近年、生産性向上を求められる企業の人事評価基準に、コンピテンシーという概念が取り入れられてきています。コンピテンシーとは、端的に言えば「企業において、高い成果につながる行動特性」のことを指します。
このコンピテンシーとは何か、採用や評価に取り入れることのできる有効なものなのでしょうか。コンピテンシーの概念から活用までをまとめて解説いたします。
目次
コンピテンシーは成果につながる行動特性のこと
コンピテンシーは、1970年代、当時心理学の世界的権威であったハーバート大学マクレランド教授が提唱した理論です。学歴や知能レベルが同程度の外交官の業績格差の根拠を、調査・研究しました。
その結果、業績格差には、学歴や知能、スキルは業績の高さとの相関関係は少なく、高業績の人材にはいくつか共通の行動特性があることが判明しました。これがコンピテンシー理論の基となっているのです。
コンピテンシーは、高業績に関係のあるスキルや知識とは異なり、業績を生み出すための行動特性を指し示します。この行動特性を企業、または職種毎に言語化し、コンピテンシー項目として特定する。その項目を人事評価に入れている企業が増えてきているのです。
行動特性は行動を起こすその根拠となる特性を示しているため、人事評価でコンピテンシー項目を評価する場合は行動特性のみ評価し、行動につながっていない潜在的な才能についてはコンピテンシー項目には含まれていません。
コンピテンシーに似た言葉と、それぞれとの違いについて
コンピテンシーは、日本では馴染みの薄い単語であり、以下の言葉と混合されがちです。
- コア・コンピタンス=企業における活動範囲で、競合が模倣できない中核を成す能力
- リテラシー=見聞きした情報を活用するスキル
- アビリティ=ある分野におけるスキルや知見、実行能力
コンピテンシーは、ハイパフォーマーたちの間で共通している行動特性を示します。
つまりコア・コンピタンスは音が似ているものの、言葉の主体からして違います。このふたつは特に混同して覚えやすいので注意が必要です。
リテラシーやアビリティはいずれもスキルを示すまでの意味しかなく、ハイパフォーマーに限定した行動特性を示すのコンピテンシーとは全く意味合いが違います。
コンピテンシーが人材評価で注目されている理由
戦後、日本企業の人事制度は、年功序列型の賃金体系や、終身雇用制度を保持する企業が大半でした。しかし、1990年代以降バブル経済崩壊後は、人事評価、及び賃金体系は年功序列型から成果主義へと移行する企業が増えてきています。
それは、不況下でも人材を増やすことなく、現状の人材で業績を維持するためには、個人のパフォーマンスを重視する評価体系に変えていく必要性が出てきたということです。
つまり、高業績を出すために必要な行動特性を分析し、従業員にその行動特性を求め、評価することで企業の業績を上げるという評価制度が注目されているのです。
生産性の向上が必要になった
日本は少子高齢化が進み、15歳~64歳の労働者人口は着実に減少しています。その労働者人口の減少に伴い、企業が業績を維持するためには、一人当たりの生産性向上が必要不可欠になっています。
従業員一人一人の生産性を向上させることで、人員を増員することなく業績を拡大、維持させることが人事制度にも求められています。
高業績者の行動特性、つまりコンピテンシーを従業員の行動に求めることが業績化につながるアプローチと考え、人事制度にコンピテンシー項目が組み込まれてきているのです。
参考:図1 人口|早わかり グラフでみる長期労働統計|労働政策研究・研修機構(JILPT)
キャリア開発に使いやすい
コンピテンシーを人事評価の項目として使う際には、自社の高業績者の行動特性を分析し、言語化、そして明文化します。
明文化し、その求められている行動が出来ているか、出来ていないかを評価するということは、人事担当者や評価者が変わったとしても評価基準がぶれにくいため、評価制度に入れやすい項目と言えます。
また、人材育成のカリキュラムにコンピテンシーを入れることで、キャリア開発にも使うことができます。
例えば、コンピテンシーに「チーム内での連携、コミュニケーションを強化し課題解決に努める」というような項目を入れれば、その行動特性を習得できるようにキャリアプランを作成し、そのままキャリア開発につなげることができるということです。
