「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.4の掲載記事をお届けします。
アカリクの逆求人イベントをきっかけに、IT系企業へエンジニアとして就職した大曽根氏。ビッグデータブームの最中で培ったデータ分析の経験が、現在の事業開発に活きていると語ります。取材当時、株式会社Gunosyの執行役員としてサービスを手がけ、活躍されていた大曽根氏にアカリクとの出会いを振り返っていただきました。
― ご経歴と現在のお仕事について伺えますでしょうか
博士課程修了後、アカリクの逆求人イベントで出会った株式会社サイバードに入社しました。エンジニアとして入社しましたが、ビッグデータブームの最中だったこともあり、2年目からデータ分析を始めました。ある程度の成果を出すことができて会社のMVPを頂いたりもしたのですが、分析よりも自分でコードを書いてユーザーへの影響を見たかったので、転職を考えました。株式会社Gunosyは東京大学の大学院生が起業した会社で、私のアカデミアなバックグラウンドに合いましたし、AIやデータ分析できる環境が既に整っていたことを魅力的に感じ、入社しました。
最初はデータ分析やアルゴリズム構築を行い、2年目で記事の配信アルゴリズムの刷新を行いました。当社はニュースアプリを提供しているのですが、自社で記事を書くわけではなく、様々な会社が書いた記事を集めていて、その量は1日1万件を超えます。ユーザーが毎日1万記事を読むことは不可能なので、個人ごとにより興味がありそうな記事を判定して表示します。興味や趣味嗜好は十人十色なので、従来のリコメンドよりもパーソナライズできるモデルをつくり、その内容で論文も執筆しています。データ分析をしているうちに、データ基盤や社内ドメインに詳しくなり、2018年にはGunosy事業部事業部長になり、その後執行役員の立場になりました。データはデータだけでは意味がなく、事業内容やユーザー価値を理解し、それにつながる活用をしなければなりません。そのような目的からGunosy Tech Labを立ち上げたり、KDDIさんと一緒にプロダクトを作っているアライアンス事業部の事業部長も任され、エンジニアリングやアカデミアのバックグラウンドを持ちながらも事業の責任者を務めています。
― エンジニアからマネジメント側へと転換されたのですね
コードは入力すると機械が反応を返してくれますが、プロダクトに変化を加えると顧客が反応してくれます。つまり、コードの変更を加えることで、ユーザーの生活に影響を与えているわけです。私はデータサイエンティストだったので、そのような顧客の反応の情報を分析して、ユーザーが喜んだり売り上げが上がるような仮説を立て、検証していました。これは実は事業開発そのものであり、その規模が広がると、コードを書くだけでなく、機能実装のためにデザイナーと話したり、広告について考えたりと範囲が広がっていくのです。その根本にある「ユーザーに対してどのような価値を提供するのか」を考えて、仮説を立てて実証するというサイクルは、研究と共通しています。その点でビジネスにも面白さを感じました。海外では、このような内容が体系化されているため、日本でも同様のキャリアが広がればよいと思っています。
― アカリクとの出会いについて教えてください
当時は筑波大学大学院の博士課程に在籍しており、鬼沢先生の研究室でゲームやAIの研究をしていました。10年程前にディープラーニングという技術がブレイクスルー的な効果を発揮して、今でもなおAI分野が非常に注目されていますが、当時はまだそこまで流行しておらず、人工知能学会も今の20分の1ほどの規模でした。スマートフォンが普及し始めてSNSなどが発展してきた頃で、より多くの人たちがインターネットで繋がる状況だったので、アカデミアではなく民間企業の方がさまざまなことに挑戦できるのではないかと思っていました。
博士の先輩方も、アクセンチュアや富士通などの民間企業に就職し始めていて、ベンチャー企業も増えてきていたので、大企業のような形でなくても民間企業で仕事ができるのではないか、と考えていました。そこで偶然アカリクの逆求人イベントのチラシを見まして、研究室のメンバー数名で申し込んだ記憶があります。修士の頃に経験した就職活動が結構大変で、特に企業を探すことに苦労したので、もっと楽にできないかと考えていた私にとって逆求人というスタイルが魅力的でした。イベントには様々な企業がいらっしゃいましたが、研究が忙しかったので、選考が早そうなところだけを受けましたね。
― やはり選考の期間は短い方が嬉しいですか
