博士進学のすすめ:日本と海外の大学院の比較

ポスドク総研
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2020年に博士号を取得して現在はアメリカでポスドクとして活躍されている若手研究者の前田さんに、日本と海外の大学院について比較しながら教えていただきました。

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 初めまして、前田拓也と申します。私は2016年に京都大学工学部電気電子工学科を卒業し、その後、修士博士連携プログラムとして京都大学大学院工学研究科電子工学専攻に入学し、2020年に博士(工学)の学位を1年の期間短縮により取得しました。現在は、米国Cornell Universityで日本学術振興会海外特別研究員(海外学振)として博士研究員(ポスドク)をしています。研究分野は半導体の物性・デバイス特性の評価で、特に近年注目を集めている窒化ガリウム(GaN)や炭化ケイ素(SiC)といったワイドバンドギャップ半導体について研究をしています。

私が博士課程進学を志したのはB4の4月に研究室に配属されたころです。博士課程のことをよく知らなかった私は、指導教官に相談したところ、「研究者として一人前になるためには修士課程のみでは不十分、博士課程での修行が必須」「アメリカの大学院では博士課程に進むのが当たり前」と熱弁いただき、博士進学に大きな興味を持ちました。まだ研究を経験したことがなかったため、将来研究者になろうと考えていたわけではありませんが、研究室生活を通じて自分の能力を大きく向上させたいと考えていた私には、今後どのような道を選ぶとしても博士課程での修行が魅力的に思いました。特に、当時、研究室には5名の博士課程の先輩がいたのですが、どの先輩も極めて優秀であるだけでなく、日夜研究に真摯に取り組む姿勢や研究への情熱に人間としての迫力を感じました。そのような先輩方の偉大な背中を見て、自分もここで修行すれば先輩方に近づけるはずだと思ったのが博士進学の最も大きな動機に思います。

博士課程では、研究活動を通じて一生涯の糧となる経験をすることができました。専門知識だけでなく、科学的思考力、情報収集能力、論文執筆能力やプレゼン能力、英語力など、様々な能力を圧倒的に成長させることができたと感じています。もちろん時には苦しいこともありましたが、自分の想像を超えるほどの感動や喜びを多く経験できて、とても楽しかったです。酸いも甘いも引っ括めて、研究は本当に面白いと思います。

この度、株式会社アカリク様より、日本と海外の大学院博士課程の違いについて記事の執筆依頼を頂きました。このような比較では、どうしても「日本と海外ではどちらがよいのか」と考えがちですが、人生設計は人によって様々なので、客観的な正解はないことをあらかじめ断言しておきます。むしろ、博士課程の実態を知らない人の方が多いと思いますので、この記事を通して、博士課程とはどのようなものかについて知っていただければ幸いです。なお、私は海外大学院に留学した経験はないため、あくまでも私が知る限りでの情報となりますが、どうかご了承ください。

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【博士課程のシステムの違い】

博士課程への入学/進学について

日本では、一般に学部4年時に大学院入試を受けて修士課程に入学し、その後さらに研究の道に進みたい少数の人(数%~十数%程度)が博士課程に進学します。入試については大学によって様々と思いますが、基本的に大学院(修士課程)入試は学部で学ぶ基礎・専門科目の試験とTOEFL/TOEICなどの英語試験+面接であり、研究経験等が問われることはなく、大学(学部)入試に比べれば倍率も低く難しくないと聞いています。博士課程入試については、形式上の試験はあっても通過儀礼的なものがほとんどではないでしょうか。少なくとも私の周りで博士課程を志願したけど入試に落ちたという例は聞いたことがありません。

アメリカでは、日本の大学院と異なり入学試験はなく、履歴書(Curriculum Vitae, CV)、推薦書(Recommendation Letter)、入学の意志書(Statement of Purpose)などといった書類審査で決まります。競争率は高く、これまでの研究経験や社会活動経験が合否に大きく関わるらしいです。特に人気分野(最近だとComputer Science系)の場合、入学時点で学会発表や論文の業績が必要と聞いたことがあります。また、大きな違いとして、アメリカでは大学院入学の時点で修士課程と博士課程が区別されており、修士課程を経ずに博士課程へ進学することが一般的です。

