正しく確かな人文知を発信する ―人文系博士の挑戦― #QeS

インタビュー
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日本学術振興会特別研究員PDを経て、早稲田大学や上智大学他で非常勤講師を務める傍ら、人文知を提供するプラットフォーム「クェス(QeS : Quid est Sapientia)」を設立した村上寛氏。「人文学の地位、扱いが大事になれば」と語る村上氏に、人文学の博士課程出身者による「起業」という選択についてインタビューを行いました。

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村上寛氏のプロフィール:早稲田大学博士(文学)。早稲田大学文学部助手、日本学術振興会PD(東京大学)を経て、現在は早稲田大学、上智大学他で非常勤講師を務める。主著『鏡・意志・魂―ポレートと呼ばれるマルグリットとその思想』晃洋書房、2018年。QeS代表。

卒業論文執筆中に出会ったテキストが きっかけで研究の道に

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どのような研究をご専門とされているのでしょうか?

西洋中世の思想について、いわゆる神秘思想や自由意志の問題を中心に研究しています。現代日本の私たちとは大きく異なるキリスト教世界観、人間理解が一般的である中世において、目指すべき理想的人間とはどのようなものと考えられていたのか、神とはどのような存在と考えられていたのか、自由意志はどのように解釈されるのかといった問題を、歴史的状況なども踏まえながら思想史的観点から、また普遍的な人間理解という観点から研究しています。

最初からこのテーマで研究するために大学へ進学されたのでしょうか?

大学入学当初はユング等の影響もあり心理学について学ぼうとしていました。しかし、実際に心理学の講義を受けてみると思ったものと違うということがわかり、改めて考え直すと宗教学や哲学が自分の学びたいことだと気が付きました。元々神とは何だろうという疑問があったのですが、そもそも人々は「神」と言っているときにどんなものを思い描いているんだろうと思ったことがそもそもの始まりです。

日本人の価値観や考え方が西洋及びキリスト教の強い影響を受けている以上、その源泉である中世の神理解、人間理解はどうなっているんだろうと興味を持ち、卒論でマルグリット・ポレートという14世紀初頭に処刑されてしまった女性のテキストに出会って今に至ります。

研究者として起業するという選択

在学中に企業就職を考えたことはありましたか?

卒論のテーマにもしていたマルグリット・ポレートという14世紀初頭に処刑されてしまった女性の中世フランス語―ラテン語の対訳本を手に入れたんです。せっかくこれを手に入れて読んだのだから、何か研究発表するなり、翻訳本を執筆するなりしようと思い、大学院の進学を決意していたので学部の頃はありませんでした。

修士課程が終わるときも就職は考えていませんでした。博士課程のころも自棄になった訳ではありませんが「だめならだめで雑に生きてやろう」と考えていましたね(笑)。

起業してよかったこととしてどんなものがありますか?

起業したばかりなので正直メリットらしいメリットは残念ながらまだありません。ただ、QeSの理念に賛同してくださる研究者が少なからずいるということがわかったのは良かったです。一切面識がなかったにもかかわらずHPを作成してすぐに登録してくれた研究者の方も複数いらっしゃいました。

今年5月に設立して、現在は既に総勢20人強ほどの方に登録研究者としてご協力いただいています。そのうち9割の方は博士号を取得されている方や現役を退いた名誉教授の先生方で、それだけの方が集まってくださっている団体はなかなか無いのではと思います。

「正しい情報」「確かな情報」の重要性

QeSロゴ

QeSはどのような事業を行っているのでしょうか?

今のところ主に 1)調査・監修、2)執筆・翻訳、3)講義・顧問となっています。人文学の領域に関わる内容についての調査リポートの作成や記事の執筆、資料の監修、専門文書の翻訳やオンラインもしくは出張でのレクチャーなどを請け負っています。

「正しい情報」「確かな情報」が重要とQeSで強調されていますが、なぜ重要なのでしょうか?