コンピテンシーを導入するには
人事評価にコンピテンシーを導入するには、2つのステップがあります。まず、社内での高業績者を分析し、その会社におけるコンピテンシーモデルを作ります。そのモデルを形作るコンピテンシーを明文化し、評価基準を設定します。
コンピテンシーモデルを作る
前述のマクレランド教授やその弟子のスペンサーらは、コンピテンシーを6つの領域に分けています。この区分けに基づいてコンピテンシーモデルを作成しましょう。
- 達成・行動
- 援助・対人支援
- インパクト・対人影響力
- 管理領域
- 知的領域
- 個人の効果性
この6つの領域で、コンピテンシーモデルを分析し言語化した上で、企業が理想像として描く「理想像型」と、実際のハイパフォーマーの行動特性を分析した「実在型」、そして「理想像型」と「実在型」を融合させた言わば「ハイブリッド型」を作ります。
まず、コンピテンシーモデルの「理想像型」は、その企業の経営理念も踏まえ、経営ビジョンに沿った理想像を描きます。経営理念を踏まえ事業の方向性と合致する半面、あまり実現性の無いモデルにならないように注視する必要があります。
次に、「実在型」は実際に社内にいるハイパフォーマーの行動特性を分析し、言語化、明文化しモデルとして描きます。「理想像型」と「実在型」を融合させた「ハイブリッド型」を作ることで、経営ビジョンを踏まえ、且つ実現性のあるコンピテンシーモデルを作ることができます。
評価基準を設定する
ハイパフォーマーの行動特性をあらかじめ定めた項目に当てはめ、指標を定めていきます。この指標が社内の人事評価の基準となります。
行動特性を評価指標にする際には、下記のような項目を使います。
- 業務遂行
- 成果達成
- 顧客の満足度
- 対人コミュニケーション
- 意思決定
- チームワーク
- 課題解決
- 時間管理
- ストレス耐性
- マネジメント
- メンバー育成
ハイパフォーマーの行動特性には、言語化しにくい特異な性質、行動習慣などもありますので、その中から指標としておける行動特性を選び、評価指標にしていくことが必要です。
また、人事評価制度として運用するために、評価者が評価できる項目、社員が自己の目標として定める指標となりますので、定期的に評価指標の見直しも求められていきます。
コンピテンシーの5段階評価レベル
コンピテンシーは5段階のレベルに分けて評価されます。
- 受動行動
- 通常行動
- 能動・主体行動
- 創造・課題解決行動
- パラダイム変換行動
1の受動行動がもっとも初歩的で、5のパラダイム変換行動が最高レベルのコンピテンシーを持つことを意味します。
それぞれのレベルについて詳しく解説するので、参考にしてください。
受動行動
受動行動は、一言で言えば「受け身」の状態を意味します。上司からの指示を受けてから行動したり、緊急性があって初めて動き出したりするスタンスです。
自身から情報発信したり、アイディアを提供したりすることはありません。また業務を誤り・遅滞なくこなす責任も欠けているレベルです。
通常行動
通常行動とは、わかりやすく言えば「最低限の業務だけはきっちりこなす」状態です。
自ら情報を発信するものの、アイディアを提供することはありません。
社員ないし社会人としての最低ラインはクリアしていますが、コンピテンシーという観点では平凡なレベルです。
能動・主体行動
レベル3は能動・主体的行動を意味します。与えられた条件と自身を取り巻く環境において、制限がありながらもより高い成果を残そうと努力するスタンスです。
周囲が困っていれば自身からコミュニケーションを取り、チーム全体を支える場面もあります。
創造・課題解決行動
レベル4は想像・課題解決行動を意味します。与えられた条件と状況で適切に行動するだけではなく、ミッションをクリアするために創意工夫します。
自身と周囲にある問題点を見つめて、そこから改善策を考案し実施することが可能です。さらにはその効果を測定し、必要があれば別な改善策を講じます。
本人の行動が周囲にも注目され、チームによい影響を与えます。
なおハイパフォーマーと呼ばれるのはレベル4以上です。
パラダイム変換行動
コンピテンシーの最高レベルであるパラダイム変換行動では、独創的で高度なアイディアを持ち、リーダーシップまで発揮することが可能です。