また、日本と海外との比較で特筆すべきこととして、日本ではほとんどの人が学部と同じ大学の院へ進学しているように思います。私の経験では、外部から京大院に進学してくる人、京大から外部(というか東大院)へ進学していく人も毎年一定数いましたがかなり少数でした。留学生もいますが、日本は英語話者にとって易しくないため、他国に比べればかなり少数だと思います。一方、アメリカでは、学部とは違う大学の院に進学することが多いと感じます。また、驚くべきことに学生の半数以上が留学生で構成されています。このようなことから、アメリカにはそれぞれの経験・文化を持った学生が世界中から集まっており多様性に富んでいます。

大学院生のお金事情について

日本では、修士課程・博士課程ともに大学から給料が支払われることはありません。また、学費を支払う必要があります。収入を得るには、アルバイトや奨学金が必要です。学費免除や奨学金返済免除になれば負担は軽くなりますが、実家の家計が安定していないと大学院進学が厳しいのは現状否定しにくいと思います。博士課程では、日本学術振興会(学振)の特別研究員(学振DC)という制度があり、採用率は20%と高くないですが、採用されれば月20万円ほどの給料と年間100万円程度の研究費を得ることができます。学振と雇用関係がないため福利厚生は全くなく(改善されてほしいですね)、保険料や家賃・交通費は自分で支払う必要がありますし、所得税はしっかり取られるので(改善されてほしいですね)、豊かではありませんが、自立して生活することができます。給料の額ばかり注目されがちですが、年間研究費100万円程度というのは破格だと思います。また、学振DCは名の通ったフェローシップですので獲得すること自体が業績になり、就活の際に有利になると思います。日本の博士課程へ進学を考えている場合、学振DCへの採用を目指して早期から対策することが極めて重要です。もし学振に不採用でもResearch Assistant (RA)や奨学金で生活できると思いますが、私は学振DCに採用されることを確信していた(というか採用されなければ諦めて大学院中退する覚悟でいた)のであまり詳しくありませんので各自でお調べください。最近では、大学によってはリーディング大学院や卓越大学院といった素晴らしい制度もあるようです。

一方、アメリカでは、大学院生は学生ではありますが同時に労働者として認識されており、多くの場合、研究室を主宰する教授に雇用され、学費を支払ってもらい、給料を得ることができます。給料の額は所属機関によると思いますが、学振DCと同程度かすこし高い程度だと思います。また、給料に加えてフェローシップを獲得している学生も少なくないようです(例えば船井情報科学振興財団などはよく聞きます [1] )。日本にいたときは「プロジェクトのお金で雇用されているためシビアであり、成果がでなければクビになる」という話を聞いたことがありましたが、アメリカでそういう話はまだ実際に聞いたことはありません。

上記の比較ではアメリカの方が断然良いように思えますが、大学の学費は日本とアメリカで全く違います。日本では国立大学の学費が年間約50万円程度ですが、アメリカの大学では年間約500万円程度と日本の国立大の10倍程度の額になります。奨学金を獲得したとしても日本の大学より格段に費用が高く、また、物価や家賃もかなり高いため、学部からアメリカに入学するのはお金の面で相当ハードルが高いと思われます。このような大学のシステムの違いがあるので、博士課程の待遇だけを見て議論するのはフェアじゃないと個人的には思います。

余談ですが、アメリカ留学あるあるで「食の質が低すぎて日本食が恋しくなる」というものがあり、例えば吉野家の冷凍牛丼($5)を買い込んで喜んで食べたりするのですが、日本にいれば美味しい牛丼を350円で食べられます。給料が生活の豊かさにつながるわけではないです。

・学位取得までのプロセスについて

日本では、修士2年・博士3年というのが一般的です。文系やバイオ系では3年で学位を取れるのは珍しいと聞いたことがあります、分野によって異なると思います)。この間に博士論文の中身となる成果を得て、査読付き学術論文へ投稿、国際会議で発表などの業績を挙げ、博士論文を執筆、審査されて学位を授与されます。必要な論文数は3本程度が目安と思いますが、これも人によって様々だと思います(私の所属していた京都大学大学院では論文数は要件には含まれていませんでした)。卒業要件に必要な単位は大学や専攻によって異なりますが、私の経験では修士1年目の半期でほぼ揃う程度であり、課題も多くなく、あくまで授業よりも研究が生活の主体であると思います。

