ある非常勤講師の授業オンライン化にまつわる試行錯誤 その3

ポスドク総研
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手探り状態で始まった大学のオンライン授業ですが、すでに開始から1年半がすぎ、2年目の秋学期がはじまりました。

緊急事態宣言期間が明け、大学によっては徐々に対面型の授業を再開する教科もでてきています。

オンライン授業3期目にあたる今春学期の授業についても、大学で実施している学生による授業評価アンケートの結果が手元に届きました。学生にとっては思うところが様々にあったはずですが、とりあえずは担当授業としては概ね好評価が得られたことに安堵しているところです。

 ただ、その回答率から、アンケート結果が必ずしも履修生全体の意見を反映しているとは考え難く、リモート授業であっても履修生全体を取りこぼさずに巻き込んでいくにはどのような方法が有効か、今後の課題となっています。

どうやって履修生の声を汲み上げるか

昨年度は授業後の「リアクションペーパー」として、課題提出システムを使い、履修生から講師宛ての提出物として毎回コメントを集めていました。従来の対面授業では、授業開始時に用紙を配布し、授業終了後、教壇に提出してから退出することを求めていたものをデジタルに置き換えたかたちです。

リアクションペーパーから得られた反応や質問については、次回授業でフィードバックをしつつ、その後の授業の内容や進行に反映させています。わたしにとっては、履修生の理解度や関心度を知るための重要な材料になっています。

しかし、そのリアクションペーパーが紙からデジタルに変わったことで、不都合も生じていました。

紙媒体の場合は、読後はシュレッダーにかけていましたが、課題提出システムには、教員が受理確認や返信をするためのシステムがあります。基本的には授業内で全体に対してフィードバックをしているので個別の対応はしていなかったのですが、出しっぱなしでも気にならなかった紙媒体の時と異なり、デジタルでは「提出済み」の表示が残るので、それに対して「受理」の通知や「返信」がないと不満に感じるという声があがるようになったのです。

オンライン授業の長期化で大学に行くことができず、教員と直接会わないだけでなく、クラスメイトとの雑談もできない履修生にとっては、リアクションペーパーのやり取りは貴重なコミュニケーションの機会になりえます。

期待に応えたい気持ちもありましたが、わたしが担当するのはいずれも数百人規模の講義で、個別の対応に割く時間は大きな負担となり、課題となっていました。試行錯誤の末、今年度は提出方法を変更することにしました。

公開コメント機能の活用

授業後に毎回受講者のコメントを求める点は変えませんでしたが、個別の提出ではなく、オンラインシステム上に「公開コメント」として書き込んでもらうことにしたのです。教員との一対一のやりとりではなく、電子掲示板の要領で、クラス全体に共有するかたちです。気になるコメントや質問については、公開で教員から返信をつけることができますし、履修生の理解度や関心に応じて追加の説明や参考資料を提示することも簡単にできます。この方法なら、全員に個別の返信を期待されることもなく、重複する質問への対応なども楽になりました。

授業のやり方についての要望も、個別でリアクションペーパーを集めていた時よりも合理的になった印象です。授業についての要望や提案があれば、遠慮なく書いてほしいと呼びかけているため、リクエストやアイディアが寄せられることがあります。授業改善のヒントとして、とても参考になり、有用な勉強材料として活用していますが、なかには、個人の好みや相性によるもので、必ずしも受講生全体への最適解がないものもあります。

たとえば、「ハンドアウトにメモをとるための余白を増やしてほしい」という人もいれば、反対に「ハンドアウトの枚数を少なくしてほしい」という人がいたり、「映像を増やしてほしい」という声もあれば、反対に「データ容量を減らしてほしい」という声もあったりという具合です。オンライン化によって、各自がカスタマイズできるかたちで資料を配信することも可能になったので、こういった個人的希望にもこたえられることも増えてはきましたが、それでも全員の都合が一致しているとは限らないなかで、優先される要望もあれば、それによってかなえられなくなる要望もでてきます。

これまでは、「寄せられる要望にはすべてに応じられるわけではない」ということを予め説明したうえで、必要な場合には授業内でフィードバックをするなどの対応をしてきました。それでも、繰り返し同じ要望を寄せる人や、自身の要望が通らなかった不満を学期末の授業評価アンケートに書き綴る人もたまにいたりするのですが、そういったことが、公開コメント式にしてからは、一切なくなりました。

