大学院進学を考える - 本気で数学を学びたくなった

インタビュー
この記事は約9分で読めます。

※記事の内容は「院進-k」掲載当時(2017年)のものです。

こちらは“大学院進学が転機となった人々”をインタビューするシリーズです。今回は大学院で数学を学んだことが将来を決定づけたと語るA氏にインタビューを行いました。もともとは経済学部出身でありながら、魅力的な先生との出会いから大学院で数学を本気出学ぶことを決めたA氏。大学院での研究をもとに現在のお仕事に就かれた経緯や心境の変化などにクローズアップしました。

A氏プロフィール:横浜国立大学経済学部に入学し、同大学院へ進学。修士号取得後、米国ミシガン大学に留学し、2012年にPh.D.(統計学)取得。帰国後、WEBマーケティング会社を経て、2014年9月から某大手IT企業に入社後、データ分析業務に従事し、現在に至る。学生時代の研究分野は主に計量ファイナンスと関数データ解析。

大学院に進学した理由を教えて下さい

学部時代はヨット部での活動ばかりで、ほとんど勉強していませんでした。このまま何も勉強せずに企業に入ってよいものかと思い、2年だったら就職への影響もないだろうということで進学を決めました。経済学部だったので2年でファイナンスの専門知識を身につけて、その方が学部で就職するよりも、良い会社に入れるんじゃないかと考えたのもありますね。当時は博士など全く考えていませんでした。

修士号取得後、アメリカに留学してPh.D.を取得されていますよね。アカデミックキャリアに進むことを選んだ理由は何でしたか

横浜国立大学の経済ってとっても面白い学部なんです。若手の数学者の登竜門的な立ち位置になっていて、当時も海外のトップスクールでPh.D.を取得した優秀な先生がたくさんいました。そういういった方々と接している中で、海外だとPh.D.を取りながら給料をもらえるという制度があるのを知りました。「そんな良い話が世の中にあるんだ」と、素直に興味を持ちました。また、私の指導教官は(海外で統計のPh.D.を取った方)数学とか確率論とかの理論系の先生だったんです。もともと数学は好きだったのですが、指導教官にしっかりと数学を教えてもらうことでより興味を持つようになり、「もっと数学を学びたい!」と思ったことが決め手でした。そして修士2年の頃には、「海外に行ってPh.D.を取りたい」と心の中で決めていました。もともとは経済学部ですから、数学を専門的に学びたいなんて気持ちはなかったわけです。だけどやってみたらすごく面白くて、もっと学びたいと思いました。そうしたら進学するのが自然な流れになったというわけです。

最終的にはもう一度キャリアチェンジして民間企業へ就職されたのですね

「企業で働く」ということについて、アメリカに行ってから大きく考えが変わりました。日本ですとどうしても「企業」か「アカデミア」かの選択をしなければならないのですが、アメリカは少し違っていて、“Ph.D.をとって就職する”というのが普通の流れとして確立されています。シリコンバレーの会社は多数の企業がPh.D.を採用していますし、Ph.D.をとって学んできたことを企業で活かすということはとても自然な流れとなっているのです。なので私も自然にそう考えるようになりました。

また現実的な話になるのですが、統計学の世界でアカデミアに残るのはとても難しい状況になっていました。私の研究室はとても良いプログラムだったのですが、アカデミアに残れるのは20%という状況。本当に好きであればポスドクを続けてチャンスを狙うということになるのですが、当時の私にはそこまでの気持ちはなかったです。それよりも企業で統計は使われているので、その専門職としてやっていきたいと強く思うようになった。でも日本でそれが実現可能なのかどうか、その辺の事情がわからなかったのでアカリクさんに相談させていただいたんです。

確かにそれは真っ先に聞かれましたね

「アカデミアという視点で“統計学”をやっていく」にはアメリカの方が良かったのですが、「企業で働く」という事になれば別です。日本で働く機会は、このタイミングを逃せば可能性がなくなってしまうのではないかと思いました。もしアカデミアに戻りたくなったらアメリカのアカデミアに戻ればいいけど、東京で働くのであればこれが最後のチャンスかなと。

それでアカリクさんにご相談したら「日本でも、データサイエンティストの分野であれば、民間企業での就業経験がなくても就職は可能ですよ」と言われたので迷わず決めました。

今もアカデミアに戻ることは考えていますか

もう考えていないですし今後もないと思います。思い返してみると、大学院での研究生活はひどいものだったと思うのですが、やっている当時はわからないものです。その世界しか知らないですから。決められた時間の中で結果を出さないと次に進めないというプレッシャーの中での学生生活を知っているので、社会人となった今の生活はむしろ「楽だな」と感じています。毎週末休みがありますし。普通に仕事をこなしていけば、そういうプレッシャーとは無縁ですからね。社会人の世界を知ってしまうと、アカデミアに戻ることに対しての精神的ハードルはかなり上がると思います。

もちろん戻られる方もいますが、一段とハードルが上がるということは確かだと思います。若い人たちの中には「就職をする道を選んだけど、実はアカデミアにも興味があるんです」なんて言う子がいるのですが、「学生の生活またできる?」と聞いてみると、実はそのあたりのことはわかっていて「いやぁ多分難しいでしょうね。」と言ってますから。

