【広島大学 笠木雅史氏】ドイツ哲学から分析哲学、そして自動運転の倫理学へ(2)

インタビュー

ー 哲学者の方の話は難しい、というイメージがありましたが、とてもわかりやすかったです。工学をはじめとした、他分野の方々はこのような倫理学のお話に対してどのように反応されるのでしょうか

 哲学に関しては、常にわかりやすく話したいと思っています。哲学をとても難しい学問だと思っている人は多いかもしれませんが、ほかの分野に比べて難しいわけではないと思います。倫理的な話題に対する反応は人によって異なりますが、工学の人たちはやはり「どのように開発に結びつけるか」という点を重視しますので、倫理的な話題はあまり響いていないように感じます。そのため、こちらから「このように設計すると良い」と提言までできるようにならないと、あまり話を聞いてもらえないという印象を持っています。

 分野によって、何を目標とするのかが異なりますが、私は哲学者ですから、「そもそも我々の判断と最大限に整合的な基準をつくる必要があるのか」などの方法論的な問題を考えたいと思っています。自動運転の倫理には、設計・開発の責任、それをとりまく法制度との関係も重要ですが、どこまでそうした様々な観点を取り込むのが良いのか、ということも考えたいですね。学際的な研究分野ですが、他分野の事情を気にしすぎるのも良くないと感じます。

ただ、プロジェクトを統括されるような人は、分野を横断してロボットと社会の関係についての研究を進める意義を十分に考えていると思います。こうした研究では一分野だけでは十分な対応が難しく、総合知が必要になります。例えば、「ロボットや自動運転が広く社会実装されることは、人にとって一体どのような意味を持つのか」という問題を考える場合、理系分野だけでなく人文学的、社会学的な視点が必要です。ただ、学際研究によって総合知を創出する方法論はまだ確立されておらず、実際は1つの分野だけを進める方が、効率が良い状況も多いと思います。それを上回るような価値が学際研究にはあるのだと言うためには、もういくつか工夫が必要ですね。そのような点を意識しながら、普段はいろいろな分野の研究を行って、試行錯誤しています。

ー 哲学や倫理学において古典的な研究手法に限界を感じられたと伺いましたが、アカデミアのポストはどのような状況だったのでしょうか。キャリア戦略として考えられていた点はありますか

 分析哲学への転向は、キャリア的な戦略もありました。日本で哲学研究者になる場合、哲学科の教員になるか、(哲学科に属さない)一般教養担当の教員になるか、というのが主な選択肢になります。哲学科の先生は、学部の設置方針などもあり、1度決まったポストを変えるのは難しいです。例えば、ドイツ近代思想のポストがある場合、後任としてドイツ近代思想の人が跡を継ぐので、新規参入が難しいです。

 一方で、一般教養の場合は、そこまで厳格ではなく様々な可能性があります。日本ではドイツやフランス、ギリシャの哲学が主に研究されていて、哲学の先生は大体ドイツ語とフランス語ができるのですが、英語を国際語とする方向が顕著になった当時に、このような従来の研究を続けるだけでは一般教養担当を目指すにしても難しいのではないかと感じていました。そして、英語圏の海外に行ってみた方が良いのではないかと思い至りまして、カナダへ向いました。思ったより英語は覚えられませんでしたが…(笑)それでも、今は英語での授業をいくつか担当しており、英語の授業が求められる時代になっています。

 3月に広島大学に来る前は、4年間アカデミックライティングの講義を担当していたこともあり、教育についても研究対象にしています。教育のことは、現在でも教育学系の研究者が中心になってやっていますが、それでは少し偏りがあるのではないかと思うのです。大学の教育は専門教育でもありますので、哲学者であれば哲学教育についても学ばなければなりません。教育学では教育一般論を扱う傾向が強いですので、それぞれの分野や状況に応じた知見を引き出すのは難しいと感じています。様々な分野の人が、専門教育に参入すると面白いのではないかと思います。

― 笠木先生の現在のご研究は、哲学・倫理学と工学の学際研究に該当すると思うのですが、このような分野を超えた研究を行いたいと考える大学院生に対して、おすすめの学び方などはありますでしょうか

 アカデミックライティングなどの必要性にも関わってきますが、我々が持っている専門的な知識は非常に分野個別的なもので、これだけやっていれば何でも応用が効くという能力は存在しません。ですので、誰もが専門から始めないといけないということは確かだと思います。最初から学際分野で通用するような知見やスキルはそもそもありません。ですので、まずは自分の分野をしっかり勉強することが、確実に必要な段階ではあると思います。

 また、個別分野で得た知識を他分野に伸ばしていく際に、適用可能な距離があります。つまり、あまりにも距離が遠く、分野が違いすぎると、知識の応用が難しいのです。近接分野であればそこまで難しくなく、近接分野同士で共通している問題も多いです。

 現在は学部レベルでも様々な分野の知見を導入することが行われています。私が学生だったときと比べて、今の学生の方がよほど多くの知識を持っていると感じますので、そのままやっていけばいいのではないかと思っています。ただし、分野間の距離の問題で、遠くの分野に行けばいくほど知識の応用は難しくなります。自分の分野を中心に、まずは周辺分野からどのように応用するのかを考えて、徐々に距離を伸ばしていくという形で知識や能力を拡張すると良いのではないでしょうか。特別なアドバイスではないですが、専門分野を学ぶと同時に、周辺分野も掘り進めるという形で学ぶと良いと思います。

【参考文献】
Awad, E., Dsouza, S., Kim, R., Schulz, J., Henrich, J., Shariff, A., … & Rahwan, I.(2018). “The moral machine experiment.” Nature, 563(7729): 59-64.
Davnall, R.(2020). “Solving the single-vehicle self-driving car trolley problem using risk theory and vehicle dynamics.” Science and Engineering Ethics, 26(1): 431-449.
Foot, P.(1967). “The problem of abortion and the doctrine of double effect.” Oxford Review, 5: 5-15.
笠木雅史(2021). 自動運転の応用倫理学の現状と課題:自動運転車とトロリー問題. 日本ロボット学会誌, Vol.39, No.1, pp.22-27.
Leben, D.(2017). “A Rawlsian algorithm for autonomous vehicles.” Ethics and Information Technology, 19(2): 107-115, 2017.

プロフィール(インタビュー当時)

笠木  雅史 氏

広島大学人間社会科学研究科・総合科学部准教授。1976年三重県生まれ。2010年University of Calgary, PhD Program修了。PhD (Philosophy)。University of British Columbiaポスドク研究員、大阪大学特任助教、日本学術振興会特別研究員PD(京都大学)、名古屋大学特任准教授を経て、2021年より現職。専門は分析哲学、実験哲学、ライティング教育。

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