アカリク NICE EDUCATION 第1回 明治大学総合数理学部 中村先生の場合

Acaric Journal
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「AJ出張版」は、株式会社アカリクが発行する「大学院生・研究者のためのキャリアマガジン Acaric Journal」の過去の掲載記事や、WEB限定の新鮮な記事をお送りするカテゴリです。今回はvol.2の掲載記事をお届けします。

「アカリク NICE EDUCATION」では、大学院でユニークな教育に取り組んでいる大学教員の方々を勝手にNICE EDUCATION!と表彰し、紹介します。今回は、ユニークな取り組みをしつつ、その内容を広くWeb上で公開していらっしゃる明治大学の中村先生に、取り組みを始めたきっかけや反応について伺いました。

― 研究室のメンバー構成はどのようになっていますか

 博士後期課程はいなくて、修士課程が10名、学部生が15名です。男女比はほぼ一対一です。以前は男子学生だけでしたが、今は女子学生の方がやや多いです。来年度は大学院に7名進学予定で、5名が女性なので、来年度は大学院生も女性の方が多くなります。

― 2020年度は研究活動に様々な支障が出ていたかと思うのですが

 2020年度はうちに限らず研究が難しかった年だと思います。個々人が離れていると、周りの様子がわからず、焦りが可視化されないのでそのまま放置してしまい、いつの間にか締め切りが近づいていてまずいことになっていた、となってしまうようです。

― そのような中でも、今年も学生の卒業論文を保護者の方に送る取り組みをされてらっしゃいます。この取り組みを始めるきっかけはあったのでしょうか

 保育園から高校までは、先生と親が会う機会があるのですが、大学はほとんどありません。親からすると、小中高とは比較にならないくらいたくさんお金を払ったのに、大学で何をやっているのかわからないというのがあるかと思います。なので、「せっかく行ったのに何だったのだろう」と思われるのではなく、「これだけのことを学びました」という成果をわかりやすくお渡しするのが重要だと考えています。成果をお渡しするからには、こちらも手を抜けません。卒業論文を親御さんに送り「ここまでこのように成長しました」と伝えておくと、修士課程に進学した際にも後方支援してもらえるかな、と思っています。一回でも親御さんと連絡を取ることで「こういうことを頑張っているんだ」と知ってもらい、ご家庭でも見守ってもらえたらと思い、始めたのがきっかけです。

 明治大学に着任してから始めて、今までで40名くらいに送っています。実際に送るととても喜ばれます。2/3くらいの親御さんからはお手紙を頂きます。このように連絡を取っておくと、修士で卒業するときに親御さんから卒論の話をしていただいたり、「うちの子供はこういうところがあるので注意してください」など、教員として接するだけでは知り得ない情報を教えてくれたりします。

― 学生の反応はいかがですか

 今までの学生で嫌がっていた方は一人もいません。内心ちょっと嫌だな、と思っていたかもしれませんが、ほとんどの方からは、「親が喜んでいた」と私に伝えてくれますし、「発送先を増やせませんか」と依頼されたりもします。これは、本人がちゃんと研究をやっていたからという側面もあると思います。

― 研究室のメンバーも、学年を越えて交流がある印象です

 今まで私がいた研究室は、学年で分断されていて、卒論・修論発表のときに初めて他の人たちの研究内容を知るようなところでした。国立大学のように教員数が多ければ、そのままでもいいのかもしれませんが、私立は学生20~30人に教員1人しかいませんので、そのような状況だと破綻が目に見えていました。

 あと、家庭の事情で夜遅くまで大学に残って学生のケアができないので、学生同士で自律的に動く仕組みを作りたいと考えていました。例えば、学生同士ペアになってプレゼンをして質疑応答をして、それを交代していくことで、お互いの研究テーマを把握する仕組みがあります。一対一であれば、発表をしっかり聞いて指摘しなければなりません。また、お互いの原稿をチェックするゼミをやったり、「研究テーマを交換してプレゼンする」など、いろいろな人とコミュニケーションして主体的に動かなければならない場を工夫して作ったところ、皆気軽にやるようになりました。こういったことを学年を越えてやっています。今では学部3年生と修士2年生が普通に喋って気軽に質問したり、困ったときは助けてもらったりしていて、うまく回っています。

― 皆がコミットできる場を作ることで、ついていけない人も出にくいですか

 それは出にくいと思います。できるだけ全体の平均値を上げつつ、そこからちょっとあふれる学生を私がカバーしています。

 卒論・修論の大きな締め切りのときに何も進んでいない状態で、皆の前で進捗報告するのはとても辛いので、そういうことにはならないように工夫しています。また、他の大学の研究室と合同研究会を開催していて、「ここでは高く評価されないけれど、あちらでは面白がってもらえた」といった場による違いを感じてもらえるようにしています。