講師への一対一でのコメント提出では直接見えていなかった、他の履修生の声も共有されるため、仮に自身には個人的な不満があったとしても、クラスにはほかの都合がある人もいることが一目瞭然なので、「ほかの履修生も同じ意見のはず」という誤解や思い込みで不満を引きずることがなくなったのかもしれません。

また、学生同士でも公開コメント上での意見交換があったり、資料のダウンロードや授業スケジュールのことなどの疑問に対して、学生同士の情報交換で解決する場面もあり、助けられたこともあります。不適切な書き込みがあった際など、必要があれば学生のコメントを教員が削除することもできるということは予め確認していましたが、幸いそのようなトラブルが生じることもなく、学生たちはそれぞれに上手に活用してくれました。

対面授業がなかったために失われていた学生同士のコミュニケーションの機会にもなり、またコメントへの返信などの直接のやり取りが生じない場合でも、一緒に受講しているクラスメイトの存在を感じられることはステイホームのなかでの孤独感の軽減にもつながったようで、授業評価アンケートでもこのシステムはかなり好評いただけました。

それでもやはり取りこぼしは、ある

公開コメント式のリアクション提出は、それまでの個別提出よりもうまくいきましたが、やはり課題は残ります。授業によっては、参加率が悪いのです。担当した授業によっては、毎回非常に積極的なコメント参加で盛り上がる授業もあり、手応えを感じた一方で、残念ながら全く盛り上がらない授業もありました。

履修生たちを十分に授業に惹き付けられない理由はなにか。授業に不満や問題があるのなら、そこを改善していきたいのですが、それを把握するためのコメントが集まらない。もちろん、積極的な反応をくれる学生もいるのですが、そもそも授業へのコミットメントに欠く学生の状態は全くわかりませんでした。

対面であれば、教室にいる聴衆の興味を引くことができているのか、飽きさせてしまっているのか、ある程度は雰囲気を感じることができます。冷やかしの登録者が多いのか、熱心な聴講生がいるのか等も、教室を見渡せばわかります。しかしオンラインの場合はそれもできないため、反応の薄い授業ではどうしたものか戸惑いました。

担当したなかでコメント参加率が最も低かった授業は、今年度が初出講の大学でのものだったため、別の提出方法との比較はできないのですが、対面の授業であれば、教員がいる目の前で提出物を出さずに退室するのにはある程度抵抗があるはずだと思います。

予想以上にコメントの書き込みが少なかったため、SA(学生アシスタント)の学生にも相談してみたのですが、「成績にかかわる課題でなければ、参加しないのがデフォルトになるのは仕方がないと思います。」との意見でした。オンライン授業になり、学生には課題や提出物のタスクが増えているという話もあります。

できるだけ忌憚のない意見を集めたいという意図もあり、わたしの授業ではコメントの参加は評価にかかわらないものとしていたため、学生たちの優先順位が低くなってしまうのは、ある種当然ということです。また、公開コメントにすることにより、「参加していないのは自分だけではない」「他の人が自分のものと同じような感想を書いているから、あえて参加する必要はない」との発想につながってしまう部分もあったのかもしれません。

学んだ内容の定着という意味でもアウトプットは重要なので、他人のこととは関係なくできるだけ全員にコメントを書いてほしかったのですが、公開コメントにしたことで、個人の学びという側面が見えづらくなり、ボランティア精神のある人だけが参加するものという位置づけでとらえた人もいたようです。同じ大学で他の授業を担当されている先生は、「ゼミ形式等、ディスカッションの授業でも学生からの発言が少なく、当てられるのを待っている姿勢の学生が多いのではないか」と漏らしていました。逆に言えば、指名されたり、強制されれば、意見を言えるということでもあり、どうやって主体的な参加を引き出すかが重要になります。

積極的な授業参加を促すしかけ作り

コメント記入への参加率をあげようと、色々な工夫をしてみました。クイズを出題したり、思わず答えたくなるような短い質問をしてみたり。さらには、「プレゼントキャンペーン」という企画もやりました。講師の独断と偏見によって、書き込まれた中からこれというコメントを選び、選ばれたコメントの記入者に対して、賞品を送るという試みです。「コメント不参加が減点」という制度にはしたくなかったので、反対に成績にはかかわらないけれど、別のメリットがあればどうかと思ったのです。

