【京都大学 熊谷誠慈氏】仏教の教えの新しいかたち -伝統知と人工知能の融合-(2)

インタビュー

― これから、この研究はどのように発展していくのでしょうか

私たちは、ブッダボットの精度をさらに高めるために、異分野の研究者とも協働する予定です。まず、現行のブッダボットは、ユーザーが入力した質問と、単語レベルでの相関関係が最も関連性の高いと思われる文章を、人工知能が選んで提示するといったものですが、人工知能の選択が正しいかどうかについて判断し、学習させる機能はまだつけていません。

今後、一般ユーザーにモニター利用をしてもらう中で、ブッダボットの各回答を評価してフィードバックもらい、ユーザー視点でより精度の高い回答が引き出せるようなボットに改良していきたいと思います。

さらに、現在は、質問に対して一律的に回答をするという形になっていますが、ユーザーそれぞれが個人データ(考え方や趣向など)を入力しておくことで、個人の性格や好みに応じて適切な回答を提出できるような、個人仕様のボットに仕上げていくことができると思います。

さらに、現在PNSという新しいテクノロジーを開発中でして、その要素技術の1つとして、ブッダボットの技術を応用する予定です。また、ブッダボットも、PNSと連動させることで、生体情報なども学習できるようになり、さらに精度の高いボットになっていくことと思います。

― PNSとは何なのでしょうか

PNSとは、人々のこころを安寧と活力などの理想状態へと導くために、伝統知とテクノロジーを循環的に融合したシステムです。人のこころを理想状態へと導くといっても、「こころの理想状態とはこれだ」と一律に定義をすることは困難です。とくに、価値観の多様化した現代社会においてはなおさらです。そこで、人類の叡智である宗教書や哲学書、倫理学書などをデジタル・トランスフォーメーション(DX)し、人工知能に機械学習させて、そこから、人のこころの理想状態というものを定量的に抽出します。伝統知を定量化することで、サイエンスの土壌に載せることが可能となります。これを私たちは「伝統知DX」と呼んでいます。

さらに、伝統知にもとづく生き方や、座禅などの伝統技法などによってこころや感情が変容した場合、そうしたこころの変化を多次元空間にマッピングし、定量化していきます。これを「感情DX」と呼んでいます。これは、京都大学の上田祥行さんが進めていきます。

そうやって数値化されたこころを、安寧や活力のある状態へと導くためのナビゲーション・ルートを人工知能で設計します。これを「情動シミュレータ」と呼んでおり、京都大学の粟野皓光さんが開発していきます。

また、人のこころを24時間いつでもどこでもリアルタイムに計測すべく、超小型の「粉末センサ」を開発します。粉末センサで生体情報・心理情報を回収し、「感情DX」と「情動シミュレータ」を通じて設計された、こころのナビゲーション・ルートにもとづいて、人の五感を刺激して、こころを安寧と活力ある状態に導く「五感アクチュエータ」を開発していきます。これは大阪大学の三浦典之さんが中心となって開発を進めていきます。

このように、伝統知とテクノロジーを組み合わせることによって、人々のこころをサポートしていくテクノロジー、これがPNSです。

 先ほど申し上げた、伝統知DXについてですが、既存の宗教書や哲学書を機械学習させて、意味ベクトル空間上で手を加えれば、仮想哲学や仮想経典のようなものも作ることができます。それを人文学の研究者などが分析していくことで新たな哲学や教義を創出することも可能となります。そこから、さらに新しい政策や社会改革を考えることも可能です。機械学習させるデータを変えれば、芸術やスポーツ分野などにも応用が可能だと思います。

 また、個人の感情を前提としたお話ばかりしましたが、集団になると感情は複雑に変化します。例えば、誰かがハッピーになると、それを真横で見ていた人が嫉妬して不幸になってしまうといった状況も発生してしまい、集団の感情は非常に複雑です。PNSでは、個人の感情だけではなく集団の感情についてもマッピングし、可視化すべく、感情DXや情動シミュレータを開発していきます。