― 研究に関して「修士課程で期待する到達点」はありますか。またそこに到達するための教育はどのようなものですか

 自分一人で研究をする立場であれば、世界一・世界初を意識して研究しますが、学生に研究をしてもらう理由は、シンプルに「教育」です。研究はとても大変で、テーマを考えて、先行研究の調査をして、論文をきちんと読み下して、先行研究と自分の研究の差異を見つけなければなりません。そのためにシステムを作って、実験を適切に設計してデータを分析して、論文を書いて発表します。研究は本当に多様な力が必要で、だからこそ何回もこなしていくと自ずと力はついていくし、議論する力もつきます。それが研究をする意義だと私は思います。

 こうした力は、研究活動をこなすことで力がつきますので、その回数をできるだけ稼ぐことを目指しています。そのため卒論だけでなく、その回数を積み重ねることができる修士課程に進学し研究に取り組んでもらっています。修士では論文誌や国際会議にもチャレンジして欲しいので、一応課してはいますが、どちらかというと発表の回数をこなして、力をつけて、研究による教育効果を出していきたいと思っています。

― 日本は「教員の背中を見て会得していく」のが一般的ですが、海外では例えば論文の書き方も体系化されています。そのようなものを取り入れたいと思われますか

 正解は持っていないのですが、卒論という機会があり、若いうちに自分で考えて研究をやって、失敗してもいいチャレンジができるのが日本の良さだと思います。他国の方に伺うと、卒論文化が無いところが多く、「学部4年生で研究するの?」と言われます。

 私の妻は看護大学出身で、普段は「研究」の「け」の字も言うような人ではないのですが、先日私の学生の卒論発表を動画で見ていて、「あー私も有意差出なかったわ」と言っていました。有意差という言葉を知っていて、扱ったことがあるのだな、と。こういった人たちが世の中に溢れているのが日本の強さで、そういう経験をした人を増やせるのが日本の教育の良さだと思います。

― 私も研究がとても好きで、それを通していろいろなことができるようになったと思っているのですが、わかってくれる企業は少ないですね。

 修士課程を研究者選別の場にするのは好ましくないと思っています。この人は研究ができないから博士課程に進んではならない、など大学院を「研究者になるための過程」としてしか捉えない方も結構います。そこで否定されて研究が嫌いになってしまった方が社会に出て、結果として研究を評価しない世の中になっているのでは、と考えています。

 わかってくれる企業を増やすには研究活動を理解してくれる人を増やして、研究のサポーターが世の中に増えなければならないと思います。プロの世界はどこでも一緒ですが、人口の構造はピラミッド型になっていないとすぐ倒れてしまうので不健全です。そういう意味で、我々の大学で修士学生を教育するのは、「サポーターを育てる・研究人口の裾野を広げる」という点でとても重要です。そのため、「研究ちょっとつらかったけど面白かった」と感じて卒業してもらいたいです。

 企業の方ともお話をするのですが、「研究ってよくわからないけど難しそうですよね」と言われることが多くて、突き放されているように感じます。サポーターの方々は「大学で研究をやりました!大変でした!この研究すごいですね!」と言ってくれると期待されますし、そういう方が世の中に増えれば、研究に対する認識も変わっていくのかなと思います。

― 研究室を運営するにあたって、今後やってみたいことはありますか

 研究室を運営する上で意識しているのが「去年と比較しない」ことです。研究者は自分一人だと、去年より良い業績になると思ってしまいがちですが、研究室の構成員は毎年入れ替わっていくので、右肩上がりにしようと思うと歪みが出てしまいます。ですので、そこは強く意識して、より良くしたいとはそこまで思っていません。

 ただ、卒業生が「一緒に研究をやりましょう」と言ってくれたり、ふとしたときに「博士課程に行って、社会人博士になってみようかな」と思ってもらえるといいと思っています。卒業生がみんな入っているdiscordやslackがありますので、そちらで卒業生とは随時やり取りしています。修士学生だとまだ卒業して2年くらいですので、5年、10年経ったときにどうなるのか、楽しみです。

― 大学教員の方々や大学院生にメッセージをいただけますか

 研究室での教育は閉じていて見えなくて、誰からもやり方を習うわけでもないので、何が最適かわからないまま好き勝手にやって、よくわからなくなっているように思います。ですので、大学教員の皆さんには、さまざまな方法論を皆でカジュアルに共有してもらえると助かります。

 また、大学院生には、先生との相性はどうしてもありますので、「今いるところが全てではない」と思ってほしいです。例えば、アカデミアに残れなかったら落ちこぼれだ、というおかしな風潮がありますが、アカデミアという狭いところにいるからそう思うだけで、広く世界を見ればそんなことはまったくありません。あと、業績が一つの嫌な評価指標になっていて、それで追い込まれる人はたくさんいますので、世界を広く見て「ここだけではない」と思ってほしいです。

プロフィール(インタビュー当時)

中村 聡史 氏

明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科教授。1976年長崎県生まれ。2004年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。独立行政法人情報通信研究機構 専攻研究員、京都大学大学院情報学研究科特定准教授、明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科准教授を経て2018年より現職。専門は人と情報のインタラクション、ネタバレ防止、BADUIなど。

中村先生の取り組みは、以下のnoteで紹介されています。

「中村研究室のゼミと運営の工夫」

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