今まで誰も気づかなかった施策を見出し、実際にそれを実現する力があります。本人の行動は他者の模範となり、企業に新しい可能性をもたらします。
コンピテンシーの活用事例
社内でコンピテンシー指標を設定することは一時的に労力がかかります。しかし、一度コンピテンシーを指標として、社内で定義し共有が実現できれば、採用面接の評価項目、人事評価、人材育成の方向性を定めるなど、様々な社内の評価項目、目標として活用することができます。
採用面接
採用面接の目的は、学歴や経験、スキル、人物面をチェックすることだけではなく、入社後に社内で活躍してくれるであろう人材を採用することです。
そのため採用面接では応募者の「行動特性」に着目し、行動を取った場面、経験などの質問から情報収集することで、自社のコンピテンシー指標に合う人材かを判断することもできます。
人事評価
人事評価には幾つか評価方法があり、コンピテンシーを用いた「コンピテンシー評価」や「MBO評価」「360度評価」等が代表的なものです。
コンピテンシー評価では、コンピテンシー指標に対し、ハイパフォーマーの行動特性を目標とした行動ができたか、実現するための思考が出来ていたか、実現するための取り組みが出来ていたか、などの観点で人事評価を行います。
人材育成
人材育成においては、コンピテンシー指標を掲げ、その指標に倣った行動を取れるように、育成プログラム作成、OJTの目標設定を行います。
コンピテンシー指標を達成するためにどのような思考を身に付け、どういった行動がとれるようになりたいか、など社員毎の目標設定を行い、積極的に社員の行動を促していく育成方法にコンピテンシーは活用できます。
コンピテンシー面接
コンピテンシー面接が、一般的な面接と大きく異なる点は、応募者への質問内容です。
応募者の行動特性を理解するために、職歴やその他の経験で成果に結びついた事例について、その時どのような行動や意思決定をしたのかを質問によって掘り下げます。
そこで得た情報により自社のコンピテンシーに沿う人材かを面接で理解しようと試みるのがコンピテンシー面接となります。
コンピテンシー面接を行うメリット
コンピテンシー面接では、一般的な職務経歴やスキル、知識の確認に比べ選考においてメリットが幾つかあります。
まず、面接によって応募者の行動特性について社内で定めたコンピテンシー指標で評価、判断します。定量的に判断できるようにするために、5段階評価にして選考基準を明確化するとよいでしょう。
コンピテンシー面接では、選考基準が社内のコンピテンシーにどれだけ相違点があるか段階をつけ明確にしているため、選考基準が面接官の属人的な判断になりにくいというメリットがあります。
加えて、応募者の行動特性について面接官が質問で深く掘り下げるために、応募者の誇張表現や虚偽の回答に気付きやすく、面接官のミスジャッジを防げるのも魅力です。
コンピテンシー面接を行う際の注意点
コンピテンシー面接を行う際には、面接官の質問項目、言葉選びに注意が必要です。
応募者の行動特性を理解するために質問になりますので、過去の成功事例について、場面、関係人物、状況などを詳しく掘り下げる質問をします。
「なぜその行動を取ったのか?」という質問では、応募者の行動特性は見抜くことが出来ません。
応募者自身の自己分析が必要なのではなく、面接官が応募者の行動特性を知ることがコンピテンシー面接の目的であるため、「どのような行動を取ったのか、その具体的な状況を教えて下さい。」という質問が適切になります。
そして、その成功事例の際に発揮された応募者の行動特性、つまりコンピテンシーは、入社後求められる業績や成果を生み出すことが出来そうか、また自社のコンピテンシー指標に合っているか部分はあるか、などを総合的に判断していくことが必要です。
コンピテンシー評価
コンピテンシー評価は、前述した以下6つのコンピテンシーディクショナリーをもとに、成果やそれに至ったプロセスを評価するものです。
- 達成・行動
- 援助・対人支援
- インパクト・対人影響力管理領域
- 知的領域
- 個人の効果性
結果や成果だけを評価するのではなく、成果を出すためのプロセスと、成果出すための行動特性は自社の掲げるコンピテンシー指標に当てはまっているかなどを評価します。
コンピテンシー評価を行うメリット
人事評価をコンピテンシー評価で行うメリットはいくつかあります。
コンピテンシー評価は、成果そのものではなく、その成果に至る業務のプロセスを評価します。