 現在、日本の進める科学技術では、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合したCyber-Physical System(CPS)を通じて、物質的豊かさを享受し社会課題を解決するSociety 5.0という社会を目指しています。もちろん、私もこの政策には賛成ですが、こころが抜け落ちてよくないだろうということで、サイバー空間とフィジカル空間に、さらに「マインド空間」を融合したCyber-Physical-Mental System(CPMS)という概念を新たに提唱し、こころも幸せな社会を実現したいと考えています。「テクノロジーの力で心を制御することで、まるで服を着替えるように、状況に応じてこころも変えて、人々が幸せになったらよいな」という想いから、三浦さん、粟野さん、上田さんと熊谷の4名でPNS開発の着想に至りました。

― 今後、仏教学はどのように発展していくのでしょうか

 今の仏教学は文献学が中心です。古文書を校訂したり現代語に翻訳して解釈するのが、今の仏教学の仕事なのですが、今の方法論だけで続けようとすると間違いなく没落していくと思いますので、新たな試みが必要でしょう。

 シニアの先生たちが行動を起こさないなら、若い人たちが中心になってどんどん新しいことをやっていった方がいいと思います。色々なプロジェクトのチームに飛び込んでいったら良いと思います。幸い、仏教文献学の研究には殆どお金がかかりませんので、1人くらい仏教学者を研究チームのメンバーに加えても、研究費コストはかかりません。脇役や補欠でもよいので色々なプロジェクトに入っていけば、予期していなかった突破口が開いていく可能性もあります。

― 仏教学分野の進学率はいかがですか

 進学率はとても低いです。修士課程までは進学する学生さんもいますが、博士課程に進学する学生さんは殆どいなくなりました。仏教学のような研究分野は、博士課程に進学してしまうと、アカポス以外に進路が無くなってしまい、なかなか職にありつけないという事実を、最近の学生さんは良く知っているのです。新型コロナウイルス感染症の影響でますます状況は悪くなっていくでしょう。そうした中、トップが後ろ向きのことばかりを言っていては、若手はますます不安になるばかりです。ですので、シニアの研究者こそが前向きに明るい未来を想像しながら、未来を切り開く努力をし「楽しさ」を伝えていくべきでしょう。そうすれば、進学する学生さんも増えてくるかもしれません。

― 分野を横断することのメリット・デメリットはありますか

 研究者としての最初の10年は、高度な専門性を鍛えるうえで大切です。高度な専門性がなければ、独創的な学際研究を行うこともできないと思います。やはり自分にしっかりとした軸があって初めて、ほかの人とも一緒に研究ができるので、初めから無理やり分野を広げていくことは、私はあまりお勧めしていません。まずは、1つのことを没頭してやる。特に学部や修士課程では、できるだけ専門性をしっかり磨いた方がよいと思います。

― 現在、人文科学が役に立たないと言われ、不利な状況に置かれています。人文学領域の学生たちにメッセージをお願いできますか

 楽しいことから優先的にやるようにすればいいと思います。例えば、楽しいテレビゲームだったら、徹夜も苦にならないですよね。逆に、やりたくないことは、徹夜どころか1分でもやりたくないですよね。だからこそ、自分で楽しいことを見つけて、楽しいことから優先的にやっていけばいいと思います。楽しいことをやっていれば、もし失敗しても、成功しなくても、許せるのではないでしょうか。そもそも、楽しいこと(娯楽)は、お金を払って享受するのが普通ですよね。もし楽しいことをやっていて、さらにお金までもらえたとなればハッピーですし、さらに名声まで得られたら最高ではないですか。そういう発想をすれば後悔するリスクは少なくなると思います。楽しいことの中から自分にできそうなことを見つけて、その中で役に立ちそうなことを探せば、リスクも少ないですし、仮に失敗しても少なくとも自分は納得できると思います。イヤなことをやるから、やっていても楽しくないし、さらに失敗でもしようものならば大きく後悔するのだと思います。

若い人は視野が広いので、既存のアカポスを狙うだけではなくて、新しい領域をどんどん開拓していったらよいと思います。恐れず、恥ずかしがらず、楽しいことにチャレンジしていけば、成功すればさらに楽しくハッピーになりますし、失敗しても後悔は少ないと思います。

プロフィール(インタビュー当時)

熊谷  誠慈 氏

京都大学こころの未来研究センター上廣倫理財団寄付研究部門長/准教授。1980年広島生まれ。京都大学大学院博士課程修了、文学博士。京都大学白眉センター助教、京都大学こころの未来研究センター上廣こころ学研究部門特定准教授を経て、2020年より現職。専門は仏教学(インド・チベット・ブータン)およびボン教研究。

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