました。これはかなりの特色だと思うのですが、主に修士1年の秋ごろに海外で研究に集中して、かつ海外で英語を喋る経験を積んできて欲しいと思っていますので、早くコロナが収束して欲しいですね。

― 研究留学は、提携先の研究室があるのでしょうか。それとも行き先も含めて学生が自分で探すのでしょうか

 オフィシャルな契約を結んでいるわけではないですが、受け入れてくれる研究室の知り合いがたくさんいるので、そのうちの1つを学生に選んでもらいます。毎年数名の希望者がいて、2〜3人が同じ場所へ行っています。

 紹介するラボはプロの研究員が何人もいるので、私の研究室にいるよりも直接指導してもらえる時間が長く、かなり専門的なことを教えてもらえる環境が整っています。また、学生たちは国内にいるとアルバイトや授業があり忙しいので、それらを振り切って2〜3ヶ月研究だけに集中して取り組むことは、貴重な経験になります。海外で2〜3ヶ月の間、集団生活をして、土日は自力で旅行に行くといったことを経験してくるので、帰国して頼もしくなっている部分はあります。11〜12月ごろに帰国すると、そのまま就活がスタートしますが、学生たちはエピソードに事欠かないので、採用面接で何を聞かれてもすぐに答えられるようで、就活に役立ったと言う学生もいます。

 留学では、学部4年から修士1年前期まで研究したものを持って行き、そこにバリエーションを加えるような指導をしてもらいます。そうすると、国際会議などに投稿できるようになりますね。そのようなスパンで3年間を考えているので、修士2年で国際会議で発表するような学生は多いです。また、付加価値として留学先で面倒見てくれた人が、英語論文の面倒をみてくたりもします。

― 留学のタイミングやその後の展開も考えられているのですね。卒業生の方々と研究室の関わりはありますか

 特に、就職活動の際に関わっています。お茶の水女子大学は、伝統的にOGと会話をして就職先を選ぶ人が多いのです。ですから、積極的に就職活動をしている学生に卒業生を紹介することで、学生同士がつながるような雰囲気をつくっています。また、5年に1度、大々的な同窓会を開いていまして、年が離れすぎると声をかけづらいかもしれませんが、2~3年の差であればその場で顔を合わせなおして、旧交を温めることができます。結婚式などで何世代にもまたがって集まることもあって、そういったところで見ていると、うちの研究室の学生は比較的よくつながっているなと感じます。

― 伊藤先生ご自身が大学に長くいらっしゃることで、研究室の歴史も長くなり、関わる人数も多くなり、ずっと「戻れるところ」であり続けているのでしょうね

 そうですね。私が心がけているのが、「研究室を研究だけの場所にしないこと」です。ゼミが終わった後に時間がある人がお茶を飲む時間をつくりやすくするとか、年によっては学園祭に研究室で何かを出店することもあって…研究に全く関係のないカフェをやったり迷路を作ったりする人たちがいるのですが、そのような試みなどは積極的に支援します。そのようなところでの友人関係の深まりや対人関係のスキルは、卒業してからも残ると思うのです。研究室生活は、学生からすると最後の友達をつくるタイミングだと思うので、そういった環境を大切にしてあげることが、彼女らの卒業後の財産になりますし、それが在校生にも還元されます。ですから、研究以外のことも大切にする雰囲気を作る努力をしています。

― ありがとうございます。就職状況についてはお困りごとはありますか

 困っていないですね。学生がどんどん内定を取ってきてしまいます。就職活動に関して、私から具体的に指示することは特にありません。一方で、相談を受けることはあります。それはかなり具体化していて、例えば「エントリーシートを見て先生の意見を聞かせて下さい」とか、「2社以上の内定がとれそうであったり、最終面接に行けそうな際に、先生だったらどちらを選びますか」という質問であったり、本当に判断できないくらい悩んでいる人もいれば、自分の中では決まっていて背中を押してほしいだけの人もいたり、いろいろなパターンがあります。そういった時は、ゆっくり話を聞いて少しコメントすることがあります。

― 最後に、読者へメッセージをお願いします

 大学院で過ごすことは、業績をつくるだけでなく、一生もののスキルや、今まで自分の力だけでは築くことのできなかった人脈を広げることができるなど、多くのメリットがある時間だと思います。このような恩恵をできるだけ受けてほしいと思います。例えば、業績のように履歴書に書けるものが形のある恩恵だとすると、スキルを身につけることや人脈をつくるのは形のない恩恵ですが、どちらもしっかりと受けてほしいです。自分の分野に限って言いますと、博士課程に進学しても就職に困ることはしばらくないと思います。ですから、研究が好きな人は、「研究が好き」という気持ちを大切にして続けて欲しいです。

 社会に出た瞬間のパフォーマンスは、その後の人生に大きく影響します。会社は配属がありますので、希望の部署に配属されるかどうかは重要な点ですが、学部で授業を受けただけの状態で就職するのと、研究を体験して自力で何かを解決した経験を持って社会に出るのでは、年収などの話とは別に、自分がやりたい仕事、キャリアアップできる仕事、面白みのある仕事、あるいは他の人にない仕事に就けるかという点で、仕事の質が違うと思います。特に、新しいことをやりたい人、新しいものをつくりたい人にとっては、学部卒か大学院修了かで仕事に対する充実感も違ってくるのではないでしょうか。

プロフィール(取材当時)

伊藤 貴之 氏

お茶の水女子大学文理融合AI・データサイエンスセンター センター長、理学部情報科学科 教授。1968年東京生まれ。1992年早稲田大学大学院理工学研究科電気工学専攻修士課程修了後、2005年まで日本アイ・ビー・エム株式会社。1997年早稲田大学課程外にて博士号取得(工学)。2005年よりお茶の水女子大学理学部情報科学科 助教授。2019年より現職。

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