そのため、成果は複数の要素が起因した結果となりますが、業務プロセスでは社員の行動自体を評価されるため、社員、または職場の評価に対する納得感、公平感を得られます。
加えて、コンピテンシー評価の結果が低い場合には、評価を受けた社員はどのような行動が課題なのか、社員自身も評価者も改善計画が立てやすくなります。また、人材育成の計画にもつながり、その社員の育成計画、目標が立てやすくなるというメリットもあります。
コンピテンシー評価を行う際の注意点
コンピテンシー評価では、行動特性を評価するため、言語化をしても抽象度の高い表現になってしまうという課題があります。
職種や業務に置き換えて、具体的にどのような行動を取ることが求められているのかを細分化して明示する難しさがあります。
例えば、「顧客の課題解決」という評価項目を掲げた場合、顧客の課題を理解するための行動、課題を解決するためのチームワーク、顧客に合った提案などのように細分化し、行動プロセスを評価できる状態に言語化していく必要があるのです。
また、ハイパフォーマーの行動特性を理解し実行できた場合、必ず同様の成果が得られるわけではありません。
ハイパフォーマーの心理も影響してくるため、行動特性は見えても、その行動の原動力となる心理、動機は見えにくいためコンピテンシー評価と成果が完全に結びつかない場合があることを留意しておく必要があります。
コンピテンシー育成
コンピテンシーをよく知ったうえで、他社員の能力開発・育成に役立てるケースもあります。これを実施するメリットと注意点を確認しておいてください。
コンピテンシーの育成を行うメリット
コンピテンシーを育成するメリットとして以下が挙げられます。
- ハイパフォーマーの行動特性を社員全体で共有できる
- 目標設定を実施し、自発的行動を促すことが可能になる
- 公平で納得感のある人事評価を実施できる
- 採用活動時に、志望者がコンピテンシーを持っているか確認できる
- コンピテンシーに合わせた人材配置が可能になる
コンピテンシーは評価基準や行動指針として役立ちます。一方で社員の自発的行動を促したり、採用活動のヒントとして活用したりもできます。
また人材配置など、マネジメントの観点から見ても、コンピテンシーの利用価値は大きいでしょう。後ほど解説するようにコンピテンシーを見つけるのは簡単ではありませんが、一度確定すればその後多方面において企業を支える基準点となります。
コンピテンシーの育成を行う際の注意点
コンピテンシー育成をおこなう場合には注意点があります。
- 自社独自のコンピテンシーを見つける必要がある
- 場合によっては職種・部署ごとでコンピテンシーを見つけなければいけない
- 適切に評価できる体制を整えなければいけない
- 簡単には変更できない
コンピテンシーを用いる際、「作成から運用に至るまでコストやリソースが必要」という点に注意してください。
まず行動特性を割り出す時点で相当大きなタスクです。そこから適切な評価基準として運用するまでは、より多くのコストとリソースがかかります。
またコンピテンシーが変わると社員が混乱するため、軽々に変更できない点に注意してください。
コンピテンシーを導入するには、相当な準備と研究が求められます。しかし一度正しく確定できれば、長きにわたって企業を支える基準点になるのは事実。
注意点があることを理解しながらも、ぜひコンピテンシーの発見に取り組みたいところです。
まとめ
コンピテンシーは人事評価、採用活動、面接、人材育成など様々な場面において企業内で活用されてきています。人員は増やさずに高い生産性を実現するために効果的なアプローチと認識されてきているからです。人材一人ひとりの生産性を高め、ハイパフォーマーをより増やすことが求められています。
社内にいるハイパフォーマーは明らかな行動特性が見られるため、コンピテンシー評価を行うことで社員の生産性向上につながる側面もあります。とは言え、単に行動を真似るだけでは、必ずしも同じようなハイパフォーマーを生むことはできません。それは、ハイパフォーマーの行動特性にはその動機となる心理があるからです。
ハイパフォーマーの行動特性をより詳細に分析し、その心理も理解することで、コンピテンシーの評価精度を高めることはできます。この分析力こそコンピテンシーを活用する上で重要なポイントとなり得るのです。