アメリカでは、博士課程の年数は人によって異なり、5~7年程度要するように思います。成果を挙げてアカデミックな経験を積み、博士論文を審査されるという大筋は日本と同じですが、入学して1-2年後にQualification Examと呼ばれる口頭試験があるそうです。これに合格できないと退学させられてしまうので、入学してからも気が抜けない状況という話を聞いています。また、大学院でも授業の占める割合は日本よりも大きく、特に1-2年目では大量の課題が出題されてとても忙しいという話をよく聞きます。日本よりもストレスがかかる環境であることが想像されます。

【博士号に対する社会や企業からの認識の違い】

日本では、残念なことに企業が博士号を持っている人材を歓迎/優遇するという話はあまり聞きません。実際に企業に入った先輩からは「博士課程で身につけた能力や人脈は役に立つが博士号そのものが昇進や給料に直接関わることはない」と聞いています。終身雇用が前提であり社内で教育していくシステムが存在する日本企業にとっては、勤続年数こそが重要であり、学位は関係ないのが現実と思います(私は社会人経験がないですが、このような話を複数の友人から聞いております)。「学歴なんか意味があるのか?学歴と仕事能力は関係ない!」というような意見を目にしたことがありますし [2] 、社会的には、「なんかよくわからないけど賢い?社会不適合そうな人」と思われているように思います(個人的な意見です)。このような悲惨な状況は、今後日本企業のあり方や博士人材の活躍によって見直されると期待していますが、価値観の変化には世代交代が必要であり、残念ながら数年では変わらないと思います。

一方、アメリカでは、医者・弁護士と同列に博士が極めて高く評価されています。博士号の有無で給料も違いますし、昇進の速度も異なると聞いたことがあります。そのため、アメリカでは、特に研究が好きではないが高給になるための立身出世の手段として博士課程に進学している学生も一定数いると感じます。そのため、研究の姿勢もややビジネスライクに感じることがあります。人材の流動性が高く、常に即戦力を求めているという社会では、博士人材が有利ということかもしれませんが、単にアメリカ社会が高学歴を好んでいるだけかもしれません。

上記だけ読むと、「日本企業に就職するのが目的なら博士号を取得する意味がないのではないか」と感じられそうですが、私は最終的に企業に就職するとしても、博士号そのものが評価されなくとも、博士課程での経験に大きな意味があると思っています。それは、博士課程における経験が単なる専門知識のみならず普遍的な仕事能力(人間としての強さ)を大きく向上させると考えているからです(逆に、単に資格や肩書が欲しいだけで向上心がないならば博士課程には向いていないので博士進学はやめておいた方が良いと思います)。

【博士課程後の希望進路の違い】

博士課程修了後の進路は分野や人によって様々なので一概には言えませんが、博士号を取ったらアカデミックに残る(大学に博士研究員(ポスドク)や助教として就職する)だけではなく、民間企業への就職、国立研究機関への就職が主な進路として考えられます。

日本とアメリカで異なる点としては、やはりアメリカの方が博士課程卒業後に民間企業に就職する学生が多いと思います。また、アメリカの方がポスドクの数が多い(年数も長い)と感じます。これは、アメリカではAssistant Professor (助教)から研究室主宰者(PI)として研究室のリーダーとなるのが一般的なので、それまでに多く経験を積む必要があることが関係していると思います。

日本とアメリカで共通の問題として、アカデミックへの就職はポストの数が限られているため運要素が強く、就職のタイミングで席が空いているかどうかが重要なので、なかなか希望通りにいかないことが挙げられます。とはいえ、どこかに空いている席があるのも確かなので、なんだかんだアカデミックに残ることは可能だと思います(在学中に良い研究テーマに当たって良い成果が出た人がアカデミックに残りやすい印象を受けます)。

