【株式会社資生堂 澤根美加氏】生物の老化研究からスキンビューティーへ ―アカデミアに負けない基礎研究―(1)

インタビュー

「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.3の掲載記事をお届けします。

澤根氏は、株式会社資生堂で皮膚と血管の関係に関する研究に取り組んでいます。就職活動を始めるまでは、「企業での基礎研究はアカデミアの研究より劣っている」とのイメージを抱いていましたが、実際に企業で働く研究者の話を聞くことで、次第に考えが変わったそうです。「美」に関するサービス創出へ繋げることを前提とした研究現場では、どのようなことが求められるのでしょうか。

ー 学生時代から現在に至るまでのお話を聞かせていただけますか

 研究者を志すようになったのは、高校の生物の先生がきっかけです。実験が大好きな先生で、座学そっちのけで実習として外に出かけては、海の生物を自分達で捕まえて解剖したり、合宿形式でウニの卵割を徹夜で観察し続けたりしました。そのような破天荒な先生のもとで生物学を学びましたので、生物に対して「なぜこうなっているのか」という興味が強く、大学では理系に進みました。

 大学では生物化学関係の研究室に所属して、酵母の細胞テロメアの結合タンパク質を安定化させることで、長寿やガンに関わるようなメカニズムを探す研究を行いました。その研究では対象が酵母でしたが、人間に置き換えれば老化に関わるタンパク質ですので、人々の健康増進や長寿に活かせる研究ができればと考えていました。

ー 高校の生物の先生の存在が、研究者を目指すきっかけとなったのですね。理系教育に力を入れている学校だったのでしょうか

 いえ、普通の都立高校でしたので、理系に特化しているわけではありませんでした。その生物の先生の前任の方も破天荒で、街の植物をたくさん取ってきては実験に使ったり、魚屋さんに行って魚の肝臓を取ってきて実験したりしていました。その先生は、最終的に動物園に転職されてしまったのですが、このような本当に生物に興味を持っている方々から学べたことは、大きく影響していると思います。

ー 身近に研究を楽しんでいる人がいるのは、良かったのかもしれませんね。大学の先生との思い出はありますか

 東京理科大学の研究室に所属していた先生は、元々大学教員ではなく、理化学研究所から移ってこられた先生でした。そのため、学生とのやりとりに慣れていらっしゃらず、その点は大変だったのですが、「教授・先生」というよりは一研究者というタイプの先生でしたので、あまり上下関係を気にせず、フランクに研究のことを話せる環境でした。

ー 就職の際に民間企業を選択された際の経緯を教えてください

 就職を考える段階になって、実際にモノを開発し具現化して、一般の方々に貢献することを考えると、民間企業への就職も1つの選択肢であると思うようになりました。当初は、企業での基礎研究はアカデミアの研究よりも劣っているようなイメージがありました。しかし、就職活動を進めるうちに、企業が出資して学会のアワードを提供していることを知ったり、OB・OGの方の話を聞くうちに、企業の研究が意外と学術領域にまで踏み込んでいると感じ、企業の研究者を目指すようになりました。また、企業からも数々の学術論文や特許が出されていることを知り、更に興味がわきました。

 資生堂に入社してからは、すぐに基礎研究部門に配属されたわけではなく、最初はスキンケアの処方開発部門に配属されました。しかし、私はどうしても皮膚科学の基礎研究に携わりたかったので、2年目から皮膚科学系部門に移りました。すると、その部門にいらっしゃった先輩方は、アカデミアのような研究的1面も持ちながら、企業で研究することの目的を考えている方が多く、「企業は製品という形で様々なモノを具現化するが、そのベースとなる考えや研究は、アカデミアと張り合える本物でなければならない」と教えられてきました。そのような方々は、やはり博士号を取得して海外留学をして、アカデミアの中で揉まれる経験をされていました。

ー 企業での研究のイメージは学生の頃に思い描いたものと一致していましたか

 資生堂に入社する前に、PubMedなどで検索した資生堂の論文を読んでいたのですが、しっかり研究し、学術論文を書いているという印象がありました。企業での研究者は、マーケティングや商品開発を行うイメージが強く、基礎研究や学術領域に関しては大学に研究委託していると考えていたのですが、意外と自前で研究していることに少し驚きはありました。

ー アカデミアの雰囲気が色濃い研究所であることがお話からうかがえますが、アカデミアとの研究の進め方の違いはありますか

 企業が取り組む基礎研究は、「最初に人の生活ありき」であり、生活者にどのような悩みがあるのか、どのようなサービスが作れるのか、といったことを抽出しながら、いくつもの研究を並行して進めていきます。書籍や教科書に記載される科学的事象を発見したり、長い年月をかけて人類が予想もしなかった新薬につなげる研究というよりも、最終的にはモノやサービスに還元することが大前提ですので、研究の価値をそこに繋げることが発端としてあります。ゴールが明確に存在していて、そこに向かっていく感じであることが、アカデミアとの大きな違いです。

ー 博士課程進学と、その後の海外へ留学された経緯を教えていただけますか

 博士号はいつか取得したいと考えていたのですが、ちょうどそのときに実施していた大阪大学との共同研究プロジェクトが1つの成果として認められ、教授からも推薦をいただいたので、博士課程に入学し学位を取得しました。海外留学に関しては、社内の海外研修制度や海外の共同研究先に駐在する可能性はあったのですが、社会情勢の変化や会社の方針変更等もあり学位取得後に留学することが難しくなってしまいました。このままではタイミングを逃しそうだと思い、休職留学を申請したところ、幸いにも認められ、ポスドク募集しているところを探して応募し、留学に踏み切りました。

ー 現在取り組まれている最新の研究について教えてください

 皮膚の毛細血管を対象に研究しています。資生堂は20年程前から、皮膚の血管研究を実施しており、血管を基点として、「皮膚の恒常性をどう維持できるか」という研究テーマを進めてきました。その中で、様々な知見が派生して皮膚での血管の重要性が分かるようになってきたのですが、私もこの歴史を引き継いで取り組んでいます。

 最近では、皮膚の弾力という物性値と血管の構造の関係について明らかにしました。皮膚の弾力は、美容的な観点からはとても重要です。弾力を語る上で、これまではコラーゲンなどの真皮マトリックスの研究が多かったのですが、毛細血管の構造が皮膚の弾力に影響を与え、相互に関係していることを発見しました。

 ヒトの皮膚を透明化し、血管網を3次元で可視化すると、通常、皮膚の毛細血管は表皮側に向かって下から押し上げるように縦に伸び、ループ構造をとっています。この特徴的な構造は皮膚の弾力に寄与していると考えられる一方、加齢した皮膚では、その毛細血管構造が破綻し、毛細血管の密度が低下していることが分かりました。メカニズムを調べたところ、弾力という物理的な力を感知して、毛細血管が安定化している可能性が示唆され、加齢で弾力が低下するとともに、毛細血管が不安定化すると予想されました。さらに、弾力と毛細血管の構造を保つためにはAPJというタンパク質が関連していることもわかりました。通常、老化によって血管自体が不安定化し細くなってしまうのですが、それを抑えるキーとなるタンパク質がAPJだったのです。

プロフィール

澤根  美加 氏

株式会社資生堂 みらい開発研究所。1981年東京都生まれ。2006年東京理科大学理学部修士課程修了。2006年株式会社資生堂入社。2014年大阪大学医学部博士課程修了。博士(医学)。専門は、血管生物学・皮膚科学。

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