一昔前なら水素水、最近なら次亜塩素酸水を巡る情報のように、化学や医学の分野だと正しい情報の重要性は自明です。人文知の場合その重要性は見えにくいのですが、人文知について言うなら、間違った情報や不確かな情報が蔓延することは、日本語なら日本語話者全体の文化的土台が劣化し、貧しくなっていくことだと思っています。

不確かな情報の蔓延を気にしないということは、自分自身の文化はもちろん他文化も理解しようとしないことと同意ではないでしょうか? 行き着く先は他者への無関心、独善的な相対主義の蔓延であるように思えます。

QeS設立に至る経緯について教えていただけますでしょうか?

大きく二つあります。一つは社会の側からの、人文知に対する潜在的需要に応える場が必要だと考えたことです。大学やカルチャーセンターのように人文知(哲学、文学、歴史といったいわゆる文系学問の知)を提供する場はありますが、問い合わせる場はなかったのではないかと。

もう一つはポスドクや元教員の知を埋もれさせるのが勿体ないという思いです。もちろん大学での非常勤や執筆活動で学生や社会にその知を提供してはいるのですが、社会の側からそうした研究者を探して問い合わせるのは大学教員を探す以上に難しいという状況があります。

そのように考えていたある日、友人の会社が受注したラテン語を使ったネーミングの仕事について相談されたことがありまして、それならラテン語に限らず広く人文知についての相談事を直接受注出来る会社があれば良いと考えたことが最終的に起業に踏み切った切っ掛けです。

人文学のファンを増やすためには その魅力を発信することが大切

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人文系の博士はどのようなモチベーションで研究しているのでしょうか?

社会へ直接的に役に立つかどうかなどということは二の次三の次で、自分の研究が面白いと思っているから研究している人ような人が大多数ではないでしょうか。もちろん「正しい情報の重要性」の項で述べたように、文化的な土台を作っているという意味で大いに役立っているのですが。

人文系の研究者の抱える課題を教えてください

大学の予算が年々厳しくなる中で、人文学の教員や授業が削られるという話しを悲しいかなよく耳にします。それというのも結局は”必要ない”と思われてしまっていることに起因すると思うので、広く一般の人々に人文学の魅力を知ってファンになってもらう必要があるのではないかとは思います。人文学が面白い、重要だし必要だということになれば大学での扱いも向上するでしょうし、広く文化的に豊かな世の中になるのでは、と。

ただ、色々と積み重ねていった結果自分としては面白い、重要だというような研究を、何も知らない人に一からその面白さや重要性を伝えるとなると困難極まり、特に哲学などはその辺りが難しいと思います。

人文系の博士へのメッセージ

就職やキャリアで悩んでいる人文系の大学院生に一言お願いします

優秀なはずなのに経済的事情で博士論文執筆やその後の研究がままならない人がいることは本当に忸怩たる思いがします。それぞれの事情も千差万別なので一般化したことはとても言えないのですが、現状専任教員を目指すなら相当の運に恵まれない限りかなりの苦労を覚悟すべきと思います。

人文系の大学教員のポスト自体が削減傾向にあることは事実です。とはいえ継続的に研究を発表し、専任教員を望んでいた同世代の知人は体感で8割くらい就職出来ているので、そこまで絶望的ではないのかなと思います。博士号を取得して、その後も研究を続けることがまず大変だし、大学教員になれたらなれたで就職先が非常に過酷な環境だったりすることもあるようですが……。

そういう意味では条件の良い就職先があるなら、また教育にそこまでのこだわりがないなら、一般企業や官公庁への就職は充分ありうる選択だと思います。もし博士号取得後も何らかの形で研究を続けようと考えており、QeSの趣旨にも賛同していただけるようでしたら是非ご参加いただければと思います。

ありがとうございました

(インタビューアー:株式会社アカリク 吉野宏志・下川和真)

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