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 以上、日本とアメリカの博士課程の違いについて簡単に述べました。一概にどちらの方が良い/悪いと評価することはできませんが、私個人の意見としては、最近「日本の博士課程はダメ、海外はこんなにも優れている!(だから海外に行くべき)」という意見が跋扈しすぎているように思います [3] 。私は、日本のシステムも十分優れていると思います(改善点はもちろんあります)。奨学金や学振DC制度、あるいは他のフェローシップなどを活用すれば、海外の大学院とほぼ同等の待遇で研究することができます。大切なのは、早期から情報を集めて自分にとって最良な道を選び、正しく努力することだと思います(特に、学振DCへの採用を目指すならば早期から研究成果を出すことが極めて重要です)。その先の道は自ずと拓けるはずです。

私は、博士課程に進学してよかったと心底思っています。先生方や共同研究者の方々、研究室の仲間に恵まれ、良い環境で一心不乱に研究に打ち込んだことで、自分の能力を大きく向上させることができました。幸運にも研究成果に恵まれたため、学術論文を多数執筆する機会がありましたし、分野内でトップレベルの国際会議に採択されて発表することもできました。思い上がりかもしれませんが、日本にいながら、日本代表として、分野のトッププレイヤーの一人として世界の研究者と勝負している自負がありました。日本も世界の一部なので、日本の博士課程でも世界を舞台に活躍できることは強調しておきたいと思います。

ちなみに、私は海外の大学院など考えたこともありませんでした。それは、京都大学内で海外の大学院に進学する人が周りにいなかった、つまり、そのような選択肢を知らなかったことが理由ですが、もし知っていたとしても英語力やお金の問題で海外の大学院への進学は難しかったと思います。一方で、博士修了が近づき進路を考え出した頃、海外に出て勝負したいと思って海外で研究/仕事することについて調べるうちに、大学院から海外に留学して勝負している方々がたくさんいることに気づきました。金銭的な問題や言語や文化の壁などを乗り越えて研究者の夢に挑戦している姿は、私にはとてもかっこよく映ります。言語や文化への適応や人脈作りなどの観点から、将来的に海外で働くことを考えるならば、早期から海外に出る方がいいのは間違い無いと思います。大学院の時点からアウェイの環境で勝負している彼らに比べれば、私はお膳立てされた環境でぬるま湯に浸かり研究していたのかもしれません。

もし本記事を読んで博士課程に興味を持った方は、身の回りの信頼できる教授や実際の博士課程の方にお話を伺うと良いと思います。今日ではインターネットを使って容易に情報収集できるようになりました。特に、SNSの発達普及により、たくさんの国内外で活躍する博士課程学生(あるいは研究者)と直接つながることができる時代ですし、そういうツールを活用するのも有用に思います(依存するのは注意)。

昨今では国内博士進学者数は減少の一途を辿り、日本の科学の未来が嘆かれています。ですが、上述の通り、博士課程は、研究を通じて自分を磨く絶好の機会です。きっと挑戦的で刺激的な日々を送りながら、楽ではなくとも楽しい日々を過ごせるはずです。大学生の方々は、もっと研究への興味と向上心を持って、博士進学を検討してほしいと思います。

また、研究は国境を超えるので、博士課程では、あるいは博士号があれば、日本にいながら世界と勝負することも、世界へ飛び出していくこともできます。日本の優秀な若い人が海外へ出て活躍することを人材の流出と嘆くのは違うと思います。日本という国の存在感を高めるためには、日本人が日本で活躍するのと同じくらい、日本人が海外で活躍することも重要だと私は思います。

この記事をお読みになった方々が博士進学に興味を持っていただければ嬉しい限りです。ありがとうございました。

*おまけ* 博士課程修了時に書いた感想文

[文責・前田拓也 / Twitter: @Takuya_Maeda_  ]

[1] 船井情報科学振興財団 – これまでの奨学生
奨学生の方々が様々な有益な情報をここに書いてくれています。海外大学院を目指す方は必読だと思います。

[2] 「ハーバードもケンブリッジも超える」 永守氏の果てなき夢/日経ビジネス

[3] 「欧米の大学院で給料をもらっていない理系の学生は一人もいない」。日本で博士学生が減るのが当然な理由/Yahoo!ニュース 

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