当選者には、コンビニで使えるドリンク引き換え券が大学で使用しているメールアドレスに送られるというシステムにしました。

結果としては、残念ながら劇的な効果はありませんでした。

それどころか

「コーヒー嫌いなので」

「モノに釣られたと思われたくなかったので」

とコメント参加を躊躇したという受講生の方もいたようです。

しかしそれでも、講師の必死さは伝わったようで、「今度はできるだけ書き込むようにします」との反応もありました。

そしてまた試行錯誤は続く

色々やってみはしましたが、結局のところ、授業へのコミットメントは学生次第です。積極的に授業に参加してもしなくても、それは個人の自由。授業参加に対して消極的な学生がいたとしても、それはそれとして尊重し、そっとしておくほうが親切という考え方もあるでしょう。

履修生には授業参加の権利がありますが、ある意味では義務ではありません。同じ時間をお金を費やしても、できる限り効率よく単位を取りたいという人もいれば、できる限り多くの知識や技術を身に着けようと努力する学生もいます。必要がないと判断したなら単位を落としてもいいわけですし、逆に卒業単位には必要のない授業まで履修登録をせずに聴講して、知的好奇心を満たしている学生もいます。授業に対して熱心な学生としっかり向き合い、そうでない履修生のことはあまり気にしないというのもひとつの方法です。学生のほうでも、むしろそのほうが望んでいる形かもしれません。

講師側としても、参加人数が少ないほうが授業はやりやすく、労力もかからないのは事実で、コメントの数が少ないほうが、対応は楽です。ですが、そもそも自身の労力や効率は度外視しているのが大学非常勤講師の仕事だったりもします。生業として考えるなら、非常勤講師は、いってしまえば「割りに合わない仕事」であることは間違いないでしょう。

授業の時間だけで時給換算すれば悪くないお給料ですが、その準備や課題作成とその評価など、費やす時間や労力もかかります。さらにシラバス作成など、前年度の雇用締結前に無償で行う業務もある上に、毎年度契約が更新されるかどうかもわからない不安定な仕事です。生活のためにあえて選ぶ仕事ではないといえます。

それゆえときに「やりがい搾取」と揶揄されることもありますが、非常勤講師を務める人は、その科目の魅力を伝えたいという思いだったり、教育や研究の社会還元に対する使命感があったり、なにかしら別のモチベーションがあったりします。

「効率良く楽に授業をこなしていきたい」というよりは、同じ時間と労力を割くならば「できるだけ学生たちに届く授業をしたい」「身になる内容を提供し、それを役立ててもらいたい」という姿勢になってしまいがちなのは、きっとわたしだけではないはず。

これは非常勤に限らず、多くの大学教員に共通することともいえます。常勤の教員であっても、自身の研究を犠牲にしてでも教育活動にどれほどの熱意がそそげるかというのは、時には報酬とか効率とか待遇とはかかわりのないところに理由があります。

もちろん大衆受けだけが授業の価値ではなく、評価を厳格にするなどの方法ではじめからやる気のある学生だけが履修するように誘導するなど、別の方向の工夫をする先生もあります。

報酬や効率を度外視しがちな姿勢を一般化するつもりは決してありませんが、少なくともわたし自身には、はじめから関心がある人にも、さほどない人にも、自分の授業の履修生には最終的にはなんらかの影響を残したい、と思ってしまうようなところもあるので、今後も受講生の授業へのコミットメントをあげていきたいという試みは続きます。さすがに「プレゼントキャンペーン」は違ったな、と思っていますが。

まずは寄せられるコメントを丁寧に授業に反映させるなど、熱心な受講生に対して誠実な対応を続けていくこと。それが結果的には、コメント参加をしない層にも、積極的な授業参加のメリットを示すことになり、強制以上の効果につながるものと考えています。

そして、様々な価値観があることを尊重していく意味でも、授業参加に消極的な履修生の姿勢も受け入れていくことも、やはり必要なのでしょう。

[文責:子育てポスドクさん

]

<筆者について>
人文科学系のポスドク。大学院博士課程を単位取得満期退学後、任期付きポストと非常勤講師を兼任しつつ研究を続ける。 精神的不健康傾向の会社員のパートナーと、特撮大好きな幼稚園年長の娘、頑なに音声言語を話そうとせずにこの頃ハンドサインの語彙を増やしている一歳半の息子との4人暮らし。

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