そうですね。私は研究が順調に進んでいる方でしたが、最後まで何が起こるかわかりませんから、修了が決まっていないのに先のことを考えていていいのか…というプレッシャーがありました。だからといって、修了が決まってから就職活動をするのも大変なので、早めに内定を決めて、研究を進めたい人は修士にも博士にも多かったですね。
― 当時のアカリクの良かった点、良くなかった点を教えていただけますか
当時も今も変わらないと思いますが、東京の学生と地方の学生で就職活動に対する温度感が違うのですよね。地方では、就職活動と研究が独立していますが、アカリクの場合は、研究を頑張っていればそれが就活に直結するので本当に楽でした。
困った点としては、嬉しかったのと両面ですが、情報の洪水に巻き込まれて大変でした。多くの企業から面接やイベントの連絡があって、選考ステップも企業によって違いますし、メールを返すのも大変でした。でも、あまりネガティブな印象はないです。別に持ち上げているわけではないですが、とても助かりました。サイバードに内定が決まってから、サイバードの採用担当の方に大学まで来て頂き講演会を実施したのですが、それを見たアカリクが「技術研究会をやってくれないか」と話を持ちかけてくださった、なんてこともありましたね。40名程が教室に集まりましたが、その時のメンバーとは社会人になったタイミングで何度か食事に行ったりして、良いご縁になりました。今は皆さんがいろいろな会社の執行役員などになられています。
― Gunosyは研究インターンシップを積極的に実施されていますが、その背景を教えてください
私たちがプロダクトをつくる時は、必ず論文や技術ドキュメントを読みます。儲けるだけでなく、社会やアカデミアに還元したい気持ちが強い会社なので、学会スポンサードもやっていますし、基本は自分がやったことを論文として公開して、社会に貢献しようという風土はこれからも継続していきたいと思っています。また、私も含め大学院修了者の社員が多いので、研究を頑張っている人たちをそのまま社会で活躍させたいと考えています。私たちのソフトウェア開発は、仮説を立てて構築して実証して学びにつなげるという点で、論文を書くこととプロセスはほぼ変わりません。大学院の研究の延長線上で、自分の知的好奇心が満たされるようなことをやっていれば、スキルも伸びるし世間の役にも立つと思いながら、地続きでやってほしいです。研究そのものが事業やサービスに直結している点は、Gunosyならではの魅力ではないでしょうか。
― 博士課程へ進学して良かったと感じることはありますか
仕事には文章作成能力が必要なのですが、大学院で論文を書く訓練を受けることで、話す能力とは別に、文章で何かを伝える言語能力が培われたと思います。今は特に、アカデミックな取り組みをする海外のソフトウェア企業が多いので、大学院時代に研究室で先生から文章のダメ出しをされたり、先輩と議論したり、仮説を立てて検証して学びに活かすという経験ができて良かったです。また、私は役職がころころ変わって、新しい分野に行くことが多いですが、例えばマネジメントや組織論においても、理論をきちんと勉強して、仮説を立てて検証する能力が使えるので、身についていると感じます。また、大学院修了者は分からないことを自力で調べる癖がついているので、専門性も大事ですが、そのような癖のおかげで新しい分野でも対応できる人が多いです。
― 今後のキャリアの展望について教えてください
Gunosyの「情報を世界中の人に最適に届ける」というミッションにとても共感しています。私は就職するまでの27年間を茨城で過ごしたので、都市部の方に比べて世間のことが何も分かりませんでした。このような情報や教育の非対称性を解決したいと考えています。また、同様の課題は、世の中のいたるところに存在しています。例えば、人材領域であれば適材適所の見極め方や、教育などの問題を解決できる仕組みを模索していきたいです。もっと大きいことをいうと、情報格差のない世界をつくりたいです。道のりは険しいですが、Gunosyの皆が目指しているところです。
― 読者へメッセージをお願いします
「自分の研究をとりあえず頑張ってください」の一言に尽きます。仕事も研究も一人ではできません。研究室の指導教員であったり共同研究者などが合意したうえで研究を進める能力は大学院でも培えるので、そのようにチームで何かを推進できる人は市場価値が高いと感じます。
プロフィール(取材当時)
大曽根 圭輔 氏
筑波大学大学院システム情報工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。1984年茨城県生まれ。株式会社Gunosy執行役員最高データ責任者。アライアンス事業部事業部長。