仕事をしていて「進学してよかった」「学んだ事を活かすことができた」と思うのは、どんな時ですか

エンジニアなど、完全にスキルに頼るような仕事をしている人は別なのかもしれないですが、それ以外の仕事に関しては大学院で学んだ専門スキルを実際の仕事に活かすことはすごく少ないと思います。多分、具体的なスキルの10%も活かせてないと思います。では、何が活かせているのかというと、それは“ロジカルにモノを考える力”です。アカデミアってとんでもなく優秀な人がいっぱいいるんです。有名な教授とか、天才的に頭がいい人とか。そういう人たちと接していると、ロジカルにモノを考えるスキルが勝手に鍛えられるのですよ。

「有名な教授や天才的に頭がいい人」と話をするのにロジカルな思考力は必要ですか

サイエンスや数学はロジックの積み上げなんです。ロジックとして正しいことを積み上げたモノですから、その積み上げが高すぎて誰もついてこられないわけですけど、一個一個を見ていけばロジックとして正しいことが積み上がっているだけなんです。

それを理解しようとすると勝手にロジカルシンキングの力が鍛えられていきます。しっかりと研究の場でトレーニングを積んできている人であれば勝手に身につくんです。専門スキルというよりは、もっとベーシックなスキル、その部分はすごく差がついていると思います。だから仕事の場においてもスペシャルになれる可能性が高いし、周りから評価されるようになれる可能性も高い。世間ではよく、専門性が強い大学院生、特に博士まで進学してしまうと専門性が強すぎて役に立たない、なんて言われますけど、研究職は別として専門スキルを使うか使わないかはそれほど重要ではなくて、コアの能力が上がる事に意味があって、専門スキルを使わなければ博士は意味がないっていうのは、違うと思います。

後はキャリアアップ にすぐにつながるかということは関係がなくて、そういった経験によってモノの見方などがひとつふたつ階段を上がることにより、自分のアセットとなって人とは違った見方が出来るようになるのです。それはとても人生を豊かにするものなので、それだけで十分意味があるわけです。3年間使って、その3年間でどれだけ良い会社に良い給料で入れるかどうかという議論をし始めてしまうと、その3年間の価値を正しく評価することにはならないと思います。

その能力は、大学院でないと身につかないような能力なのでしょうか

大学院に行くには、そもそも自分がやっている研究・分野が好きだということが重要です。好きな事を突き詰める過程の中でその恩恵が与えられるわけだから、突き詰めたいと思えるほど好きな事がないのに大学院に進学するのは、そもそもおかしいという話になりますよね。

研究が好きでも、就職を考えるとアカデミックキャリアへ進むことを躊躇してしまう人もいますよね

どれだけ良い会社に良い給料で入れるか、という視点で大学院に進学した価値を判断してしまうとミスリーディングになると思います。価値はそこにあるのではありません。目に見えないところでコアスキルが上がっていることや、人生が豊かになっていることで測られるべきです。それは大学院に行かなければ得られなかったものだからです。もちろん大学院に行かなくてもそういった能力を持った人はたくさんいますが、あくまで「研究が好きで進学したい」となった時に、キャリアにとってそれがプラスになるかどうかで判断し、その結果大学院への進学をあきらめるという選択肢を取ってしまうのであれば、それは価値の測り方が間違っていると思います。

AI技術が進んでいけば様々な職種はなくなってしまう、という記事を良く見かけますが、今後の社会で必要とされる能力というのは、大学院で培うことができる能力と非常に近いと思うのですが

そうですね。将来的には求められる能力のスタンダードは上がっていくと思います。例えばITの分野では“データに関するリテラシー”を求められる時代です。でもそれって大学院でトレーニングを積んでいれば普通に身につけられている能力ですから。そうなると必然的にチャンスも増えていくわけで、それだけでも大学院でトレーニングするということに価値があるわけですし、そういった意味では方向性は同じだと思います。

アメリカでは修士と博士のプログラムが全く違うのです。日本はどちらかというと積み上げていく方式だと思うのですが、アメリカではPh.D.は研究するプログラムですので、学部から直接Ph.D.に進むこともできます。それで5年間かけて学位をとればいいのです。いっぽう修士は修士を取るためのプログラムで組まれています。日本は修士でも論文書いたりしますけど、アメリカの修士は論文は書きません。修士は“実用的なコアなスキルを身に着けるところ”という位置づけなんですね。先ほどの話に戻りますが、社会が求めるスタンダードなスキルレベルが上がって来るとなった時に、それをトレーニングするは大学院だという時代が日本でもやってくるのではないでしょうか。学部の4年じゃ足りなくなってくるのかもしれないですね。

同じトレーニングを受けた者同士でなければ話が通じないとか、円滑にコミュニケーションが取れないなんていうことはあるのでしょうか

それは逆にトレーニングを積んでいる側が、トレーニングを積んでいない側に合わせなければならないと思います。話の分かっている者同士だけで話が盛り上がったり、指示してしまったりすると、周りは誰も動いてくれないですから。だからトレーニングを積んだ側が歩み寄らなければならないと思います。

もしPh.D.を取得した者と取得していない者との違いがあるとするならば、能動的に動けるかどうかだと思います。Ph.D.は「自分で分からない事を見つけて研究していく」という訓練を積んでいるので、会社に入っても自分が分からない事があれば自分で調べて勉強して能力を身につけていくということが自然に出来るわけです。それ以外の人は受動的な人が多いなという印象はあります。

院生を採用したいと言っている企業に意図があるとすれば、それは何だと思いますか

年齢を問わず優秀な人、トレーニングを積んでいる人を採用したい。もしくはデータを最初から扱える人を採用したいというニーズがあるのかもしれないですね。院生卒にはニーズがあると思います。

本日はどうもありがとうございました

(「院進-k」記事より転載)

タイトルとURLをコピーしました